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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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駆け込み寺、発見!



 …………ハッ。


 気がついたときには、日が落ちていた。何も見えない。


 …いや、視界がすごくぼやけているせいで、見えないんだ。

 体調は悪化している。


 小鳥を出して視界をジャックし、辺りを窺う。

 なんてこった、鳥目タイムだ…あんまり見えない。


 それでも自前の視界よりはマシだ。

 人影がないことは確認できた。


 何だか耳もよく聞こえなくなってきているから、聴覚もジャックだ。

 全く、小鳥さんには頼りきりです。


 どうやら危険はない様子。


 ならばと、そのまま周囲の偵察に飛ばした。

 ぼやけた視界同様、頭の動きも鈍ってる気がする。早く現状を把握しないとな。


 遠くで酔っ払い特有の、陽気で賑やかで、粗野な笑い声が聞こえた。歌と弦楽器の音も。酒場が開いているんだ。

 飲み屋街は5時くらいから開いているのだと、いつかファントムさんが冒険者ギルドで小耳に挟んだ。


 実際に私自身が歩くのは初めてでも、王都は何度も小鳥が旋回していた。様子を見れば、大まかな時間くらいは調べられる、はず。


 よし。ゆけ、小鳥さん。

 私監修『王都気になるマップ』の各地点を確認するのだ。


「…あ、ぱんぁしあってる…」


 うわ、驚きの呂律のまわらなさ。呟いた言葉の悪発声ぶりに動揺した。

 どうやら唇も舌も緩慢にしか動かない。何だこれ。


 あいうえあいうえ、と小声で発声してみるけれど、あぁえぇあぁえぇにしかならない。どういうことよ。ええいあぁ、一人で男泣き…なんて言ってる場合じゃない。


 まぁ、まずは喋れんくてもいいわね、会話する相手もいないし。


 人気のパン屋が閉まっていた。ドアに書かれている閉店時間は7時なのに、いつも6時前に売り切れるという。拡張を繰り返しても尚これが現状との噂を聞いて以来、一度は買ってみたいと思っている店だ。


 ならば6時は過ぎたのかしら。うちのホームパーティー、とっくに始まってるわね。


 更に追加で飛ばした小鳥戦隊。


 開いている店は…服屋だな。確か、あの辺は仕事帰りの独身達をターゲットにした、8時くらいに閉まるゾーンだったはず。


 広場も見に行かせる。いつもいるはずの小物フリマみたいな露店は撤収していて、一軒もない。広場は7時の鐘までに片付けを終えて開放せねばならない規則のはずだ。


 …7時以降で8時前。

 時計もないのによく頑張ったじゃんね。

 よし、小鳥、解散。


 そうすると、むしろうちのパーティーは、もう後半戦だな。

 こっちの方々はあんまり夜更かししないようだから、招待客も8時にはぼちぼち帰宅モードになるはず。


 立ち上がろうと、着ぐるみファントムへ指示を出す…が通らないことに慌てた。


 シャドウが解けてしまっている。

 マニュアルモードのまま意識を失ってしまったから、靄に返ってしまったのだろう。


 無意識に馴染みの小鳥を使っていたから、ファントムさんの確認を忘れていたぜ。


 大分、うっかりしたな…ファントムさんが消えるところを、誰かに見られたりはしなかっただろうか…。

 見間違いというには大きすぎる変化だ。

 人間サイズを動かしていたら、こんな危険もあるのだな。


 急に恐ろしくなって、アイテムボックスからフード付きのマントを出して着込む。

 フードの奥、髪の陰に小鳥を召喚。これならば急に消えても見つかりにくいだろう。

 その目をジャックして立ち上がれば、ようやく自分に近い視点で周りが見えた。


 鳥目の視界はやっぱり薄暗いけれども、街灯だってあるから、見えないわけじゃない。

 …むしろ私自身の身体が心配よね。

 もうほとんど見えないということなんだもの。


 人目につかないことだけを優先して、休み休み、外区を目指す。


 それにしても、ぼーっとする。

 絶対に気を抜いてはいけないってわかっているのに、時折ハッとして気を引き締めてる。…まるで寝落ちするかのように、いつの間にか意識が飛びかけている。


 足元がふわふわする。

 自分の呼吸の音が、耳の奥でひどく反響する。


 まっすぐ歩けないだけでなく、身幅の感覚すらも頼りなくなって、路地の壁に肩をぶつけては引っ繰り返って転げた。


 立ち上がろうとしても、うまく立ち上がれずに足首がぐにゃりと曲がる。

 見るからに捻挫しそうな、絶対やばいよ!って角度で踏んばっては、結局体勢を立て直せずに転倒する。

 くるぶしがごりごりと地面にぶつかるのを感じても、痛みすらない。

 怖すぎる。何なの、私、死ぬの?


 …本当に人目に付いていないのだろうか。こんなに不審者なのに。

 もしかして意識が朦朧としすぎて、人がいるのに判別できていないだけなんじゃあ。




 …待って。




 そう考えると、なんかあの後方の焦茶色の塊、ずっと付いてきてない…?

 歩くというには遅すぎる私の動きに、されど追い付く様子もない焦茶色。


 付かず、離れず…ってヤツ…?

 それはもう完全に追っ手と呼ぶのではなかろうか。


「…どうそぅ…」


 どうしよう、すら言えてないんだけど、本当にどうしたらいいかな。


 早いうちに宿でも取れていれば良かったのだろうけれど…もう、怪しまれないように喋ることすらもできそうにない。


 ふと、教会が目についた。


 私は神を信じていない。

 しかし世間一般、迷える仔羊を導いてくれたりするのが教会なんではなかろうか。


 …教会なら…一晩くらい、この迷えるラムタンシアを泊めてはくれないだろうか。

 金貨とか寄付したら、衛兵を呼ばずにそっとしておいてくれないかな。それとも「賄賂は悪事だ!」って逆に粛正されるかな。


 ふらりと教会の裏口に向かって歩く。

 意識が、途切れ途切れになる。


 うぇ、焦茶色が、段々近くなってきた。


 何とか、何とか建物の中まで…。


 ゴン。


「ぁいた」


 痛くもないけど、呟いてしまう。距離感を誤って、扉に突撃したようだ。


 扉の向こう側で物音がする。

 しまった。せめてノックくらいは普通にしたかったのに。


 ギィ、と扉が内側に引かれて。

 背後を気にしながら扉に凭れかかっていた私は、そのまま内部へスッ転んだ。




 …おぅ。また意識を飛ばしたかな。


 目の前に真っ黒の塊。

 人だ。


 転げた痛みはないし、座った覚えもないけど背中に壁の感触がある。

 目の前の人物が、助け起こして壁に凭せ掛けてくれたのだろう。


 小鳥が靄に返ってしまったので、何を言っているかは聞き取れないけれど、心配されている声音な気がする。


 視界がひどく揺れている。


「ひと、ばん。ここ、に、おい、て」


 できるだけゆっくり、はっきりと聞こえるように発声する。


 相手は私を揺さぶるのをやめた。


 揺れてたのはアナタのせいですか…激しい痙攣かと思ってちょっとびっくりしたわよ。

 わりと身体の感覚ないんだから、ホントやめてよね。


 真っ黒さんは何かを話し続けているが、生憎と既に聴覚は役に立たない。

 聞きたいのは山々だが、何かの音として耳を素通りしていくだけだ。


 ここは教会なのだし、もしかして相手はシスターかな。

 それなりの、年配の女性の声に聞こえる。


 真っ黒マダムは私に何かを問いかけているのだろう、何度か語尾が上がっているので、そう判断をつける。


「きこぅ、ない。ひとばん、おいぇ」


 呂律も、もう駄目だ。

 会話を諦めたのか、真っ黒マダムは私の側から離れた。

 少し離れてしまえばモザイクな景色と同化して、判別が付かなくなる。


 衛兵を呼びに行ったのでなければいいのだけれど…。


 と、急に視界の端に焦茶色が現れた。


 …追っ手!?


 たった今裏口から入ってきたらしい焦茶色は、すぐ側で座り込んだままの私に気付いた。こちらへ向き直るのがわかる。


 立てないのにぃっ。

 相手がこちらへ屈み込む気配に、私は恐慌状態になった。


 近すぎる。

 逃げ場がない。


 唯一理解できるのは灰色の石壁。それに縋りながら、後退る。

 背後の何かに背をぶつけたが、それでも巣穴に引き籠もる小動物のように、身を縮めるしかなかった。


 焦茶色が何か喋ってる。

 手首を掴まれて、声にならない悲鳴を上げた。


 こわい。

 だめだ、しんだ。

 お父様、アンディラート、ごめんなさい。


 項垂れかける私の耳に、怒鳴るような真っ黒マダムの声。

 私ではなく、面前の焦茶色に対するものだったのだろう。相手は手を放した。


 焦茶色が離れてモザイクに埋没し、入れ代わるように現れた真っ黒マダムが、私の前に座り込む。

 何かを喋っている。だけど、申し訳ないけれど、理解できない。


 呂律が回らないから、多分相手には聞き取れないだろう。そう思いながらも私は「一晩ここに置いて」と繰り返した。


 今夜を乗り切れば悪夢は終わる。

 この夜さえ、明けてしまえば。


 真っ黒マダムは離れた。焦げ茶色と何か会話をしているのだろう、声が聞こえる。

 2人は、それ以上私の前に屈み込むことはなかった。



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