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襲撃・メイドさんアタック!



 お母様はふんわり美女で、お父様は爽やか美男子だ。

 だから私はきっと、美人になると思う。

 ぽやぽや程度の金髪に、ヨダレ跡の残る頬。

 鏡の中に見つけた自分がこんなんであっても、大丈夫、遺伝子は裏切らないはず。


 青紫の中に一滴ピンクを落としたような不思議な色合いの瞳が、私の名の由来だそうだ。

 目の中なのに場所によって色が変わっているのだから、私も不可思議な事態だとは思う。

 しかしながら、真っ赤な目を持つお父様と、濃い紫の目を持つお母様を前にすると、順当な気がしてしまうのだから困ったものだ。

 何か上手いこと混ざったんだろう、きっと。視界に不都合はないしね。


「オルタンシア。あなたはちっとも手がかからないわね」


 私を抱きしめて笑う、美人でいい匂いのお母様。

 …彼女に嫌われたくないな、と思う。

 だから精一杯、無邪気に笑って見せた。


 前世のお母さんってどんな人だったかな。

 自分が誰でどんな人に囲まれていたのか、正直なところ覚えていない。


 それでも私がダメなヤツだったので、周囲が迷惑していたということだけが強く記憶に残っていた。

 グズでトロくて頭が悪くて。

 言われたことを、ちょっと斜め上に理解するらしいから、返事もどこかおかしくて。


 だけど子供の頃はそんなことなんて気付かず、自信満々に生きていた。

 皆の目がなんか痛いって気付いたときには、事態がものすごく悪化していた。


 …だから私は怖がりになった。

 周囲を良く見て、その場その場で他人が望むキャラクターを演じて、生きるようになった。


 誰かと仲良くなったような気がしても、素を出せばすぐに引かれた。

 普通にしているだけのつもりだから、何が悪いのかわからなくて直せない。

 そして私の性格矯正に付き合ってくれるような人はいなかった。


「奥様、そろそろお時間ですわ。お嬢様は私がお預かりします」


「まぁ、もうそんな時間? 仕方がないわ、可愛いオルタンシア、いい子でお留守番していてね」


 頬にキスをひとつくれるお母様が美女全開で笑ってくれた。

 お母様、いいわー。癒されるわー。

 こんなふわふわ愛され美人目指してみたいけど、『演じる』ほうでしか無理だなぁ。


 そんなことを考えている間に、癒しの美女は立ち去ってしまった。


 そして、残されたのは…。


「では、お嬢様。廊下の散策でも致しましょうか」


 来たよ、来たよ。


「…や、やーぁ…」


 若干ぐずって見せるが、あまり大袈裟に泣いたりして彼女の機嫌を損ねても困る。


「ほーら、旦那様と奥様をお見送りしましょうねぇ」


 さっさとベビーベッドから抱き上げられて廊下へと移動させられた。

 電球ではなく、壁に掛けられた魔石が光るという、ファンタジーな光景にも心弾ませる余裕はない。

 ひぃ、ヒカリゴケでも魔石でも好きにすりゃいいよっ。

 だから頼む、離して。安定の悪い抱っこが怖いよー。

 大体なんで、私をそんなに廊下に出したがるんだっ。


 3度も見た予知夢で、私の背後にいるのはこのメイドだ。


 1度目は落ちて転げる夢のリアルさが怖すぎておねしょした。

 いや、だって赤子ボディーにとっては致死量の衝撃だよ。腕だって短くて頭庇えないし。腕自体脆いし。

 目が覚めてメッチャ安堵したが、もう少し夢らしくしてくれても良かったのだよ、予知夢様。


 2度目は少しだけ冷静になり、階段前で何かに躓いたことが原因だと認識できた。

 おねしょはした。いや、女子という自尊心がある状態でこそ辛いものだろうが、構ってなどいられない。

 現実はまだオムツっ子だから、セーフなのだ。

 …そんな開き直りも、肝心だよね。


 だって、夢であるせいか痛みこそないが、感触から衝撃の強さまで本当に現実のようなのだ。

 自分でも、こんなの何度も見せられてよく気が狂わないな…なんて思うくらい。


 そして転落する私が前転動作に入った際に、逆さまの視界で見える、このメイド。

 助けてくれる可能性がある相手かとも思っていたのだが、3度目にして気がついてしまったのだ。


 …彼女、ニヤニヤと笑ってたんだよね。


 怖すぎる。躓いた何かさえ、彼女が置いた可能性が出てきた。


 でも、今日はまだその日ではない。大丈夫。

 転落は私が立ち上がり、歩けるようになってから起こる。

 現状、未だハイハイなので対策を立てる時間は残されている、はず。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*



 躓くものは絨毯と同色の雑巾。

 母が藤の意匠の指輪をしている日。

 仕事で城に詰めていた父が、数日振りに帰宅した家で。

 立てるようになったばかりの幼い娘が起こす悲劇。


「さぁ、お嬢様。見せてあげましょう。歩けるようになったあなたの姿を」


 そんな言葉で私を誘導したメイドが、階段へと誘う。

 既に何度か駄々をこねて拒んでみたが、彼女は本日決して私を抱き上げない。

 どうしても、どうしても階段で私を始末する気だ。


「急いで、お嬢様。お迎えに出る前に奥様が来てしまいますよ」


 何も知らなかったら、歩けるようになった姿をお母様に見せたくて急いだだろうか。

 待っていたって構わないはずなのに、子供部屋に来る前に、一刻も早く驚かせようという口車に乗って。


 このメイドの凄いところは、私が転落する瞬間までいつもの顔を崩さないところだ。

 あまり懐かないようにして彼女の配置換えも試みたけど、うまくはいかなかった。

 私がこの日この場所に立つ以上、絶対にこのイベントは起こるということなのだろう。


 …うん。何かね、もう、ね。

 私、夢の中で数え切れないほど階段落ちてるんだよ…。

 なのに現実ではこれが初めて起こる出来事で、これを失敗したら後がないんだ。

 ホント、頭、おかしくなりそう…。


 こんな凶悪リフレインな予知夢さんなら要らなかったかなー。

 でも、なかったら初見殺しなんだよなー。

 (極)じゃなくてもこれなんて聞いてないんだけどなー。

 ぶーたれながらも、予知夢さんに感謝はしている。


 よし、来るがいい。私は躓かないよ、雑巾の位置は見切った。

 対策として、階段についたら、拙いながらもしっかりと手すりの下のほうを握るのだ。

 そして万一足を滑らせても生き残れるよう、上がってきている母が確認できてから段差に近づく!

 この日のために少しずつ、メイドが歩かせようとする方向からヨレヨレと転回できるように練習もした。

 完璧だ。メイド程度の企み事など予知夢さんと私にはお見通しなのだ。


 …そう思っていた時期が私にもありました。


「ふぎゃあああぁぁぁぁ!!!」


 全力の悲鳴を解禁したのは、背後から衝撃を受けたからだ。

 ちょ、ゆ、夢と違うぅ!!


「っ、オルタンシア!」


 母は落ちてきた私の下に滑り込んで受け止めた。


 お母様!


 なんてこと、お母様のお美しい顔に、雑巾が降ってきた!


 メイドは私が転げ落ちなかったと知るや、お母様ごと落とそうと雑巾で目潰しを仕掛けてきたのだ。

 仰け反りかけるお母様の腕を必死にこちらへ引っ張って、転げないように段差に背をつけて踏ん張る。


 頼む、身体強化様! 様 々 っ 、 さ ま あぁぁっ!

 赤子ならぬ力で、何とか転落を阻止する。


 っつーか予知夢テメェ! 全然展開が違うよ、どういうことなのよ!

 憤りながら、けれどどこか冷静な脳内が、ひとつの解を捕まえる。


 予知夢で見た未来には、変えられる余地がある。

 私に都合良く改変することが目的ならば、失敗のリスクは私の死だけではない。

 変わる未来が、その方向が、自分に都合の良い展開だけだなんて有り得ない。


 私はきっと間違えた。

 メイドに「こいつは簡単に殺せないかもしれない」と思わせてしまったのだ。

 だから、展開は変わってしまった。


「ちっ」


 舌打ちしたメイドが飛び降りるように階段を駆け下り、私達の横を走り抜けて行った。

 追撃を加えられなかったのは僥倖だ。

 メイドは皆が驚く中で、風のように立ち去り、あっという間にいなくなってしまう。


「…奥様、お嬢様!」


 我に返った使用人達がわらわらと駆け寄ってきた。

 誰が敵なのか味方なのかわからなくて、すっげぇ怖いコレ。

 心配するふりで近づいて、ひょいと取り上げられてブン投げられたら私、もう終わる。


「何事だ!」


「旦那様! お、奥様とお嬢様が!」


 必死にお母様にしがみついていると、お父様も騒ぎに気がついてやってきたようだ。

 お母様は私をギュッと抱きしめて、階段に座り込んでいる。

 使用人と話し終え、駆け上がってきたお父様が私をお母様ごと抱きしめた。


「すまない、お前達をこんな目に合わせるなんて…。誰の紹介状で雇用した者だったか。一度メイドの身元を洗い直そう」


「旦那様、今、警吏に使いを走らせました。雇い入れ時の書類をすぐに確認致します」


「ああ、頼む。…大丈夫かグリシーヌ、立てるか? 2人とも、怪我は?」


「私は大丈夫ですが…オルタンシア、どこか痛いところはない?」


 心配そうに、そっと私の腕を上げたりする彼らに、私は満面の笑顔を作って応える。

 きゃこきゃこと喜ぶ幼子の声に両親は目に見えて安堵した。

 助かります。羞恥に耐えて赤子言語を発する甲斐もあります。


「いつも大人しいオルタンシアがあのような悲鳴を上げたのだから、メイドが何かしたのだろう」


「元気そうには見えますけれど、念の為お医者様に見せたほうがいいかもしれませんね」


 仲睦まじい男女が私を挟んで会話する。

 その安心感に、急激に瞼が重くなるのを感じた。


 もう、階段からは落ちないだろう。

 予知夢の効果が終わった…そんな感じがする。

 


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[良い点] なめらかな筆致 [一言] よみはじめたダァー
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