しばらく人付き合いは、いいや。
最近、順調だと思っていたのだけれど、やっぱりちょっと順調すぎたのよね。
真っ暗な森の中で息を付き、私は遠くの火を見遣った。
たくさんの松明の明かり。
私を探しているのだろうか。
集団に追われるとか、メッチャ怖い。
「…平気よ。何ならアイテムボックスに隠れていたっていいの。食料も随時備蓄していたから、籠城戦にも対応できるわ」
自分を宥めるように呟いた。
別に、捕まったからといって犯罪者扱いされるわけではない。
ちょっと、意に染まぬお仕事を半強制的にさせられるだけ。
期限も不明でね。
…真っ平ご免なり。
「自国で騎士にならない私が、なんで他国の騎士団にお仕えせねばならんの。そういうとこ、ホント、セロームは駄目な子だわ」
未だにセロームに素顔を見せてないことの意味を、彼は全く理解していなかった。最後の最後に、私が暴言を吐くまで。
ジョブチェンジとか臨時収入とか、悪乗りしてパレットナイフを武器用の強靱な金属で作ってくれたりとか、…根本的には悪いことばかりがあったわけじゃない。
それでも、シャンビータにそこまで尽くす義理はないわ。
手の中には、セディエ君からの個人的なお礼。
侯爵家次男印の、身元保証書。
兄とは違って、彼は正しく理解していた。
私がフードを取らないのは、私が侯爵家に心を開いてはいないからだと。
当然よね。
一時関わっただけの相手に安々と顔をさらすんなら、最初っから隠す必要なんてなくない?
セロームは「セディエには見せた」ってしつこかったけど、あれは事故ですわよ!
「…まあ…アレよ。この国には女王が治めていた時代はなかったってわかった。目的は達したから、次へ向かっても問題ないわけよ。いいじゃない、命を助けた相手が情報源だなんて、それっぽくてさ」
わざと明るく言う。
空元気だって元気だよって、昔誰かが言っていた気がする。
本当はね、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけがっかりしたの。セロームが、私を騎士団に売り渡そうとしたこと。
ううん、きっと、売ろうという意識さえなかったのかも。
何にも言わずに、騎士団が来るまで私を屋敷に足止めした。
ただ、それだけだ。
交渉の場を設けた、なんて。
笑っちゃう。
騎士団に囲まれて、高圧的に大義名分をかざされて。協力しないなんてこの国を危機にさらす、罪になるかもとまで言われて…それを交渉とは呼ばないわ。
彼は彼なりに、自分の国のためにとそうしたのでしょう。
私の都合を考えないのは最初からだったものね。
だけど、裏切られたと落ち込む程の信頼は、私だってしていなかった。
むしろ「セロームは友達じゃないから別にいいや」って言ったら、相手のほうがショックを受けていたという。なんでだい。
あやつ、まさか友達だと思っている相手を騎士団に売ったのかな…意味わからん。
ショックなんかじゃない。
ちょっと、がっかりしただけ。ほんのちょっとだもん。
平気よ。思ったより良い結果にはならなかったけれど、最悪というほどでもない。そんなのは、よくあること。
…きっと、私が悪いのよ。
親しくなる勇気もないのに、長居をしすぎたんだわ。
陰っていた月が、頭上で雲から逃れ出た。
細い月。
森の中でこの程度の明るさなら、見つからずに逃げおおせてみせる。
だって。
あの態度の騎士団のために、働く気にはならないもの。
セディエ君はいい人だったのに。
ちぇ。何だい、あの騎士団。
溜息をついて、私は歩き出した。
地図を買っておいて良かった。
一応、次の目的地は決めている。
セディエ君が魔物と戦っていた頃、魔物討伐隊の中には「金の髪に紫の目の魔法使い」がいたのだという。
直接知っているわけではないが、綺麗な顔立ちをしていたという噂を聞いたようだ。
侯爵家で唯一私の素顔をチラ見した彼は、希少な魔法使いという狭い枠組みの中で、似たような色合いと綺麗な顔立ちを持つ私とその魔法使いに共通点を見出したらしい。
正直、私の髪も目も、色自体は珍しいものではない。
お母様と私も、言葉の上では「金髪に紫の目」だが、実際の色味も違う。
けれどその魔法使いが「珍しい魔法を使っていたらしい」となれば話は別だった。
母方血縁者の可能性を考え、その人を探してみようと思っている。
私は、お母様が使えた魔法を知らない。
自分に使えるのかどうかさえ、わからない…ので…いや、その…本気で私と関係がありそうなのかと言えば、実に微妙なんだけど。
どうせ行き先の手がかりなんて何にもない旅なのだから、何にでも飛びついてみるか、くらいの気持ち。
セディエ君の話によればその魔法使いは男で、年は二十代。
騎士団所属ではなく、流れの冒険者であったため、出身は他国であるという以外不明。
魔物退治の途中で魔法使いとの契約期間が切れ、更新させようとするも、魔法使いがこれを拒否。
例によって騎士達は彼を囲み、強制的な協力を取り付けようとしたらしい。
結果、魔法使いは「旅の途中で会った騎士がどうしてもって頼むから期間限定で契約してやったけど、継続しないと囲むとか意味不明。腹立つからもう予定通りバンデド行くわ」と言って失踪。
囲んだ騎士達は魔法でボコボコにされた。
囲まれシンパシー。
と、いうわけで当面の目的は決定。
その魔法使いをちょっと探してみよう。
「でもバンデド…は、結構遠いなぁ」
この国の隣の隣らしいよ。
入ったばかりだというのに、もう出国準備って。
まだここ、国の端っこですからね!
しかしながら、結果だけ見てみれば悪くないさ。テンション上げていこう。
鎧も手袋も靴も新調した。
お金も絵の具も補充され、冒険絵師としてとっかかりも得た。
バルザン達を描いた絵なんて、売店に置いてもらうつもりが、なんと冒険者ギルドのギルド長が高値で買い取ったのだぜ。
ギルドに飾ってくれるんだって。臨場感のある良い絵だと褒められた。えっへん。
あれもこれも、うっかりがっかりマッチョのセロームと関わったから起きたことだ。
依頼を受けなければ、私はこの街で絵の具や鎧を買って、立ち去っただろう。
転職したり、ダンジョン壁を掘ったり、冒険者の絵を描いたりは出来なかったはずだ。
前世で最低を知っている私は、現状を最低だとは判じられなかった。
良いことだって幾つもあったのに、悪い思い出にはしたくないと、頑なに心が言う。
…それならそれでいいと思う。
辛くないように、自分に言い訳を重ねよう。
得意だ。
ここでシャンビータを立ち去るのも、いいことなの。引き際も綺麗なのだ!
敗走じゃないのです。やることを終えたから立ち去るだけです。
そう、私は正解を引き当て続けていると言えなくもないのさ。ぴんぽんぴんぽーん。
気分はゼランディ横断ウルトラクイズ…願わくば、バブリーな賞品が待っていますように。潮が満ちると沈む島とかイイ。
「ふーんふーんふーん♪ ふーふふふふーん♪」
テーマ曲が脳内エンドレス。
何となく楽しい気分になった。鼻唄も出ちゃう。
でもなぜか途中から竜クエストの戦闘音楽にすり替わっちゃう。おかしいな。
そういえば私、忍者君の歌も途中で海苔巻きさんの歌にすり替わっちゃうのよね。
目にも留まらぬ早業で、ぴーっぴぴっぴぃぴっぺっぽ!してしまうのよ。
そこからはもう済し崩しに、ペンギン村へ一直線。
全ての道はペンギン村へ通ずる。
脳内ばかりが忙しいままに夜通し歩き続け、空が白み始める頃には、追っ手など影も形も見えなくなっていた。
幸いにも資金は潤沢、小銭も大量。
しばらくは冒険者活動を控えましょう。
ギルド銀行も便利なんだろうけれど、出金や両替をしようとして、騎士団に嗅ぎつけられないとは限らない。アイテムボックス貯金が一番間違いないわ。
街道に沿わない、道なき道。
フードを肩に落として、グリューベルを哨戒に飛ばす。
顔も能力も隠す必要がない。
一人って楽だ。
「シャンビータでは、ちょっと人との交流を頑張りすぎちゃったのかもしれないわね。しばらくご隠居で丁度いいかも」
ああ、でもやっぱり、移動手段が徒歩しかないのは退屈かなぁ。
車。自転車。
無理よね、オフロードも然る事ながら、万一誰かに見られたら終わる。
じゃあ、やっぱり馬しかないのか。
馬なぁ…観察不足なんだよなぁ…。
「乗り物、乗り物…は、お兄ちゃん」
そうして私は、黄色いマント付きのファントムさんを召喚した。
さあ、行け、チョコ坊!
その背におぶさり、悪乗りダーッシュ!
速度重視のイメージが、彼に低めの前傾姿勢を取らせるのだろうか。
風を切り疾走するその姿、まさに幻影の如し。
ふっ、通りすがりの狐よ、残念だったな。それは残像だ!
速い。
速いけど、すごく揺れる。
快適さがまるで考慮されていない。
既に遠くへ追いやっていたはずの出奔の記憶が、走馬灯として甦るのに、然程の時間はかからなかった。
乗り物としてのお兄ちゃんの性能、斯く有りや。
…うぅ、酔った。




