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文鎮⇒シャドウさん



 部屋の中で、グリューベルが囀る。

 ぱたぱたと羽根を動かしては飛び、テーブルに着地しては首を傾げる。

 そこまでは完璧だ。


「…難しいもんだなぁ…」


 外で遠目に見るのなら、これで良かった。

 けれど、そっと指を差し出せば、ちょちょんとテーブルを跳ねてきた小鳥が飛び乗る。


 本来、グリューベルは懐かない。

 私の、コレは、完全に飼い慣らされた鳥だ。


 そう。多分、前世で見たことのある、インコの動きなのだ。


 警戒心の強いグリューベルが、室内でどんな行動をするのか、私には想像ができない。

 結果、命じなければ剥製のように佇み、動かそうと思えばこの有様。


「…これはこれで、他人から見たら違和感になっちゃうんだろうな」


 まさか、見た目の再現だけではいけなかったなんて。

 動かすためにもイメージが必要だったなんて。

 形が決まれば勝手に動いてくれるのかと思ってたよ…。


「…仕切り直しだわ。グリューベルは外での運用は可能だけれど」


 自分の姿を作ろうとして、目が死んでいたあの時。

 動かしてはみなかったが、アレも試せば動きがおかしくなるということなのだろうか。

 それでは、とても影武者にはできない。


「よし。まず、原点に返ろう」


 思うようにいかない。ちょっと嫌気がさした私はグリューベルを消した。

 代わりに、前世で見かけたことのある文鎮を想像した。

 サポートは文鎮だと言っていたのだから、あれだけ単純なものなら作れるだろう。


 そうして文鎮はあっけなく姿を現した。

 手にとって見ても、少し重みのあるそれはイメージ通りだ。


「…冗談のつもりだったけど、無機物も作れるんだ…」


 着ぐるみだの自分の姿さえ取らせることができるだのと言うから、人形みたいなものを作って動かす能力なのだとばかり思っていた。

 私は手の中の文鎮を、いつも使っているティーカップ、カトラリー、髪飾り等、次々と形状を変化させていく。

 どれも問題なく作ることができた。


 …そうだよ。動物の難易度が高すぎたんだよ。

 動いたり何だりしなかったら、こんなに簡単だったんじゃないのさ!


「ということは、アレだ。最悪手持ちが何もないのに襲われたときとかは、文鎮を投げ付ければいいんだ」


 悲しい結論だった。


 あっ、カトラリーも作れるんだからナイフを投げてもいいな。

 いや、それよりも、短剣かなんかを入手できれば。

 それを観察しておいて、護身用に作り出せるようになっておけばいい。

 よしよし、使い道が見えてきたじゃないか。


 それはそれとして。


「オルタンシャドウ、いらっしゃーい」


 小物類は消え失せ、変わりにモヤモヤとした黒いモノが現れた。

 私の輪郭を持つ、影である。

 とはいえ影武者を作るのが目的だったので、ペラペラではなく私程度の厚みもちゃんとある。


 私は彼女の前に立ち、「コンニチハ」とお辞儀をして見せた。

 同時に相手にも同様のポーズを取るよう命令を与える。


「…ぎこちないね、やっぱり」


 人の形を動かすのにも、練習がいる。

 それに気がつけたのは僥倖だ。

 形ばかりに拘って、いざ人前に出したら「オルタンシアがブリッジ四足歩行で走ってきた!」なんてことになったら目も当てられない。


「しかし自分の形の影と遊ぶのも、すんごい寂しい子みたいで嫌だなぁ…」


 影なら顔の詳細も要らないし、自分じゃなくてもイメージできそう。

 輪郭だけでいいんなら、そうリアルである必要もないよね。

 いつか戦う練習の相手をしてもらうかもしれないから、男の子にしようかな。

 私と並んでも違和感のない背格好がいいかなぁ。


 体型はヒョロヒョロでもなく、ムキムキでもなく。

 身長は少し見上げるくらいが乙女の夢かしら。


 なぁんてな。


「…何だい、このデッサン人形」


 早々に頭を抱えることとなった。


 輪郭がツルッとしてて、これじゃ男かどうかもわからないわい。

 自分の影が、あまりに普通に出せたから油断していた。

 私の輪郭は、ふわふわウェーブの髪に、お母様が着せたがる末広がりスカートだ。


 女の子を作るなら、段々スカートとかパフスリーブとか、ドリルヘアーとかツインテールとか特徴でアピールしやすかったのだろう。

 でも、女の子はもうオルタンシャドウがいるから…バリエーションだけ増やしたってなぁ。

 それに自分の影ならまだしも、見知らぬお嬢様シャドウと訓練して蹴り飛ばしたりしたら、なんか罪悪感来そう。


 うん。男子はきっと頑丈なもんだし、やっぱり少年を作ろう。

 …ということは、服装をよく考えないとダメだな。


 うーん。こんな子供の服で、ラインに特徴出すってもなー。

 肩パッド入ってそうな服…?


 それならいっそ肩章かな。軍服っぽいのイイですよね。

 カッチリしてそうな服なら影でも多少凹凸出るかも。

 ベルトしてウエストの位置をアピール。

 ブーツにズボンの裾をインしたらそれっぽい感じになるかしら。


 あ、髪は長めにして、後ろで一本結びにしよう。しっぽが揺れて可愛いかも。

 ノッてきたぜ。ここで、アホ毛スタンダップ!

 髪全体、もうちょっとツンツンしてるほうがいいかな。跳ね髪可愛いよね。

 顔が黒塗りな分、髪型は拘らないと。

 何もしない影じゃ、坊主頭にしか見えないもんね。


「おお…上出来ではないかね」


 どこかで見たことがあるような、ないような。少年キャラって感じの影だ。

 いいじゃん、顔も可愛いかもと期待を持たせるシルエットだよ。

 しかし少し歩かせてみたところ、『歩く動作』を意識しすぎているのかロボットのような動きになってしまった。


「よし、少年シャドウ君。君を私の遊び相手とし、人間らしい動きの特訓をしよう」


 愛着も湧いたので、安心して猛特訓に付き合わせることにする。

 気に入らないもの相手では、どうしても手間をかけられなかったりするからな。

 万が一にも動きに手抜き感が出てはいけない。


 そう。いつか作る私の影武者が、無表情でブリッジで走るような、人外となってはいけない。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*



 来る日も来る日も、シャドウを操り続けた。

 何を目的にしていたんだったか、わからなくなるくらい。

 部屋でもシャドウを構い倒して。

 昼間は裏庭でシャドウの訓練。


 シャドウに花を摘ませて、花冠を作るのが目標だ。

 そんな細かい動きをマスターすれば、さほど意識しなくとも、手先が器用な子になるだろう。

 自分が「あれ、こんな動きだったかな? でもでも…」なんて疑問を持たずに、つらっとイメージできればいいのだ。

 そうすれば、グリューベルのように、インコの動きくらいはする。

 サポートというのは結局、自分が思い込めるかどうかが鍵を握っているのだ。


「…オルタンシア、何してる!」


「やべっ」


 そんなことをしていたら、うっかりアンディラートに見つかった。


 し、しばらく顔を見ていなかったから油断してた。

 急に来るとは思わなかったんだよ!


 駆け寄ってくる足音。相手の対応は早くて、身構える隙もない。

 アンディラートは私の腕を掴んで強引に引き寄せ、シャドウから距離を取らせた。


 その背に庇われて、驚いた。

 …アンディラート、背が伸びてる。


「オルタンシア、無事か? 怪我は?」


 シャドウに短剣を向けて身構えている少年。

 横顔が凛々しい。

 馬鹿な…。早くもイケメンに成長しかけている…だと…?


 ショックだ…うちの天使から、もう甘さが抜けてきているだなんて。

 そんな。いつかはそうなると思ってはいたけど、なんてことなの、成長が早すぎる。

 私、今後の癒しをどうしたらいいのよ。

 最近、癒しの90%くらいはアンディラートに頼ってたから、ちょっと泣きそうだよ。


「何だこれは。…魔物…なのか? オルタンシア、走れるか。誰か大人を呼んで来てくれ。子供だけで対応できる相手なのか、わからないぞ」


 そこまで考えたけど、アンディラートは天狗(イケメン)に悪成長して性格が歪んだわけじゃない。

 見た目が、『可愛い』から『格好よさげ』に小進化しただけ。小鳥さんが鳥さんになったようなものだ。

 イケメンでない証拠に、彼は決して前衛を譲らず、ただ私を心配し続けている。


 …なんか違うな。コレ多分、イケメンへの偏見が酷いんだな、私。

 思い出せないけど、前世にイケメンで、なんか相当に嫌なことがあった気がする。

 けれど、悲しいような苦しいような、思い出せない何かには蓋をした。

 とりあえず今は、アンディラートの警戒を解かなくちゃ。


「あー、うん。えぇと。…アンディラート?」


 なんだ、と。返事をする声は少し硬い。

 延々と草をむしり続けているシャドウに、訝しげな目を向ける相手。

 まだ花だけ選んで摘めないのよ、その子。周囲丸ごと、むしっちゃうの。

 私はようやく弁明を試みた。


「あの、ごめん。それ…私の、なんか、えぇと、武器?」


 なんて言ったらいいの、コレ。


「武器?」


「…うぅん。サポートって魔法は…さすがにないんだよね? 私の能力なの、その子を出して操れるっていうのが。…今、鋭意特訓中で」


 唖然としたアンディラートにすまなく思いながら、私はシャドウに動きを止めさせる。

 ピタリと手を止めた影を、彼は却って警戒したようだ。


「シャドウ、アンディラートにご挨拶よ。立ちなさい」


 害はないと伝えるために、そう口にした。

 立ち上がった黒い靄に警戒の目を向けたまま、アンディラートは後ろ手に私の腕を強く掴む。

 そうやって自分の背中から出さないようにするものだから、ちょっと笑ってしまった。

 アンディラートの守る気満々さが、実に照れくさい。


「はい、コンニチハ」


 私が言うと同時に、アンディラートの正面でシャドウがお辞儀をした。

 目の前の背中は、それでも気を緩める様子を見せない。

 仕方ない。本日のサポート能力の特訓はここまでにしよう。


「じゃあ消します。シャドウ、さようならー」


 黒い靄は、その場でゆっくりと霧散した。

 小さな身じろぎをした以外、アンディラートは靄が綺麗に消えるまで動かなかった。

 短剣を構えた位置さえ、はり付けたように変わらない。

 …徹底したナイトぶりである。


「…というわけで、私が今のモヤモヤを操っております。危険はないよ?」


 ちょんちょんと背中を突くと、一瞬ビクンとしたアンディラート。

 掴まれた腕が痛いので、ちょっとずつ彼の手の位置をずらして手のひらまで移動させる。


「…っ、なんで手を繋ぐんだよ!」


「いや、腕掴まれてるのが痛かったから」


「そ、それはすまなかった」


 せっかく移動させたのに、あっさりと手を放り出された。

 何だい、お友達なんだから手を繋いだっていいじゃないか。

 ちょっとばかり背が伸びても、相変わらずのシャイボーイだな。


 …それとも、まさか無意識のうちに緊張して、私の手がぬめってたのかしら。

 アンディラートには大分気を許していたつもりなんだけど。


 こっそり指先で自分の手のひらを撫でる。

 いやいや、乾いてるよ、ノー手汗。握手しても大丈夫。


「…オルタンシア」


「はい」


「説明、してくれるんだろうな?」


 あー。説明なぁ。

 どうしよう。


 肩越しに向けられたジト目。

 目を合わせるために、少し見上げて。

 …久し振りに見たアンディラートの顔に、つい口許が綻んでしまう。


「アンディラート、ちょっと会わないうちに、背ぇ伸びたね?」


 たった2ヶ月、されど2ヶ月。

 剣の特訓のためにうちに来る頻度を1週間に1度くらいに減らせと言ったら、なんとアンディラートはぱったりと来なくなってしまったのだ。


 子供は飽きるのが早いというし、男の子なのだから剣に夢中になっても当然。

 理解はするさ。女の子だけど、私だって剣の特訓したい。

 将来ただの有閑マダムになるより、颯爽とした女騎士のがカッコイイとか思ってるもの。


 だけど、つまり新しい風と出会って、アンディラートのオルタンシアブームは去ってしまったのだろう。

 さようなら絵描き、いらっしゃい剣士。そういうことだ。


 しかし私は癒しの喪失を物悲しく思っていた。

 ましてや彼は、素の私に引かない初めての友達なのである。

 目先の剣技欲しさに、遠ざけるのではなかったかと、ひっそり落胆した。


 そうして癒しのない生活が2ヶ月。

 私がシャドウの特訓に全力を傾けてしまうのも、致し方なかったと言えよう。

 しかし癒しの天使は再び我が元へと戻ってきたのだ。ありがたや。


「伸びたけれども。オルタンシア、説明は!」


「あぁ、うん…うーん…」


 ちょっと違うこと考えてました、すみません。

 説明ねぇ…。

 なんて言ったらいいのかしらねぇ。


 溜息をついて、彼は短剣を鞘に収めた。まだ警戒が解けないのか、私を背からは出したものの、シャドウのむしった草が視界に入るような位置取りをしている。

 きゅっと眉を寄せたアンディラートは、やっぱりちゃんと男らしい男の子になっている。

 そう思ってしまうと、やはり思考は斜めに逸れた。


 もっと柔らかい雰囲気の子だと思っていたのだけれど。

 これが剣の特訓の成果なのか。

 随分凛々しい顔つきになったなぁ。


 …うぅ、つまり子供らしさがモリモリ抜けちゃってるんじゃないですかー、やだー。

 見て下さいよ、あの肩。こないだまでほっそりしてたのに、筋肉付いてきてるでしょー。

 子供のうちから筋肉つけすぎると背が伸びないって言いますけど、大丈夫なの!?


 さっきだって、身体強化してないオルタンシアさんが、ぶん回されて背後に庇われる程度の腕力を披露されたもんな。

 この調子でムキムキ育っていくのかしら。

 うわぁん、アニキじゃ癒されないよー。どうかどうか細マッチョくらいに留めてほしい…切に。


 いつの間にか両手を祈るが如く組んで、アンディラートを見つめてしまっていた。

 アンディラートが、ちょっと複雑そうな表情をする。


 何よ、その顔。…って、そうか、説明な。すっかり忘れてたわ。

 どこまで話したものかなぁ…全部話しても、この子なら引かないのかな。

 …なんて。そんな都合のいいこと、あるわけないかぁ…。


 ふと、アンディラートがこちらへ向き直った。

 恐る恐るというように手を伸ばし、私の頬に指を触れる。

 その指先の硬さが、以前とは違う。


 …何ですかな?

 このロリっ娘のほっぺを、ぷにぷにしたいのですかな?

 同年代でなくば許されまいぞ。事案発生ぞ。


「いくら私のほっぺが柔らかいからって、ビローンと引っ張ったりしたらダメよ?」


「しないよ! …もう。変わらないな、お前は」


「そんな2ヶ月で劇的変化なんてあるかな。あ、君は背が伸びたか。劇的男子になった」


「何だよ、それ」


 劇的でしたのよ。

 オルタンシアさん、癒しを喪失するかと思って冷や冷やしましたもの。

 話した結果、一切性格が変わってなくて、本当に安心した。


「いや、オルタンシアだって…その、劇的変化だぞ。そ、それに先程の不気味な靄が魔物ではないとか、本気で言っているのか?」


「何だとー。シャドウさんは万が一のときに私に成り代われるようにだなぁ…って、そうだ。もしかして見慣れたコレであれば、そんな過剰反応されずに説明できるのかも」 


 取り出しましたるはグリューベル。

 何もないところから私の手に現れた緑がかった小鳥を、目を真ん丸にしたアンディラートの手に乗せてやる。

 グリューベルはインコの動きで、ちょちょんとアンディラートの腕を上って行った。


「…グリューベルが…」


 腕の坂を上り、肩の丘を越えた小鳥はゴール地点と見たのか、少年の頬にフワフワと頭をこすり付ける。

 呆然と呟くアンディラートに、私は言葉を紡ぐ。


「ほらほら。警戒心の強い小鳥ちゃんがこんな風に懐くはずないよね。納得した? 私が…えぇと、魔法みたいなヤツで出したんだよ」


 えっへん。無意味に胸を張ってみせた。


「なんか、ちゃんとイメージできないと形にできないみたいでね。グリューベルで練習したのは良かったんだけど、私のイメージがペットなせいか、どうしても人に懐いちゃう」


「…なんでも…作れるのか?」


「イメージできれば、多分ね。もしものときの影武者に自分を作るのが目標なんだけど、ダメね。自分がちゃんと笑えてるのかよくわからないせいか、死んだ魚みたいな目をした不気味な私と対面して、ショック受けたわ」


 わかったようなわからないような顔をしているアンディラートからグリューベルを受け取り、そのまま靄へと変えた。

 話しながら思いついたけど、もっとわかりやすい例があったのでした。


「じゃーん。そこで出来たのがこちら。自分の影を観察して作った、オルタンシャドウです」


 咄嗟に短剣を抜こうとしたのか、アンディラートの手がベルトの辺りに伸びた。

 けれど、その手を、ゆっくりと私の前に。


「…なに?」


 伸ばされた腕を見つめていたら、そのまま庇われてアンディラートの背後に置かれた。

 …オルタンシャドウでも警戒対象でしたか。


「私の形で作っても…魔物じゃないって信じてくれない? こんな能力は変だから…」


 例え魔法がある世界でも、未知の効果の魔法では異端だ。

 下手をすれば魔女裁判みたいな目に遭うのではないか、とか思うし。

 だから明かす相手を選ばなくちゃいけないことくらいは、わかってる。


 だけど見られたサポート能力を誤魔化す手段は思いつかないし、彼が私の能力ごと受け入れてくれれば助かるのは事実だった。

 …私の心の平穏のためだけに、なんだけど。


 威嚇するつもりはないから、オルタンシャドウも消した。

 怖がられたくは、ない。


 また調子に乗ってやりすぎたのかな。

 …ああ、この場を何て言い繕おう…。

 嫌われないように、怖がられないように、なんて誤魔化したらいいんだろう。


「…変じゃない」


 悩む私の耳に、ぽつりとそんな言葉が聞こえた。


「別に、変じゃない。ただ俺が、今までその存在を知らなかったというだけじゃないか。そんなものはこの世に、ごまんとあるんだ」


 言い切って、彼はこちらへ向き直る。

 思ってもみないその言葉に、反応が遅れる。


「もう、これがお前の能力だと理解した。わかったけど、ちょっとまだ存在に慣れてないだけで…俺はお前を信じているよ、オルタンシア。心配するな」


 ちょっと。もう。

 本当に。ねぇ。

 これだから、この天使はヤバイ。

 ちょっと泣きそうになるし。すごく笑顔になってしまう。


「私のこと、怖くない?」


「何が怖いんだ。お前に危害を加えられるだなんて、俺は一度も思ったことはない」


 もう一回見せて、なんて言って。

 そうして彼はあまりに簡単に受け入れた。


 びっくりするくらい。


 前世で受けた仕打ちとは一体何だったのかと思うくらい。

 嫌な顔をせずに私を受け入れる。


「俺の形も作れるのか?」


「うーん。作れるかもしれないけど…ちゃんと動かせるようになるまで、みだりに種類は増やさないよ」


 アンディラートがブリッジ四足歩行で走ってきたら、私は泣くよ。立ち直れる気がしない。


「…そう、なのか」


 残念そうな顔をされて笑ってしまった。

 やっぱり、彼はお揃いが好きみたいだ。

 私も好きだから、上手く動かせる自信が付いたら、作ってみようかしら。


 命の危機はある。疑心暗鬼なこともある。

 それでも、これ以上の生活は、ない。


 もう何も望まないよ。

 綺麗で優しい両親と、素を見せても逃げないでくれる友人。

 私に何かあれば悲しんでくれる人が、確実に3人もいるのだ。

 

 だから、悪夢を見てもまた、頑張って生き延びてやろうと思える。



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