新たな魔王
間に合わなかった…。
光が消えると訓練施設で借りた部屋に戻っていた。魔力の器の中にいた時と少し感覚が異なりフラついてしまう。
「リェナス?」
名前を呼ぶが返事は返ってこない。本当にお別れだったんだ。
『悲しまないでこれからは私が傍にいるわ』
そう言ってくれるのはもう1人の私。父が言っていた通りになったのだ。あの空間では一言も会話をしていなかった姉と二人きり。ちょっと気まずい。
『まだ会ったばかりだもの。これからゆっくりと時間をかけて打ち解けていけばいいわ。まず第一歩として自己紹介ぃ、なんて思ったのだけれど私たち性格は違うけどフィースなのよね。困ったわ』
落ち着いたお姉さんって雰囲気でしゃべるのね。リェナスに育てられたからもっと騒がしい感じかと思ってた。
『必ずしも親に性格が似るわけではないわ。あなただってカトラさん夫妻に似ているわけではないでしょう?ミスィーちゃんもそうでしょう?』
確かに。今までにいなかったタイプだから新鮮ね。すごく落ち着く。
『ありがとう。あ、そうだわ!お互いの呼び方を決めましょう!私、あなたのことをもっと親密な感じで呼びたいの』
呼び方ね。もう1人の私じゃ長いし、壁がある感じがするか。う~ん。私のことは自由に読んでもらって構わないけど…、何か希望はある?
『いいの!?じゃあね、『お姉ちゃん』って呼んで!私はあなたのこと『妹ちゃん』って呼ぶわ!』
妹ちゃん!?呼ばれたことないからムズムズするわ。お姉ちゃんか…。慣れるまで恥ずかしい。本人の希望だし、そう呼ばせてもらうわ。
『呼んでみて!』
え~。…ぉ、お姉ちゃん?
『は~い!お姉ちゃんです!よろしくね、妹ちゃん!』
よろしくぅ…。っと、話はこれくらいにして急がないと!ネグレスたちが待ってる!
身体のフラつきも落ち着いてしっかり立てるようになった。数歩歩いて問題ないことを確認して走り始める。向かうは屋外訓練場。大移動に魔力を大量に使うから今は温存だ。
屋外訓練場に着くとネグレスが率いる部隊とライオットさんが率いる部隊がそれぞれ整列していた。私が到着するとすぐにネグレスとライオットさんが駆け寄ってきた。
「リェナス様!皆準備完了です!いつでも行けます!」
「お待ちしておりましたリェナス様。出陣の前に皆の前で一言お願いします。現地には部下が簡易版の転移の印を設置していますのですぐにでも飛べます」
二人に流され部隊の前に立たされてしまった。部隊の中から小さくリェナス様と呼ぶ声を聞き、少し顔を曇らせてしまう。リェナスではない私に、みんなは付いて来てくれるのだろうか。
『大丈夫よ妹ちゃん!起きたことをそのまま話せばいいわ。ママの作った部隊、ママに認められた人たち、ママを裏切るようなことは絶対にしないわ。そして、ママの娘である私たちのこともね』
お姉ちゃんの言葉のおかげで少し不安が和らいだ気がした。緊張で震える手を握り締めて大きく息を吸う。そしてライオットさんのようにお腹に力を入れ声を張る。
「リェナスは!ついさっきいなくなりました。もう戻ってくることはありません!」
私の第一声を聞きざわつく部隊の人たち。構わず私は続ける。
「リェナスは最後に、全てを私に託すと言いました。だから。これからは私が、リェナスの娘であるフィースが!新たな魔王として、リェナスが築き守ってきた領地を!愛した民を!私が持つ力の全てを賭して守り抜くと誓います!だからどうか、このフィースに付いて来て欲しい。お願いします!」
話し終わるのと同時に勢いよく頭を下げる。私の行動に驚愕したのか、部隊のざわつきが増してしまう。そんな中、一際大きな声を出す人がいた。
「頭なんて下げないでください!リェナス様が認めたのですから堂々としていてください!そんなことしなくても付いて行きますよ!」
この言葉に続いて次々と声が上がり、やがて収拾がつかない状態になってしまった。その光景に安堵し涙が流れそうになる。
『笑いなさい。ママとの約束でしょう?』
お姉ちゃんに言われリェナスとの約束を思い出し必死に堪える。そして頭を上げ再び大きく息を吸う。すると部隊は私の声を聞くために一瞬で静かになった。
「みんなありがとう!これから、エルバスとの国境まで飛びます。ネグレスの部隊は現地の魔族の避難誘導をして一か所に集めてください。魔族との共存を望む人間も一緒にお願いします。そしてライオットの部隊ですがエルバス軍の侵攻を遅らせてください。魔族の避難が終わり次第全部隊撤退です。それでは、行きましょう!」
「「「「「おおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」
それぞれの部隊の先頭にネグレスとライオットさんが付いたのを確認し、大型の転移魔法陣を作り出す。転移のタイミングを分かりやすいように簡単に唱える。
「ターゲットロック!対象を指定の位置に移動させる!転移!」
発動と共にその場にいた全員が転移の光に包まれていった。
転移先の国境に到着した。部隊の人たちはリェナスの時から慣れているのか転移直後に行動を開始していった。私は全体の状況を把握するために翼で上空へと移動する。町の全体から煙が上がっており絶え間なく悲鳴が聞こえてくる。
『酷い光景ね。魔族や魔族に味方する人間を全て殺している。血と煙の臭いが混ざってて嫌な感じね』
私たちが遅れたから、こんなにも犠牲が…。
『今考えるべきはそこじゃないわ。一人でも多くの命を助けるのよ。さあ、行くわよ妹ちゃん!』
わかってる!瞬時に領域を展開し殺されそうになっている人を一時避難場所に移動させる。そして、突然目の前から姿が消え動揺している兵を後ろから蹴り飛ばす。次に脳内マップに映る近場の敵を目の前に転移させそのまま殴り飛ばす。
『妹ちゃんつよ~い!でも、このペースだと間に合わないわ。全員の位置を把握しているのは私たちだけなんだから効率よくやらないと。代わって』
お姉ちゃんに言われるまま身体の主導権を渡す。表に出たお姉ちゃんは展開している領域を拡大させ、魔族が住んでいる町全体を覆わせた。そして脳内マップの組分けを細かく指定し避難対象者を割り出していく。
「よし!それじゃあみんなぁ~、集まれぇ~!」
指をパチンッと鳴らした瞬間、ネグレスたちが集めている一時避難場所に対象の全員が転移した。同時に身体からごっそりと魔力が消える感覚がした。
「そして~。みんなぁ~、行ってらっしゃーい!」
再度指を鳴らし、避難対象者を全員我が城へと転移させた。大量に魔力が消え身体が重くなる。
「よし!じゃあ次は捕まってる人たちだね。行こぉ~」
お姉ちゃんが指を鳴らすと瞬時にエルバス城の上空へと転移した。すると今度は領域内の避難対象者を個別にロックし始めた。ロックが終わるとお姉ちゃんは指を鳴らし我が城へと転移させる。
「はい。おわりぃ~!」
一連の流れで魔力のほとんどを使い切ったが、短時間で目的を達成し無駄のない動きをもって目的を達成させてしまった。私は『リェナスに似た天才』という言葉に納得せざるを得なかった。
「さて、後はおバカさんを説教して終わりだね。妹ちゃんに返すねぇ」
え!?そのままお姉ちゃんがやれば良くない?
『だってお姉ちゃん、家族以外と会話したことないんだもん。どうなるかわからないわよ?』
そっか。でも、危なくなったら助けてね。
『それはお姉ちゃんとして当然よ!』
頼もしいお姉ちゃんと共にこの騒動の元凶の元へ向かった。
「さて、魔族が大嫌いなガルム様はどうするのかな?」
転移でエルバスの現王ガルムがいる王室に直接乗り込むと、以外にもガルムは衛兵を呼ぶこともなく落ち着いた態度とっていた。
「魔王リェナス。いや、リェナスの器というべきか。私の行いに文句があるのだろう?聞こうじゃないか。まあ、なぜ魔族を嫌い排斥しようとするのかを聞きたいんだろうけどね」
自分が魔族に敵わないことを知っての行動なのか、或いは何かの時間稼ぎなのか。ガルムは淡々と語りかけてくる。
「そんなにおかしなことかなぁ。他の国を見れば当然のことだと私は思うがね。エルバスが偶々リェナスに敗北し、魔族と共存する国になっていただけ。君たち魔族が感じる違和感に近いものは全てリェナスにより作り出されたものなのだよ。いずれ私のような者が現れると簡単に予想できただろう?魔族と共存したい人間だけを自分の領地に囲えばこんなことは起こらなかったのではないか?」
「そっちの言うことは間違いではないね。昔から人間と魔族は対立関係にあったのに、急に仲良くしろだなんて、受け入れられないのも当然。でも、ガルム様は王族でしょ?先代の王に忠告はされなかった?魔王リェナスを怒らせるなって」
「聞かされていたとも。聞かされていたが故にある考えにたどり着いた。我々エルバスの民が恐れているのは魔王リェナスであって、リェナス領の魔族ではない。つまり、リェナスが消えればエルバスは元の人間だけの国に戻すことができる。だが先代はどうだ?リェナスが姿を消したというのに攻め入ろうともせず、いつ帰ってくるかもわからない脅威に怯えて関係を維持し続ける道を選んだ。人間の誇りを捨てた先代ではエルバスを支配から解放することはできない。ならばどうするか。私がやるしかないだろう?」
で、色々やって今に至ると。いい加減飽きるわね、この話題。全然進まないんだもん。
『お姉ちゃん眠たくなってきちゃった。私たちがここに来た時点で計画は失敗したってわかっているだろうし、早く降参してくれないかしら?』
それならお姉ちゃんが脅すなりして終わらせればいいんじゃない?この人私の話聞かなさそうだし。
『脅すってどうやって?』
う~ん。リェナスがいないことを知らないみたいだからリェナスの真似をしてみるとか?
『ママの真似?それならお姉ちゃん得意よ!』
自信満々に言うと身体の主導権を持っていくお姉ちゃん。間違っても殺さないでね?
「おい、ガルムとやら。先程から聞いていれば我が部下を甘く見すぎではないか?」
「おやおや、ついに魔王リェナスの登場かな?一度話してみたかったんだ」
「残念だが敗者と話す舌は持ち合わせていなくてな。貴様が嫌う魔族ならエルバスから遠ざけた。我が軍も撤退した。残るは我のみだが、挑んでくるか?」
お得意の語りを無視され少しの憤りを見せたガルムだったが両手を開き無抵抗の意思を示す。
「では、今後も共存区域を侵すでないぞ。大人しくしていれば命までは取らん」
お姉ちゃんはそう言うと転移の魔法で帰ろうと指を鳴らす。しかし、転移は発動しなかった。その一瞬の隙をついてガルムに首輪を付けられてしまった。
「はははは!この時を待っていたんだ!リェナス、お前はもう私に逆らうことなどできない!」
「クッ!外れない!?何をした!」
「覚えてないのかい?洗脳の首輪だよ。あー、でも昔より改良されてるからなぁ」
魔法で外そうと試みるが発動しない。リェナスの魔法に特化した対策をこの部屋に施してあるようだ。
「無駄無駄。対策はバッチリなんだから」
そう言うとガルムは懐からスイッチを取り出し掲げて見せる。悦に浸るガルムの表情から全てを察し背筋が凍りついた。止める間もなくスイッチは押され首輪から奇怪な音がしたかと思うと全身を激痛が襲った。
「う、がああああああぁっぁぁぁぁああああぁっぁあぁぁ!!!!!」
全身を襲う激痛。鈍くなる思考。視界が狭まっていき何度も意識が飛びかける。
「ほう。抗うか!だがどこまで耐えられるかな?」
ガルムが再びスイッチを押すと激痛は強さを増し、立っていられないほどに全身が震える。程なくして、私たちの意識は暗闇に飲まれていった。
「気絶したか。しばらくは調教が必要だが、これでリェナスの力は私のものになった!最強の駒を手に入れたぞ!」
高笑いして喜ぶガルムだが、ふと背後に何者かの気配を感じた。慌てて振り返るとそこにはフードを深く被った小さな少女の姿があった。
「何者だ!なぜここにいる!おい!衛兵は何をしているのだ!」
少女は何も答えずただそこに立っているだけで何もして来ない。不気味に感じ近くにいるはずの衛兵を探しに扉を開くと、そこには血の海が広がっていた。
「ひぃ!?な、なんだこれは…」
バッと少女を振り返るとその場からは動いていないが、ジッとこちらを見ている。
「何をした!」
事の犯人を少女だと決めつけ怒鳴るガルム。そうしてやっと少女は動き出す。手をこちらに向けて伸ばし、持っているものを見せつけてくる。その手にはスイッチが握られていた。そこで初めてガルムは自分の手の中にあるはずのスイッチがないことに気付いた。
「貴様!それを返せ!」
少女の持つスイッチを取り返そうと勢いよく近づくが何かにぶつかり阻まれる。それと同時にガルムは首に違和感を感じた。ガルムは自身の首を触り確認する。そして青ざめた。少女は何かに向けて頷くとガルムを見てこう言った。
「ばいばい」
そしてスイッチは押されガルムは絶叫と共に倒れた。
どうも。私です。明けましておめでとうございます。年越しちゃいました。そして、区切りついていません。すみません。なるべく早く書くのでお待ちください。こんな感じでぐだぐだな私ですが、これからもよろしくお願いします。それではまた次回!




