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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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レッツ・パーリィ!⇒入り口で躓く



 久方振りに注文したドレスは、昔のようなフリフリ・ド・ヒラヒランヌではない。


 さすがにお母さま監修の幼児ドレスを再現することはないとしても、昨今の流行からすると少しシンプルすぎると仕立屋さんが不満げであった。

 しかし構うことはない。着るのは私だ。


 十二歳の総レース仕立て~季節の花々を添えて~…については、一般的なご令嬢にお任せしようと思う。


 大体、流行が完全におかしいのだよ。

 髪に差すならまだしも、生花をドレスに縫い付けようとするな。もぎ取って男女間のやり取りに使うな。誰だ、作り物の花ではない斬新さとか言い出したヤツは。枯れろ。


 正気の沙汰とは思えないそんなアレコレは要らないよ。そんなものなくとも、両親譲りの外見が何もかもをパーフェクトに変えてくれるのだよ。


 …うん。口を開かなければ人々を騙し通せると思うんだ。

 だってシュールストレミングだって、缶を開けなければ異臭はしない。多分。


「行ってらっしゃいませ、お嬢様」


御者がぺこりんと見送ってくれた。

 本日は令嬢仕様なので、軽く頷きを返す程度。

 いつものような大袈裟な、貴公子的動作は取り入れない。


 実に1週間ぶりの従士隊。

 女装準備は秘密裏に行っていたが、万一漏れていたとしても誰かと直接話題にするようなことは避けたい。パーティー前に従士との関係がよそよそしくなっては居づらいだけだ。

 そのため、おうちの都合でお休みということにしてあった。


 あと、所作や何かの勘を取り戻すべく猛特訓してた。

 令嬢ロールはとても久し振りなので、ボロが出ないように注意しなくては。


 繰り返し自分に言い聞かせる。

 可憐・主演・熟練。

 私よ、達人であれ。今日ばかりは、自分だけのためではないのだから。


 時間の都合上、待ち合わせこそ現地集合となったが、帰りはアンディラート(の家の馬車)が送ってくれる手筈になっている。


 受付に着くと、見慣れた顔が幾つかあった。級友の従士達と上級生らしき従士達。


 男装していないことに驚いているのか、目を真ん丸にしてこちらを見ているので、とりあえず会釈。さぁ、受付だ。


「あの。こちらは従士の受付になっています。来賓は正面入口からになるのですが…」


「はい。問題ございません」


「…いや、あの…」


「私は従士ですから、こちらの受付で正しいのですわ」


 ニコリと笑って、従士証ピンバッジを提示。

 しかし信じてもらえない。


「あー、届け物だったんですね、ありがとうございます。どちらで拾われましたか?」


 回収されそうになって、心の中で慌てる。

 違うよ、落し物を届けに来たんじゃないよ。


「これは私がいただいたものなのですが…」


「…ええと? ちょっと意味が…」


 駄目だ、この受付。


 うふふと笑った私は、相手の視界外でそっとペンと帳面を引き寄せ、勝手に記帳。気付いて慌てた相手に帳面を奪われるも、しっかりと名前は書いてやった。


「あっ、困りま…、エーゼレット?」


「ええ、従士のオルタンシア・エーゼレットと申します。そうですね…決闘従士と言えば、おわかりになるかしら?」


 さすがにメスゴリラは自ら名乗りにくい。


 いかが?と小首を傾げてみた。

 してやったりィ!と小鼻を膨らませるかどうかの瀬戸際であった。危ない。


 …だというのに相手は、無反応。何なの。

 一人盛り上がりが虚しい限り。

もう受付のヤロウ、放置したい。


「オルタンシア・エーゼレット?」


 私の名を聞いてざわめいた級友達。

 おお、もしや私の従士証明をしてくれますか。


 持つべきものは級友だね。振り向いて、お礼の全開笑顔フラーッシュ!


「ええ、皆様、1週間ぶりですわね。ちょうど顔見知りがいる時で良かったです、これで信じていただけま…す、わよね?」


 なんだい、その呆然とした顔。

 えっ。知らない人を見る顔してない?


「…酷いわ、もしや私をお忘れですの?」


 両手を胸の前で組み、不安そうな顔を作ってみる。


 途端に慌て出す面々。どうしたんだ、特に、イルステン。

 この中では、私の女装に唯一耐性があるのが君のはずではないかな。


 どうでもいいが、そろそろ中に入らないと。待ち合わせ時間を過ぎている。


 信じてもらえてないけど、気にせず押し通るか?

 騒ぎになったら厄介だなぁ。


 そうこうしているうちに会場の扉が開き、従士が1人出て来た。


 あれ、目が合ったと思ったんだけど…。


 彼はその場で3秒ほど立ち止まっていたが、ようやくこちらに気付いたのか近付いてくる。


 このくらいの距離ですぐ気付けないなんて、君、もしかして目が悪くなった?

 やぶ睨みするようになったら、彼の可愛さが失われてしまうな…何か視力回復手段を考えねば。

 ブルーベリー…見たことないな…アントシアニンって他に何に入ってるんだっけ? なんかベリーっぽいヤツ与えとけばいい?


「オルタンシア。着いていたか」


 混乱しきりの人々の中、唯一いつもと変わらない調子で呼ばれた。さすが安定の天使ぶり、アンディラートである。

 彼にまで知らない人扱いされたら泣く。


「遅くなってしまってごめんなさい。私が従士であることを、中々信じていただけなくて。どうしようかと思っていたところよ」


「うん。もしかしてと思って、受付を覗いてみて良かった。記帳は?」


「ええ、済ませましたわ。一応、従士証も提示致しました」


 そう、と呟いたアンディラートは、周囲をぐるっと見回して。


「ふふ。ようやく、そういうオルタンシアを見せられた」


 とても嬉しそうに笑った。


 ぴかぴか笑顔が眩しいぜ。

 太陽光にさらされた吸血鬼の気分を満喫。

 気を張らないと、灰にされそうな可愛さだ。


 プリティ・ユニバースが同着2位確定となった瞬間であった。

 ヤバイ。性別差し引いても抜かれる。

 私のほうが3位に落とされる。


 内心は隠して、エスコートの手を差し出す彼に、首を傾げる。


「そういう、というのは男装をしない場合ということでしょうか?」


「うん。オルタンシアは強いだけじゃないけど、女らしさを出さないようにって隠していただろう。だから従士隊ではなかなかわかってもらえなくて、悔しかった」


 うーん。でも令嬢モードで決闘してたら、様々な支障を来すと思うよ。

 そういうキャラを一生貫く覚悟まではなかったかな。


「男装は従士らしさのためなのですし…女であることなど、改めて知らしめるようなことではないのでは?」


「それでも俺は、嬉しい」


 ニッコニコであるな。

 まぁ、アンディラートが嬉しいなら、何でもいっか。

 可愛いは正義だもんねぇ。


 こちらもキラキラ全開で笑い返しておいた。

 目覚めよ、私の潜在的女子力。お母様の娘が、男子に可愛さで負けてはならぬ。

 せめて同着はキープしたい。


 すっかり背後のことなど忘れて、エスコートされるままに会場入りしてしまった。

 受付に引き止められなかったところを見ると、アンディラートのおかげで従士証明がなされたのだろう。


 物珍しそうな目をくれる周囲に、一通りの挨拶をしてから、壁際に引っ込む。

 本日の主役的な部分もあるので、それなりの対応が必要らしい。

 私も遠慮なく、全力の令嬢モードを発揮しておいた。


 アンディラートは少し身を寄せて、私が普通の口調で話せるように、小声でやり取りをしてくれる。


「オルタンシアのドレスは、花が縫われていないんだな」


 会場では特に緊張するから、周囲に聞こえないなら普段通りに話してほしいというのが彼のご希望なのだ。


 まあ、一応主役ポジションだから緊張もするよね。

 砕けきった私の口調で落ち着くというなら、心のケアを任されようではないか。


「うん。…あれさぁ、変じゃない? 仕立屋さんには渋られたけど」


「花が変とは言わないけれど…」


 おや、この世界の住人感性では変ではないのか。

 …えー…でもやっぱり無理かな。

 ドレス、草の汁とか付かんの? 特殊加工してるの?

 無駄な技術力と言わせていただくよっ。


「パートナーが流行のドレスじゃなくても嫌じゃない?」


 今日はダンスもある。

 幾ら縫われていたって、さすがに踊ったりしたら…花、すっ飛んでいくんじゃないかな。

 その花をどうフォローしていいか、私にはわからない。


「嫌じゃない。オルタンシアのドレスは似合っているから、こっちのほうがいいと思う」


 あら、褒められたわ。


 はっ!

 赤面していない…だと…。


「実は褒め言葉じゃないとか」


「えっ、似合うは褒め言葉じゃないのか?」


 きょとんとした表情に裏はない。

 そうよね、嘘のつけないアンディラートだった。


「ううん、言ってみただけ。ドレス自体はセミオーダーだけど、この辺のレースとか、こことかは、こっそり自分で付けたのよ。どうかな、ちゃんと可愛い?」


 袖口やら襟ぐりやらを示して見せる。

 内襟的に縫い付けたレースなんて自信作。全て私の手編みだ。


 無意識のように示されたレースを追っていた彼の目が、ついと泳いだ。


「…ぅあ。か、かわ、いいよ」


 今度は急激に真っ赤になって、完全に目を逸らしてしまった。


 …そうか。彼の赤面境界は相変わらず難しいのだな。

 似合うは良いけど、可愛いは駄目なのか。


「そう? ありがとう。アンディラートも格好いいよ」


ぱっとアンディラートはこっちを向いた。

 じっと瞬きを繰り返すので、聞こえなかったのかと思ってもう一度言う。


「アンディラート、格好いいよ?」


「…そ。そうか、良かった!」


 あらま、嬉しそう。

 主役ポジに据えられたから、自分の格好がおかしくないだろうかって余計に緊張していたのだね。


 時折声をかけてくる人に対応したり、飲み物を取りに行ったりして、歓談タイムを過ごす。メインイベントまでは、そうして思い思いに過ごすもののようだ。


 成人すれば夜会にも出ることになるが、それまでにパーティーを経験する機会は少なそうなので、今のうちに良く見ておこう。


 社交的なおうちだとお友達同士で身内パーティーを企画して、練習用の子供の社交場を設けるらしいのだが…うちは無理だな。

 お父様がヴィスダード様以外のお友達を連れてきたことはないし、私も、知らない人とあまり仲良くしたくはない。




 そうして会場を回るうちに、多少のハプニングがあった。




「やはり従士隊になんていらっしゃるから、はやりをご存じないのかしら」


「まぁ、お花が一つもありませんのねぇ。買えないわけではございませんでしょう?」


 流行じゃないドレスをディスりに来るお嬢様達がいたのだ。


 すごい…あの子の目つきとドヤ顔…なんてリアルなラビニアだ!

 セーランシア、テンション上がっちゃう!

 ああ、落ち着こう、今日の役柄は小公女じゃないのよ。


「パートナーの方も、型落ちドレスの娘を伴っていてはお恥ずかしいのではなくて?」


 む、こっちの少女は悪役感いまいち。

 そして完全に「これ、誰だろう」の顔を…隠そうと四苦八苦しているアンディラート。


 ドレスも別に型落ちじゃないし、害もないんだけど。

 この程度でやり込められると思われては、決闘従士の名折れ!


「普通でしたらそうなのかもしれませんね。けれど、彼は寛大な人ですから、大丈夫ですわ。もう少し時間があれば、彼の衣装にも手を加えて共通のモチーフなど入れてみても面白かったでしょうね。私はどうしても、流行よりも好みで服を選びますの。従士隊の制服も、機能的で気に入っておりますのよ。殿方のように上手に着こなすのが、なかなか難しいのですわ」


 貴族らしくコロコロと笑ってみせる。

 ふっふん。なんせ年齢的に、ちょっと体型も変わってきちゃったからね。本当にそろそろ着こなしが難しくてさ。


 いやぁ、ドレス買おうと思ってきちんと採寸したら、意外と胸があることに気付いて歓喜したよ。

 この年でこれなら、もう勝ったも同然。既に前世以上。


 ホクホクと答えてふと見たら、相手のパートナー男子が真っ青になっていた。


 …ああ。そうよね。

 知らない人は知らないけれど、知っている人は知っている。


 決闘従士が、宰相の娘であるということを。


 可哀相に…家に帰ったら怒られるよ、君達。

 相手を調べずに感情だけで突っ掛かるから…ほら、情報持ちの従士や付き人が、周囲で目ん玉ひん剥いとる。


 まぁ、令嬢達が一生懸命アピールしていたというのに、ぽっと出の従士仲間がパートナーの座をかっさらって行ったのだから文句の一つも言いたいのは当然。

 優良物件を掠め取ったのが、男装娘か!とハンカチを噛む気持ちもわからないではない。


 加えて、アンディラートがギリギリでパートナーを決めたということは、追っかけていた彼女達も更に慌ててパートナーを探したということだ。超滑り込みなのだ。

 そこはパートナー兼幼馴染として謝っておきたい。

 うちの天使が、どうもすみません。


「…オルタンシア。もう行こう」


 しかし天使な紳士を前に、連れ女子のディスりというのは悪手であった。


 ちょっと私に嫌味を言いたいだけだった令嬢達は、隠しごとのできない男の素のドン引き顔を見つけることになる。


 アンディラートは驚きのスマートさで私をぴたりと側に引き寄せると、周りに気を使った小声で相手に訴えた。


「他人の装いを声高に貶めるなんて、下品だと思う。パートナーにそんなことをされると、エスコートする男が恥ずかしい思いをする。彼にもう少し気を使ってあげてほしい」


 まさかの連れの男目線。

 私に恥をかかされたなどと怒ることもなく、ただ心底の同情を向けられた令嬢達は撃沈していた。

 彼の天使ぶりを甘く見ていたのだな…可哀想に。


 そっとその場を後にしたが、追ってくる人も声も皆無であった。


「オルタンシア。もし機会があったら…」


 彼女達から離れてしばらくすると、ぽつりとアンディラートが呟いた。


「なに?」


「…その…、考えてくれるか? もっと時間があるときに。共通モチーフの衣装」


 意外と乗り気の発言が寄越された。

 ああ、そういえば彼はお揃いが好きだったね。

 幼い時分に、私と同じことをしたがったことを思い出して、小さく笑う。


「いいよ。流行でなくてもいいんならね」


「…流行より一点物のほうが好きだ」


 確かに仕立てものとは、流行に乗りたい派とオリジナリティ追求派に分かれるものかも。

 アンディラートは個性派なのだね。


 そう思って見上げたら、彼はなぜかちょっと頬を染めていたので、赤面境界について再び思考の海に沈むことになった。


 どこだ…一体今の話のどこに、赤面する要素があったんだ…。



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