作戦名『Destiny of the rose』
入る予定のなかった従士隊に急遽、身柄を捻じ込んだ。
決闘するのは、お転婆で、代闘士も立てず自ら剣を振り回すようなご令嬢。
ならば、家で護身術を習っただけよりも、従士の身分を持っているほうが勝利に説得力があると家令が言ったからだ。
家令がこれを勧めた理由は当然、策を受け入れつつも心配そうなお父様。
愛する妻を亡くし、決闘で娘が大怪我を負えば、また抑鬱状態になってしまうかもしれない。
安心させるためにも、目に見える強さの指標が必要だった。
つまり、遠慮のない身体強化様の活躍で、入隊の実技試験はトップ成績である。
お父様が何か言いたそうだったので、必死にアンディラート先生が訓練してくれていたと連呼しておいた。
言い過ぎてちょっと嘘くさかったけど、教わったのは本当だし、あの日々がなければ剣を力任せに叩きつけるゴリラのような戦いしか出来ないのは事実だ。
そして、おうちで教わった護身術(主に捕まったときの逃げ方や懐剣の扱い)では、ロングソードは振り回せないのだ。
しかし、当然、従士隊の女子率は極端に低い。
…うん。感覚としては、工業高校に紛れ込んだ感じかしら。
「…お前っ…!」
私を見た途端に顔色を変えた従士がいた。
がたりと席を立ってこちらを睨み付けてきた少年。
…誰だ?
私の数少ない知り合いにこんな奴はいないが…。
とりあえず少し目を細めて、薄く笑って見せる。
今までとは違う役柄なのだが、これはこれで悪くない。
上手に演じて見せますとも。
「おや、どちら様だったかな?」
「…くっそぉ! イルステンだ、見習い隊で一緒だっただろ!」
おお。まさかの再会、イルステン君。
成長していたのでわからなかったよ。
まぁ、そもそも友達でもないのだし、会わずに2年も経てば見習い隊時代の顔など記憶もおぼろげである。
とはいえ、彼のお陰で私は学んだことがある。
今回の入隊では、その教訓を存分に生かしているつもりだ。
見習い隊での過ち。
そう。騎士予備軍に混ざるなら、お母様似のフワフワっ子ロールではいけなかったのだ。
騎士を目指す彼らの中では、可憐さや可愛らしさなど場違いだった。
絡み男イルステン君が騎士に夢を抱いて見習い隊に入隊してみたら、横に可憐なオルタンシアちゃんがいた…だけならまだしも下手な男の子より強かったので腹が立ったのだろう。
だって見習い隊には、ボクっ子令嬢や気の強いアテクシ令嬢もいたのだもの。
そこで弾かれたのは私だけが異質だったからだ。
お父様似の凛々しい腹黒っ子ロールでもしていたら、きっと問題など起こらなかったはず。
実際にはお父様が腹黒いところ、見たことないからわからないんだけどね。
とにかく、今回は絡まれる要素はあるまい。
…なぜなら…
「そうか。オルタンシアだ、よろしく頼む」
「馬鹿かお前は! なんで男の格好してるんだよ!? 髪は!? 切ったのか!?」
…あれ?
女の子らしくしていたら絡まれるのに、男装しててもまだ絡まれますのん?
こやつ、我儘だなぁ。
「いいや、また引っ張られても困るのでな、上着の中に収納したまで。服装は『TPO』に合わせたのだが?」
「…っ、言葉遣いまで変えやがって! てぃーぴーおーってなんだ!」
「やれやれ、喧しいな、君は」
彼がきゃんきゃんと喚くので、周囲の方々までざわつき始めてしまったじゃないか。
全く碌なことをしない居留守ヤロウである。
「女みたいな顔してると思ったら、本当に女かよ」
「従士隊にまで入るなんて、酔狂にも程があるだろ」
おやおや。
私調べによると、今年は私以外いないけれども一昨年にも2人ほど女子の入荷はあったらしいじゃないですか。
どちらも諸事情で辞めちゃったみたいだけども。
あ、工業高校よりも全然女子率低かった。
私はするりと周囲に視線を流し、フッと微笑んで見せる。
あくまで凛々しく見えるようにだ。
金髪だけどゴージャス巻き毛じゃなくて、ごめんね。
目指した男装の麗人を脳内で思い浮かべながら、私は口を開く。
「入隊許可が出ている以上、そんなことは然したる問題ではないのじゃないかな?」
ざわつきは収まらない。
騎士関連は初日に絡まれるのがお約束なのかしら…。
なんて思っていたら扉が開き、指導の正騎士が現れた。
先生、すみません、早くも学級が崩壊しそうです。
騎士は室内の様子に一瞬目を瞠ったものの、すぐに話題の中心が私であると理解したようだ。
「何か問題か、オルタンシア君」
「いいえ。見習い隊での知人に再会しただけです」
「そうか。では自己紹介から始めるから、皆、席に着け」
正騎士は動揺なく私に着席を勧めた。
予測できた事態か、伝統的に繰り返されてきた話題なのだろう。
まぁね、唯一の女子ですし。
さすがに教師役の正騎士が指導する子らの名簿も知らなかったら問題だものね。
「しかし、あいつは女なんでしょう?」
どこぞの少年が息巻いて言った。
正騎士は力強く頷く。
「うむ、オルタンシア君は正規の能力試験を受けて入隊している。優秀だぞ。今年の入隊者の中ではトップの成績だ」
あっ、先生、それは火に油です。
案の定、敵意を燃やした感じの方々が数人。
イルステンも表情を歪めている。
「丁度良いからオルタンシア君から自己紹介してしまいなさい」
鬼か。
でも、ここまで悪目立ちすればそれも仕方ない。
座ったばかりの席から、仕方なく立ち上がる。
「名はオルタンシア。見習い隊には1年だけ所属していたことがある。特別扱いなどは望んでいないので、気にせず級友として扱って欲しい」
本当は従士隊からは、家名を隠す必要はない。
けれどもとりあえず家名は名乗らずにおいた。
周囲もこのお転婆がどこの家の娘なのか、さして気にしていないようだ。
自分達よりも低い家柄の田舎貴族だと信じているのだろう。
普通、格式ある貴族の娘は、こんなところに入れてもらえるはずがないからね。
しかし、次は自分だとばかりに勢いよく立ち上がったヤツがいる。
「俺はイルステン・ラニーグだ。今度はちゃんと覚えておけ、絶対に負けないからな!」
だから、なんで対抗してくるのよ、君は…。
特別扱いなどは望んでいないので、私に挑んでこなくてもいいのだよ。
「へぇ、ラニーグ家か」
「要注意だな」
ひそひそとした声。
なぜかイルステンの自己紹介で、少し私の存在が霞んだようだ。
ラッキーだけども、ラニーグさんちは何かあるのかしら。
はて…ラニーグ、ラニーグ…ん、聞いたことがあったぞ。
「ああ、騎士団長の…」
ぽんっと手を打つ私。
誇らしげにふんぞり返るイルステン。
成程、騎士団長さんちのお子さんだからやたらと騎士に思い入れがあるのか。
「わかっているだろうが従士隊ではどの家の者でも区別しないぞ。ほら、次!」
正騎士先生は容赦がなかった。
しょんぼりと着席するイルステンと入れ替わりに、どこぞの子息が立ち上がって名乗る。
そのまま次々と続けられていく自己紹介。
結局家名を名乗らなかったのは私だけのようだ。
午前はどうやら座学のようで、この国の歴史なども教え込まれる。
とはいえ、歴史ならばもう大体頭に入っているので退屈でございます。
うちの分厚い歴史書、暗記するほど読みましたもの…宰相さんちの必須科目ですもの…。
皆が一生懸命にノートを取っているので、仕方なしに私もノートを取ってみる。
蛍光ペンもカラーボールペンもないから、黒一色なのよねぇ…。
何か一工夫でもしなくては、普通の人は覚えにくいのではないのかね。
暇つぶしにイラストを入れたり、星印で大事そうなところを目立たせたりしてみる。
私はもう覚えてるんだけどね…。
座学には、歴史の他にも国語や算数に該当するような授業もあった。
本当に小学校だなぁと思いつつも…うん。退屈。
従士隊は、剣だけ振ってりゃいいってわけじゃないのね…。
考えてみれば騎士団にも経理部門とかあるのだろうから、当たり前かぁ…。
家庭教師でももう済んじゃってるようなことをやってるんだけど…。
もしかして、騎士になりたい子達は基本的に運動ばっかりやってるから、ここでみっちり知識を詰め込まれるのかしら…。
周囲を見渡せば、どの子もこの子も飽きたり暇そうだったり。
真剣にやろうとしているけれども、カックンしてはハッとペンを握り直していたり。
こんな小さい内から脳筋で勉強が苦手だと、困るんじゃないかしら…。
戦場大好きヴィスダード様でさえ、文官仕事も(やればそこそこ無難に)できるらしいのに。
私の不安を他所に、午前の部は終了してしまった。




