回想から、新地へ
私の手元には御守りがある。
そう、完璧なほうの御守りだ。先日、リスターがオタ者から奪い取ってきました。
私が呪われたのは、私の御守りだけ効力が弱いのが原因であろう。
そんな満場一致のパーティ会議のあと、必死こいて作成してはみたのですが…オタ者の邪気眼は「効果はイマイチ☆」と判定し続けてくれた。
うまく行かないことに嫌気が差して不貞寝したら、翌日にはテーブルの上にご用意されていたよ。
だけどさ、私を騙くらかしてまで作らせたオタ者が簡単に御守りを手放すはずはないよね。あやつは親切心より好奇心が強いタイプに違いない。うん、根に持ってるよ!
そんな人物がいざ手にした研究材料。多分、オタ者はまだこれに飽きてないと思う。
ということは、まさか盗難…なのでは…。
不安になって被疑者を追及したところ、あっさりと脅迫が発覚。
犯人は…リスター。
ですよね、アンディラートの確率はゼロですね。
しかし、罪状は何であろうが身内から犯罪者が…うおぉ、なんてこった、私のせいでリスターが悪の道に…。
「家中のありとあらゆるものを粉砕されるのと、これ1個引き渡すのとどっちがいいかって訊いただけだ」
幾らか見せしめに内装を壊したら、他の研究材料に手を出される前にと素直に差し出してきたぜ。
そんな言葉を放って、フリーダム魔法使いはヘッと鼻で笑った。とても悪い顔だった。
自信満々で器物損壊までも。とんだチンピラであるな。
貴族じゃないというし、内装への拘りもなさそうだから調度品はそれほど高くないかもしれないけど…あとで高額の賠償請求とか来ないかしら? いや、むしろ金で解決できるものならばその方が…色付けて払ったら示談にしてくれないかな?
裁判官! 彼は病気の妹のために薬を盗んだのです、どうかお慈悲を!(妄想)
でも、リスターが暴挙に出たほどのその心配は、的外れでは決してないのだ。
だってアッサリ呪われましたし、どうしても自分のためではうまく御守りを作れないんだもんな…私が作れさえすれば、こんなことには。
アンディラートやお父様のためだと思い込もうとしても、自分を騙しきれないらしく完璧なものにはならない。
そして本当にアンディラートのために作ったのなら、万が一の破損に備えて本人に予備を持たせておきたい。何個でも持たせたい。
我が身が大事なのは確かなのに、難しいところよね。
まぁ、元々あの御守りだってオタ者にあげたくて作ったわけじゃない。こっちの素材のほうが効果が高いとかいうから、本当はお父様と天使に…ぐぎぎ。
涙を飲んだのは、解呪できるまで相手の機嫌を損ねたくなかったというだけ。目的を果たした今となっては、損ねまくっても怖くないのだぜ。
もはや慈悲はない。
というわけで心の距離がものっそい離れてる相手だし、騙されて作らされて巻き上げられたものだと考えればこちらが被害者。
搾取されたものを取り返したにすぎないよね。
よし、いいことにする。リスター、よくやった。
解呪薬の相談や鑑定に関してのお礼はちゃんと過去の絵師収入から現金にて支払っているし、私自身は正しいお客様!
…そのように全力で激しい自己弁護を行うことにより、何とか罪悪感は薄れてくれた。
どう繕っても、完璧な御守りは必要だからね…。
そういや絵師活動、最近全然してなくて悲しいな。スケッチブックすら開く余裕がない。
このままじゃ絵師じゃなくて、武器がパレットナイフなだけの変なナイフ使いになってしまうではないか。由々しき問題だ。
どちらにせよ、今は目立つようなことは避けなければいけない。うっかり町で噂の美少女になって、わざわざ敵対者達に呪いが解けていることなんて知らせる必要はない。
つまり命令外である絵師活動は、グッと我慢。同様に冒険者活動も自粛だね。
ところで、リスターによる御守り奪還作戦において、懸念されたのは護衛であるトランサーグの存在だった。
なんと、彼は常にオタ者の護衛をしているわけではなかった。専属かと思ってましたよ。
指名依頼ではあるけれど、都合が合えば引き受けるレベルのものだったらしい。
リスターはきちんと不在を下調べしてから襲撃していた。計画的な犯行だな。
あっ、違うんです! 待って下さい、おまわりさん!
というかね、トランサーグ、既にグレンシアから旅立っていたらしいよ。
うちの体力なしウィザードが、凄腕冒険者と戦闘になっていないことに心底ホッとした。なぜだかリスターが余裕でボコられる気がする不思議。
意外と私の中で、トランサーグの評価が高いことを知る。身体強化した私といい勝負をしたのだから、 そりゃそうよね。
しかし…トランサーグ、もういないのか。
あんなに色々とお世話してくれたのに、こちらに何のご挨拶もなしにドロンである。
おのれ、リスターの命の恩人なのに、借りを返す手段が見つからない。(オタ者は腹立ちが恩を上回ったため、恩返しの予定は一切ありません)
しかもトランサーグが私に旅立ちを知らせなかった理由が「あまり近付くと面倒事に巻き込まれそうだから」だった。ひどい。凄腕冒険者なんだから、もっと冒険してくれてもいいのよ。
あくまで私から姿を隠そうというのならば…良かろう、この礼はいつかマジカルシスターにでも返してくれようぞ。
ふふ、私は既にシスターに弟子入りすら果たした身。
居場所を知っているどころか、彼女の懐にまで入り込んでいることを忘れているのではないかな?
…あれ、お礼なのになんで仕返しみたいな空気になった?
「オル、フラン。そろそろ船着場への幌馬車が出るから、行こうか」
私の忙しい脳内をやんわりと止めて、天使がそっと現実を示してきた。
「うん。小麦粉あるし、野菜も日持ちしそうなの選んだ。バターも補充したし、冷凍庫も充実させた。さすがにお菓子を作る暇はなかったけど、君が干し果物を買ったって言ってたし…食料、足りるかなぁ」
「足りなければ狩ればいい」
食べ物の事しか頭にない私達、多分ちょっとおかしい。
でもテントがなくてもアイテムボックスで寝れるし、食事以外は大体サポートで何とかなる。
「何とか向こうに気付かれずに、行動を把握できるといいけどな」
「そうね。でも追い付いてしまえば、最悪、バレてもいいわ。多分…あの人は、それも面白がると思うし」
「それ?」
「変装して乗り込んでくる私達」
いや変装の予定はない、と首を横に振られてしまった。
まぁ、外見に如何な誤魔化しを加えても、心の中は筒抜けだもんね。
そう、我々は如月チームの追跡に入ったのだ。
リスターのお陰で呪い防御がバッチリになったので、幼馴染からも出立オッケーが出た。
私の人生最大の山場だよね。
こんな成人直後に来たからには…乗り越えたなら、その後は安穏と暮らしたいものよな…あ、無理ですかそうですか。
リスターとも別れ、2人パーティとなった私達はゼラクト王国を目指していた。
城都を出てテクテクと東へ向かって歩きまくり、先程ついにグレンシア最後の集落を後にした。
大きな湖を渡るため、これから船に乗りに行くところだ。
船着き場まではシャトルバスならぬ送迎馬車が出ていて、集落から離れた水辺までを完全サポート。
護衛依頼はこんなところにも。
さすが冒険者大国、グレンシアで仕事に困ることはなさそうだ。
逆にトリティニアだと、あんまり護衛依頼もなさそう。
貴族には自前の護衛が手元にいるだろう。一般人が基本的に移動しないから…護衛を雇うのは商人くらいだよね。
そう考えると、腕の上がった冒険者の受け皿って何もないのよね。
通常業務が狩りと採集メインでは、その日の食いぶちしか稼げない。
そりゃあ凄腕冒険者さんも、ふらりと他国まで出稼ぎに来てしまうわけである。
優秀な人材の流出…もったいないのではないかな。
とはいえ、現実としてグレンシア程の魔物はそうそう出ない。通常の討伐系依頼は、並の冒険者で足りている。
残念だけどトリティニアじゃ、未開地の開拓くらいしか腕自慢を募集すべき公共事業はないよね。
無意識に溜息をつくと、ふとラッシュさんがこちらを振り向いた。
「フランも食べるか?」
「いや、大丈夫…って、もう食べてるの。道中の君のおやつ、足りるかしら?」
早速干し果物をモグモグしていた冒険者ラッシュさんが、ハッとしたように赤面した。色々と買い込みはしたのだが、消費速度もなかなかだから一抹の不安が。
あれっ、天使の動きがぎこちなくなってしまった。
干し果物の袋を片付けようか悩んでいるようだぞ、なぜだ。
おやつを話題に出したから、食べ過ぎを叱られたと受け取られたのだろうか。
違うのよ、成長期なんだから食べたいだけ食べなされ。
私の心配は、試算が甘くて幼馴染が腹ペコで悲しい思いをしないかということだけだよ。
おやつの横取りはしないというアピールはしたいが、エンゲル係数自体に思うところはないので気にしないでほしい。
そもそも食べた分が全く脂肪として蓄えられていないのだ。この食べっぷりは身体を作るための必要経費であり、決して意地汚さではない。
むしろ食料が不足したら、カロリー消費が上回ってガリガリになってしまうかもしれないではないか。 どんだけ可哀想な姿か。
かつて目にしたどの物語でも、強者の食が細かったためしはない。
そう、健啖は強い子になるという証。
赤面不要。何も恥ずかしくなどないのよ。
そう伝えようと、私は笑顔を全開にし…フードをちょっとだけ持ち上げてそれを見せた。未だに顔を隠したまま表情で何かを伝えようとしてしまうな。
頭ではわかってるのよ、何も伝わらないって。でも何かこう…フードは顔の一部です?
いや、しかしラッシュさんなら或いは雰囲気でわかってくれる気が…。
「足りなくなったらお肉狩って焼こうね。どうしても甘いものがほしくなったらアイテムボックスに籠れば作れるからね」
サポートキッチン、無敵無敵ィ。
でも調理場ではいつもより魔力不足に気を付けないとな。
調子に乗って幾つも器具を出し、魔力切れで作業中のオーブンが消失…なんてことになったら目も当てられない。生焼け悲しい。
フォローは伝わったのか、ラッシュさんは困ったように眉を下げて微笑んだ。そして差し出される干し果物。
うん、わかったよ。どうしても食えと言うのだな。お揃い、ですか。
私、今、本当にお腹空いてないけどね?
幼馴染のプレゼントをお断りする選択肢はない。もぎゅもぎゅと干し果物をいただく。デーツっぽいな、これ。
そうこうする間に湖のほとりについた。
「おー…壮観だね」
トリティニアにはこんな大きな湖はない。
小さいのは点在しているけどね。だから地方はあまり発展できないのよね。
豊かな水源は幾らあっても困らない。羨ましい限り。
あ、でもこれ国境でもあったか。
…仮想敵国が付属品なら、湖は要らないかなー。
「綺麗だな。あ、魚が跳ねたぞ、ほらそこ」
目を遣れば、魚こそ見えなかったが波紋の跡が広がっている。わぁ、何の魚だろう。
釣りしたら食べられ…変だな、グレンシア城都では特に新鮮な魚料理は推していなかった。あれば私が覚えていないはずがない。
せっかくの資源なのに食べられていないのかしら。
琵琶湖とは言わないが、なかなか大きな湖だ。
陸路だとぐるっと迂回しなくてはならないので、定期船が出ているのも納得である。
…船に乗り込んだ私達は知る。
魚が…魚が魔獣化している。魔魚?
時折ビタンと音を立てて甲板に落ちてくるフライング魔魚。デッキブラシにて、慣れた様子でそれを湖内へと叩き返す乗組員。
「その…魚は食べられないのか?」
「見るからにこう、美味そうじゃないだろう? 実際食べた猛者もいるらしいが、そんな美味くないらしいな、小骨も多いし。それに湖内に一定数いれば勝手に共食いを起こすから、人を襲わないんだよ」
獲らないのが暗黙の了解だな、と彼は笑う。
いや…それって蠱毒じゃんよ。
つまり、この水の下では着々と、魔力の強いヌシが出来上がっているのでは…。
私達は船乗りの言葉に、微妙な表情になって顔を見合わせた。
「この辺りは食えない魔獣も多いからな。なんだ、食料が足りないのか? 船にもそういう時の予備はあるから売ってやれるぞ」
数日とはいえ完全に孤立する船上だ、うっかりさん相手の商売もしているらしい。意外と強かさんね。
「いえ、当面は大丈夫です、ありがとう」
問題はそこじゃないのよ。
私達はやっぱりトリティニア出身だから、常識が故郷のものだったのだな、と。
今まではそこそこ各自でも食料を持っていて、集落間の移動距離も知れていた。狩って食べられる獣もいた。
だが旅路での万一に備えるならば、食料は容赦なく買い漁った方がいいのかも。
だって、グレンシア周辺ってもしかして、食料はあんまり豊かではないのではだろうか。
魔素が多いと植物にだって影響するし。
うん…大国ではあるけれど、ダンジョン産業での資金を元手にした交易が盛んなのかもしんない。
ただの豊かな大国ではなかったんだなぁ…。




