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クッキー食べ…、重い!?



「オルタンシア!!」


 焦れたようなその声に、思わず笑った。

 もちろん差し上げますとも。

 ちょんと指先でつついて、持てるくらいに冷めたのを摘む。


「はい、どうぞ」


 口元に差し出すと、アンディラートはきょとんとしたあと真っ赤になった。


「ば、馬鹿っ、自分で食べられるっ」


 何だい、使用人が見ているから恥ずかしいのだな。

 あ、貴族の子弟としてはお行儀が悪いからか。

 それを勧めたオルタンシアさんもお行儀の悪い子だと思われるだろうか。


 ちらりと窺うが、周囲の使用人は微笑ましそうにしている。

 ということは「まぁ、まだ子供なのだからいいじゃない」ってことだよね。よし、気にせず食べたまえ。

 構わず口に押し付けてやると、ものすごく照れくさそうな顔をして食べていた。


「いいね? 作り方は誰にも内緒だよ?」


「わかってるよ、何のための共犯だと思ってるんだ」


 こっそり耳打ちすると、しばらくもぐもぐした後に飲み込み、それでも気になるのか口元を隠して返事が返る。

 さすが天然物の貴族。前世庶民の私よりお行儀がいい。


「まぁ、君は型を抜いただけなんだけどね」


「牛乳も煮詰めた!」


「あはは、そうでした。あの作業、暑かったでしょ。すごく助かったよ、ありがとうね」


「…べ、別に。役に立ったんならいい」


 アンディラートの家のキッチンで。アンディラートの家の食材で。

 作ったのは、なんてことはない。クッキーだった。


 調理がしたいけど、家ではどうにもうまくない。

 私の異質さを知られたくはないからだ。

 今までキッチンに立ったこともない娘が、見も知らぬレシピと手順で易々と調理を行うのはどう見てもおかしい。


 お父様やお母様に内緒で、お菓子を作りたいんだよね。

 そう言った私に、彼は簡単に提案したのだ。

 じゃあ、うちで作ればいいじゃないか、と。


 指導する料理人も要らない、できれば作業を使用人にも見られたくない。

 そんな我儘を言っても、すごく簡単に頷いたのだ。

 じゃあ、2人で作ればいいじゃないか、と。


 そんなにうまいこと人払いができるのかしらと思っていたのだけれど、使用人達はとっても微笑ましそうな顔をして、使い方だけ説明をした後はキッチンに私達を2人だけにしてくれた。

 ちなみにコンロは魔石式で、前世の感覚としても困らない感じだ。

 それどころか吹き零れたら自動で火が消えるし、鍋とか置いてない状態で火をつけるためには安全上少しコツが必要という仕様になっていて、むしろ高性能だった。異世界技術、侮って悪かった。

 クッキーを焼くのに窯を使うときだけは使用人を呼ぶという、条件付だったけれど、窯なんて使ったことないので逆にありがたい。願ったり叶ったりだ。


 おかげ様で焦げもせずに、綺麗に焼けましたとも。

 紅茶を入れてもらって、いざティータイムだ。


「これ、美味いよ。すごいな、オルタンシア!」


 君、さっきも味見したじゃないか。

 初めて食べたみたいな反応に苦笑しつつ、私もクッキーを口に運ぶ。


「…うむむ、美味ひぃ。幸せかも…」


 出来上がったクッキーは、ほんのりミルクティーの味がする。

 紅茶と一緒にミルクティー味を楽しむ、この不可思議さよ。

 だが、これがいい。


 食べたかったんだぁ…ミルクティークッキー。

 だけど食べたことのないものを作ってほしいと料理人に頼むのもおかしいし、街のクッキー屋さんを探そうにも買い物に外に出るのはまだ許されてない。


 しかしエバミルク缶などない状態で、牛乳煮詰めという過酷な作業にアンディラートが志願してきたのは誠に幸運であった。

 お菓子など作ったこともない彼だが、手間のかかる辺りを重点的にサポートしてくれたのだ。

 そろそろ彼は、天使から大天使に進化してもおかしくないと思う。


「少しだけ、お父様とお母様に包むけど。あとはたくさん、食べていいよ。そうだ、アンディラートもあげたらいいじゃない、せっかく君が作ったんだから」


 美味しくできたのでお父様とお母様にもあげたい。

 アンディラートの家で一緒に作ったと言えば、使用人が手伝ったと思うだろう。

 思わなかったとしても、娘が未知のレシピを謎の手際で作ったことがバレなければいいのだ。


 なにせ、ここの使用人は作業風景を見ていない。

 きっと手際は悪かったし、レシピもアンディラートが調べてきたのだ。

 問題ない、彼はレシピについて何を聞かれても「内緒だ」としか答えないはずだ。


「…お父様にか…。でも、いいのか? ほとんどお前が作ったのに、うちにこんなに置いていって」


「うん、とっても楽しかった。ずっと作ってみたかったの。ねぇ、また何か作りに来てもいい?」


「もちろんだ! また一緒に作ろう」


 すっごいイイ笑顔でアンディラートが頷く。

 完全なる私の我儘に、こんな笑顔で応えてくれるとは。友人とはかくもありがたきものか。

 一家に一台、アンディラート。

 もはや、これは世界の真理のような気がしている。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*



 家に帰った私は、まずお母様にクッキーをプレゼントした。何のことはない、母のほうが父よりも早く家に戻っただけだ。

 ふわふわ美女は大変喜んで、頬にキスをしてくれた。

 私のお母様好感度はもうMAXだ。お母様が好きすぎて胸が苦しい。


「ねぇ、お母様。アンディラートの家族構成について聞いてもいいですか?」


 本人には聞けなかったことを、お母様に聞いてみた。

 アンディラートの話題に父親は上がるのだが、母親が上がったことは、実は一度もない。


 今回アンディラートの家に遊びに行ってみたけれど、母親が顔を見せることはなかった。

 息子の友人が来たのだ、在宅していれば顔くらい見せただろう。

 お母様のように、お仕事で出かけているのかもしれないけれど。


「何か、あったの?」


「ううん。私、クッキーをお父様とお母様にあげるって話をしたの。アンディラートにもそうしたらって言ったら、「お父様にか」って言ったのよ」


 つまり、今現在彼の家にお母様はいない。

 さすがにこれはデリケートな話題かと思って、私も本人へ問うのは遠慮したのだ。


「あら。それで、あの子はお父様にあげると言ったの?」


「いいのかって聞いていたから、多分あげるんだと思いますけど」


「まあ、素敵。良いことをしたわね、オルタンシア」


 すりすりと頬ずりされて、私は笑み崩れる。

 アンディラートの母親なんてどうでもいいや、という気分になりかけたが、何とか理性の端っこを握り締めた。


「よいこと、ですか?」


「そうよ。知らなかったでしょうけれど、アンディラートと彼のお父様は、前にちょっと仲違いをしてしまっていてね。上手に仲直りできていなかったの」


「…親子喧嘩ですか。では、悪いのはおじ様に違いありません」


 まあ、とお母様は笑った。

 だって、うちの大天使様は、謝る相手に追撃など加えまい。紳士だからな。

 おじ様が悪いことをしたのに謝っていないから許してもらえないのだろう。

 そんな単純なことを考えていたら、お母様はフワリと爆弾を落とした。


「アンディラートの実のお母様はね、彼を生んですぐに亡くなってしまったの」


 突然の重い話題に目ん玉が飛び出るかと思った。

 こ、これが会話の主導権を握るべく、相手の度肝を抜くやり方か…お母様、さすがです、勉強になります。

 このオルタンシア、決してお母様にツッコミなど入れませんぞ。


「ある程度の位を持つ貴族が後妻も娶らず寡夫のまま過ごすのは、あまり良いことではないとされているわ。それで、ヴィスダード様…アンディラートのお父様は、喪が明けたらすぐに今の奥様と再婚されたのだけれど…奥様は自分の子が欲しいのに、跡取りならアンディラートがいるからもういいだろうと突っ撥ねてしまったらしくって、しばらく前から別居しているの」


「…それは、跡目争いを案じて…です、かね?」


「いいえ。あの方は家庭に興味が…戦場を駆け回るほうが楽しいそうなの。噂では先の奥様が身篭っても全く家に戻らず…見かねた上司が出した命令で、臨月にようやく戻ってきたのだとか。それからは一応、帰宅してはいるようよ」


 つ、追撃だと…?

 アンディラートのパパ、完全にクソだけど大丈夫かな。

 これ、私聞いてもいい話題だったかな?


「貴族というのは、どうしても政略結婚になりがちだから…今の奥様もご実家から横槍を入れられて辛かったようなのよ。なのに、あの方はわざわざ、体裁のために再婚しただけだなどと公言されて…」


 溜息をついたお母様に、なんと答えたものだろう。

 そ、そうだ、子供らしさ!

 危ない、こんな話題でも子供目線から返さねばならないのだったわ。

 油断大敵。弛まぬ鍛錬ですね、お母様。感謝します。


「アンディラートは、今のお母様と仲は良かったのですか?」


「最低限の会話しかなかったそうだわ」


 なんてこったい。

 あの天使が、そんな苦労をしていたなんて…。


「そのうえで、あの理由での別居ですから…アンディラートもいよいよヴィスダード様と口をきかなくなってしまって」


 そりゃ、そうだわ。アンディラートのパパが悪い。

 への字口になってしまった私に、お母様は微笑んだ。


「そんな顔しないの。その状態を気にされたリーシャルド様が、彼らをうちへ招待なさったのが、あなたがアンディラートに初めて会った日のことよ。本当はヴィスダード様にも、きっと言い分はあるのでしょう。ここまではリーシャルド様が話してくださったことだけれど…私達は当事者の言葉を何も聞いていないのだもの。それに、ヴィスダード様が嫌なだけの方なら、うちにお連れすることはなかったと思うの」


「…それは、そうかもしれませんね」


 お父様がもしアンディラートのパパを『ただのクソヤロウ』だと認識していたら、決してお母様に会わせることはないだろう。

 あの日も、気心の知れた友人同士というように見受けられた。仲が悪いとは思えない。

 アンディラートのパパは、お父様にとって大切な人なのかもしれない。

 そう…例えば腹黒を違和感なく受け入れてもらえた相手なのかもしれないな…私みたいに。


「リーシャルド様は、アンディラートのことを案じていたけれど。きっと、彼はオルタンシアとお友達になれて良かったのね」


 目の前でふわんふわんの顔で微笑むから、私もついついへらりと笑う。

 えへへー、と笑い合う幸せ。

 私も前世では知らなかったけれど…アンディラートもこれを知らないのだな。

 今度やってあげよう。


「…それは、私も良かったのですけれど。でもお父様って、結構アンディラートがうちに来ることを渋ってませんでした?」


「ふふ。だって大事な娘のお友達だもの、本当は女の子が良かったのでしょう」


「お父様が自分で会わせた子なのに?」


「男心は複雑なのよ、オルタンシア」


 片目を瞑って言われてしまえば、もう追求はできなかった。

 ここは、お母様にノットアウトされてしまうのが正しい。


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