後妻、選定中。
「…つまり、お見合いですか」
私の言葉に、お父様は困ったように微笑んだ。
「まだ、そこまでのものではないけれどね」
家令もいない室内に2人きり。
真面目なお話があると呼ばれたので、男装の麗人はエコモードです。
「…配偶者のいない状態というのも限界が近いかなとは感じている。オルタンシアのお陰で冷静にもなれた。そろそろ現実に目を向けようと思っているよ」
「…そう、ですか」
「直接的な縁談は来ないのだけれど、やはり宰相の妻がいないと不便なこともそれなりにあってね。そうすると、周囲の目にも気遣いが混じる。進言してやらなくて良いのだろうか、とね」
私欲ではなく、純粋な心配の目が多くなっているのだという。
遠くないうちに味方陣営の誰かが言い出すだろうとお父様は溜息をついた。
きちんとお父様の心配をしてくださる方まで決闘で叩きのめすのは、さすがの私も忍びない。
お母様が亡くなって2年。
お父様が具体的に後妻の可能性に言及したのは、初めてのことだった。
後妻。
新しい、お母様。
少しショックだけれど、仕方のないことだというのは理解している。
地位があればあるほど、男やもめには生きにくい貴族社会なのだから。
「…相手に打診をしてみようかという段階でしかないのだけれど…オルタンシアはやっぱり、まだ嫌かい?」
長い指が、そっと私の髪を梳く。
そんなお父様の手にむしろグリグリと頭を押し付けつつ、私は「うーん」と唸る。
イヤだと言えるほど、幼ければ良かったのだけれど。
私はお母様だけではなく、お父様だって大好きで大切なのだ。
お父様の地位や名声が脅かされることを望みはしない。
「…そうだね。お前は私を守るために男装までしているのだから、納得はいかないだろう」
心を決めて、顔を上げた。
それは違うと、言わなければならない。
だって、男装はちょっと楽しい。
「いいえ、あの時は時間を稼ぐためにとまず行動しただけです。これが一番インパクトがあって時が稼げると判断しただけで、その後に後妻が必要であることも理解していたつもりです。2年も時が稼げたことは、幸運だったのではないでしょうか」
「反対ではない、と?」
泣いて「お父様の裏切り者!」と詰られるとでも思っていたのだろうか。
お父様は少し不思議そうだ。
でもお母様なら、お父様が妻を持たないせいで苦労をするのなら、娶ればいいわって言うと思うの。
宰相の妻としての役割を果たしていただけに、その重要性は理解しているはず。
私だって、2人して大体おうちにいないんだから、必要なんだろうなぁって知ってたよ。
「私の希望としては、お父様を愛してくださる方が良いのですが…いかがです?」
「現段階での候補者は問題ないだろうね」
おや、自信満々。
どういうことなの、お父様。
まさか以前から私に隠れて…いやいや、私のご希望が守られるのならばいい、はず。
うう、でもでもだけど、ここはひとつ知っておきたい。
「お父様はその方を…愛していらっしゃいますか?」
「それは別の話になるね。知っての通り、私はグリシーヌしか愛せないんだ」
思わずニッコリ。
超安心しました。
だけど、それも失礼な話だ。
相手はお父様を愛しているけれど、お父様には応える気がないということだものね。
貴族的には珍しいことではないとしても、相手は耐えられるのかしら。
「お父様が、その方に声をおかけしようと思ったのは、なぜでしょう?」
「もちろん宰相の妻としての教養と能力を備えている女性であり、私を裏切らないと判断したからだよ」
人材扱いだった!
まさかの、お仕事目線の嫁スカウト。
じゃあ、お会いしてみるって言うのもお見合いではなく面接ですか?
思わず笑ってしまった。
しかしながら貴族の婚姻とは、恋愛結婚であるほうが珍しい。
貴族として、宰相として、その判断は正しいのだろう。
地位に相応しい仕事と振る舞いができない後妻なら、娶る意味がないだろうから。
それでも私は、ひとつだけ望むことにした。
「お父様に不利益をもたらさないならば、その方で構いません。でも、結婚するならできる限り優しくしてあげてほしいです。私もきちんと、お母様とお呼びします」
「お前は新しい母親を受け入れられるのかい?」
若干、空気がピリッとした。
表情は笑顔のままだけれど、何だか踏み間違えてはいけない選択肢を出された気分。
安心して、お父様と私は同志よ。
そう、お母様大好き同盟だ。素晴らしい。
「受け入れましょう。なぜならば、私達の女神がこの世にお母様お一人であることに間違いはないからです」
もはや宗教の域。
キッパリ女神って言い切る!
「それに、現状、どなたであってもこの私を簡単に娘として受け入れられるとは思えません。それでもお父様を愛した故に結婚を決意されるというのなら、せめて歓迎するのが筋と考えます」
お母様の娘として、お父様の娘として。
恥ずかしくない対応をして見せますとも。
お父様は溜息をついた。
そして些か乱暴に私の頭の上で手を3往復させた。
おぐし、乱れるッス!
らしくない暴挙に目を丸くしていると、お父様は目を細めて、うっすらと笑った。
は、腹黒笑顔だ…!
今まで娘として生きてきて、初めて見たよ!
何という…。爽やかダンスィと信じてきたお父様が、チョイ悪に。
もちろん、そんなお父様も素敵です!
「ないとは思うけれど、もしもその女性がオルタンシアを蔑ろにするようなことがあれば、必ず私に言いなさい。娘の可愛い秘密の一つや二つを咎めるつもりはないが、命の貸し借りまで家令から聞かされるのはもう遠慮したいね」
ああぁ、それ、完全にクマの件ですね! 藪蛇ィ!
「…お父様がないと判断されているのですよね? ならば、きっとないと思います!」
無理にすり替えてニッコリ笑って見せた。
お父様の目は節穴じゃな…あれ、前の使用人って結構ダメな子達だったような…いやいや、あれは、何かその、悪者を泳がせてたとかそういう奴!
娘が荒波を乗り越えられるというお父様の信頼に違いないよ!
「そういう女性を選んだつもりだ。…恨み言の一つも言える性格ならば良かったのに、可哀想な女性だよ」
ぽつりとお父様が呟いた。…うん?
正直、疎まれポジションだと思うのだけれど。
お父様が好きなら、尚のこと前妻の子供なんて影でいびっても驚かない。
童話なら、継母とは殺しにかかってくる役どころだ。
なのに…何か因縁でもある相手なのだろうか…。
「えぇと、何か、相手に対する罪悪感のようなものが?」
「特にないね」
バッサァ。
お父様の辞書には罪悪感の文字自体ないらしい。
「言い方を変えまして、第三者目線で、何か相手に悪いことをしたのですか?」
「本当にこちらに落ち度はないよ。ただ…過去に婚約者候補だった女性でね」
お父様、ものっそい早くお母様を掴まえていた気がするけど。
それより早く候補者として上がっていたということよね。
あれ、それでいて、お父様を愛してくれる人材なのよね?
「…幾つの時の話ですか。まさか、その頃から今まで、ずっとお父様のことが好きだとか…?」
都合よく相手の旦那が死んで、するりと心の隙間に…とか、ないよね。
むしろ人材確保のために相手の旦那を殺したりしてないよね?
「私がグリシーヌと結婚したあと、独身を貫くと言って孤児院でシスターの手伝いをしているらしいんだ。修道院に入るのを家族が必死で止めた結果だと聞いているよ」
うわぁ。
過去に振った女に、時を経て愛のない求婚するという鬼の所業か。
し、しかしお父様の状況としては後妻を取らねばならないのだし。
候補が限られるのも私に一部原因があるし、仕方ない。
「…お父様、相手のご家族に刺されないです?」
「可能性はあるね。とはいえ、こちらは本当に何の約束もしていないのだから、まぁ、上手くやるよ」
上手くやっちゃうんだ。すげぇな、お父様。
大丈夫かな、何か色々、ちょっと不安になってきたな。
貴族との結婚なんて嫌だけど、私も、早めに家を出る方法を考えたほうがいいかもしれないな。
そんな一途な相手の前に前妻似の娘なんて、新お母様が可哀想かも。
あ、既に可哀想な女性だって言ってたわ、お父様。ぬーん。




