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短編集・散文集

鎌をかける女

作者: Berthe

「ねえ、明日どっか行きたいな」といわれて、「うん」と気のない返事をしてしまうと、そのあとが続かなくなった。


 ひと月前に似たような場面に(おちい)ったときには、そういうこともあるだろうと念のために用意しておいた言い訳で切り抜けられたけれども、まさか同じ手を使うわけにもいかないし、あのときだって相手は不審そうな眼をしていたのに、いままた繰り返したりすると(さかのぼ)って全部作り話だと思われる可能性すらある。


 しかし新たな口実を(こしら)えておくべきだったのにそれを怠ったのは、考えるのを面倒くさがったまま引き延ばしていった末に忘れてしまったからかもしれないし、あるいは、頭の片隅には残っていたけれども、中心に据えるのをなんとなく避けていたせいかもしれない。結局は、眼の前に必要が生じ、もう手遅れになりかけたところで初めて後悔することになったのだった。


 明日は別の女と約束していた。普段は平日の夕方に会ってしまうその女がときどき休日の権利をねだってきて、彼もいつもなら適当に流してしまうのだけれど、やり続けると愛人も機嫌を損ねてしまう。で、それを回避するために休みの日でもたまに時間を作ってやるのだが、それがよりによって明日なのだった。


 いま付き合っている女と、土日を続けて一緒に過ごす習慣はなかった。土曜にどちらかのアパートに泊まったにしても、次の日の午前にはしぜんと帰ってゆく。だからまったく安心して明日は別の女でスケジュールを組んでいたのだけれども、それが一種の決まりごとにもなっていたのは、自分の時間を大切にしたいというのもあったろうが、それほど長いこと一緒にいるほど喋りたいことなどそうそう無いわけで、無駄な感じがするのである。


 最近は、自分の話ばかりするのにも気が引けてきていた。相手の耳を奪いつつ、興味のあるはずのない話題を、眼の前にいるからというただそれだけの理由で吹き込んでゆく行為に、嫌気がさしてきたのだ。一週間前と同じことを話し、それは二週間前と同じものでもあり、それを自分でも意識している。たとえ先週と違う話題であるにしても、それは元のバリエーションの域を出ないし、聞き手が気になって乗り出してくれるような話でないことに変わりはない。


 そうはいっても話を遮られたりすることはなく、いつだってちゃんと頷きながら聞いてくれたし、ときには的を射た質問をしてくれて、それが嬉しかったりもした。しかし、彼がしゃべりだしたときの彼女の表情は、いつだって最前よりも曇ってゆくように見えた。たしかなことは何もわからなかったけれど、相手が不満だと思うとこっちも悪い気がしてくるし、あるいはムカついてきたし、最近ではテレビを見ながらそれについて喋るとか、そういった当たり障りのない話題に終始していた。といって彼自身は彼女の話を聞いてあげるというわけでもなかったが。


 で、なぜ急に明日なのかと思って、そういえば以前にもちょうど今と似たようなことがあったなと思い返しもしたけれども、それはすぐに焦りに変わったのだった。


 女は男が気乗りしていないことに気づいたのか、忙しいならまた今度でいいんだけど、と妥協案をだしてきたが、それにも彼は「うん」と返すだけで、顔は彼女の方へは向けないでいた。


「そっか」

「いや、明日は友だちと約束しててさ、みんなで集まるのは結構ひさしぶりでね」


 彼女は、あ、そうなんだ、それなら仕方ないねとつぶやき、それから声量を上げ、かつ普段よりも高めのトーンで「楽しんできてね」といったが、『昼から忙しいの?』という当然予想されるはずの疑問は口にされなかった。


「ごめんね」と平謝りをしつつ、ここで初めて彼女の方を向く。

「ううん、大丈夫。でも、次はわたしに付き合ってくれる?」


 もちろん約束すると決まり文句で答えると、彼女の顔も納得したように見えて、とりあえず危機へと直面しそうな道は回避できたようだと安堵した彼は、思わず口笛を吹いていた。が、不思議そうにこちらを見つめる視線と出会ってすぐにやめると、これからは事前にしっかり口実を考えておかなければいけないし、出来るなら二つ、三つあったほうがいいだろうと思いをめぐらせながら、とりあえず喉の渇きを癒すためキッチンへと立った。

読んでいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] タイトル、なんだっけと最後に見直して「こわっ」と思わず言ってしまいました(^_^;) 浮気男の視点の話だからか、バレなくてよかったねと思っていただけに余計怖さ倍増でした。  女性の演技力…
[一言]  正直になることが一番だと思うこともあります。
2019/02/21 18:44 退会済み
管理
[一言] 読後、最初は普通かな……。と思いましたが、タイトルを見直して、終盤を改めて読み返し、ゾクリとし、女性の怖さを感じました。
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