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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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独り立ちしたい…。



『オルタンシアへ

 リーシャルド様は無事だ。

 屋敷には毒による被害は出ていない。

 しかし、こちらはお前の状態の詳細がよくわからないままなので、心配している。

 色々と聞きたいことや、話したいことはたくさんあるのだが、紙面が足りない。

 早めに次の報告を送ってほしい』


 …くらいで脳内補完した。


 つまり、『オルタンシアへ。リーシャ、無事、毒ない。心配だ。色々足りない、次くれ』と書かれた、アンディラートからの返書の内容だ。


 返信用の紙は小さいし、何より慌てて返事を書いたのだろう。

 ただでさえ子供の字なんてヘタクソなものなのに、焦りに歪み、インク染みもあって汚い…紳士にあるまじき手紙なのだが、今それを責めるのは酷というもの。


 私とお父様の名前を書きかけた時点で、このまま普通に続けると紙面の大半が埋まると気づいたのだろう。

 急なフォントの縮小と、簡素化された内容の電報っぽさにひっそりと笑いをこらえる。


 元々の私からの手紙はこうだ。


『アンディラートへ。

 私は王都外へ出ました。麻痺毒が検出されましたが、既に解毒してもらい、元気です。

 お父様は毒を受けていませんか? 不安です。

 同封の紙に返事を下さい。鳥が運びます』


 小さい字でびっちりと書いた。

 身体強化様の加護で、器用なものですから…うっかり、相手のことを考えてなかったわ。


 文面には悩んだが、結局あの夜のことには触れなかった。

 シャドウから手紙を受け取らなかったとしても、夜が明ければシャドウは消える。

 遠征の予定がない彼は、翌日も遊びに来たはずで…どちらにせよ既に私が屋敷にいないことを知っている。


 とりあえずはこちらの状況をもう少しだけ書いて、けれどそれで終わりにしよう。報告だけを送って、返事はもらわない。


 警戒の強いグリューベルであっても、もう小鳥が簡単に、野生動物に捕食されず行ける距離を越えている。

 馬車が移動する分だけ、王都との距離は開いているのだ。


 捕食対策の「何かに捕まりそうになったら文鎮に変化して落下する」「文鎮にしつこく近付いた場合、3度までは転げて逃げる」「まだ追ってくるなら熊魔獣に変化して脅かし、相手が背を向けた瞬間グリューベルに再変化して離脱する」という指示だけでは、そう何度も乗り切れないと思う。


 小鳥が手紙を守るための苦肉の策だ。

 危険だからってサポート解除したら、中の物をその場に落としてきちゃうからな。


 もう一回だけなら道中はカラスでも作って、王都付近でグリューベルに変化させよう。

 カラスは鳶も追いかけ回してた凶暴な印象があるから、多分大きめの鳥にも勝てる。

 万が一、この世界では異質な真っ黒カーカーさんが誰かに見られたとしても、一回きりなら、捕まらねばいいだけだ。


 …もっと動物のバリエーションを増やさねばな。

 似たような大きさの鳥さえ作れるようになれば、グリューベルがインコらしくなるように、多少自衛のできる鳥も飛ばせるのだろう。


 今は、他にカラスくらいの大きさの鳥そのものを知らないからな。

 魔獣作って走らせたら、獣から狙われなくても人間に狩られちゃうだろうし。


 ちょうど旅の真ん中ら辺では、初めての街にも立ち寄った。


 前世感覚でいうと3日も進まねば集落に出会えないなんて秘境かってレベルだが、ここらでは「まあ、3日なんて近いわね」ということらしい。


 年配のシスターに一週間の野宿を強いる旅程でなかったのは幸いだが、既に彼女は移動など懲り懲りという顔をしていた。


 王都の近隣ならば街道沿いを進めば概ね安全で、しかも何日に一度はどこかの集落に着けるものなのだという。

 逆に魔獣に遭う危険を冒してでも急ぎたいのであれば、街道を逸れて野山をショートカットすればいい。


 しかしなるべく手伝うとは言っても、従士隊の訓練とは違い、本来私の面倒など見る義理もない相手に世話をかけての馬車の旅。


 …他人と距離を置きたいタイプの私の心にはわりと大きめの負荷だったようで、その…うん、長かった。

 夜眠るときにさえ一人になれないというのが、仕方のないこととはいえ辛い。


 見張りの交代はちゃんとやったよ。

 でもその時も、ノックもなく馬車を覗いて「交代だ」でしょ。眠らないとそれはそれでシスターに叱られるし…。


 従士隊のときなら個人テントだったから、サポート製の目覚し時計が使えたのだ。時間になったらグリューベルが、おでこの上で足踏みするのだよ。


 わかってる。仕方ないって、当然だって理解はしてる。

 してるけど…やっぱり、他所の人と長く旅をするのは、無理なんだな。


 欠伸を噛み殺して、前方を見遣る。

 ようやく、目的地に到着だ。


 王都よりはもちろん小さい。

 それでも思ったよりは大きな街だった。


 孤児フランは、今回もトランサーグとシスターの保証のお陰で何の問題もなく街に入ることができた。

 本来は身分証もなく辿りつけば、お金を払わないと入れてもらえないという。


 …王都は、全員が払う入都税だったけど。

 あれ、前の街でも全員分取られてたよね。だけど全部の街で、入るのにお金かかるのじゃないの?


 いや、今は払ってなかったんだよね。身分証か保証人がいればお金いらないのか?


 教科書では教えてくれない現実である。

 知らないと今後に困ること請け合い。


 ってわけでちょっと教えてくれませんか、凄腕冒険者さん。

 大丈夫、私は嫌な顔されても気にしない。

 ウザがられながら、荷を下ろすトランサーグを質問責めにした。


 すると、意外なことがわかったのだ。


 まず、街。街にはお代官様がいる。

 …えー…? 何だいそれ、と思ったのだけど、何のことはなかった。

 集落のまとめ役、つまり町長さんのことだ。


 『街』と言われて商店街しか想像しなかった私が悪い…のか?

 とにかく前世とは少し違っていて、集落に栄えた商区があれば呼称は『街』になり、なければ住民がどんなに多くても『村』という扱いになるらしい。

 栄えた商区があるなら税収管理のためにも、きちんと代官が派遣されてくるというわけ。


 村長さんなら別に世襲でも持ち回りでも、村民が代表で構わないらしい。適当かよと思ったが、常駐がないというだけで、視察や税を取りには代官が来る。


 街に入るときに払わねばならないお金も、賄賂とかではなかった。

 身寄りも伝手もない難民が居着いて犯罪を起こすと困るという前提で、入園料?が払えるなら大丈夫って話だった。保証金かな?


 じゃあ、ここの前の街ではどうして全員がお金を払ったのかというと…街道が王都に向けて一本になることもあって、こことは賑わいが段違い。

 防犯のためにも出入りの記録をしっかり残すなど、王都に近い入出管理がされているらしい。

 お金は保証金というより、その運営のための人件費だ。


 小さな村では、管理が甘いので払わなくていいことが多いとか。

 伝手がなくても働くなら居着いて構わないが、害があると見なされれば村民に容赦なく冷たくされ、簡単に追い出される。村社会。


 うーん。ぶっちゃけ、ただの孤児では動きにくいってことだ。

 シスターとトランサーグがいないと街にも入れないようでは困るのだ。


 話賃代わりにとちゃんと荷運びを手伝ったのに、話が済んだと見るやトランサーグはシッシッと私を手で追い払うのだった。


 さて、シスターとトランサーグは目的地である教会に着いてしまったが、私には今晩泊まる宿が必要だ。


 そんなわけで、フランは街の探索へと参ります。

 そこそこお安い宿を探すのだ。

 あれ、宿に泊まるのに、子供一人だと問題あるのかしら。


「…やっぱり先に身分証か。一番簡単なのは冒険者だよね」


 冒険者ギルドに行かねばならない。


 道中シスターに教えを受けてはいるものの、まだ魔法が使える兆しは見えない。

 そんな一日二日で使えるようになったら、もっと魔法使いは増えているか。


 シスターの魔法は、神の奇跡でいう『病気の治癒』を原点にしている。

 そこから様々な経験を経て、試行錯誤して『診断』や『解毒』を開花させていったのだ。


 つまり、まず治癒が使えないといけない。

 信心深くない私、早速の躓き。

 神の奇跡の想像はつくけど、神が自分に何かをしてくれるイメージが持てない。


 しかもいきなり病気や怪我を治すとか、ハードル高くありませんかね。


 もちろん自傷行為は許されないので、一層試しようがない事態。

 シスターも、いざ実践で人に教えてみるとなると、どうしたものかと考え込んでしまうようだった。


 そもそも、子供達には奇跡の図説による刷込から入ろうとしていたのだしね。


 子供なら転んで擦り傷作るとか日常茶飯事だから、実践に困る予定ではなかったのかもしれない。

 …まあ、魔法の実践は、きっと怪我と密接な冒険者活動をしながらでいいだろう。


 そうと決まれば、孤児フランではなく、冒険者フランとしての活動を意識していかねばならない。


 そっと路地裏でファントムシャドウを召喚。

 初めての、お兄ちゃんとのお出かけだよ!


 早速見つけた冒険者ギルドの扉をくぐると、王都よりは幾分ガラの悪そうな男達が集っていた。


 しかし視線はさして飛んでこない。

 …なんだ、子供には素早く絡んでくるかと思って護衛にファントムさんを出したのに、肩透かしである。


「登録をお願いします」


 ひとつしかない受付でそう言うと、愛想のない兄さんが申込書を出してきたので記入する。

 受付、美女じゃないんかい。


 えーと、フラン・ダース、男。

 さば読み14歳、剣士。

 あとは必須事項じゃないのよね、ファントムさん登録したときに確認したから知ってるもんね。


「おい、そこのガキ」


 横から声をかけられたが、すいと私と相手の間にファントムさんが割り込む。


「何か?」


 対応は護衛のファントムさんだ。

 私はその隙に受付に申込書を返す。

 愛想のない兄ちゃんは席を立ってどこかへ行った。


 子供、目の前で絡まれてるのに無視か。


 驚きながらもファントムさんの陰から、どすの聞いた声をかける相手を見つめる。


「お前、このガキと一緒に活動するのか、この辺で?」


 何だろう、縄張り争い?

 ファントムさんはニヤリと笑って佇んでいる。

 ファントムさんへの威嚇だとしたら、私が答えたほうがいいのかしら。


「いえ、登録についてきただけですね。一緒になることもあるかもしれませんが、僕は僕だけで活動します」


 馬鹿正直に私がそう言うと、声をかけてきた男は厳つい顔を歪めた。


「そんなボロっちい格好で登録して、働けるのか? 防具はねぇみたいだが、早く用意しないと危ないぞ。武器はあるのか?」


 絡まれてなかった、ただの親切な人だった。

 そりゃあ受付の兄ちゃんも気にしないわ。


 お約束とは一体何だったのか。

 私は、フード越しに笑顔を向ける。


「はい、剣はあります。防具も追々揃えるつもりですが、まずはお金を稼がないといけないので。最初は無理をしないつもりです」


「そんならいいが。採集も大事な仕事だからな、馬鹿にしねぇで受けろよ。ガキはすぐ戦いたがって無茶するから」


「…ありがとうございます。ゆっくり慣れていこうと思います」


 男は納得したように去っていった。

 周囲は、やはり特にこちらに視線を向けない。

 緊迫した空気なんてなかったんや。


「カードです。依頼を受ける際は依頼票と一緒に受付にお出しください」


 受付の兄ちゃんが戻ってきて片手でひょいとカードを差し出す。


「…終わりですか? 説明とかは?」


「必要であれば初心者講習をお申込下さい。申込用紙はあちらです。ざっと知りたければそちらのパンフレットをお持ち下さい」


 か・るーい。


 とりあえずパンフレットを一冊もらって行くことにした。

 ファントムさんも初心者講習は受けていないが、王都で受付のお姉さんが懇切丁寧に教えてくれたのに…あれは色男割引だったのか。

 フラン、ちょっと寂しい。

 でも王都で聞いたから、もういいもんね。ふんだ。


 何となく納得行かない思いを抱えながらギルドを出て、路地裏でファントムさんと別れた。短い付き合いだったぜ。


今回はたまたま親切な人だったけれど、声をかけてくる冒険者が常に親切とは限らないだろう。

 いや、マジで。性善説なんて信じないって。


 王都から離れてしまえば、オルタンシアとフランを結びつけることができる人もいない。

 ただの男装で十分だ。

 いや、美少年でも、お嬢ちゃん扱いされて絡まれやすいかなぁ。


 令嬢モードの時とは違って、冒険者なら敵は腕ずくで排除して問題ないけど…無駄な危険は避けるべき。


 少年としても小柄な自覚はあるからな。見た目を少し盛るか。

 一番初めに用意するのは体型を隠せる装備だな…シークレットブーツと鎧で、まずは輪郭を完璧にしてしまおう。多少不釣り合いでも、上からマントを着てしまえば隠せる。


 マントはフード付き一択だね。

 フードの中からフリンジ付けたら、それが髪の色だと誤認させられそうでいいかも。


 フードを深く被っていれば顔は見えないだろうけど…被りっぱなしで過ごせるものかどうか。

 顔を隠す装備は検討かな。


 とりあえず路銀を稼ぐことを目標に。

 お金はまだあるし、装備も整えられるけど、貯金を食い潰して生きていくのは、まだ早い。


 そんなことを考えながら歩いていたら、トランサーグが探しに来た。


 シスターの中では私は教会に間借りする予定だったらしい。

 ふらっといなくなったので慌てて捜索願いを出されてしまったとか。


「いや、普通に宿を取る予定だよ」


「何やら頼みたいことがあるらしいぞ。居場所がわからなくなると困るそうだ」


「…ああ、絵のことかな。聖書の場面のいくつかを描く約束をしているんだ。だけど、別に住み込みでなくたっていいのに」


 俺に言われても困る、と返された。ごもっともだ。

 再び教会に辿りついた私は、地獄を見ることになる。


「おきゃくさんだー!」


「おきゃくさーん!」


 突然わらわらと集う孤児達の洗礼。


 なぜか飛びつこうとする子供達を、身体強化様を発動してまでかわし続ける私。

 その攻防を、何人もの子供によじ登られたトランサーグが「早く諦めればいいのに」とでも言うように見ていた。



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