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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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アンディラートが怒った!



 お昼ご飯は食堂かお弁当である。


 アイテムボックスに非常食はいくらか入っているけれど、食堂の偵察にでも行こうかしら。

 そう思っていたら、バンッと勢いよく扉が開いた。


「オルタンシア!」


 あ、マズイ。


 唖然として乱入者を見ていた皆が、バッとこちらを見た。

 私は、そっと入り口に立つ少年から目を逸らす。

 抵抗虚しく、彼は容易に私を発見してズカズカと近寄ってきた。


「どうして、ここにいる!」


「えぇと、…君こそどうしてここに?」


「女子が入ったって、それが、オルタンシアって名前だって、聞いて! 知らなかった!」


 いや、人違いかもしれないじゃん。

 あんな勢いで入ってきたけれども、もしかしたら別のオルタンシアちゃんだったかもしれないじゃん。

 言おうかと思ったけれど、どこからどう見ても本人なので黙るしかない。


「…うん」


 怒るだろうな、とか。また説明できない事態だしな、とか面倒に思っていたのは事実。

 入隊が決まるまでに、単にアンディラートと会わなかったというのも事実。


 だけど、どうしよう。




 こ…このような鬼の形相のアンディラートを見るのは初めてなのですけれどもっ…。




「なんで!」


 ばんっと机に拳を叩きつけるアンディラート。

 大興奮だ。

 紳士が、ご乱心だ。


 人目があるので、素をさらすわけにはいかない私は、ギリギリで苦笑を取り繕っているのだけれど。

 正直、今すぐジャンピング土下座したい。

 天使がかような有様になるのだ、これは確実に私に非がある。


「えぇと…そう、場…」


「もう! お前は! いっつも!」


 場所を変えようって、言わせてぇ。

 うわぁん、めっちゃ怒ってる。

 怒りすぎて言葉がうまく出てきてない様子、とてもヤバイ。


 アンディラートがダークサイドに堕ちようとしている。

 堕天使が生まれる歴史的瞬間に立ち会っている。

 いやいや違う、堕としたいわけじゃないんだ、えぇと、でもなんて声をかければいいのか。

 私は必死に言い訳を考えるが、特段何も言葉が浮かばない。


「アンディラート。とりあえず、目立ってしまうから。落ち着いてほしい」


 そう口にしてみたのだけれど。

 どうやら失敗だったみたい。


 完全に激昂したアンディラートが、私を睨みつけたので。

 あっ、嫌われた、と思った。


 だって、彼にこんな目を向けられたことがない。

 こんな。

 前の、私を見る、皆みたい…な。


 寒気がして。

 血の気が引いて。

 心臓が痛い。


 何かを言わなくてはと思ったのだけれど。

 何を言うより先にアンディラートは「もういい!」と言って背を向けてしまった。

 ばたばたと駆け去ってしまうその背中を。


「アンディラート!」


 無意識に追いかけた。


 思ったよりも、私はずっと必死に彼を追う。


 廊下を駆けて、驚く従士達をかわして。

 前方だけ見て走っていたアンディラートが途中でこちらに気が付いた。

 だけど、止まってくれない。

 振り切ろうと速度を上げる彼に、素の体力では追いつけない。


 嫌われても仕方ないと思った。いつか嫌われるとも思っていた。

 だけど、どうやら思っていたよりも、ずっと辛い。


 …ちょっと、あの天使、羽根生えてるんじゃないのかな。

 下り階段メチャクチャ速いんだけど。

 全然追いつけないんだけど。


 廊下の直線と、上り階段2段飛ばしで何とか少し取り戻す。

 実習棟に入った途端に、人にぶつかりそうになることが減った。

 走りやすくなって良かった。きっと皆、お昼ご飯食べに行ってるんだ。

 

 振り切られたら、仲直りできないかもしれない。

 それは、嫌だ。嫌だけど。

 捕まえても、また、あんな目で見られたら…。


 口もきかなくなって、遠くからあんな目を向けられる生活になるよりは、ちゃんと謝らなきゃ。


 そう思いながらも、打算がある。

 許してくれる。多分。謝りさえすれば。


 …これは、甘えだ。アンディラートにだって我慢の限界というものはある。


 だけども信じきっていた。

 許してくれる。謝りさえすれば。アンディラートなら。

 きっと、見捨てないでいてくれる。

 だって彼は、素の私と友達になってくれた、そして友達でいてくれたほどの子なんだもの。


 また、下り階段。

 ここはもう勝負に出るしかない。

 身体強化で、踊り場までの全段を跳んで下りる。

 もう2回ほど跳躍したら、アンディラートに追いつけるはず。


 この動き…なんか、どこぞの配管工みたい。

 この滞空時間中に、きっと私はコインをいっぱい取ってる…。

 …こいんこいーん。


 現実逃避のあまりそんなことを考えていたら、肩越しに見咎めたアンディラートがぎょっとしたように足を止めた。


「オルタンシア、何やってんだ、危ない!」


 え。ちょっと。

 戻ってきた。


 いや、そこ、着地予定ポイントだから!

 そこでキャッチ体勢取らないで、この紳士!

 避けて、ぶつかるから!

 どうすんの、これぇ!


 どふぅっ!と衝突事故が起きた。








 …やっちまった…。

 ざあっと血の気が引く。


 きゃっ☆などと言っている場合ではない。

 身体強化プラス落下速度を2階段分チャージした、もはや攻撃である。

 ぶつかった程度では止まらない。


 脳内は走馬灯状態なのかもしれない。

 床につくまでの時間が、やけにゆっくりに感じた。


 どうしよう、こんな勢いで床に頭を打ったら、きっと死んじゃうよ。

 幸い、アンディラートの顔面を抱き留めていた。

 このまま、頭部だけは死守する。


 しかしながら身体強化様は裏切らない。

 アンディラートが背中から床に倒れるより先に、彼の胴を跨いだ私の足が床についた。


 背後に引き倒されたせいでちょっとアンディラートの靴の踵が磨り減ったかもしれないけれど、背中や頭を打ち付けることなく着地に成功した、はず。

 …とはいえコレ、背骨に負荷がかかったんじゃ…折れてないよね!?

 うう、身体強化様を使ったジャンプだったから、どこにだって結構な勢いが伝播してるはず…。


 鼻は潰れたかもしれないけど、他はぶつけていないはず…。

 それでも大丈夫なはず、と脳内で繰り返しながらも、絶対の自信だけは持てない。

 微動だにしない彼に不安を覚えて問いかける。


「…アンディラート、だいじょぶ?」


 …返事がない。


 え、嘘、やっぱり鯖折ったかなんかしたの?


 やだ…殺っちまった? 我が手で天使を殺めた?

 思わずアンディラートの頭をぎゅうっと抱きしめる。

 いやあぁぁ、どうしてチートに回復魔法入れてくれなかったんですか、サトリさん!


「おる、た…し」


「あ、生きてた、良かったぁっ」


 例え嫌われたとしても、癒しの天使を手にかけて喜ぶほど荒んでなんかいないよおぉっ。


 妙に力ないアンディラートの右手が持ち上がり、二の腕をぺちぺちしてくる。

 離してほしいということだろうか。

 そのまま床に横たえるのも何なので、股下から、よいしょっとアンディラートを引っ張り出す。


 身体強化様により、勢い余って高い高い。

 顔が確認しやすいから、いいか。

 うん、鼻も折れていないようだ。安心。


 アンディラートは、なぜかショックを受けたような顔をしていた。

 せっかくちゃんと靴底から下ろしてあげたのに、彼の膝はぐにゃりと曲がってしまう。


「アンディラート」


 真っ直ぐ立ってくれなかったので床に座らせてしまったが、もう逃げる様子は見られない。

 私も隣にしゃがみ込むと、彼は片膝を抱えて、そこに顔を伏せてしまった。


「あのね、ごめん」


 急いで謝る。

 随分と勝手なものだ。

 そう思いながらも、私は繰り返す。

 許されたい。初めて素の私を受け入れてくれた友達と喧嘩別れするだなんて、そんなの絶対に嫌だ。


「アンディラート、ごめん」


 相手は無言だ。悲しくなりながらも、辺りを見回す。

 芝居がかった男装の麗人モードでは、ちゃんと謝れない。


 どれだけ走ったのかはよくわからないけれど、辺りに人影はなかった。

 安心して、私は素のままでもう一度口を開く。


「ねぇ。ごめんなさい。許してほしい。罰があるなら受ける。どうしても、君に許してほしい」


 ぴくりとアンディラートは身じろぎした。


「事前に言えなかったのは悪かったと思う。言い訳になるけど、急に決まったんだ。でも、必要だからここに入ったの。必要だから、この格好とあの口調なの」


 ただの令嬢が決闘を申し込んだだけでは、まだ弱い。

 とんだお転婆が、ありえない強さで決闘に勝たねば時の人にはならない。

 そして剣を扱う令嬢には、せめて従士隊という理由付けをしなくては。


 酔狂でも、異質でも、勝算はあった。なにせ私には美形の両親から受け継いだ容姿がある。


 この男装の麗人キャラを、ただの道化から観客が喜ぶ役者にまで昇華する。

 周りを味方につけられれば、私の正当性が増す。

 正当と認められた私に、不当な要求を引っ提げて、決闘を申し込むことは難しい。

 これは後続するかもしれない、第二、第三のクズを牽制するための作戦だ。


 ここから必要なのは、周囲に縁談を持って来られない状況をいつまで継続できるか。

 そしてその期間が、お父様の心を癒すに足る長さかどうか。

 どれくらいで立ち直るかわからない以上最長を目指して損はない。


 ふぅ、と。

 不意に彼が零したのは、小さな溜息。

 …私への呆れ、だろうか。


「…ごめんね? うまく行けば従士隊も途中でやめるかもしれないし、さすがに騎士隊にまでは入らないよ」


 俯いたまま。前髪の隙間で、ちらりと目が動いた気がした。

 こちらを見たようにも思えたが、やはりよくわからない。


 思わず頭を撫でようとしてしまったのだけど。

 …さすがに怒られるだろうか。

 逡巡した私の右手は宙に浮いたまま。


「アンディラート」


「…もういい、黙ってくれ」


 勢いよくこちらに伸ばされた手。

 突き飛ばされるのかと身構えた。

 けれど浮いたままだった私の手を掴んで引っ張り、アンディラートはその上に顔を伏せた。


 …何だこれ?


 膝と額に手を挟まれた格好の私は、彼が動くまで立ち去ることは出来ないはず。

 ということは、あっち行けとか、側に寄るなとか、そういうことではないように思う。

 黙れと言われたので、問いかけることは出来ない。


 どうだろう。

 これは…許してくれるということだろうか。

 わからぬ。


 けれども目を閉じたままのアンディラートが、凶相ではなくなっていることに安心する。


 良かった。一時はどうなることかと思った。

 ダークヒーローは嫌です。どうか癒しの天使のままいてください。

 いや、私のせいだけど。


 私のせい、だけど…正直、今回ばかりはもうダメかと思った。


「えへへ」


 笑ってしまうと、訝しげにアンディラートが目を開けた。


「何でもない。君がいて、嬉しいだけよ」


「…ふん。どうだかな」


 ぷいっとあっちを向く。拗ねた口調を繕っているけれど、私の手はぎゅっと握って確保したままだ。

 これは、許してくれたかなぁ。

 きゅっと力を入れ返すと、ビクッとしてキョトンとされた。


 え、もしかしてこの手は無意識だったのですか。


 確信した。もはや許された、間違いない。

 わーい。その可愛い後頭部、ぎゅーの刑に処す!


「や、わ、オルタンシア、離れろっ」


 そうして突き飛ばされる私。


 彼の赤面境界は、本当にどこにあるのだろう…。

 即行で私の手を放り出して距離を取ろうとしたので、何だか納得がいかない。

 素早すぎるアンディラート大移動に、私のポツン感が酷い。


「えぇー。たった今仲直りしたはずなのに冷たい…」


「ぐ…、いいか、他所で軽々しくそういうことをやったりするなよ! 級友とかに!」


「しないってば。他の人の後頭部は別に可愛くないもの」


「俺の後頭部も、一切可愛くはないっ!」


 いや、残念だけど…アンディラートの後頭部は昔から癒されポイントなので。

 絶妙にまるっとして、ぬいぐるみみたいなので…顔つきがキリッとしようと身長が伸びようと、ココは変わらないので。

 隣で昼寝しなくなったり、身長伸びて届かなくなった分、撫でる隙がなくなった希少部位だよ。


 というか、諸注意おかしいよね。

 そもそも顔見知り程度の人を誰彼構わず抱き締めて歩くわけがない。

 子供でもダメだろ。普通に怖い人だよ。フレンドリーでは済まされな…何、フリーハグ…だと?

 よそはよそ、うちはうちィ!


「えっとね、安心してよ。ここでは男装の麗人モードで過ごす予定だから、人懐っこくしないよ」


 とりあえずご安心いただくべく、痴女ではない旨を伝える。

 しかも級友なんて。あんな男尊女卑のお子様達のどこに癒しがあるのか教えて欲しいものだ。

 だがしかし、相手は納得いかない目でこちらを見た。


「お前…相変わらず、可愛いという言葉は訂正しないつもりか…」


 あ、そちらに気付かれましたか。

 ついつい、ニヤリと笑ってしまう。


「私は君を第3位の男だと思っているからね」


「…きっと認識を改めさせてやるからな」


 おやおや、下克上宣言かね。

 プリティ・ユニバース2位は渡さんぞ。


 私達は立ち上がり、ぺしぺしと衣服の埃を払う。

 ちょっと時間が残り少なくなってしまったけど、お昼ご飯を一緒に食べることにした。

 男装の麗人モードに慣れておいてもらうようお願いしつつ、食堂へ向かう。


 仲直り、超嬉しい。



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