しかし回り込まれてしまった!…ので良い子にします。
アンディラートは従士隊で活躍しているらしい。
子供のくせに2週間とか遠征することもあり、順調にお強くなっている、らしい。
そんな彼は…つまりうちに現れる頻度が減ってしまい。
「…お嬢様」
「ええ」
促されて、私は馬車を下りる。
街に行きたかったけど、アンディラートという護衛なしでは出してもらえなかった。
そんな私は…つまり脱走しようとしたら、家令に見つかったのでござる。
この家令、いつの間にかうちにいた人だ。
ここ数年のいつかの間、知らぬ間に、大規模な人事異動が行われ…家令もメイドも庭師にすら入れ替えがあった。
…あったの、らしい。
うん。親しくしている使用人なんて、いなかったから。
興味もなければ情報も入って来なかったので気付かなかった。
最近見ないなぁと思っている人は、てっきりシフトで休みなんだとばかり。
けれどもここしばらくの間、私に対する襲撃が行われなかったのはそれが理由だったのだろう。
恐らく以前は、侵入の手引きをしていた使用人が、本当にいたのだ。
「こちらが紳士物を扱う店ですね」
家令は家のことを取り仕切る人だと思うのだが、今は私の護衛としてなぜか街まで一緒に来てくれている。
まさか家の中で殺せないから、お外でバサッとやる気なのでは…なんて怯えるけど、そんな予知夢は見ていない。
「お父様にお似合いになるものはあるかしら」
「こちらの店であれば、恐らく」
本当は野菜や工具を見たり、雑貨屋を見たりしたかった。
しかし脱走したい本当の理由を伝えるわけには行かない。
だから私は「いつもお仕事を頑張っているお父様に、プレゼントを探しに行きたい」と伝えたのだ。
嘘ではない。
…が、本当はもう少し色々な知識を身につけてからにするつもりだった。
お父様は朝から晩まで仕事してるから接する時間が少ない…何が欲しいかとかわからない。
幼馴染に男物のプレゼントを相談しようにも…まだお子様過ぎる。
彼とて自分の父親にするプレゼントは選べないであろう。
…いや、あっちはいっそ武器でもいいのだろうが、それこそ子供では、相手の欲しがるような良品は手に入るまい。
屋敷に商人を呼べば、親の知るところとなり、内緒でプレゼントなど出来ない。
家令は、一切微笑ましそうな様子など見せなかったにも関わらず、それならばと同行してくれた。
別の者を付けずに自らついてきてくれた辺り、腕に自信があるのだと思う。
そんなわけで、紳士物のお店デビュー。
街に来る機会があれば、興味のあるところばかり巡っていたけれど、こういう店に来るのも悪くない。
だって私は知らないことだらけなのだ。
とはいえ、服はご自分で仕立てさせるだろう。
好みも用途もあるし、そもそも貴族は既成服など着ない。
全く着ないのかどうかは知らないが、オーダーメイドがステイタスなのだ。
見習い隊の制服だってお仕立てであった。
鞄は…あまり使っているのを見たことはないが。
手ぶらで仕事に行かないよねぇ?
それでもどんなものを持って仕事に行っているのか知らなければダメだ。
通勤鞄に必要な仕事道具が入らなかったりしたら、目も当てられない。
「…カフス。ねぇ、これは贈り物としてどう?」
目を留めたのは様々な意匠のカフスだ。
これなら幾つあっても困らないし、いいかも…。
「ええ、普段使いから正装用まで種類が必要なものですから、喜ばれると思いますよ」
デザインが手持ちと被らないかどうかも、家令には判断できるという。
「これはこれは可愛らしいお嬢様。プレゼントですか? 店頭に出していないものもございますので、お好みの色や形をお伝えいただければ出してまいりますよ~」
揉み手とまでは言わないものの、なんかちょっと小者っぽい店員さんが出てきた。
えー。
思わず苦笑しそうになる。
お父様のプレゼント選ぶって言って連れてきてくれたんだから、一応ここって高級店よね?
さり気なく家令が私を守る位置取りをしている。
店員さん、家令にまで怪しい人認定された。
「他にも種類はあるのですね。見せていただけますか?」
「ええ! 例えばこちらや…こんな形のものも人気がございますよ。気に入った石やご希望の効果があれば、宝石と魔石を入れ替えることも可能です」
店員さんは張り切って色々と持ってきてくれる。
でも、いまいち選べない。
うーん。カフスはいい案だと思うんだけどなぁ。
なんか無難なのばっかりなんだよなぁ。既製品だから?
「…作る、ことは…出来ますか?」
ぽろりと口から零れてしまった。
あ、いけない。
そう思ったけれども、出た言葉はもう取り返せない。
「作る。ええ、もちろんオーダーメイドも承っておりますよ」
売っているだけかと思ったら、オーダーメイドもしてくれるらしい。
服も小物も扱っているのにそんなこと出来るのだろうか。
アクセサリーはアクセサリー屋さんが作るんじゃないの。
「意匠のご相談をなさいますか?」
そっと家令が尋ねてきた。
特におかしな言動をしたわけではなかったようでホッとする。
なんか、すぐ何でも作ろうとしちゃうんだよね…多分、今生色々出来るようになって楽しいからなんだろう。
「そうね。お話は聞いてみたく思います」
言ってみたら、店員さんは恭しくこちらに礼をして引っ込んでいった。
そして、しばらくして別の担当者を連れてくる。
…ベテラン感のある、品良いおじさまだ。
おじさまは名乗った後、私達を商談スペースに招いた。
歩きながら私も名乗る。
私の名を聞いたおじさまは、息を飲んでから恐る恐る父の名を聞いてきた。
隠すことでもないので答えたところ、引きつった顔で店員さんを振り返る。
店員さんは、やっちまったァ!という顔をしていた。
客の前なのに両手で頭を抱えている。
オーマイガーの構えである。
ええー。何なんだい?
困惑しつつも笑顔を保って大人しくしていると、家令が補足してくれた。
身分のある人はプライドも高いことが多く、長く立ち話させると高確率で機嫌を損ねる。
だから普通は早めの段階で、上手に相手を確認して対応するものらしい。
貴族の権力相手では、お店をプチッと潰されてもそうそう戦うことなんて出来ないのだ。
とりあえず店員ズに向け、私は大丈夫ですよー、まったり商談しようよーというオーラを出しておいた。
気付いて持ち直してくれたので、こっそり安堵する。
貴族、怖いわ。相手を脅かしすぎ。
「オーダーメイドにして、お値段が高くなってしまったら、叱られるかしら…」
サプライズプレゼントのつもりが、ドッキリ無駄遣い説教祭りになってしまうのは避けたい。
こそりと家令に問いかけると、彼は目を丸くしたあと、珍しく微笑んだ。
「カフスを作る程度では全く問題ございません。王都一の魔石を使ったとしても、お嬢様が意匠にまで拘られたと聞けば、むしろ旦那様は大変お喜びになるでしょう」
王都一の魔石は要らないよ!?
でも、マジか。そんなすごい石を選ばなかったとしても、宝石とか魔石とか付いてるなら、ぬののふくよりお高いよ?
お父様の装備が、ぬののふくであるとは思わないけれど。
しかし家を取り仕切っている人の言うことだ。
娘が戯れにミラクルセレブカフスをオーダーメイドしたくらいで、うちの財政が逼迫することはないのだろう。
私めの庶民感覚では、そういう見極め、大変難しい。
デザインについて相談しているうちに、店員のおじさまも私も白熱した。
家令にも相談しつつ、銀の藤の蔓で赤い宝石を包むようなデザインをお願いする。
お母様の名前の藤と、お父様の目の赤い色だ。
葉の向きはこうだとか寄り添うように宝石に少しかかってほしいとか、本当にうるさい幼女でごめんなさい。
むしろお父様、なぜ藤デザインを持っていないのだ。逆に驚いたわ。
なんて思っていたら、藤は花をあしらうデザインが一般的なので、男物として使えなかったらしい。
そしてこのおじさま、実は細工師であった。
細かな注文にやる気を出して喜ぶ辺り、職人である。
話がメッチャ弾む。
ここは高級店なのにアットホームな職場らしく、親子2代の商人家族+職人家族で経営されているという。
今は2代目達を育成し、親世代が補佐に回っているのだとか。
先程の店舗担当の店員は商人家の三男だそう。
…なんせ小者っぽいので、まだ貴族の屋敷に御用聞きには出せないらしい。
私も細工物彫ってみたいなぁ。
しかしお屋敷で片手間に出来るものじゃない。くそぅ。
いや、彫金だから色々必要なんだ、木彫りからスタートするなら悪くないのでは?
今度アンディラートと街に来られたら材木屋さんも行ってみようかな。
ホクホクしつつおじさまのデザイン画に注文を付ける。
ふと、魔が差した。
「石を乗せる前に、台座の底に細工することは出来ますか? こんな模様を」
「これは…もしや紫陽花の花ですか?」
「ええ。簡略化してみましたの。これくらいなら花がモチーフとはいえ女性らしくもないでしょう?」
そう、オルタンマークである。
「…彫ることは出来ますし、男性が使用しても問題ありませんが…これはどうしても、全く目立たない仕上がりになってしまいます。石の色をもっと明るくしますか?」
「いえ。目立たせたいわけではなくて…」
マークを見せるためにと石の赤い色が軽くなれば、全体がちょっとイマイチな感じに。
選んだ石ではどんなに透明度が高いものを探しても、中に彫った模様までよくは見えないだろうと細工師は言う。
それでも扱っているとしたら…いっそ魔石にしたら…と、おじさまと家令が高級宝石商の名前を出して相談し始めた。
いや、そんな石探さないよ! やめて! ぶっ飛んだ値段になっちゃう!
「見えない細工をお願いするのは失礼かもしれませんが…藤はね、お母様なのです。赤い石がお父様。気付かなくってもいいのです、ただ私もここに一緒にいたいと思って」
何も深い考えがあったわけではない。
それでも口にしてみると、それはとても良いアイデアのように思われた。
出来れば彫ってほしい。
おじさまは、なぜか感動したような顔をした。
うんうんと頻りに頷き、更に事細かく打ち合わせることとなった。
…オーダーメイドじゃ、お小遣いでの内緒のプレゼントにならなかったよ。
どうしたってお金はお父様のお財布から出ているのでプレゼントと言うのはアレなのだけど、子供の身では仕方がない。
でも、家令が付いてきてくれて正解だった気がする。
プレゼントに関する大人の男性の意見も聞けた。
何より、渡すまでは内緒にしてくれるという。
そう、業者を呼んだなら屋敷の来訪者として細かく報告しなくちゃいけなかった。
けれど、お金の使い道なら日々報告なんてしないもんね。
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内緒のプレゼントは、2週間後に受け取りに行った。
やっぱり家令が付いてきてくれる。
もちろん1人で取りに行こうとなんて、してない、よ…?
周囲をグリューベルで確認までしてから庭に下りたのに…おかしい。
店の扉を開ければ、迎えてくれたのは自信満々な顔をしたおじさまだ。
これは、期待できる。
「こんにちは。注文していたカフスを受け取りに参りました」
「お待ちしておりました、エーゼレット家のお嬢様」
今日は小者の店員が見当たらない。
もしかして、前回の失敗のせいで下げられているんだろうか…。
違ったらいいんだけど、何となく追求は出来ない。
おじさまが布張りのトレイに載せて運んできたのは、イメージ通りのカフスだった。
赤い石の色も、お父様の目の色と同じ。
思わず嬉しくなって笑った。
「本当に石の効果には拘らなくてよろしかったのですね?」
「ええ。お父様の目の色に一番近いものが良かったのです。これは正に同じ色だと思います。素晴らしいですわ」
名前や顔くらいは知っているかもしれないけれど、目の色なんて詳細に知らないだろうからって心配していたんだよね。
大体、魔石や宝石に効果が付くっていうのがよくわからない。
パワーストーンってことかしらね。
念の為にと確認してみたところ、このカフスを装備することによって付く効果は『勝率アップ』であった。
腹黒いはずのお父様が、何かに勝ちやすくなるのだぜ。
どうか敗者達の負の感情が、娘に向けられませんように…。




