幼馴染にバレました。
自由な時間は一人で中庭から庭園から裏庭までウロウロと探検していた。
いる場所はわかっているけど構われにくい、そんな秘密基地(仮)を探すためだ。
ホント、庭多いんですわ、この家。
実はメイド襲撃事件から、私はどうにも使用人達に心を開ききることが出来ないでいる。
本当に敵じゃないのか。今後、敵になりはしないのか。
だって襲撃者がホイホイ邸内に入り込むなんて…誰かが手引きしているのでは?
疑いながら、無邪気な仮面を被り続ける日々は疲れる。
そんな中で、アンディラート少年が時々うちへ来るようになった。
お父様もお母様も忙しいのか、最近は出かけがちになってきていたから、同年代の子供が遊びに来ることを歓迎した。
正確に言うとお母様は歓迎した。
お父様はちょっと思うところがありそうだったが、お母様が喜ぶので、折れて歓迎態勢を取った。
私としても、癒し担当者の慰問を歓迎した。
とはいえ彼とは何をして遊ぶでもない。
中庭でお茶をして、日向ぼっこをしたら帰っていくという感じ。
子供が喜ぶ遊びなんて知らないから、楽でいいわ。
何となく何か話したそうな気配を感じることもあるのだが、大体彼は無言だ。
でもあんまり喋らなくてもいいし、存在にも慣れてきた。
ぽやーっと並んで過ごすのは、本当に結構な癒しで。昼寝に発展してしまうこともあるほど。
ただ、何だかあんまり自然にいるものだから、油断したら素が出ちゃいそうになる。
「ふんふんふーん♪」
楽しく歌いながら、本日も裏庭でお絵描き。
裏庭でも最奥に位置するここには、どうやら使用人達もあまり来ない。
林というほどでもないけれど木々があって人目につかないし、下草はいい感じに短い。
敷物を敷いて寝転がり、スケッチブックを広げると、ガシガシと鉛筆で鳥を描き始める。
これも身体強化様のお陰なのか、私の身体はとても器用だ。
『前の私』は色々なことに興味はあったけれど、全てが不器用で下手くそだった。
だから上手に描けるお絵描きは、とてもとても、嬉しいし楽しい。
きっと針を持たせてもらえるようになったら縫い物も上手だし、包丁が持てるようになったら料理も上手いに違いない。
やりたいことが上手に出来たら、楽しいんだろうなぁ。
そう思うと、夢が広がる。
とはいえ4歳児、人前ではあまり上手に描いて見せるわけにはいかないので、この裏庭は大層都合がいいというわけだ。
「やっぱり『スズメ』じゃないんだなぁ」
散策中に見つけた可愛らしい小鳥を追いかけて描いているのだが、一見とてもスズメ。
でもほっぺの丸模様みたいなヤツが濃い緑色をしていて、全体的にもなんか緑がかっている。
スズメの2Pカラーみたいな感じ。
何枚も何枚も描いて、鳥の姿を覚える。
私の文鎮である能力を試すためだ。
実は一度、試してみたことがある。
あの時受けたのは『明確にその姿をイメージできれば己の形さえ取らせることが出来る』という説明だった。
私は深く考えずに自分の姿を想像し、サポートを発動。
出てきたのは…無表情で目が死んでいて、への字口の私の姿だった。
…おふぅ…。
これでは皆が皆、私に異常があったと判断するだろう。これを影武者にするなんて夢のまた夢。
ならばといつかチラ見した鳥を作ってみたのだけれど、チラ見程度ではイメージできていないらしくって、悪戯書きしたみたいな鳥が出てきてしまったのだ。
とはいえお父様やお母様を作ってみて、もし目が死んでいたら私の心のダメージが計り知れないし、深く付き合わないようにしている使用人なんて見つめる術もない。
今、私に出せるのは、せめて非常用に使えるようにと、自分の影を見つめて形を作ったモヤモヤ女子だけだ。
人間って結構ハードル高いんだな…ということがわかったので、鳥さんに夢を託した。
「ああー。逃げちゃった」
警戒心が強いようで、私以外の人間が裏庭に近付くと飛び去ってしまう。
…いや、私でも逃げるには逃げるんだけど、そのうち戻ってくる。
あまりの遭遇回数により、もう無害だと判断されているみたい。
鳥とはいえその信頼、裏切りたくないものである。
だけどそんな警戒過多な鳥のお陰で、私は何者かが自分の側まで近づく前に『お嬢様』の顔を取り繕えるのだ。
「…オルタンシア? いるのか?」
高めの少年の声。
アンディラートだ。
スズメは逃げてしまったが、癒しが来たのでおとなしく中庭に戻るか。
「いますよ」
言いながらスケッチ達を纏めていると、まさかの悪戯な風さんが襲来した。
呆然とする私の前で捲れ上がるスカート、腕の中から舞い上げられる紙。
…どちらを押さえたかなど、言うまでもない。
そう、スケッチだ!!
しかしスカートがものすごく捲くれ上がったので、前が見えなくなった。
「ぬ」
思わず唸る。
そしてスカートに弾かれて、掴んだ紙が再び逃げた。
そんなタイミングで現れましたるはアンディラート。
「…っ、うわあぁっ!」
ちょっ、パンツ見た男子のほうが悲鳴を上げるなんて失敬すぎる。
お前のパンツなんかラッキースケベじゃねーよ、ということ!?
なんでだよ、可愛いよ!
オルタンパンツはお子様仕様のレース祭りドロワーズよ!
結局、この小さな手では幾枚もの紙を捕まえることは出来ず。
パンツもスケッチも見られるという大惨事であった。
…無念、再びである。
顔を真っ赤にしたアンディラートが、泣きそうになりながら鳥のスケッチを集めている。
そんな泣かなくてもいいじゃんね。
私のパンツは有害物質か。
天使フェイスにそんな塩対応されて、オルタンシア傷つくわー。
拗ねた気分で、私もスケッチを拾い集める。
ちょっと落ち着いたのか、アンディラートはチラチラとこちらを見てくるが、私が視線を向けるとパッと逸らす。
何だよ、とイラッとする私。
完全に悪循環。
「…そんなにも見たくないもの見せて、すみませんでしたねー」
思わず棒読みで口にしてしまう。
「目がくさってないか心配ならお医者さま呼びましょうか? オルタンシア菌に感染してたら困りますもんねー」
「…なっ…」
「いいんですよ、どうせ、わたしは他人にとって不利益な生きものなんでしゅから」
噛んだわ。
ふふ、捨て台詞を噛むなんて、幼さが恨めしいことよ。
己の馬鹿っぷりに思わず自嘲した。
「…なん…、だれ、が、誰がお前にそんなこと言ったんだよ!」
「さて、だれだったかねー。もう忘れてしまいましたよ」
思い出せもしない記憶は『皆が皆が』って主張するけど、世界の全てがそうというわけでもないんだろう。
私が過去に生きた、狭い一部のコミュニティは、9割方そうであっただろうというだけ。
…残りの1割? いやだな、覚えてないんだから夢くらい見させてよ…。
「オルタンシア」
「なに」
「…下着、見てしまって、ごめんなさい」
ぺこりん、とアンディラート少年は頭を下げた。
言い合いに発展するとばかり思っていた私は、驚いて口を噤む。
いや、パンツとか元々気にしてないけどね?
「いえ、べつに…たいしたことでは」
あれ、別にいいんですよ、と返しちゃうのも変なのかしら…。
でもムッハーしちゃう変態紳士にならまだしも、こんなお子様にオルタンパンツを見られたからって一体何だと言うのか。
剥き身を見られるのは困るけど、下着とはいえパンティ様ですらない装飾過多のドロワーズよ。
きゃー、えっちー、とかいう4歳児、逆にムカつかないか。
こないだまでオムツ着用してたヤツが何言ってんの?って気分で。
「大したことだし。その…悪かったのと恥ずかしかったのとで、顔を見られなかったんだ。俺の態度が、お前を傷つけたのなら、悪かった。でも、信じてほしい。オルタンシアが不利益だったことなんて一度もない」
頬は少し赤いままだけど、少年は今度はまっすぐに、私の目を見つめていた。
…感動した。
多分、彼は本当にそう思ったのだろう。
まだ子供なのだから、不利益を感じ取る能力が薄いのかもしれない。
けれどそうであれば尚のこと、私の言葉はさぞや理不尽であっただろう。
なのにパン見どころか、自分の態度について、誤解をさせたと謝罪してきたのだ。
「…君、すごいね」
勘違いした私が責められるなら理解できたのに。
こんな幼さで、どんな紳士ぶりか。
誠実さという言葉を目の当たりにした。
そんな気分だ。
対して、私のダメっぷりといったら…。
「許してくれるか?」
小首を傾げて、彼は言う。
その上で、彼は私が許すのを待っていたというのだ。
なんて恐ろしい。こやつ、天使以外の何者でもない。
勘違いして暴言を吐いたのは私なのに。
なんで私、こんなちっちゃい子に頭下げさせてるんだろう…。
「…ごめんなさい」
謝らなきゃいけないのは私だ。
けれど私の言葉に、アンディラートの表情が曇る。
「許しては、くれないのか?」
不安そうな目をされて、慌てた。
「そ、そうじゃなくて。許すよ、もちろん。君は何も悪くなんてないんだから」
「…下着を見たのは事実だ」
悔恨しきりという風情。
とんでもないな、このチビ紳士!
「そんなちんつうな顔でくりかえさなくていいよ! 君はふかこうりょくだし、私はスケッチをかくすほうを取ったんだから! まぁ、どっちもかくせなかったけどね!」
あ。余計なことを言った。
そう気づいたのは、アンディラートが眉を寄せて手元の紙に目を落としたからだ。
「…このグリューベルの絵か。すごく、うまいな」
「その鳥、グリューベルっていうの?」
ちょっとハイカラじゃないの。
うぐいす餅扱いで見ていたというのに…随分出世したじゃない、スズメさん。
「ああ。知らなかったのか?」
「だれかに聞いたこと、ないから」
溜息をついて、私は背後を見る。放置されていた敷物だ。
アンディラートもつられてそちらを見た。
「なんかもー、わたしがこんなんなのもバレちゃったし、とりあえずそこでお話してく?」
「…いいのか?」
「君がいいんならね」
そうしてアンディラートは、その日も、いつものように隣に座ったのだ。




