甘さポッキリの洗礼
便宜上イルステンと表面的な関係を築いたことを数日間確認した後、アンディラートは去っていった。
…あの子何しに、どんだけ遠征してるん?
訝しむ私であったが、ついに私にもその一端を知る機会がやってきた。
いちねんせい、第一回魔獣掃討である。
とはいえ、所詮は従士訓練でしかない。
「それほど危険なことはないが、油断せずに準備はきちんとしてくるように」
侮りを見抜くが如く正騎士先生が言ったものだから、私は内心アワアワしつつ、真剣な顔を取り繕った。
遠足のしおりならぬ、遠征のしおりが配られる。
「今回の遠征は2泊3日で行う」
馬車で森まで出かけてキャンプして、魔獣を狩って帰ってくるという日程だ。
行きは特急、帰りは鈍行らしい。いや、正騎士先生達が御者する馬車なんだけども。
もちろん馬車では街道までしかいけない。馬車は送迎して帰るのでなく、緊急時に備えて街道沿いで待機する。
2泊3日の馬車番をするだけの騎士もいるという、なんか不経済な遠征だ。
それでも初めての狩りをする貴族の子弟の世話となれば、万が一に備えるのは仕方のないことなのだろう。
騎士目指してるのに、ちょっと怪我をしたからって突っかかってくる親はさすがにいないだろうけどね。
出かけるのは王都の南側にある森だ。
浅いところは、日帰りで一般人が狩りや採集に入ったりしているので、そう危険なところではない。
しかしながら深いところでは、それなりに大きな魔獣とも出くわす。
王都近辺の安全確保のため、冒険者ギルドでも常時魔獣退治の依頼は出ている。
今回従士隊が行くのは中くらいの深さまで。
初心者冒険者など、低レベル帯のレベル上げゾーンだ。
鳥と兎の魔獣を狩るのがメイン。
普通の鳥獣は一般の猟師さんが狩ってお肉として売るので、従士の遠征では狩ってはいけないことになっている。
狩ったら「獣と魔獣を見間違えるなんて、お勉強不足の子」という扱いになる。
そういう評価が溜まっていくと成績に影響したりするのだろう。多分。
テントは一応2人で1つなのだけれど、紅一点には1人部屋が与えられている。
うまいこと総人数が奇数だったので、元より誰かが1人になる算段であった。
ましてや態度が和らいできていた級友達である。女子の特別扱いなどと文句や非難の声が上がることはなかった。
…でももしかしたらこれは正騎士先生の配慮で、本来なら数人1組の班ごとにテントを与えたのかもしれないね。
「食料は各自で背負うことになる。他に必要だと思うものは自分で用意すること」
持ち運べる量の見極めなんかも、まずは自分でやってみろということらしい。
しおりには最低限の持ち物なども一切書いていない。
正騎士先生が何を持っているのかも知らされない。
クラスには見習い隊にいなかった子もいる。つまり、キャンプ道具がまるでわからない子もいるだろう。
意外とスパルタかな。
あ、逆か。だから騎士見習い隊があるのか。
もっと基礎の基礎が知りたかったら、見習い隊から行っておけよっていうことだったのか…。
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さながら、荷物である。
強行軍な馬車の中で、揺れに揺らされた貴族の子弟達。
王都の門を出る辺りまではお喋りしたり、遠征への期待を膨らませていたりしたのだが。
今、車内は馬車酔いと呻きでいっぱいだ。
車内に乗っている騎士と御者席の騎士とが連携を取り合い、限界が訪れた従士を素早く外で吐かせてくる。
いつも思うけど、子供の世話って本来の騎士の仕事じゃないよね。
見習い隊とか従士隊の引率係になった騎士って大変だなぁ。
かっぽかっぽと歩く優雅な馬車しか知らない我々には、もういきなりの試練である。
あまりの振動。視界の端で、びょんと人が跳ねているのが当たり前になってしまった。
着替えの入った袋をクッション代わりに敷いている私はマシなほう。
運ばれるジャガイモ袋の気分。
「俺も着替えを別の袋に入れておけば良かった…尻が壊れそうだ…」
「真似して服だけ敷いたけど、あんまり揺れの軽減効果ないよ」
「袋にぎゅっと詰めてなきゃダメなんだよ…クッションにならないだろ…」
「おい、喋ってると舌噛むぞ」
そんな力ない呟きが聞こえてくる。
袋は汚れ物入れたり必要かなぁと予備で何枚か持ってるけど、貸さない。
クラスに行き渡るだけはないからだ。
仲良く地獄を見たほうが連帯感も高まるだろう。
一番最後に馬車に乗り込んだことに深い意味はなかったけれど、扉の隙間から風が入ってくるので気が紛れる。
更には身体強化の加護付きバディなせいか、この振動でもあんまり酔わない。
チートな三半規管。欲しい人いっぱいいるだろうな。
私は割りとラッキーかもしれない。
食料、着替えは共通して背負っているものの、用意した荷物は本当に人それぞれだ。
私は小型の着火具なんかも持ってきたけれど、存在自体失念した子もいれば、正騎士先生が持っているだろう物は持ってこないという子もいる。
自分で運ぶと言っているのに、案の定大量の荷物を持ってきちゃった子も。
運んでくれる使用人なんていないのに、大丈夫かしら…。
せっかくの遠足だから、本当はおやつくらい用意したかったな。
いや、今こんな阿鼻叫喚の中で何か食べるのはとても無理だけど。
そんなことを考えているうちに、馬車が止まった。
どうやら森に着いたようだ。
「同室の者と協力してテントを張れ! この後は食事も自分達で作ってもらうぞ。だらだらするな!」
鬼ですな。
悲鳴のような声を上げ、疲労困憊の馬車酔い従士達がヨロヨロと歩いていく。
元気な私は、できるだけテントの張りやすそうな平らなところを譲り、少し離れた場所に陣地を築く。
見習い隊を経た私にかかればこの程度。
サクサクと準備が終わる私の元に、正騎士先生がやってきた。
「オルタンシア君。まだ余力がありそうだな」
「幸い、酔いが酷くはありませんでしたので」
周りがグロッキー集団なのでそれに合わせ、一応ピンピンではないアピールをしておく。
しかしながら、ジェスチャーだけで周囲を確認するよう示される。
見回せば、ペアになった人と息が合わなくてテントごと転んでいるチームまでいた。これは酷い。
…割と元気に一人でテントを立ててしまう女子、目立っても仕方がなかったわ。
さりとて他の班の手助けなどしてやるつもりはない。
ただでさえデキる女だと思われているのに、いやだわぁ。
「では一足早く夕食を済ませてしまうといい」
「え?」
「最低限の食料は渡してあるだろう。今日は大半の者がそれを齧るだけで済ませてしまいそうだが、こちらとしては是非オルタンシア君には調理までこなしてほしいと思っている」
きょとんとしてしまった私は悪くないと思う。
確かに朝、干し肉とカチカチのパンを8食分渡された。
…でも、これをどうしろと?
「材料も各自持ち込みの予定だったのですか?」
「当然だ。食事はこちらで用意するなどと言った覚えはない。各自に調理してもらうと告げてあったではないか。何だ、オルタンシア君でも用意していないのか?」
私をどんな超人だと思っているのですか、正騎士先生。
そう言われてしまうと、出したくなってしまうではないですか。
だが、異質すぎるから出さん。
私はニッコリと笑って見せた。
「さすがに2泊3日分の食料や調理道具が必要とは思いませんでした」
本当はちょっとした備蓄はあるんですけどね。
ズルですけどね。リュックじゃなくてアイテムボックスに入ってるので。
いつ何時非常事態が起きても生き延びられるように、オルタンシアさんはアイテムボックスの充実に余念がないのです。
鍋くらいならサポートで作れるしね。
それこそアンディラートと二人旅とかだったら、快適さも求めるし出し惜しみも遠慮もせずやるよ。
「でも、道具と食料が積んでありましたよね?」
「…さすが、オルタンシア君はよく見ているな」
正騎士先生なりの冗談か何かだったのだろうか。
そう考えたところで告げられる真実。
「今日は従士達に自分の甘さを痛感してもらう予定の日なのでな。本来食料は明日から出す予定だったのだ」
私に裏事情を見せないで下さい。
あの、差し出されるキャベツの意味がわかりません。
何ですか。なぜ私に包丁を渡すのですか。
「しかし、今年の従士は少々やわすぎるな。あまりに哀れなので、何か作ってやってくれ」
そう言うと、正騎士先生はさっさと火を熾す準備を始めてしまった
えぇー…なぜ私が、こやつらに手料理を振舞わねばならないのだ。
私の料理は高いわよ? なんて思いはするが。
もしかしてこれは一人だけ『甘さポッキリ☆遠征の洗礼』を正しく受けていない私への追加指令か。
きっと性別に関係なく、一番元気だった従士にこの役は回されるのだ。
私は仕方なしに調理を始めた。
でもさぁ。一人で十人以上の食事を作れとか、それはないんじゃないですかねぇ。
ちょっと面倒だよ。
…そんな程度の認識だった自分、甘かったです。
この年の貴族の子弟、普通は調理経験なんてないだろう。
受けて立ってる場合じゃない、気付けよ私…。
結局、やっぱり異質さは隠し切れなかったのだ。




