がらんどうの後継姫
「王女ウァクウスよ。そなたを後継姫から外す」
とある高機族の城の一角で、一人の王女が廃嫡を言い渡された。
玉座に座る三日月角の雄々しい王が、心底陰鬱だという口調で続ける。
「せめて金子は下げ渡す。西の離宮にて支度をし、いずこへと立ち去るがよい」
実の子機になんの支援もない。という王らしからぬ宣言をする。無責任かつ、外聞も名誉も投げ捨てた行為だ。
王女、いや元王女ウァクウスは、父の慈悲にすがろうと鋼鉄の身体を鳴らして駆け出したが、父を守る重装槍機兵によって進路を阻まれる。
内蔵武器すら持たず、スラスターも飾りで使用できないひ弱な元王女は、屈強な駆動装置で動く兵によって押し返された。
よろめき転倒するウァクウス。特殊合金の床に外装がぶつかり、火花が走る。ただその程度で、ウァクウスの装甲には、目に見えて歪みと傷が刻まれる。
なんと紙装甲だ、と謁見の間に嘲笑が響く。
「お、お父様! お戯れをっ! こ、このようなことが……」
「なにをいうか!」
娘の懇願を兵に払わせた冷徹な父が怒鳴った。
「ウァクウス。そなたは遠くどころか近くの敵も察知できず、砲撃どころか転べばそのように凹む装甲。剣もろくに扱えず、銃を撃っても的に当たらないどころか、自分を撃つ始末。一応、通信機能はあるが……かといって優れた演算処理も無い。センサーも脆弱。しかも極め付けは……」
王はウァクウスの胴体を指し示す。
「そのがらんどうの身体だ」
転倒し、その衝撃でウァクウスの胴体前部が開いていた。
がらんどうの空間を恥じて、ウァクウスは慌てて胴体前部を閉じた。
「うう……」
元王女は何も言い返せなかった。
王女は武器どころかすら持たずに生まれ出た。
武家ならば少なくとも銃の一つ、王や候など高機族であれば、剣や槍などの武器や特殊装備などを持って生まれ出でるものである。
それがウァクウスには、どれ一つともなかった。
商家の子は高度な演算装置くらいついている。平民ですら、生来の農具や工具の腕など持って生まれることもあるのだ。
ウァクウスは何一つとりえのない平民と同じレベルであった。
いや、もっとひどいかもしれない。
ただ体の中に、ぽっかりとした空間。
『ない』という事が、胴体の真ん中にあった。
今でこそ後付けの装甲板を張り付けて隠しているが、開けてしまえば中は武器も特殊装備も補給物資もない。
「いったいどうすれば、そのような醜く、無能な子が産まれるのであろうな」
王は強力なセンサーを内蔵した三日月角を振り、頭を抑えた。
その姿を見て、ウァクウスはこれが現実なのだと受け入れた。
──優しかった父が変わってしまった。変わり果ててしまった。
──肩を赤く塗り替えてしまったかのように、別機になってしまった父。
その父の隣りには、ぎゅらぎゅらと無限軌道を鳴らすとてもカッコイイ! 継母の姿があった。
戦車にロボの上半身が取りつけられたレトロチックな現王妃、チャンバー王妃である。
「ふふふ……。やはり母がよろしくなかったのでしょうねぇ~。ギュラララララーァ!」
してやったり、というチャンバー王妃の高笑いが、ギュラギュラと響く。
背中の優美な滑腔砲が鈍く光る。前後にただ移動するだけで、けたたましく周囲を圧倒する騒音をかき鳴らす。
無限軌道の安定感。
やはり父も男であった。
機能美溢れる重装甲砲撃姫の魅力に勝てず、後妻の胸の装甲と無限軌道に陥落した。
『男の子って、こういうのが好きなんでしょ?』
彼女はこう言い、無限軌道で父である国王をひき逃げし誘惑したという。
──なんとふしだらな!
ウァクウスは継母に嫌悪感を抱いた。
美しくカッコいい無限軌道で、轢かれて落ちぬ男はいない。父は国王であっても男の子なのだ。
実母を失い、父がこの無限軌道継母を王宮に招き入れて以来、ウァクウスの立場は悪くなる一方だった。
くやしさで押し黙るそんなウァクウスを、嘲笑うもう一人の王妃がいた。
「仕方ありませんわ、父上」
娘に向けられるはずの愛情を、一身に受けるウァクウスの異母妹だ。
頭部から左右に垂れる二対のドリルが、ぎゅるぎゅると回転し美しい。
彼女は国王と無限軌道継母の娘だ。
「せめて、この子のようにドリルでもあれば、嫁にくらいだせたのだが……」
嘆かわしいと言い捨てる父に、ウァクウスは言い返せない。
「く……」
美しい。
憎き異母妹とはいえ、ウァクウスから見てもそのドリルは美しい。
父の三日月角にも凛々しいが、先を目指すドリルの三角錐はまさに美の頂点と言えた。
誇らしげに両手のドリルを回す継母。動かずとも重厚な無限軌道の機能美もまた羨望の的だ。
それに比べて自分はなんと醜いことである。
ウァクウスは自分の貧相な手足と、空っぽの胴体。
こうして廃嫡されたウァクウスは、数日の準備のあと、王都から立ち去った。
下げ渡された屋敷もあったが、ウァクウスは向かう気が起きず、護衛機もつけられなかったことも幸いと、思い出の森へと足を向けた。
母が生まれたという深い森に立ち入り、一緒に補給を受けた丘の上で、静かに泣き過ごす。
「もう自解してしまおうかしら……」
そう呟きながら、ウァクウスはスリープモードへと移行した。
+ + + + + + + + +
違和感。
ウァクウスは今までにない感触を覚え、目を覚ました。
がらんどうであるはずのお腹が暖かい?
わずかに重量が増えている?
炭素生命体?
近くの森の動物でも、コンプレックスであるがらんどうの胴体に入りこんだのか?
「…………これはファイヤコントロールか。こっちは……モニタ……ないじゃん。じゃあスマホで……うわ、青牙のヴァージョン古! えっと、OSのヴァージョン落として……」
声が聞こえた。
恥ずべきウァクウスのがらんどうの胴体から、子供の声が聞こえた。
アイシャッターを開いて見下ろすと、後付けした装甲が開けられ、小型の機械人…………機械?
いや、生命反応があり、機械類の反応はまるでない。
そんな動物が入り込んでウァクウスの内部をあれこれと弄っていた。
「な、なにをしてるんですの! あなた!」
「うわ、びっくりした」
内部にいた黒い髪の動物が、ウァクウスの声に驚いて辺りを見回す。
そして話しかけたのがウァクウスと気が付いて、嬉しそうに声を上げた。
「なにこれ! すげー、ロボットじゃん! AIを積んでるのか!」
「ロボ……AI?」
「あんた、AIなんだろ? いやー、高校に行こうと思ったら、なぜか森に居て困ってたんだ。君がいればなんとかなるかと思って……」
「こうこう? あなた、何を言って……」
会話が成り立ちそうにない。
そうウァクウスが思った瞬間、空から砲弾が降り注ぎ、ウァクウスの身体を吹き飛ばした。
「きゃ、な、なんですのーっ!」
ウァクウスは全壊したと思った。
吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ、バラバラになると思った。
しかし――。
「こんちくしょーっ!」
胴体内の炭素生命体が叫んで、必死に内部のレバーを動かしてトグルスイッチを片っ端から跳ね上げる。
すると、信じられないことにウァクウスの身体が勝手に動いた。
まともに走ることすらできなかった運動性のウァクウスが、低空で身を翻して全身の関節で衝撃を吸収し、ズン……と危なげなく地上に着地した。
「あら? わたくし…………どうしたの?」
「ふう。なんとかボクの体幹を読み取ってくれたか……」
呆然とするウァクウスに対し、炭素生命体はホッとしながらも達成感でほくそ笑んでいた。
「さて、と。砲撃してきたのはあっちか。望遠は……ああ、前世紀のデジカメと同じなんだ、この操作。とっさに操作しにくい……」
「あ、あわわ! わたくしの目が! ええ! 遠くが見える……。ええっ! うそ! あ、あれは我が国の兵……」
炭素生命体が光る板をなぞると、ウァクウスの視界が狭まり、砲撃が飛んできたほうをズームアップする。
そして襲撃者の姿を見て、ウァクウスは絶句する。
「ん? 我が国の兵? そんなのに、あんた狙われてるの?」
「まさか父がわたくしを……無きものに」
「そうか。じゃあ、敵か?」
「味方です。いえ、……味方でした」
「よーし、じゃあ戦おうぜー」
炭素生命体が気軽にそんなことをいった。
「そ、そんな! わたくしはなにもできない……ああっ! だ、だめ! 高貴たるわたくしのそんなところを撫でるなどっ! ええ、いやーーーっ!」
ムズ痒さから絶叫すると同時に、ウァクウスの両手から見たこともない光が放たれた。
閃光一閃。
油断し、陣地転換の準備すらしてなかった砲兵たちの一部が、その閃光の中に消えた。
「な、なんか出たー!」
ウァクウスは自分の攻撃に驚きながら、中にいる炭素生命体が自分を制御していると悟った。
なにしろ、逃げようとしているのに、自由が効かない。
炭素生命体の両手が内部のレバーを動かすたび、ウァクウスの腕が動く。
炭素生命体の両足が板を踏むたびに、ウァクウスは立ち上がっていく。
「あなたが……わたくしを操っているの……ですか?」
「そう。ボクが操縦している!」
「操、縦? 操縦とは?」
「ボクが君を操ってるってこと」
「……そうなのですか」
一周まわって冷静なウァクウスに対し、暗殺にきていた機兵たちは浮足立っていた。
砲兵たちは半壊している。
ただ破壊確認に来ただけのつもりで、近くの茂みに隠れていた機兵たちは、騒ぎ出してその存在を露呈させる。
「な、なんだ!」
「あいつ、がらんどう姫じゃないのか!」
「そんなばかな! 武器を持っていたのか? 話がちがうぞ!」
「じ、自分はあの武器を見ていません!」
慌てた機兵たちは、射程外から銃を乱射し始める。
それを見て、がらんどう内の炭素生命体は笑った。
「はは、まるで素人だな! ……じゃあ遊んでも大丈夫そうだな!」
「や、やめてくださいましーーーーっ! あああ、またなんか出た! なんかきたー! なんかわたくし空飛んだー! なんか光ったーいやーっ! 森の外で待機してる騎兵の数がわかるーーっ! うそーっ! 兵の武器を、引きちぎって引っ張り出してわたくしの中につないで、なんか使いこなせるーっ! 」
屈強な機兵たちを、軽い薄い脆弱なウァクウスが、撫でるように端から壊滅させていく。
内蔵された光の武器で切り裂き、蒸発させ、兵の武器を奪って、周囲の兵を無惨な残骸へと変えていく。
「わたくし、どうなってしまうのーーーーっ!!」
「君が勝者になるんだよ!」
+ + + + + + + + +
思い出の森に、残骸が散らばっている。
燻る兵の残骸を、二人は丘の上から見下ろしていた。
ウァクウスは炭素生命体の操縦から解放され、あまりの光景に膝をつく。
森で襲撃を受けて丸一日。
ようやく二度目の暗殺を退け、ウァクウスは自由を取り戻した。
「よっ、と」
膝をつく体勢がちょうど駐機状態となり、タイミングを見計らって炭素生命体はウァクウスのがらんどうの胴体から飛び降りた。
「わたくし…………これをわたくしがやったの?」
「ボクがヤッたんだけどね」
呆けるウァクウスが呟くと、炭素生命体は疲れたと腕を回しつつ答えた。
「君は無能とか言われていたようだけど、それは違う。君は誰かに乗ってもらって、初めて真価を発揮するんだよ」
「それがこの結果ですの?」
「そうだね。これが君の力だ」
「そ、そんな話、聞いたことありませんわ」
「それがボクの世界じゃあたりまえなんだけどね」
炭素生命体は笑った。
表情など分からないが、ウァクウスには笑ったように見えた。
「戦ってる最中の会話でだいたい事情はわかったけど、君も苦労してるんだね」
自由を取り戻したウァクウスは、黙ってうなずき肯定した。
「…………君はこれからどうする?」
炭素生命体が問いかける。
いままでふざけていた様子が微塵もない。
「わたくしは……」
炭素生命体はある程度事情を知った。
そのうえで、選ばせようとしてくれている。
協力してくれるかもしれない。
ウァクウスの卑小な復讐心を満たしてくれるかもしれない……。
そんな思いを抱きつつ答える。
「あなたの世界を見てみたいですわ。あなた学生さんなのでしょ? どんな世界なのか、どんな学びがあるのか……。とても興味があるの」
彼はこの世界ではないところから来たという。
たった一日、数回の会話でしか聞いたことない彼の世界だが、ウァクウスはとても興味を抱いていた。
炭素生命体が高い知能を持ち、自我の無いを『我々』を操縦する世界に。
「それは大変……困ったなぁ……」
ウァクウスの答えに、彼は頭を掻いた。
彼女は気が付かなかった。学生である彼が、異常なほど戦いなれていることに。
あまりに種が違い、あまりに体格差のある彼の表情を、ウァクウスは正確に読み取ることができない。
「どうやってボクはこの世界にきたかわからないんだ。帰りたいけど、帰る手段を探さないと……」
「では利害も一致しましたわね」
「そうか。そうとも言えるね」
こうしてがらんどうのお姫様は、大切な存在をその中に抱き、異なる世界を目指して立ち上がった。
おもいついて1時間30分でやりました
2024/05/31 500文字ほど加筆しました
劇中の彼は一般人としておかしいですね。きっとウァクウスと同じ操作をするVRゲームとかあるんでしょう(すっとぼけ




