私、普通の女の子に戻ります!
最近お決まりとなった、アンディラートのチヤホヤ登下校。
慣れきった私とは対照的に、慣れることのできないらしいイルステンから不満の声が上がる。
…私としてはイルステンが当たり前のように仲間に加わってくることのほうに慣れないのですが…。
「だからっ! まだ決まんないのか! 考えてどうするんだよ、もう日にちがないのに!」
「…わかってはいる」
「いないままでは格好が付かないんだぞ、功労表彰からの特別従士の任命なんだから! 何なら紹介してやるって言ってるだろ!」
あれ。もしかしてイルステンはただ突っかかっていたのではなくて、アンディラートの心配をしていたのだろうか。
思ったより、仲いいの、君ら?
もしかして私も頑張ってお相手探しを手伝わないと、親友の地位が危うい?
困ったように後ろ頭をかくアンディラートは、ちらりとこちらに視線を投げた。
これは…小型犬的押しかけ親友候補に対し、真の心の友である私に助けを求めているのだろうか。
よぅし、まかせろ!
「まあまあ、何とかなるよ。もし誘いたい相手が見つかって、声をかけにくかったりしたら、私がメッセンジャーとして走ってもいいよ」
任せろ、メロスンシアは友のために駆け抜けてみせるのだぜ。
あっ、ダメだ。挫折しかけるうえに、セリヌンラートに一回だけ疑われてしまう!
見捨てたと思われるだなんて、甚だ心外。
たったの一回だってごめんである。
私は不屈ですとも。友よ! 安心と信頼のオルタンシアですよ~!
自信満々に胸を叩いてみせたのに、左右で同時に溜息をつかれた。
なんで2人ともそんなにテンションがダダ下がりなのよ…パートナーちゃん、きっと見つかるよ。
大丈夫、諦めんなよ! 出来る、出来るよ!
「何がそんなに問題なんだい? いくら君がシャイすぎるからって…」
「う。…そうじゃないんだ。オルタンシア。俺がお前以外の令嬢を誘えない理由は」
私以外の令嬢…。
この男装の麗人も、きちんと令嬢枠に入れる彼の優しさよ。
こんな紳士、どの子も誘えばすぐオッケーしてくれると思うのになぁ?
首を傾げる私の前で、アンディラートは俯いた。
そして、なんか、重たい空気を放ってきた。
何だろう。この「令嬢は無理、致命的」みたいな雰囲気。
私はハッとした。
もしかして。
同年代のご令嬢ではダメなのか?
俺のパートナーはどうしても熟女じゃないとイヤ、とかそういうこと…?
なんてこったい!
母親不在の幼少時が何かのトラウマに!
でも、そうすると選択肢は壊滅的だわ。
奥様をパートナーに貸してくれる貴族なんて、まるでアテがない。
どうする? どうしよう?
そうだ!
いっそ平民を着飾らせて連れて行く…作戦名『灰被り』を決行だ!
アラまぁ素敵、あちらはどこの奥様かしら、あんな美しい方見たことないわ、みたいな。
いいじゃん。コレ、名案じゃね。
週末にでも、下町のマダムをナンパしに行ってみよう!
「アンディラートっ…」
市場で言うなら、どの店主が好み?
肝っ玉系、ウフン系…それとも…
「やっぱりお前、行ってやればいいじゃないか」
神妙な顔をしたイルステンが言いにくそうに口を開く。
何だ? 今回は時間もないんだから、現実的な手近なパートナーで妥協しろって?
あぁ、ドレスの問題か。
見たこともない美熟女を仕立て上げるには、さすがに装備はフルオーダーじゃないと!ってことね…。
…それに私がナンパしてきても、アンディラートの好みビシャリになるか自信はないよね。
好みニアミスの熟女とか連れて来て、あぁ惜しかったなって憂い顔でエスコートされたら悲しい。
だけどアンディラート本人にナンパなんて絶対無理だろうしなぁ。
アンディラートをちらりと見れば、ちょっと救いを求める目をしている気がする。
んー…。別に、私がパートナーするのがイヤだとは言っていないのよ?
「男装で、良ければね。だけど名を呼ばれて前に出たりするだろうから、ちゃんとしたパートナーがいいと…」
「いや。もう、俺は他の人を誘うのは諦めようと思う。男装でもいいからオルタンシアに頼みたい」
アンディラートが遮ったので、私は途中で言葉を止めた。
…えぇー…。
いやぁ…男装のパートナーは、さすがにダメだと思うけどな…?
だって、それなら最早イルステンの女装でもいいってことじゃないか。
微妙な顔をした私に、どこか叱られる前みたいな目をして、大天使は言う。
「駄目なんだ、どうしても…見分けが付かないんだ」
「え?」
「は?」
私とイルステンが同時に疑問の声を上げた。
アンディラートは、居心地悪そうに小さくなっている。
見分けが付かない。
…誰と、誰が?
いや、そうじゃない。
ええと。ちょっと待ってよ。
熟女萌えでも、シャイすぎてパートナーを頼むことができなかったわけでもなくて。
「…会ったばかりの令嬢が皆、同じに見えて…。正直、誘えたところで会場ではぐれたら二度と見つけられないと思う」
連日囲まれておきながら、この令嬢達が初対面なのか昨日もいた人なのかもわからない。
パートナーを判別できずに、会場で間違えて別の女性に声をかけたりしたらまずいだろう、なんて。
沈痛な面持ちで行われる告白。
受け入れるのに時間はかかったが。
「あのね。…いいな、と思う子はいなかったのかい? あんなに女の子、たくさん…」
「思わないだろ。見分けも付かないのに」
問いかけた私を、なぜか隣のイルステンが鼻で笑った。
ははは、こやつめ。男装の麗人はこの程度でヒステリーを起こしたりはしないぞ。
ギリギリ。(歯軋り)
「話し方も話す中身も似ていて、本当に判別できない。名前だけ覚えたって、顔が一致しなくちゃどうしようもない」
ああ…あの媚びる感じの話し方ね。確かに、皆、一緒だね。
流行の髪型に流行の化粧。色は違えど流行の型のドレス。
特に今は皆様、一様に誘ってオーラ全開中だし。
「使用人は見分けがつかないなんてことはなかったんだし、めぼしい人と何度か単品で会って認識できるようになれば間違えないんじゃない?」
「そもそも婚約者でもないのに何度も会う理由なんてない」
自ら何度も会いに行ったりしたら、むしろ積極的な求婚と取られかねない。
そうならないよう、普通は家の格とか見て、親が段取り…おふ、そうね、無理だったね。
女親が常駐していない弊害がこんなところに。
従士隊にもっと女子がいれば、それほど構えずに頼めたのにね…。
イルステンからの紹介を受けても良いけれど、下心付きなのを理解したうえでということになる。
自分で選ぶのと違って、仲介者に何か旨みのある裏取引があるかもしれない。
イルステン自身がどう思っていようと、それは結局、騎士団長の家を通して紹介が来た令嬢になるのだ。
紹介してあげるとか言ってるけど、イルステン、女友達なんかいないでしょ? 家の力でしょ?
そして、もし紹介を受けるなら、ヴィスダード様の判断が要るのではないかな。
性質の悪い相手に当たったら、難癖つけられて嫁に貰う羽目になるかもわからないのだし。
…いや、義父となるヴィスダード様の豪快さに、令嬢のほうが嫁入りを断念する可能性も、なくはない。
「…やっぱり誰か紹介してやる」
イルステンの言葉に、アンディラートは憂鬱な顔をして首を横に振った。
「紹介されても、ダメだと思う。失礼なことをして仲介者の顔を潰してしまう。だって、どうやら父もそうみたいなんだ…「気にするな、1、2回会った程度で見分けなんてつかないもんだ」って言ってた…」
脳筋には、画一的なご令嬢方を判別できないらしい。
そりゃ、結婚なんかせずに戦場飛び回りたかったわけだわ。
「…ヴィスダード様、如何にもそういうの苦手そうだもんね。まさか、紳士な君の口からそんな言葉が出るとは思わなかったけど」
けれどまぁ、私とて思っていたことだ。化粧も服装も話題も、流行に流される令嬢達は似たり寄ったり。
そして顔の判別がつく程度に親睦を深めるためには、さすがに時間がなさ過ぎるな。
あれ、でも脳筋親子は最初の頃から私をちゃんと判別していたぞ。
まさか…決して画一的ではない、メルヘンプリンセスなドレスのせい…?
あ、あれは、お母様の、きっとお母様の完璧な作戦っ…さすがです、お母様っ。
「おい。お前の期待値はすごく高いはずだぞ。簡単に諦めるな、騎士になったとき、出世に響くんだぞ」
イルステンは語る。
ただの参加者ではなく、功労者として招かれたパーティーでは周囲が彼を値踏みする、と。
従士はじきに騎士になる。騎士とは国に仕えるものだ。
ましてや王都の騎士隊で有望とされるのならば、貴族としての立ち振る舞いはもちろん、選んだパートナーの家柄や品格、容姿ですらも査定されるといって過言ではない。
冒険者のように剣の腕だけで上がっていける世界ではないのだ。
「いいんだ…もう、いい。俺は結局、父と同じなんだ。ろくな大人になりはしない…過分な評価だ」
ひいぃ、メッチャへこんでる!
仲良く出来てそうに見えたのに、実は水面下で父と息子の確執は続いていたのだろうか。
ヴィスダード様と同等なのは人間として良くないと思っているようだ。
実際、うん、否定のしようもないけど…仕方なくね? 令嬢にも非のあることだよ。
それなりの時間をかければ判別できるんだしさ。
「仕方ないね。ならばパートナーは私で妥協するといい。完璧な貴公子として参加して見せよう!」
よし、そうだ!
変に落ち込むくらいならば、もう私で妥協するがいい!
「ああ。ありがとう、オルタンシア」
「おいおい! 男装は駄目だって!」
慌てたようにイルステンが割って入った。
私だってどうかとは思うけれど、別にちょっと名前呼ばれて表彰される程度の時間なら…。
「あのな、このパーティーには王族が来るんだ。特別従士の任命は王族がやるからな」
「「え?」」
「ただでさえ久方振りの特別従士の任命だって噂になってる。直接、王様が来る可能性だってあるぞ」
何なの、王様。変なとこで暇なの?
考え込む私とアンディラートは、ちらりと目を合わせた。
アンディラートの目には、少しだけ、躊躇があった。
「…うーん…。仕方ないね、女装するか」
「女なのに。本人に女装って言われると何だかな。…とにかく、パートナーやるんなら格好はきちんとしろ。幼馴染を貶めたくないのならな」
くっ。アンディラートを貶めるとか、絶対不可能じゃんね。
「わかったよ、現実的に考えておく」
ようやく安心したのか、イルステンは去っていった。
腐っても騎士団長の子であった。
多分カビも生えてるけど。苔も生してるに違いないけど。うむむ、イルステンに正論で諭されたかと思うとなんか悔しい。
イルステンの後姿にイーッとする私を見て、アンディラートは難しい顔をしていた。
「…男装でいいぞ、オルタンシア」
「ぬえぇ?」
先程の結論を引っ繰り返すようにそんなことを言うから、変な声が出てしまったのは仕方がない。
アンディラートはしかし、いつも通りに私を気遣っただけだった。
「俺の評価なんて気にすることはない。お前は、理由があってその格好をしているんだから」
きっぱりと言って、真っ直ぐにこちらを見る。
もう。この大天使め。
私はきちんと説明をしないのに、それでもこうやって尊重してくれる。
にへりと笑いそうになる顔を、こっそり腿を抓って引き締める。
あわわ、痛い痛い。手加減間違えてホントに痛いわ。一気に正気付いた。
口元に手を当てて考え込む。
うーん。
どう考えたって、これだけお世話になっているアンディラートに恥をかかせるのは本意じゃないよなぁ。
本当に、男装を解いてはいけないだろうか。
自問自答で考える。
成人まで残り2年半。従士隊の生活も残り半分。
目的さえ達していれば、成人まで従士でいる必要はない。
騎士に就職はしないのだ。
決闘申し込みも最近はない。
すっかり落ち着いていると言っていい。
ならば、そう、異色の娘が継母を選り好む様は、存分に世間に浸透したということだ。
それに、お父様も、もう大丈夫かもしれない。
先日「オルタンシアがシャットアウトしてくれているから、自分の都合だけで相手を選べそうだ」というようなことを言っていた。
後妻を迎えるのはそう遠い日のことではないだろう。
そう、お母様を失ってから、既に2年半。長かったのか、短かったのか。
…何にせよ、亡くなった妻にずっと思いを馳せて生きていくことを許してくれるほど、世界はお父様に優しくない。
お父様が望むのなら、貴族位を捨て、王都を出て山奥で自給自足生活とかしても良いとすら思っていたけど、お父様は世捨て人にはならなかった。
お母様のいた家を手放すことのほうが難しかったのかもしれない。
あ、そういや領地あったんだったわ。行ったことないけど。
跡継ぎもいないし、当主が簡単に失踪とか出来ないわね。
何だかんだ言って、お父様は結構、他人のために働く人だからなぁ…。
お父様が自ら職務のために後妻が選べる状態になり、生意気な娘という壁を突破しようとするものもなくなれば、私が悪目立ちを続ける必要はない。
面白がって決闘を申し込んでいた、私自身への求婚者はチラホラといたが、それも男装をやめれば鳴りを潜めるだろう。
真っ当な貴族感覚を持っている男はこんな破天荒な娘など妻に迎えたくはないし、毛色が違うと面白がっていた求婚者達は、私に面白みがなくなればいなくなる。
つまり、副産物で「行き遅れて修道院コース」も夢ではないということだ。
「丁度いい機会なのかも。そろそろ、道化も舞台を下りる頃合いなのかもしれないね」
ぽつりと呟くと、アンディラートは少し困った顔をした。
「…じゃあ…本当にいいのか?」
「うん。害獣掃討期間が終わったら従士隊を辞めると、明日にでも申し出ておく。パーティーは打ち上げを兼ねているから丁度いいね」
「急だな」
「いや、本当は可及的速やかに辞めるのが正しい。今日にでもだ。けど、討伐魔獣の素材でいいものがあるかもしれないと思うとねぇ。分配を待たずに辞めたくないねぇ」
素材分配日前に辞めるってことは、働いたのに給料が貰えないってことだよ。
従士隊を辞めたら、そんなの手には入らなくなるだろうしなぁ。
そうしたら、それを売ってお小遣いを稼ぐことはできないのよね。
…うん。皆が興奮したりする素材は、つい欲しくなって一緒に希望者で手を上げてみたり、時には本当にゲットしたりしてはいるけど、使い道はさっぱりわからない。
皆、牙なんか貰って何してるんだろう?
私? とりあえずアマゾネスアクセサリー作ったよ?
付けてく場所、まだないよ?
小さい魔石なんて、手に入ったら砕いて絵の具に混ぜて色粉扱いしてる。
光が当たると反射が綺麗だけど、相変わらず世には出せない不良在庫だ。
…それにしても、解体なんて始めは半泣きだったのに。
逞しいわぁ、オルタンシア。
「なぜ、すぐ辞めるのが正しいんだ?」
「一度女らしい姿を見せてしまえば、仲間扱いはしてもらえなくなる。必要以上に女であることを意識させてしまえば、この計画はもう終わりだよ」
もしかして級友達は、今更私が女装しても変わらないんじゃないだろうか。
だって、私の存在には大分慣れただろうから。だったらまだ所属していても…。
ふと、そんなことも考えた。
うーん。でも所属してたら、いらんトラブルが起きそうだ。
接したことのない下級生も上級生もたくさんいるんだ。また「女のくせに」からの絡まれ生活が始まるのではないかね。
それに、やっぱり騎士にはならないのだから、従士全員に認められるのは却って良くないのかもしれない。
「…そう…なのか? オルタンシア、やっぱり男装のままでも」
「ううん。違うんだよ、本当にいい機会なだけ。あっ、でもそんなに気にするのなら、今後の害獣討伐の素材の横流しで手を打とうではないか!」
「欲しい素材があるのか? いいよ。何が欲しいのか言ってくれたら、取りに行くことだってできるからな?」
にこりと笑って見せると、アンディラートも少し笑った。
定期的に素材横流しの約束がいただけたので、従士隊への未練は完全になくなった。
久し振りに女物の服を仕立てることになる。
お父様に経緯をお伝えして、パーティー用のドレスを用意するとしよう。
…いや、さすがにフルオーダーで作る時間はなさそうね。
今更だけど、これ、既に他の令嬢に頼めない案件だったかもしれんわ。




