スキマライフ!~おセンチメンの葛藤。【アンディラート視点】~
姿を見つけたその瞬間、多分、俺は喜ぶより先に驚いていた。
再び会うには、きっともっと時間がかかるような気がしていたから。
前回は2年も会えなかったから、同じように沢山追いかける心の準備をしてしまっていたのかな。
「何か用かしら? 私達、もう今、出発するところなのよ」
誰だ、この人。
顔に出さないようにと、刷り込まれた無意識が表情筋の動きを抑制した。
ふとしたときに、こうやって訓練の結果を実感させられる。
どこかで見たことがあるような、気はする。…でも…大体の女の人はそんな気がする。
もう一度相手の顔を見直した。
会ったことがあるということなのだろうか。薄く笑って、片目をつぶって見せてくる。
…女性の知り合いは多くない。
何だか本音が見えない、嫌っていたとしても隠して媚びを振り撒ける感じが、ちょっと苦手なタイプだ。
あれ、本当にそんな人かなんてわからないのになんで…うっ、これは遠征の打ち上げの後遺症か。俺は本音と建前を聞き分けるのが、あんまり得意じゃないから。
忘れよう。出来るだけ早く。
親しげに、まるで自分のもののように、彼女の肩を抱いているその姿。
本来であれば、仲の良い友人が出来たことを喜んであげなくちゃいけないのだと思う。
…思うんだけど…抱かれている側がすごく無表情なのが、随分強烈な対比だ。
こうされているのはあの子の本意ではない、ということであれば。
この人はやっぱり会ったことはあって、恐らくリスターを呪った、心を読む感じの人だと思う。
それにしても、人前で表情を取り繕うのも止めちゃうほどご機嫌斜めだなんて、イルステン以来じゃないか?
どうしてそんなに我慢しているのかはわからないけれど、余程嫌な状況なんだろうなぁ…可哀想に。
何にせよ、リスターと別れてこちらへ来たのは正解だった。
もう少し俺が遅ければ、彼女達は出立してしまい、すれ違いになってしまっただろう。
「貴方まで連れていかないわよ。もう1人と仲良くダンジョンででも遊んでいなさい」
ひくりと相手の口許が引きつった。
うん、心を読まれたのならば確定だな。
何だったろうか、耳慣れない響きの名前の…そうだ、確か、キサラギと名乗っていたか。
だが、誤解されたみたいだ。
俺はキサラギの旅に同行したいわけではない。
せっかく会えた彼女を、連れて行かれては困るだけなんだ。
「フランを置いていって欲しい」
離れたくはない。
確かに植物の魔物のせいで離れることにはなったが、あれはアクシデントでしかない。
もう、俺を置いて行かないように気を付けると言ってくれていた。
…代わりに、俺のほうが彼女を置いて行かされるとは、思わなかったけれど。
極限の状況下において背中を任せるより、守らねばならない相手だと思われたことは、結構辛い。
まだ、やれたのに、と。
そう思う気持ちがないわけじゃないから、余計に苦しい。
だが納得はできなくとも、あのとき彼女はそう判断した。それが全てだ。
戦いに絶対はない。俺がどれだけ意地を張ったところで、あの場を乗りきれたかは誰にもわからない。
俺の腕では安心させてやれなかった。
これが今の俺の評価だったのだから、受け入れるより仕方がない。
俺も彼女も生きている。
手遅れではなかった。
ならばまた、頑張って訓練するまでだ。
「…そう、フランとは森ではぐれていたの。あの魔物からどうやって逃げ延びたのか知らないけれど、せっかく拾った命を無駄にしない方がいいわ。親切で言ってるのよ?」
薄ら笑うその顔には、憐れみのようなものすら滲んで。リスターだったなら、きっと腹を立てて暴言を吐いていたのだろうな…なんてのん気な考えがよぎった。
「それにしても、わざわざ、また来るなんて。フランの遺体でも探しに戻って来たのかしら。困るわねぇ、来客は予定にないのに」
遺体、を。
そんな。
そんなものを探すためになんて来たんじゃない。
反射的に、反発しそうになる。
だけど、違和感があって思い留まった。
とんでもない言葉の割には敵意を…あまり感じない。なぜだろう。
嘲りにしても、口先だけ。勘でしかないけれど…まるで、わざと俺を怒らせようとしているみたいだ。
「そんなことじゃない」
否定の言葉が口から零れるのだけは、ちょっと止められなかった。
…だが怒らせようとしているというなら、腹を立ててしまえば思うツボではないのだろうか。
思い通りになるというのは、何だかあんまり嬉しくない。
それに客観的に見れば、言われても仕方のない状況だ。
そう考えてみれば、俺が怒る理由はあまりないのではないか。
普通なら、あんな別れ方をした仲間が生きているとは思えないものなのだろう。せめて遺品の回収にと赴く者もいるかもしれない。
城都まで戻った俺自身は満身創痍で、すぐに森を目指したくとも、まともには歩けなかった。
今回だって、リスターが用意してくれた馬車に寝転がって、ただゴトゴトと運ばれてきたくらいだ。
リスターがずっと御者もやってくれていたので、本当に有り難かった。
でもあんまり「ダルイ」って言うから交代を申し出たのに、物凄い顔で小馬鹿にされて終わったのは、ちょっと傷付いた。…えっと、俺がまともに動けない状態だったのは事実だから、本当にちょっとだけだけど。
でも、そうやって彼が俺を気遣って休ませてくれたから、お陰で十分に元気になった。
それに、あの植物の魔物にも、今回は出くわさなかったな。
…本当に嫌な魔物だった。
森の中という環境なら、無敵じゃないのかと思うくらいだ。隠密性が凄い。
だけどもう、遅れを取ったりしない。
倒し方だってリスターとたくさん議論した。できる限り、特徴も思い出したし書き留めた。
二度と見逃したりしない。
その辺の草むらに紛れていても見分けられると思う。
彼女の生存については、なぜだかあまり心配していなかった。必ずや生きているはずだ。
だから、大きな怪我をしていないか、泣いていないか…何か辛い思いをしていないか。考えるのは、やっぱりそんなことばかりで。
オ…フランは思い立ったらすぐ行動する子だ。どんな状況にあっても、やるべきことがあるのなら、何を後回しにしてもそれをするだろう。昔からそうだ。
だから、離れていた俺に連絡を出来なかったからといって、思うところなど何もない。
もちろん会って無事を確認するのが第一。
だけど彼女にすべきことができて、既に森にはいない…そんな可能性も高いと思っていた。どこかへ発ってしまっていたとしても、追いかける手掛かりは何か残してあるかもしれない。そうも考えていた。
まだ森に留まっていてくれたのは、嬉しい誤算だ。
「フラン。迎えにきた」
俺を見ても眉一つ動かさない、光のない紫色の目。笑顔がない。何かやらかして、俺に叱られるのではと様子を窺うわけでもない。
こちらに目を向けているはずなのに、俺を見ていない…?
急に不安になった。
何も見ていない。何も、考えていない。そんなこと、あるだろうか。
…生きて、いるよな? 立って歩いて、こちらを見たのだから。
他人を呪うこの女性がもしも魔物の一種ならば、死霊術を使う可能性は…いや、まさか。
素早く彼女を確認する。
大丈夫、呼吸はしている。さっきも遺体とか言っていたから、焦っちゃったじゃないか。
どこかを庇って歩くような素振りはない。大きな怪我もないようだ。
だけど、それで単純に無事だとは言いきれないのかもしれない。
だって目が合えば、言葉でなくとも何かの感情を伝えてくると思ったのに。まるで何も感じられない。
何か俺には…言えないことか?
それとも、この人に弱みでも握られている?
「フラン、リスターも来ている。元気だよ。それから、森で助けた人達も無事だ。城都で保護してもらった」
きっと心配していただろうから、聞こえていないのかもしれないけど伝えておこう。
彼女は俺の言葉には反応せず、代わりにキサラギが笑みを深めた。
…フランを連れ帰ろうとしているから嫌われているのだろうか。目力が強い。
だけど、一緒にいたのは確実に俺が先だ。なんせ子供の頃からだからな。譲らないぞ。
「仕方ないわねぇ…フラン、適当に足止めしたら追いかけてきなさい。そうだわ、殺してしまっても構わないわよ」
何を思う間もなく、俺は剣の柄に手を掛けた。
目の前の女性が敵対したことに対する、条件反射だった。
「はい」
フランが了承したことに驚いた。
聞き間違いではない証に、すらりと腰の剣を抜いた彼女。
俺が教えた、俺と訓練した、剣。
それで、俺を殺す、と答えたのか?
そんなの、有り得ない。
「彼女が従うと思うのか?」
考えるより先に言葉が零れる。
出来ないと侮ったわけじゃない。
ひどく疑問だったんだ。心の内に留めておけないほどに。
「ええ。そして、結果は見届けるまでもないわ。だって貴方には、彼女を傷付けられないのだものねぇ?」
「待て!」
引き留めたその咄嗟の声すらも阻むように、彼女が俺の前に立つ。
…あぁ、キサラギは間違ってない。俺には彼女を傷付けられないな。
本当は稽古だってつけたくなかった。必要だと強く望まれたから、決して怪我をしないと無茶な約束をさせてから訓練したが、彼女は守ってくれた。
俺にとっては擦り傷一つですら酷く傷ましい。それは事実なんだ。
心を読むというあの女性は、読んだ結果として急ぐ必要はないと判断したのだろうか?
逃げるというには、あまりにも悠長な様子で立ち去った。
だけど追えない。彼女が、進む道を守っているから。
…少し、違うな。
俺の目的はここにある。ならば、あちらを追いかける必要はない。
「わかっているだろう、稽古じゃない。お互い、怪我をされたら悲しいと思う。それでも戦うつもりなのか?」
返事はない。
何の思いも、その目には映らない。まるで、ガラス玉のような目。
却って、辛さや悲しさを映さないことに安堵した。もしも悔いが見えたりしたら、それでも俺を殺すと彼女が決めたのなら。
簡単に望みを叶えてやれる…そんな誘惑に負けて、しまうかもしれない。
だけど…それは駄目だ。目先の一時、役に立つだけ。そのうえ彼女の心を大いに傷付けるだろう。
総じて自己満足の犬死に。他の方法を探すべきだ。
構えた相手の剣に、迷いは見えない。
だけど、これが裏切りだなんて、全く思わなかった。
いつだって秘密は多かったが、もはや隠し事はしないと言ってくれた。
約束は違えない。お願いも、無視したりしない、と思う。
だから、今この対峙はきっと、彼女の意志じゃない。
焦るべきだろうか。憤るべきだろうか。望まぬ行動を命じられた、その姿に。
ちらりと見やれば、派手な女性の姿はもはやない。視線も感じない。
見届ける意味などないのだろう。それほど、絶対的な服従下にあるということなのか。
他者の目がなくなっても、オルタンシアの様子に変化は見られなかった。
演じている可能性があったから、心を読む人がいる間は様子見に徹していたんだ。
これが演技ではないのなら、一体何があったのか。
どうすればいいんだ。全然、無事なんかじゃないぞ。
…ごめんな。
それでも俺は今、ただオルタンシアが生きて動いている姿が見られて嬉しい。
生きてさえいてくれたら、きっと何とでも出来るから。
次に見たいのは笑顔だ。だからどうにかして、笑って、一緒に帰ろう。
たん、と軽い音。
前触れもなく彼女は地面を蹴った。振りかぶられた刃が陽に閃く。
反射的に、俺も剣を抜いた。
軽業師みたい。相変わらず、重さなんて知らないみたいに高く跳ねるな。
眩しくて、少し目を細めた。
風を斬って振り下ろされた剣を、さっと払って受け流す。
…何だ?
随分と遅い。それに、打ち込みが軽すぎる。
まるで子供の筋力みたいな…、もしかして身体強化を使っていない?
え、使っていないと、こんなに打ち込みが軽いのか?
まずいじゃないか。対峙なんてしている場合じゃない、守らせてほしい。
そう言いたいけれども連続して剣を振るのを、躱すために黙る。
怪我をするわけにはいかない。泣かれるから。
そういえば昔、身体強化を持っているせいか素の筋肉はつきにくいと言っていたな。
身体強化したオルタンシアを知っているから驚くが、同年代の貴族令嬢を考えれば、これでも力はあるほうなのかな。
どちらにせよ、これでは騎士には勝てないし、従士であっても人によっては勝てない。
令嬢が従士隊に入るのはやはり無謀で特殊なことで…そうしなければいけなかったというオルタンシアに、身体強化は必要な力なんだ。
幾つも異能があるのは、彼女が生きるため。
それがようやく腑に落ちた気がした。
それにしても、数度交わした剣には違和感しかない。
殺意はない。必死さも感じない。身体強化を使う様子もない。
正直、困惑した。
いや、もしかして俺が然したる抵抗をしなければ「適当に足止め」する気なのだろうか。
強く抵抗したら…俺を殺す?
本当に、彼女には俺を殺せるのだろうか。
俺が父と訓練して怪我をしていたら、凄く取り乱していたあの印象が強すぎる。どう考えたって、尋常じゃなく泣くとしか、思えないんだけどな。
…そんなことはどうだっていいか。
オルタンシアを守ることだけが俺の望みだ。それは外傷だけのことじゃない。
理由がわからなくたって、やるべきことがわかれば戦える。
彼女の剣の癖なら知っている。そんなに長く共に訓練できたわけじゃないが、踏み込む歩幅も、得意な間合いも、動きを先読み出来るくらいには見てきた。
身体強化を使われたなら俺が負けるのが常だったが、今なら俺もそれを使える。
だから、拮抗出来る算段だった。
なのに…これで俺に勝つつもりなのか?
身体強化もされていない女の子相手なんて…ただでさえ怪我をさせたくないのに、どれ程の加減をすればいいのか困ってしまう。
オルタンシアは、本当は剣なんてそれほど好きじゃないと思う。
他人に傷付けられることに怯えるオルタンシアが、誰かを傷付けることなんて喜ぶはずがない。
自分を、そして家族を守るための手段なんだ。そのために身体強化を使い、効率の良い戦闘を学んだ。
だから…全力でそうしない場合の彼女は、決して俺より強くはない。
いくらでも見つかる、僅かな隙。怪我をさせないように調整して、そこに切っ先を差し込む。
物を強く握るのに適さない角度に差し掛かった瞬間、支えきれないであろう強さの衝撃を、一番振動が響く位置に叩きつける。
狙い通り、オルタンシアは剣を取り落とした。
だが剣を手放したというのに、表情には焦りの欠片も現れない。
俺とてその程度で油断はしないが…どうしよう、今の手応え…強く当てすぎたんじゃないか? 痛かったんじゃないか?
内心では慌てつつ、相手の様子を観察しながら剣を鞘に納める。
手首を傷めなかっただろうか。予想以上に耐久性がなくて危ないな。今の彼女に長剣を向けては駄目みたいだ。
どうしよう。ソードブレイカー…も、危ないだろうか。片刃はある。素手のほうが怪我をしなくていいだろうか。
でも稽古ではないのだし、馬鹿にされているなんて思われたら嫌だな。
耳障りな音を立てて地面を滑る剣には目もくれず、彼女は素早く体勢を立て直す。ベルトに下げていた短剣を抜いて構えた。
しかし、その武器が一瞬で消えた。
…せっかく取り出したのに、使わないのか?
どういうことなんだ。ちょっと俺の方が動揺している。むしろそれが狙い?
獲物を失ったオルタンシアは、気にも留めないように拳を振りかぶってきた。
反撃はしづらくて、掌と左腕を使って受け流す。彼女はそのまま、掴めないような低い位置を走り抜けた。剣を拾い直された。やっぱりソードブレイカーを使うべきか?
しかし逡巡が終わらぬ間に、長剣も幻のように彼女の手から消えた。
…まるで武器など始めからなかったかのように、そ知らぬ顔で素手の攻撃を継続してくるけど。
これは、もしかしてアイテムボックスじゃないのかな。
オルタンシアも、思い通りにならない自分と戦っているのじゃないかな。
思わず笑んでしまう自分を止められない。
そりゃそうだ。オルタンシアが、俺に刃を向けることを喜ぶはずがないんだ。
攻撃をかわしながら、どうしたものかと考える。
オルタンシアは命令されているから、攻撃をしてくるのだ。既にどこかへ旅立ったあの女性は、今から追ってどれだけ説得したところで、命令を撤回などしないだろう。
というか、自分の意思ではないのなら、なぜ従っている?
そうして、ふと気が付いた。
リスターの症状とはまるで違う。でも、これはもしかして呪いじゃないのかな。
魔力をもって、他人の精神や肉体に干渉するもの。
フェクスはそう言わなかったか。そうだ。合ってる気がしてきた。それなら。
そっと腰のポーチに手を触れた。すぐ取り出せる場所に、薬がある。
解呪薬を作って貰ったんだ。どうしても持っていたくて、気になって仕方がないから、父の教え通りに勘に従った。
意味もないのにねだった俺に、オルタンシアは嫌な顔ひとつせずに作ってくれた。
これはやっぱり必要なものだったんだ。
考えてみれば、オルタンシアは自分の分の御守りだけ効果が弱い。
そのせいで呪いを防ぎきれなかったのなら。
なんとか薬を飲ませよう。
きっとそうすれば、キサラギの命令に従わなくてもいいはず。
こちらへ向かって振り抜かれた腕を取る。捕まえて、引いて、バランスを崩したその身体をダンスのようにくるりと回す。
背中側から押さえ込んで、どきりとした。
白い頬にかかる金色の髪がすぐ側にあって。抱き締めた外套の下に、鎧がなくて。
身体強化を会得した日のことがちらりと脳裏をよぎり、慌てて振り払うけど。
押さえ付けられたオルタンシアは、抵抗しているようだ。
だけど…俺は、その小さな身体が、腕の中にすっぽりと収まっていることに動揺していた。
怪我をさせないように、押さえようとしただけだった。でも、なんで女の子にそんな手段を取ってしまったんだ。俺の馬鹿。
温かくて、柔らかい。
駄目だ、理由もなく女性にこんなことをするのは良くない。でも離したくない。いや、理由ならある。わりと大義名分…そうじゃなくて! もう、今、そんな場合じゃないのに!
あぁ、もう。身体強化を使わないオルタンシアが、やけに非力なのが悪い。
ぎゅっと抱き締めたら、それだけで俺を振りほどけないんだから。
「…オルタンシア…」
思わず名前を呼んだ。
抵抗は弱まらない。むしろ、それで助かった。
そんな場合じゃないんだから、なるべく感触には意識を向けないように頑張る。
ポーチを探るために片腕だけで彼女を押えて、…えぇ…これでも逃げられないんだ。
本当に抵抗してるんだよな?
身体強化しない女の子って、こんなにか弱いものなのか?
薬を飲ませようとするけれど、顔を背けられてうまくいかない。
無表情で抵抗されるの、ちょっと心にくるものがある。だけど本気な顔で必死の抵抗をされても心が折れそうだから、これはまだマシなのかな。
「飲んでくれ。オルタンシア」
暴れないでほしい。
薬が零れそうだ。これしかないのに、失敗はできない。
「お願いだ、オルタンシア」
一瞬、動きが止まった気がした。
急いで薬瓶を傾けたが、オルタンシアは飲み込まない。零れてしまう。
口の端から溢れかけたそれを見て。
咄嗟に、薬瓶を自分で呷った。




