もらいすぎ⇒次回、差引きゼロ
バルザンチームの了承を得たので、私は喜び勇んで絵を描いた。
ビッグなスネークと対峙する3人の冒険者だ。私も鱗拾いに参加したので、時が経っていても蛇の質感を上手に絵に描けます。
この鱗もねぇ…リアルな蛇の抜け殻だったら、金運上がるって言われても拾うの躊躇うとこだったけど、金属板みたいな感触だからあんまり抵抗なかった。
「力ある魔物の素材は、魔道具に使ったりもするらしいね。ギルドに納品するのが一般的かと思ってたのだけど」
「うん。御守りを作るのにも良いらしいね。山の民の集落でも、表面が平らな素材は加工のしがいがあるって聞いたよ。好きなだけ模様が描けるって」
返した言葉に、セディエ君は苦笑した。
私の手元には三角形にカットした鱗。3点に穴を開けて、新しいマントに装飾として縫い付けているの…怪しまれたのだろうか。
一応、売り物にならない砕けた鱗を選んだのですけれど…もしや割れてない鱗すらギルドに納品してないの、バレてんのかな。
何か言われたら擦り潰して色粉にするって言い張るから、いい。
絵師的にオッケー。
だって綺麗だし、使えるなら取っておきたいもん。今はお金に困ってないのだし。
色んな御守りの作り方は聞いているから、実はこれにも彫り込んでいるのですよ。
目立たないよう裏返しに縫い付けてる。
マントにはあとで刺繍も入れる気満々。異国情緒溢れる旅人を目指すのだ。
ただ、あんまり細かくて上手な刺繍を人前で披露すると、フランさんが男子っぽく見えないから控えているのだよ。
当初は孤児設定だったから小汚い方が都合が良かったけど、冒険者として活動する分には汚いのがいいってわけじゃないのよね。
絡まれないためにはあんまりお高そうな装備で固めていない方が良いけど、お洒落くらいはしてもいいでしょ。
セディエ君はベッドから出られるようになったので、たまに私をお茶に誘う。
リハビリがてら庭を歩いたりもする。
まだ体力は戻りきっていないけれど、もう、だいぶ良いような気がするのだ。
そろそろ回復役が、侯爵家にべったりしていなくても良い時期…だと思い、既に依頼の終了を打診している。
しかしながらセロームが、何か私にくれるものを発注してしまったそうなので、もうしばらく屋敷に留まってほしいらしい。
そんなにいらないよって言ってはいるのだけれど、セロームはせっせと何かを私に貢いでくる。
侯爵夫妻もアホみたいな金額をギルド貯金に振り込んでくれたし、それとは別に便宜を図り続け、未だ欲しいものはないかと繰り返してくる。
これだけ受け取ったら許されるだろう。
いや、上から目線みたいになっちゃうけど、違うのよ。
私だって、もしもお母様が…。あのとき、回復魔法使いが偶然にもいて、お母様を助けてくれていたとしたら、何が何でも全力のお礼をした。
形式通りみたいなお礼では全然気なんか済まなかっただろう。
だから、ある程度高額な報酬や大荷物になってしまったとしても、家族の気が済むのなら受け取ろうと思った。
きっと、二度と会わない人々なのだ。
ならば全力で受け取るのも、回復したものの勤めかな、とか。
色々考えたのよ。
そういや、なぜかここの侯爵家の後継ぎはセロームではなく、次男のセディエ君なのだそうだ。
私が救ったのはただの次男ではなく、次期当主だったのだ。
セロームお兄ちゃんの根回しによって、いつの間にか自分が継ぐことになっていたのだとセディエ君は笑う。
でもまぁ、うっかりマッチョよりは弟君のほうが思慮深そうよね。悪いけど。
私は今、屋敷で過ごすことが多い。
冒険絵師としての名を挙げるのは構わないが、ただでさえ侯爵家の件で一部知られているのに、回復魔法とか腕っぷしとかで更に目立つのは本意じゃない。
大蛇が出るとこまで行ったのは、なんか猿が強くって逃げたら逆方向だったということにしておいた。フゥー、生きて帰れて運が良かったぜ。(棒)
半信半疑な人もいるだろうけど、所詮絵師と侮る人だっている。
そして何も行動しなければ、噂など日々の生活に埋没してしまうもの。
つまり今、魔物退治に力を入れてはいけない。
旅立ちを視野に入れているから、新規で絵画の作成を受けるわけにもいかない。
依頼者が出ないよう人との接触も控えるべき。
あまり出歩かないほうがいいだろう。
そんなわけでちょっとばかり手持ち無沙汰になる時間が多くなり、侯爵家次男と過ごす時間もちょっぴり増量中。
しかも為になる話も多いので、セロームと会話するよりも有意義な気がする。
助けられて、自己満足どころか利益まであった好人物なのだ。
素顔は見られたけどね。
色んな世間話の隙間に突っ込んで、知り合いの話として、己のルーツを追い女王がいた国を探している人がいると伝えた。
するとあっさりと「他の国のことはわからないけれど、この国では女王が立ったことはない」という話が聞けた。
あまり王族の話を突っ込んで聞くとスパイではないかと怪しまれそうなので、こんなに素早く吐いてくれたのは僥倖。
あとは騎士であるせいか、なんか従士隊にいた頃の先生を思い出して親しみやすい。
口調や物腰も丁寧だ。
正直、侯爵家相手に旅人の私がこの口調というのは如何なものかと思うのだけれど…兄弟揃って通常の口調を所望されたのだ。
さすがに当主夫妻なら頼まれてもできないけど、令嬢でないフランには取り繕うべき世間体もないので、兄弟相手には許容した。
オルタンシアとしてなら、他国貴族にこんな態度絶対しませんわ。
万が一にもお父様に何らかの皺寄せが来たら困るからね。
内緒だけど、個人的なプレゼントとして、セディエ君に絵を描こうかと思う。
セロームから冗談ぽく家族の肖像を頼まれたことはあるけれど、結局話を煮詰めることはなかった。
セロームも侯爵夫妻も、魔物退治が終わってからその後始末と滞り気味だった通常業務とで本当に忙しいらしい。
別に家族が忙しいからって寂しがるような年でもないだろうけれど、あれだけの仲良し家族ならば一枚くらい集合写真ならぬ肖像があってもいいと思うのだよ。
デジカメなんて便利な代物を知っている私だからそう思うのだろうか。
私も、一枚くらい画家にお願いしておけば良かったかなって思うもの。
自分で描くことは出来るけれど、亡くなった人と自分を共に描く行為はもはや願望の混じった妄想でしかないうえ、後妻が来た今となっては、嫌味と捉えられ兼ねない。
…おおっと、なんか思考が暗くなっていたぜ。
まあ、要は危険と隣合わせのこんな世の中だから、思いついたことはできるだけしようってことよ!




