お父様へ。(遅くなってごめんね!)
向かい合って土下座。
私とアンディラートである。
彼はジャパニーズ土下座スタイルなど知らないはずなのに、咄嗟に私の土下座に合わせてきた。反応速度凄い。ニュータイプかな?
しかしここで怯むわけにはいかない。
「大変申し訳ありませんでした。君のお怒りはもっともで、一切弁解の余地はございません。平にご容赦いただきたく」
「俺こそ。謝って済むことではないとわかってはいるが、どうか許してほしい。許されるなら、何でも言うことを聞く」
「な、何でも…いやいや、こちらこそ取り返しのつかないことを」
「と、取り返しの…いや、本当にもう…謝るしかない。ごめんなさい」
ペコペコ合戦。
何かと言えば、解呪薬だ。
私はアンディラートに解呪薬を飲まされたあとポックリと倒れたが、それまではむしろ、意識だけはハッキリとあったのだ。
つまり人命救助の口移しがですね…。
いや、剣向けてて生きるか死ぬかみたいなもんだったし、私としてはあんまり気にしないでほしかったのですけれど。
目を覚ましてからというもの、アンディラートが私を見るたびに赤くなったり青くなったりしていまして、しかも話しかけようとすると逃げちゃうのね。
始めのうちは「シャイボーイだからな」と微笑ましく見守っていたのだが…いや、変じゃない? なんか言いたげなのに目が合うと全力で逃げるの何なの。微笑み返してくれないだなんて結構なダメージよ。
そんなのが数日続きました。
…いくら何でもコレ避けられ過ぎでしょ。
言い訳なんですけど、その間の私、寝込んでてまともな思考が働いていない状態でして。
あの時、即行で謝っていればお許しいただけただろうに…無駄に長引かせるだなんて、反省の意思なしと取られても仕方がないよ!
完全にアンディラートがお怒りなんだと理解したら、身震いしたね。
ああぁ、何を寝こけてんのよ、早く気付けよ私ィ!
そもそも私が言い出しっぺの魔物退治を失敗し、一般人を何人も押し付けて、彼だけ追い返したわけよね。それだけでも鼻摘みか頬引っ張りの刑くらいは確実でしょ。
刑が甘いって? そりゃ甘いのがアンディラートってもんよ。長年大助かりでした。
でもさ、今回ばかりは事が事だよ。
私だってそうだけど、もしかするとシャイボーイはファーストキスかもしれない。私からしたわけじゃないのだが、なんせ相手はリメンバーシックスティーン。おセンチマインドの前には真実とか無力。
その前にムチムチウフンな如月さんと行動していたのを見られているのだ。信じたくはないが、私も仲間のハレンチレディだと思われている可能性だって無きにしもあらず。
よしんばそうでなくとも、彼は責任感の強い紳士。
やむにやまれぬ人命救助とはいえ、嫁入り前のオルタンシアちゃんの唇をズキューンしたことに対して、どれだけ責任を感じちゃっていることか。
下手すると、イルステン並の思い詰めを…嫁にでも取らないとなんて思っているかもしれない。
わぁ、可哀想。そんな必要はないんですよ。早く安心させてあげたいところ。
だが、ここに危険因子として加わってくるのが前述の避けられぶり。
こうもお怒りなのだとしたら、事はもっと複雑に違いないよ。
例えば…例えば、そう、彼はもう子供ではない。既に成人済みだ。
私の家出前よりも随分とノッポさんだし、顔だって大人びた。従士隊の頃より優良物件ぶりが増していることは確実。
まして現在冒険者満喫中で、身分の垣根も低い。手の届くヒーローならぬ天使。
貴族令嬢のみならず、日々に疲れた平民女子にも癒しのシンデレラドリームを夢想させていることだろう。
いつぞやのギルド受付嬢の態度を顧みても、これを世の乙女達が放っておくとは思えぬ。
こぞって天使捕獲部隊を結成しても不思議はないほどだ。
カルト信者だったらイエス御神体、ノータッチの精神じゃろうに…あ、いや、タッチはアリでお願いしたいかな。後頭部撫でたい…コホン、ご利益があるはずだからな。
えっと、つまり何が言いたいのかというとだね。その…そんだけ選び放題の中で各種アピールを受け続けていれば、このアダルトアンディラートにだって、好きなコの1人もいたかもしれないではないか!
なんてこと…赤面したり赤面したり赤面してたこの子が…シャイボーイが…大人に…?
お米ないからお赤飯とか炊けませんけど。
…なんか今お腹がモヤッと…胃もたれかな。リスターもアンディラートも病人食作れないからな。
んー…これ、胃か? お腹いっぱいというか胸いっぱいに近いような。
まさかアレか、娘が彼氏を連れてきた時みたいな。まだ早い、おとーさんは許しませんという…いや、早くはないし許さないとか言う立場にないよな。私、おとーさんじゃなくて他人だし。モヤッとする理由がない。
う、うん、まぁ…いいや、まだ仮定の話だから。
そうでなくたって跡取り息子。私の知らぬ間に、家同士の繋がりで婚約者ができていたことだって考えられるものな。年齢的にも貴族なら珍しくなどない。
ただ、例えそこに愛だの恋だのがなくとも、驚異的責任感はある。
彼が、一度決めた相手を自らポイ捨てることは有り得ないだろう。家を出てくる際には、必ず戻るから待っていてくれとか言ってるかもわからんよね。わからんさ!
そう、もしも推定嫁がいるにも関わらずこんな状況(婚前浮気疑惑)になったのならば、如何な天使とて、私にお怒りにもなるのでは…という到達点だ。長かったぜ。
そんなわけで、誠心! 誠意! 謝り倒す!!
「本当にごめんなさい。未来の嫁によろしくお伝え下さい」
「いや、どう考えても俺が悪…、嫁?」
「ウゼエェェェ! 何の話かは知らねぇが、お前らはどっちも悪いから、どっちも許してもう終われ!」
合戦の戦況を横で見守っていたリスターがついにキレた。
よく我慢していたほうです。
いや、あの、アンディラートがそれでいいなら私に否やはないよ。
え、君も私が良ければいいの? じゃ、じゃあ、いっかな。
半ば強制的に仲直り。
アンディラートの顔色は青への変化をなくし、ほんのり赤の一色になりました。
…え、顔色は通常に戻らないの?
本当に今の話終わった? もう仲良くしてもらえますかね?
若干不安ではあるが、追及なんかして「やっぱり許さない」って言われたら困る。うまいこと許す気になってる間に素早く許されよう。
さて、森でアンディラートに連れ戻された私は、リスター御者の馬車でグレンシア城都へと逆戻りした。
リスターは帰り道で「御者しかしてねぇ! 座りっぱなしでケツ痛ぇ!」とキレていた。色んな不満が溜まっているようだ。
馬車の後ろには鬱憤晴らしに狩られたと思しき首なし魔獣達が、不安定な浮遊で不気味な葬列を成していたのだという…なんかスマン。
私が元気だったなら、リスケツに回復魔法をかけてあげられたのだが…生憎と超絶グロッキーでしばしば意識を飛ばしており、主に馬車で寝ていました。
解呪の際に体力と魔力を持っていかれるというのは本当だったよ。
こりゃ、リスターもなかなか起きてこなかったわけだわ。
呪いの効果を身をもって体験した私としては、一刻も早くお父様に御守りを届けたい。
だが「お父様に似合う素敵なアクセサリーにできないかしら?」などと浮わついたことを考えていたせいで、まだアイテムボックス内にありました。絶望。
だ、だって装いを問わず肌身離さずつけてもらうためにはさぁ!
如月さんと離れてしまった以上、向こうがどう動くかが全く見えない。
更には、私の大切なものは知られてしまっているのだ。
戻らない私を訝しみ、もしもお父様に狙いを付けられてはたまらない。
しかし、セレンツィオ一派の存在を知ってしまった以上、放ってもおけない。
追っかけてグサッと殺ってこなくては。
…既にここまで巻き込んだのだから、どなたか私の我儘を聞いて二手に分かれてくれる方はいませんでしょうかね。
ちらりと、パーティメンバーを見遣った。
アンディラートは…無理だよなぁ。
私についてくるだろうな。家出娘を追いかけてまで合流したのだもの。
まして私の失態直後。
どんな言葉を並べたって、なんか追い返そうとしているとしか受け取れないだろう。
失望のショボン顔をされたら、私が断りきれないのは確実だ。
ではリスターに…頼むか…頼まれてくれるかなぁ?
フリーダムがチャームポイントの自由魔法使いだからな。
「リスター、うちのお父様に御守り届けてくれない?」
「はぁ? なんで俺が?」
ズバッと切り出してはみたが、打ち返すようなお断りの構えだ。
トリティニアは遠い。
リスターが渋るのは当然のことであった。
ダンジョンもないし、冒険者的にもおいしい場所じゃないよね。
「実は、誠に遺憾ながら私の大切なものが如月さんに筒抜けてしまいまして…私のせいでお父様に何かあったら、死んでも死にきれない。でもリスターなら、リスターなら何とかしてくれるに違いない!」
「いや、知らねぇよ!?」
「…あのね、噂によると、どうやら毒殺には耐えるらしいんだけど…呪いはさすがのお父様も耐えるの無理じゃないかなって」
呪い自体があんまりメジャーではないから、幼少時から慣らされたりはしてないと思う。
「ああ、リーシャルド様が食事に盛られた毒を笑顔で平らげた話か。俺も聞いたことがある。結構広く知られている話のようだぞ」
「え、そうなの? お茶じゃなかった?」
「一度や二度のことではないらしいから、どちらもあるのだと思う」
なんと。お父様ったら…もしかして負けず嫌いなのかしら。
毒を出されたら負けじと対抗しちゃう、みたいな? そんな無理に飲食せずとも、見破るだけでも十分じゃないのかね?
あ、いや、お父様がなされたのだから、恐らく必要なことだったのだろうけどもね。
お前ごときには倒せないぞという威圧とかさ。
しかしどうしてそんな話が広まったのか。
人目の多い場所での事件だったのかな。むしろお父様にそんなことをした相手が現在無事なのかどうかが気になる。
お父様の武勇伝を聞いたリスターは、眉根を物凄く寄せた。
「…チビ…お前がおかしいのは親からの遺伝だったのか」
なんだい、その急激な哀れみ顔。
君だってその大概な能力やら、確かお母さんからの遺伝だったでしょ!
「毒でなど簡単に死なないうちのお父様、格好良いと思いますけど? ねぇ!」
アンディラートへ唐突なパスをぶん投げる。
幼馴染みなのだから、うちのお父様の素敵っぷりには同意しかあるまい。
「そうだな、うちの父もそう言っていた。あの時、リーシャルド様が止めてくれなかったら、俺も同じように毒の特訓を課されるところ…あ」
自分の顔が急激な半ベソになっているのがわかります。
慌てたアンディラートがわっしゃわっしゃと頭を撫でてくれる。
「…してたら…号泣する…」
「も、もちろんしてないぞ、話が出ただけだ」
えぇ、うぅ、想像だけでも鼻の奥がツンと…。
ヴィスダード様ったら何をしようとしてくれてるのよ。この世の奇跡たるアンディラートに毒って。冒涜にも程があるわ。
虐待の域だぞ。普段の訓練も虐待だと思ってるけど、アンディラートが強くなるために頑張りたいっていうから我慢してるだけだからね!
このままだと私、いつか斬りかかってしまうのじゃないかな。
でも、それすら喜びそうで嫌だなぁ。決闘従士との訓練だー、みたいな。
そしてお父様は確実に私の味方だわ。よくぞ止めて下さいました。
揺るぎない信頼と実績。ありがたみしかない。
今のところそういうことはないけど、例え食あたりの腹痛だったとしても、私は泣きながらアンディラートのお見舞いに走ると思うよ。それを…毒って。
ヴィスダード様は我が子をどういうふうに育てたいのだ。求める完成形が全く見えないぜ。
撫でられるだけでは飽き足らず、ぎゅうぎゅうと天使に抱きついて精神の安定を図る。
照れ屋なのに、こんな時は躊躇いなく抱き締めてくれるアンディラート、マジ天使。
リスターは私の頼みを引き受けてくれた。
それどころか、その出立までになぜか銀の杖商会の会長さんがトリティニアへの出店を決意。道中の護衛を依頼されることで、冒険者としても損のないお仕事になった。
やった、頼みやすい!
商会長さんは、グレンシア本店を子供に譲り、温暖なトリティニアで新規開拓しつつ老後を過ごすつもりだとか。隠居じゃないけど、その下準備?
大陸制覇の夢がまた一歩、と笑っていたので、嫌々来るわけではないようだ。
大店の商人が夫婦で移住希望ですか。歓迎ですよ。
トリティニア的にも名高い商会が来てくれたら、大国っぽいので嬉しいです。国土の広さだけで大国に捩じ込んだ田舎国ですけど。
銀の杖商会には、定期的にゼランディで山の民への納品のお仕事があるらしい。
特に産地にこだわりのあるものとかはなくて、食品とか雑貨とか生活用品が主のようだ。
確かにそれなら、トリティニアに支店を置いたほうが新鮮なものが渡せるし、はるばるグレンシアから保存食持っていくよりずっといいよね。
あ、途中で仕入れるのかしら。各所に支店あるものな。
まあまあ、トリティニアから買っておくれよ。農作物なら余裕の輸出可能品目でしてよ。
…海産物となると入手地はちょっと距離がありますけど…運ぶ手段をお持ちならイケるよ。
お父様への手紙で、商会長さんのこともよろしくお願いしておこう。




