フラン は 逃げられない!
ほんの1日でエネミーズの関係が完全に瓦解したので、ちょっと笑うしかない私です。
そんな場に、満を持して如月さん到着。
きっと皆が君を待ってたよ!
心の声が聞こえたのか、こちらにチラリと目を向けた相手。
フランとしては扉の陰から会釈だけしてサッと引っ込んでおきます。
殺伐とした部屋を横切ってまで出迎える気力はなく、また、率先は致しません。
そもそも本来、私はいない子のはずですしね。
だが、空気を読んで場を譲った私の前で、エネミーズは互いに強く強く牽制し合った。
ピリッとした空気に、彼らがメンチ合戦でバチバチと火花を散らす様を幻視する。
実際には、セレンツィオが積極的に顔を背けているので、直接対決は実現していなかった。
しかしながら見ないふりでしっかりと観察し、聞いていない素振りで聞き耳を立てているのが貴族というもの。
対するテヴェルも、キサラギさんには話し掛けたいようだが、チラチラと主従を気にしている。
言葉はない。
交わされる視線も、威圧や舌打ちのひとつさえもない。横たわるのは異様な雰囲気だけだ。
そう、焦点は「先にどちらへ」キサラギさんが声を掛けるか。
それが相手よりも価値が上であることの証明だとでも言うかのように、彼らはかけられる言葉だけを待っている。
結果、2チームともがわざとらしく互いから目を背けてだんまり。
帰りたてのキサラギさんに挨拶もせず、スルーするという事態に。
えもいわれぬ空気だけが、何かをキサラギさんへ訴えかけている。
それとも私には聞こえないだけで、脳内では諸々をお伝えしているのだろうかね? 仲間だというのなら、キサラギさんがハァト抜き打ちチェッカーであることは知っているだろうからな。
「…どうしたっていうの?」
無言の空間に、困惑の呟きがひとつ。
どうやらキサラギさんは、素で動揺していた。
つまり脳内での事情説明なんかしていないのだね。
てっきり各自で「俺は役立ちます」アピールでもしているかと思ったのに。
しかしそれならそれで逆に、エネミーズが何を伝えて、こうもキサラギさんを困惑させたのかが気になる。
だがフランは部外者なので、口を挟むのもおかしな話なのでした。
もちろん、状況説明するための言葉なんて持ちません。
しばし立ち尽くしたキサラギさんは、溜息をついて外套を脱いだ。
コートかけなんて気のきいたものはないので、脱ぎたてのホカホカ外套は手近な椅子の上へ。
だが彼女は、そのまま寛ぐこともできずに、困惑げなままに室内を見回している。
今、彼女の耳にはどんな言葉達が聞こえているのだろう。
広くもない部屋の中で、完全に真っ二つに分かれて座る食卓。
さぁ、どちらに先に声をかけるのか。
後回しにされた方は、グンと好感度下がっちゃいそうな気配だぞ。
ただいまフランは給仕として中立を保っています。野菜ばかりの料理をコースのようにチマチマと小出しに運び、同じテーブルには決してつかない作戦。
どちらにも絡まれないようにやり過ごす。今は、これが、精一杯☆
しかし、お陰様でセレンツィオの情報が全然得られませんでした。
こんなところで集合している理由、まるでわからないね。
それにしても、わりと本気で困っている様子のキサラギさん。
目線が向けられなくても、仲間達が自分の動向を窺っていることは理解しているらしい。
そのまま誰にも話し掛けないというのも不自然だし。いつまでもボーッと立ち尽くしているわけにもいくまい。
選択の時は来た。
ついに彼女は、その艶やかな唇をうっすらと開き…
「ねぇ、そこにいるのはフランじゃないの。久し振りね?」
…うおーい。どちらも選ばず、第三者へ逃げやがりましたよ。
しかし最善であったのだろうか。
両者の間で張りつめていた空気は、心なしか僅かに緩んだようだ。
フランならば仕方がない…みたいな感じ?
当方、そんな説得力を持っておりましたでしょうかね?
下手をすれば敵視を一身に集めるところだったのだけれど。困りますよ?
いつも余裕そうなキサラギさんが、今日ばかりはちょっとすまなそうな目を向けてきている。
まぁね。アジトのドアを開けたら冷戦に遭遇とか、現実逃避もしたくなるよね。
これは仕方がないことかナー。
私は相変わらず室内でフードを被ったまま、声ばかりはやや親しげに意識してお返事をした。
「ええ、お久し振りですね。お元気そうで何よりです」
キサラギさんとは、「ドキッ☆魔道具故障? ギルドの床が水浸しだよ、水筒ぶっ壊れ事件」で水難に遭って以来の邂逅となる。
チラリもポロリもなかったが、それはきっと需要がなかったせい。
ご飯はお済みですか。根菜と果物ばかりの食事ですが、召し上がります?
「いいえ、今は結構よ。お腹は空いていないの」
ハハッ、食べるならどちらかの食卓につかないといけなくなるしね。
新たな争いの火種は、ひっそりと消火された。火の用心。
「こんなところで会えるとは思わなかったわ。ようやく、私についてくる気になったの?」
まだ仲間達に声をかける気になれないのだろうか。キサラギさんはそんなことを私に言う。
聞き付けたキサラギさんの愉快な仲間達が、こちらに興味の視線を投げ始めた。
違う、私は緩衝材ではない。やめろ。
「勧誘はお断りしたはずですよ」
どう考えても無理でしょう。
キサラギさんの仲間達も見たところ覆水盆に返らず。
私を引き込んだところで、できることもない。
「そう? だって、あなたは今1人だわ。…あら、死ななかったの。お友達はあの野蛮な男の世話にでも付いたのかしら。ね、パーティは解散したのでしょう」
…そうね、貴女に呪いかけられた人とかいたね。身体が動かなくなるようなヤツ。
そっか。私が稼ぎに出て、ラッシュさんが世話に残ったと。キサラギさんは私が女だって知っているものね。だから同性が残ったと判断したのかな。
「早く切り捨てたら? 働けない冒険者なんて、物乞いにでもなるしかないもの」
つい、スラムの路地裏で座り込むリスターを想像し…できなかった。
彼は。
動かない身体を引き摺ってでも、きっと魔物に対峙する。
それで死ぬとしても…物乞いをしては、生きないだろう。
おのれ、悲しくなる想像をさせよって。
私は好きで1人なのではなく、やむにやまれず離れた状態なんですがねぇェ!
私の無意識がそう苦く零したところで、キサラギさんは余裕を取り戻して微笑んだ。
「もちろん報酬は満足するだけ出すつもりよ。あなたにはその価値があるのだから」
そう言われてもね。自分にそんな価値は見出せない。
そもそも冒険者なんて、宵越しの金は持たないものさ。
「…あまりお金に執着はないのね? 物でも良いわよ、何か欲しいものはなぁい?」
残念だけど、私の欲しいものはキサラギさんに与えてもらえるようなものではない。
ほらね、面倒でしょう。
そう考えると、私も随分と扱いにくい人材だよ?
「そうかしら。何でもいいのよ? 物でなくても…例えば地位と名誉のようなものでもいいわ」
それは…テヴェルが王となる予定の国でということだろうか。
チリッと胸に痛みのような焦燥が走った。
探られれば痛いタイプの腹を持つ私には、現実的ではない提案だな。
おっと、こんなことを考えて、万が一脅迫からの勧誘なんて来た日には目も当てられない。
私はキサラギさんの言葉を遮って、現状を訴えることにした。
今ここで必要なものは、私宛の報酬じゃないよね。
見たまえ、このベジタリアン御用達みたいなテーブルを。
イモとニンジンの塩煮、塩きんぴら、クズ野菜と香草を煮込んだ偽コンソメみたいなもので、何とか味のバリエーションを増やしているのだぞ。
私、超頑張った。
「食料って買ってきましたか。野菜以外の食材が足りないんですが。もはやパンすら尽きましたよ」
私がセレンツィオチームに引き込まれないように引き留めているつもりなのか、やたらとテヴェルが纏わりついて足留めしてくるから、狩りにも出られやしない。
暴虐の外来種たる植物の魔物から逃げたせいで、食べられる動物が近場にいないって可能性もありますけどね。
「あら…そうね、人数が増えたから足りなくなったかしら」
いや、その前から足りなかったよ。
私の心の声に、キサラギさんは困ったように首を傾げた。
それが「どうして?」と悩んで見えて、思わず追求をやめる。
もしや、料理をしないテヴェルが食べられるものから無計画に食べたせい?
本来なら食糧難になど陥りはしなかったのだろうか?
引き続き、キサラギさんの笑顔に力がない状態。うん、これは多分、足りなくなるなんて想定はなかったのだね。
…え。ってことはキサラギさんは食料は買ってきてないの?
大誤算! いよいよオートミールの出番かも知れんね。
「…苦労をかけたようね。明日の朝にはフランが使えるようにしておくわ」
そんなすぐ用意できるのかしら。
しかし、すると言うからにはできる気もする。キサラギさんなら。
あれ、なんか今サラッと、公認の料理番になった?
な、ならんぞ。仲間には。
「フランが来たなら、色々と好都合ね。けれどいつ出て行ってしまうかわからないのは困るわ。そうね、貴女にここに留まる決意をさせた人間が、恐らく私達の計画成功の鍵になるわね。楽しみだわ」
ギャッ、さり気なくお仲間をけしかけてきた!
慌てて部屋を見回せば、セレンツィオチームとテヴェルそれぞれに、既に勝ち誇ったような気配が生まれていた。
…なんか、セレンツィオさん、大したことない人に思えてきたな。
テヴェルと一緒で、キサラギさんにコロコロされてるじゃないのよ…。
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「ホントやめてください、迷惑だから」
エネミーズにちょいちょい構われてイライラしつつ、私は声の平静を保とうと苦心する。
レッサノールなんてご主人について夜を徹して語り明かそうとしてきたからね。私の部屋で。
お前が私の性別を知らんのはわかっとるが、乙女の部屋に夜遅くまで居座ろうとか不愉快極まりない。
まぁ、結局知りたい感じのことについては「詳しくは明かせないがお国では結構いい地位です」とか、察せる様な情報しかくれないんだけどね。
すぐ「そんなことより」って話題修正しようとしてくるんだけど、いらないよ、セレンツィオの素晴らしさの吹込みは。
私には他人に仕えたい欲求とかないから。従者枠に組み込もうとしないで。
「でもねぇ、貴女が側にいればテヴェルがおとなしいのよね」
「それこそ私には関係のないことでは?」
「そうねぇ。だけどやっばり、私も貴女が欲しいのよね」
残念ですが、フランは譲渡不可アイテムのようです。
肩を竦めるだけに留めて、キサラギさんが大量に運び込んだ食料を仕分けする。
そう、朝イチで食料が搬入されていたのだ。
どこからこんなに調達してきたんだろう。すげぇ。
だが追求しても仕方がないので入手や運搬への口出しはせず、棚に食材を収めていく。
そうすると、不都合を追求されないことでキサラギさんが気を良くするようなのだ。
聞かれたくなさそうなことを聞かないだけなのに、心証良くなるとか困る。
ほれほれ、打算の申し子ですよ。
「ふふっ。フランは面白いわ。心を読まれても嫌悪を示すこともなく、考えることは独創的で、見ているのが楽しいわ」
同意しかねるなぁ。
溜息を隠して、何食わぬ顔で食事の支度に取り掛かる。
「調理のときもマント姿なの?」
「そうですね。脱ぐ必要もないですし」
大丈夫、マントだけどちゃんと綺麗にしてるから。
エプロンも考えたけどさ、マントの上からエプロンは変すぎでしょ。
そんなことを考えていたら、不意につんとフードが後ろに引かれた。
ぽさり、とちいさなおとが肩に落ちる。
「……………………………」
「……………………………」
睨み合う私とキサラギさん。
なんで突然他人のフード取りやがりましたかね。
今まで私の顔なんて気にしなかったじゃない。
怒りを込めて睨むも、彼女はほんの少しだけ固まってから再起動した。
「調理の邪魔するなら、キッチンから出てて下さいよ」
フードを被り直して言ってやれば、邪魔などしないと言わんばかりに微笑まれる。
「ねぇ、フラン」
「何ですか」
邪魔しないってさっき言わなかったかな?
呆れながらも顔を上げる。
完全に、私は油断をしていた。
キサラギさんが、ゆっくりと問うた。
「あなたの大切なものは、なぁに?」




