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街まで行こう



 私が街へ行く許可をもぎ取れたのは、アンディラートの腕がヴィスダード様から一定の評価を貰ったからなのだという。

 珍しくも、お父様が、ぐぬぬしている。


 私が街に行きたがっていると息子から相談されたヴィスダード様は「アンディラートがある程度強くなったら護衛につけるから、行かせてやれば? 何ならそのときは保護者として自分も一緒に行くよ」とお父様に持ちかけたらしい。

 何ヶ月か前に剣を持ったばかりのアンディラートだ。ましてや、5歳児。

 お父様は当然、護衛を任せられるほど腕を上げるのはまだまだ先のことになると考え、軽く了承した。


 しかしヴィスダード様は、今までの親子の距離感を是正すべく、自ら息子に訓練を実施。

 戦場大好きヴィスダード様によって、日々ボッコボコに鍛えられるアンディラート。

 その余波は我が家にも激震をもたらした。


 たまにうちに来たら「顔に傷が付いてる!」と私に泣かれてオロオロするアンディラート。

 全力で医者を呼ぶも「もう治りかけだから、特にすることないよ」なんて言われて恥ずかしい目に遭う私。

 あれよと言う間に「もうそろ強くなったから街行かせるわ。週末でいい?」とか言われ、「早えーよ!」とパニックになるお父様。

 でもとりあえず、キラキラスマイルでねだったら、お小遣いはくれた。←今ここ。


 苦々しそうな顔をしたお父様は、執拗にヴィスダード様を責めている。


「それなら自分で言えばいいじゃないか。あんなに喜んでいるオルタンシア嬢に「やっぱりダメだ」と一言。ガッカリするだろうけどなぁ」


「…言えるものか。嫌われたらどうする」


「ははっ、俺と同じになるだけだよ」


「お前は仲直りしたのだろう?」


「そうなんだよ。まさかあの強情なアンディから声をかけてくるとは…お前の娘、凄いよな。可愛いし。またお菓子作ってくれないかな。娘っていいな」


「お前は本当に目先のことしか見えないな…。アンディラートが不憫でならないよ」


 なのにどうして、今回に限ってこんな周到な策を…と嘆く声。

 脳筋の友人が策を弄することなどないとよく知っていたからこそ、お父様は油断した。

 もっとも多分、策ではなかったのだ。脳筋の子育てパワーが予想以上だっただけで。

 色々と聞こえてしまってはいたけれど、私はいい子なのでちゃんと聞こえていないふりをする。


 ちなみにお父様は今日も普通に仕事である。

 出勤時間を遅らせてまでの私の見送り、愛を感じます。

 お母様は既に仕事に旅立ちました。めいっぱい撫でて行ってくれたので不満はありません。


 街へ行かせたくないのは、フワフワンシアが俗世を知るのはまだ早いと思っているから。

 お父様はただ私の心配をしているだけなのだ。意味もなく娘の邪魔をしたりしない。

 オルタンシアはわかっておりますよ、お父様。

 でも、私の性根は元々汚れておりますので、心配ご無用!


 そしてアンディラートが強情だったところなど、見たことがない私である。

 あの天使を強情に変えるなんて、どう考えてもヴィスダード様が悪いのだろう。


「おはよう、オルタンシア」


「おはよう、アンディラート。ねぇ、ありがとうね。すごく楽しみ!」


「うん。街に行ってみたいって、前に言ってただろう。俺も、行きたいと思ったから、ついでにさ」


 澄ました言葉のように聞こえるが、ニコニコしているので全くツンデレ感はない。

 しかし、ついでに私を連れて行くための準備が、あのボコボコぶりでは割に合わないと思うのよ。


 想像を絶するほどに、厳しい訓練だったはずだ。

 だって当初は真ん丸おめめの可愛い天使だったのに…最近はちょっと眼光鋭くなってしまったのだ。


 まだ5歳なのにぃ。アンディラートがガンガン成長していってしまう。

 剣と魔法の世界の常識がわからないけれど、誰かが慌てて止める風でもないので悪いことではないのだろう。

 でも、悪いことではないとしても、もう少しだけゆっくりでもいいと思うの…。


 それにしても、顔の怪我が綺麗に治ってくれて、本当に良かった。

 目の周りに真っ黒な痣を作ってたこともあったな。

 うぅっ、思い出すと鼻の奥がツーンと来やがる…。

 やっぱりヴィスダード様は悪だわ。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*



 ごとごとと馬車に揺られて数十分。

 御者はまさかのヴィスダード様。箱車の中に私とアンディラート。

 ご当主にこんなことさせていいのですかね。

 ちらちらと御者席に視線を投げてしまう私に、アンディラートが首を振る。


「お父様は、馬車の中に乗ることはあまりないんだ」


「そうなの?」


「小さな窓からしか外が見えないし、風を感じられないからつまらないって」


「そ…そうなんだ」


 こんなことひとつ取っても貴族感覚じゃないんだなぁ。

 ちょっと苦笑してしまう。

 あの人、貴族社会では大変生きにくいだろうな。


「それで、どこへ行きたいんだ?」


 問われて、うーんと首を傾げる。

 どこでも歩いてみたい。私は自分の家とアンディラートの家しか知らないのだ。


「市場、かな」


「えっ、市場?」


「そう。どんなお野菜売ってるのか見てみたい」


 ピーマン。肉詰めピーマン食べたい。

 なのに、うちではピーマンが出てきたことがないのだ。

 お子様味覚に配慮されてるの? それとも貴族にピーマンは一般的ではないの?


「…いちば…」


 何だか期待外れのような顔をされている。

 しまった。あれだけボッコボコにされて、行き先が野菜を見る会とか、ハードル高かったか。


「えっと。それから普通の服が欲しいな。あんまりヒラヒラしてない、ほら、あの女の子みたいなの」


「服か。でも、ああいう服はいつ着るんだ、貴族らしくないんだぞ?」


「だからいいのよ。そのうち、こっそり街に遊びに来たりしたいでしょ?」


 そんな発想はなかったのか、驚いた顔をされた。

 しかし、私としてはいつも保護者付きの外出なんてごめんである。

 好きにサクサクッと見て歩きたい。


「アンディラートの服も買わなくちゃね。街の男の子みたいなの」


「俺も?」


「だって、一緒に行くでしょ?」


 あ、目が真ん丸になった。

 迷惑だという色は、見えないけれど。


 私は席を立って移動し、向かいに座っていたアンディラートの、隣の空席に膝を乗せる。

 驚いたアンディラートが、慌てて私の背を支えた。

 …お子様は頭が重いというけど、そんな後ろ向きに転げたりしないと思うけどな?

 小さな窓を開けて、御者台に声をかけた。


「おじ様、街の女の子みたいな素朴な服が着てみたいの。そんな服が売ってるお店をご存知かしら」


「へぇ。オルタンシア嬢は変わったものに興味を持つんだな」


「女の子のファッションくらい、変わったものの内には入りませんわ。紅茶の入れ方から家具の作り方まで、世界は広くって、何事にも興味は尽きないと思われません?」


「…くくっ、はっはっは! それならそのうち馬の手入れでも教えてあげましょうか、お嬢さん」


「あら、素敵。馬との信頼関係を築くなら、グルーミングはとっても大事だわ」


 ヴィスダード様が笑ったまま止まらなくなったので、小窓を閉めた。

 困惑げなアンディラートと目が合う。


「君のお父様、豪快さんだね」


「馬にも興味があるのか?」


「んー。馬はそんなに。話、合わせただけよ。それに多分私、これからも色んなものに興味を持つと思うから、何でも言っといて損はないわ」


 せっかくの器用な身体なんだから、色んなことにチャレンジしてみたいもの。

 よっこいせ、とアンディラートの隣に座り直すと、彼はじりじりと私から距離を取った。


「…あれ、おかしい。アンディラートが冷たい」


「冷たくない。お前の距離感がおかしいんだっ」


 あと、捲れてる!とそっぽを向いたアンディラートが私のスカートの裾を引っ張って直した。

 ちょっと端っこ踏んづけてただけじゃんね?


 隣に座っていると、アンディラートが全然目を合わせてくれないので、仕方なく元の位置へと戻る。

 全くとんだシャイボーイだぜ。

 でも、唯一の友人なので嫌われないようにしたいと思います。


 庶民の服屋さんの少し手前で馬車が止まる。

 お店に馬車をピタリとつけたら、周りが何事かと思うからだ。


「いってきまーす」


 にこにことヴィスダード様に手を振る。アンディラートの手も無理矢理振らせる。

 いつもよりは地味目だが、今日も私はフワフワドレス。

 一刻も早く庶民服を手に入れたい。超浮いてる。


 開店したばかりの時間帯のせいか、お店の中は閑散としていた。

 店主らしき女性が、慌てたように駆け寄ってくる。


「まあまあ、本日は一体どのようなご用事でしょう?」


 店主は、見るからにイイ服着た少年少女の来店に、若干混乱している。

 きょろりと窓の外に目を向け、馬車を見つけて冷や汗を垂らしていた。

 すまんな、マダム。しかし私は、買う。

 男物も女物も扱っているようで丁度良かった。両方とも買えるな。


「えっと…そうだなぁ、あれとこれを試着してみようかな。アンディラートが」


「俺!?」


「そうよ? 君が試着している間に、私も自分のを選ぶから」


「で、でも…俺も…オルタンシアの…」


 何かモショモショと言っているが、よく聞こえない。

 あ、こっちのほうが似合うかもしれない。


「あれじゃなくてやっぱりこっち着てみて。サイズは…これくらいだと思いますか、お店のかた?」


「は、はい。そうですね…坊ちゃまですと、丁度そのくらいかしら」


「では、是非とも襟の下にこのスカーフを装着してきて下さい」


 じゃあ試着を、と気になった服を押し付けてアンディラートを試着室へと旅立たせる。

 問答無用である。

 困惑げに店員さんに引っ立てられていくアンディラートは、どこかドナドナされていく子牛のようだ。


 時間は有限なので、ぱぱっと辺りを見回して自分の服も目星をつける。

 おお、なんと素晴らしい、何の変哲もないワンピースよ。

 レースに慣れ過ぎた私の目にはものすごくシンプルに見えてしまうぜ。

 …でも、なんかこんなんだったら自分で作れそうじゃね?


 今度お裁縫にもチャレンジしてみたいなぁ…。

 そんなことを考えていたら、アンディラートが出てきた。


「あ、可愛い。なぜか勤労少年って感じがする」


 煙突掃除はいかがですか?って雰囲気がある。

 まぁ、賢そうなほうだけど…って、それはただの育ちがいいフラグか?

 褒められているという感触がないのか、アンディラートは首を傾げている。


「可愛いよ? それ買おう?」


 重ねて言うと、アンディラートは不満そうに眉を寄せた。

 ちょっと頬が赤い。

 ああ、そうか。ご両親との仲がアレだったのだから、きっと褒められ慣れていないんだ。

 …なんて思っていたら、怒られた。


「オルタンシア。男に可愛いは褒め言葉じゃない!」


 あっ、それ、よく聞く奴だ。

 だけど本当にそうかしら。別に男子が可愛くたっていいじゃない。ましてやお子様だし。

 ちょっと悩んで、私は口を開く。

 ついでにピシリとアンディラートに人差し指を突きつけた。


「馬鹿なことを。可愛いは正義なのよ、このド素人っ!」


「ド素人!?」


「女子とは心に響いたものを可愛いと表現するもの。故に、なんら問題はないのだッ」


 問題があるとすれば、これを女子らしい言葉で表現できない私である。

 アンディラートが勢いに飲まれて黙ったので、このまま押し切る。


「そのまま着てこう。というわけで、それ下さい。買ってあげるから…」


「そ、それこそ馬鹿を言うな、自分で払う!」


 いや、これは買ってあげるから、次は自分の気に入ったやつ選べばいいと思って。


「大丈夫よ、お父様にお小遣いもらってき…」


「そういうことじゃないんだよ、このド素人っ!」


「まさかのド素人返しとな!?」 


 驚かされ返している間に、ご自分でお会計を済まされてしまった。

 私は肩を竦めて、途中になっていた自分の服を物色する。


「なんと…この辺のシリーズが超可愛い…」


 黒猫さんのアップリケが付いている。

 これは上流階級ではお目にかかれないタイプのデザイン。

 更に子供のうちにしか着ることが叶わない。

 お母様も、レースよりこういうのにしてくれたらいいん…ん、んにゃっ、お母様が選んだ服に文句など言わんぞっ。

 愛でられるためならメルヘン総レースさえ着こなすのがオルタンシア様だっ。


「これはどうだろう」


 ひょいと横からアンディラートが差し出したのは、黒猫ポケットが付いたワンピース。

 ブラヴォー。何の文句もない。


「じゃあ、試着してこようかな」


 多分着られるとは思うけど、横着して試着しないで買って、お尻が突っかかって穿けなかったらショックなのよね。

 ウエストが大丈夫でも、尻やら腿やらが難関でなぁ…下半身デブって苦労する。

 …じゃなかったわ、今はどうせスリムなお子様だから入るし、普通に着替えて行きたいんだった。

 あっ、ついでに何か髪を結ぶものいただけませんか。お下げにしよう。


 そうして街でも浮かない服装を手に入れた我々は、馬車番をしているヴィスダード様と合流。

 かつ、荷物(元々着ていた服と、買った予備服)を置いて斬新なスピードで取って返した。


 保護者なのに置いていかれて唖然とするヴィスダード様。

 だが、馬車で市場に乗り入れることはできない。

 走って逃げつつ、そう強く主張しておいた。

 困った様子の「ちょっと、馬車置いてくるから待てって!」という言葉が聞こえた気もするが、気にしない。



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