なんで冒険者やってるの?(ブーメラン)
高級店の店員は、流石に態度が違うな。
一介の冒険者相手にもこの対応とは、教育が行き届いているな。
そんな勘違いは、一瞬で蒸発した。
「いらっしゃいませ、セローム様。シャンヴィエ侯爵家の若君にご利用いただけるとは、光栄の至りでございます」
誰だ、それは。
「ワカ、ギミ」
思わず、うっかりマッチョを二度見。
マッチョは困り顔で、店員さんに頷いた。そして店員はそれだけで察したらしい。
「…これは余計なことを…。大変申し訳ございません」
「いや、何の説明もなく来たのは俺だからな。…参ったな。見たか、フラン。このようにして、行いは我が身に返るんだな」
冒険者ギルドでフランの秘密をバラしたら、即行で己の秘密もバラされた、というわけですね。
因果応報さん、仕事が早すぎて笑う。
「そうだねぇ。それじゃあ、痛み分けにしようかな」
「やった、助かった。…ああ、却って事態が好転したので気にしないでくれ。それより、商談に使いたいのだが」
はらはらとこちらを窺っていた店員さんにそう告げ、セロームは個室希望の旨を伝える。
速やかにご案内された先は、品の良い内装で纏められていた。
…が、見覚えのある額縁と花の絵。
テーブルに向かう途中で立ち止まってしげしげと眺めていると、店員さんが「その絵がお気に召しましたか?」と尋ねてきた。
「あ、いや。多分これは私が4年くらい前に描いたものかな、と」
お母様の指輪の縁の柄とお父様のカフスの縁の柄を合わせ、こっそりと花瓶の模様に採用したのだ。この花瓶は現実に存在しない、だから身バレにも繋がらない…と考えて描いたものだ。
生けられている花は一般的に売られているもので、珍しくもない。
ちなみに実際に生花と花瓶を見て描いたわけではないので、脳内生け花である。
この角度固定して生けるの、多分素人の私には難しい。
「なんと! これは店主が隣国に行った際、一目惚れしたと手に入れてきたものなのです。花の瑞々しさも然る事ながら、窓の向こうの朝焼けが実に美しいと」
えー、嬉しい。
そうなの、実は空にメッチャ力を入れたのよ、コレ。
わかってくれるだなんて、お客様、お目が高いですわ。
高級店に飾られちゃってる私の絵、すごいじゃん。
もう絵師が天職じゃんね。
返す返すもジョブチェンジの空振りが悔やまれる。
「出来ればもう何点か作品が欲しかったそうなのですが、探そうにもサインもなく、画家の特定ができなかったとか」
「その頃はまだ、名を出すのに少し慎重になる必要があったもので…。でも、強いて言うのなら画板のこの辺に、こんな感じのマークが入っていれば私の絵ですよ。それがサイン代わりなので」
是非とも探してみて下さい。そして何かの際に買ってやって下さい。えへへ。
店主は私の絵が欲しくて、滞在中にそこらの画商を探し回ったけれど、結局他には入手できなかったのだと店員さんは語った。
卸しているのは一ヵ所だけだし、わりとすぐ売れてくれるみたいなので、確かに短期で狙っても見つからないのかなとは思う。
うぅ、店員さんめ、どれだけ私を喜ばせる気だ。
…もっと描いてあげようかって言いたくなっちゃう。
落ち着くのよ、私。
「本当に絵描きだったのか」
ついオルタンマークにまで言及したところ、セロームが目を真ん丸にしていた。
ふふ、そうよ?
今は堂々と「フランが描きましたが何か?」と言えるのである。
一目惚れとか嬉しいので、ニコニコしちゃうな。フード越しで見えないだろうけど。
「冗談の多い剣士だと思っていたのに。お前って、何だかよくわからないな」
「あ、依頼を取り下げるって話?」
「い、いや、そう、追加で絵の依頼もしようかなって話だ」
「…若君、よろしければ是非うちの店主にもお話の機会をいただければと思います」
店員さんもアピールしてきた。
なんだと…そっちは歓迎したいじゃないか。
「まあ、私が今回シャンビータにどれだけ滞在するかというのも、セロームとのお話にかかっているわけだよね」
侯爵家の若君とかいうヤツからの依頼が気になるので、自分の話はこの辺で切り上げましょう。そうしましょう。
さっさとテーブルについて見せると、店員さんは心得たように会釈をした。
セロームも席につき、メニューも見ずにおまかせを頼んで部屋から店員さんを下がらせる。
…メニューはちょっと見たかったよね。
お勧めの説明とかも、聞きたかったよね。
気の利かないマッチョめ。
庶民派のお料理も好きだけど、高級料理は久し振りなのだよ。
…なんて考えていたら、性急な侯爵家の若君は表情を引き締めて、バサッと本題に切り込んだ。
「魔物に取り憑かれた弟に回復魔法をかけてほしい。しかし、魔物は魔力を吸収する性質を持ち、近くで魔法を使うと攻撃もしてくる」
「…おぉぅ…?」
結構な大事だった。
魔物に取り憑かれたって。
侯爵家の人間としては、信用できるかどうかも定かではない相手に、軽々と口にしていいことではないのではないだろうか。
「…それって、今日会ったばかりの人間に頼むことかな」
侯爵様に叱られるのではないかね。
そんな心配は、しかしセロームの溜息にかき消される。
「領内にはもう、弟に回復魔法をかけてくれる魔法使いはいない。…フランはシャンビータの名前さえ知らなかったから、何としても引き受けてもらおうと思った。回復魔法使いの募集だけなら、ずっと、ずっとかけているんだ」
そうして彼は話し始めた。
ゼランディでは結構前に、こことは別の貴族領で魔物が現れて集落が壊滅し、大騒ぎになったことがあったとか。
そのときのものと似た魔物がまた現れたとの報告を受けて、国から派遣された騎士団が討伐に向かった。
騎士団に所属していたセロームの弟は、そこで魔物と交戦。
魔物に取り憑かれ、戦えなくなったとの知らせを受けて、彼は自ら弟を引き取りにいったという。
魔力を奪うという魔物の性質、希少な魔法使いが優先される治療。
簡素な部屋で碌な治療も受けられないままの騎士達。
何人もの騎士が既に命を落としていた。
このままでは、弟も長くはない。
「あの魔物は魔力を奪う。魔石ですら、近くに置けば取り込むほど貪欲だ。取り憑いた魔物は日に日に肥大し、以前は一日数時間でも起きていられた弟は、もう、何日も魔力切れで昏倒している」
医者に処方された魔力回復薬を与えようと近付いても、薬から魔力の気配を察した魔物にそれを奪われ、飲ませるには至らないのだという。
今は何とか魔力増進作用のある食材を口にねじ込むことで生き長らえているのだとか。
それが、彼が自ら採集なんてしていた理由だった。
新鮮な薬草を調理に使えば、少しでも多くの効果が見込めるから。
「近くで魔法を使うと魔物が攻撃をしてくることがわかっている。ようやく見つけて頼んだ回復魔法使いはそれで負傷し、二度と引き受けてはくれなかった。他の魔法使いも探したが、もう、この話はとっくに領内に広まっている。回復魔法使いは希少で。そして、身を守る術には長けていない場合が多いから…断られるのは当然だって…わかっては、いるんだが…」
言われてみれば、教会関係者に発現しやすい能力だったね。
シスターだって、魔物と戦う力はない。
成程。その点、私ならば…。
「回復魔法をかけたときに、セロームは同席していなかったの? 貴方は一応冒険者なのだから、魔法使いを守れたのでは?」
「その頃はまだ魔物について詳細がわかっていなくてな、部屋の外にいた。扉は開け放したままだったから、負傷した魔法使いを魔物から取り返すことには成功したが…その様が人目に曝されたことは大きい。家族以外の人間は、もう、誰も部屋に近付いてはくれないよ」
「…それは、使用人も?」
「当然だ。魔物に取り憑かれた人間が領都にいることさえ、許せないというものは多い。このままでは安心して暮らせないと、ひっきりなしに嘆願書が届けられているからな」
沈黙が室内に満ちた。
何と言葉をかけたものかと思案していると、食事が運ばれてきてしまった。
こ、この重たい空気の中でご飯ですか。
あ、でも美味しそう。
一向にマントを脱ぐ気配のない私を見つけても、食事を運んできた店員さんは何も言わなかった。安心して、フードを被ったままいただきますです。
「…フラン」
「はい?」
「お前…食べ方、綺麗だな」
ええ、一応は貴族令嬢なので。
しかしさすがに言えないので「どうも」とだけ返しておいた。
美味しいご飯はセロームを助けた報酬だ。私には臆せず受け取る権利がある。だから、遠慮などせずにしっかりと食べた。
「それで、そっちの依頼の報酬は何かな?」
代わりにそんな言葉を投げかけると、セロームは驚いたように顔を上げた。
理解に時間がかかったのか、次第にその顔に喜色が灯る。
「引き受けてくれるか!」
「私が回復魔法をかけても、良くなるという保証はないよ。それでも、いいのなら…私自身が魔物に害されずに回復魔法を試すことくらいは出来ると思う」
それでいいと、セロームは破顔した。
報酬は、逆に何がいいのかと問われてしまった。
特に思いつかないので、出来高制でお願いしてみる。
だって、全く役立たずに終わる可能性もあるよね。
魔力切れなんて回復魔法では良くならないような気がするし…どちらかというと魔物の討伐をしたほうが良いとは思うのだけど。
それを頼まない、頼めない理由もあるのだろうか。
魔物に取り憑かれるというのがどういう状態なのか、ちょっと想像つかないしな…。
エクソシストとか聞いたことないけど、いるのかしら。
食事のあと、私は侯爵家に連れていかれることになった。
マントもフードも取りたくないから宿を取るという私に、それでも良いから侯爵家に滞在してほしいというのだ。
正直、セロームは良くても侯爵夫妻がいいって言うとは思えなかったのだけれど。
だ、けれども。
息子が魔物に取り憑かれて、命を落としそうな状態の、侯爵夫妻というのは。
「無理を言っただろうに、引き受けてくれて感謝する。もはや回復魔法で治るものなのかもわからないことは、承知の上だ」
「どうか息子に、セディエに回復魔法をかけてやって下さい。もし、もしも、助からなかったとしても、少しは苦しみが癒されるでしょうからっ…」
痩せ細って、青白い顔の、夫婦。
顔を伏せて涙をこぼす夫人の肩を、侯爵がそっと抱き寄せている。
セロームも、それを痛々しそうに見ていた。
…ちょっと、鼻の奥がツンと来やがった。
弟君はとっても愛されているらしい。
もしも私が魔物に取り憑かれて死にかけたとしたら、きっと、お父様とお母様だってこんな風になっちゃったよね…。
地位の高い貴族が一縷の可能性に賭けて、突然現れたこんな怪しい旅人に、頭を下げて頼み込むくらい。彼らは追い詰められている。
これは、さぁ。
私、ねぇ。
頑張らないと、駄目だよね!




