スキマライフ!~明日行くか。【リスター視点】
以前と何の遜色もない。
調子は上々。チビもじきこちらへ迎えに来るらしい。
体調がいつも通りならば、前と何も変わらない。
俺は強いから、対応速度でチビとガキに遅れを取らないようにだけ、していればいい。
いざ合流って時に動けない状態になりそうな案件には、近付くべきではない。
だから、その異様な光景を見た瞬間、思ったわけだ。
あー、関わらない方がいいよなぁ、と。
始めは何だかわからなかった。
遠目から目を細めてしばし考え、人間を担いでいるのだとわかった。
すぐなんか、わかるわけない。
だって、そういねぇだろ。人間4人担いで、当人が見えない状態のヤツとか。
ズルズルと引き摺るような足取りも、5人分の重量と思えば理解できた。
「…おい。手ぇ、要るか」
一応、訊くのはルールだ。どんな死にかけ相手でも、余計な手出しならすべきじゃない。
だが、返事はない。
どうやら相手には聞こえていないようだ。
無視ならそれで構わないが、多分重さか他の何かに必死なのかもしれない。
行き先は見るからに俺と同じ。
グレンシア城都に向かっているのは明らかだ。
とりあえず、そいつに乗っかっていた4つの重石をむしった。
「あっ」
そいつはハッとしたように、自分の上から崩れた奴らに手を伸ばした。
地面に落としたりはしない。
当然だ、そういう魔法なんだからそんなヘマはしねぇ。
宙を浮遊するそれらを見て、呆然とこっちを振り向いたのは。
「……はぁ?」
「…リ、スター?…」
何やってんだ、このガキ。
ぐわりと眉根が寄るのがわかる。
訊きたいことが山ほどできた。
数分前に感じた順調さは、あっという間にどこかへ逃げ出したらしい。
順調とか似合わねぇから仕方ねぇな。知ってた。
「どこから、何日で来た?」
「…森…植物の、魔物の…。ふつか…違う、3日目…だと思う」
3日で森とか言ったか。
話題の魔物が出る森なら、街道通らず直線距離にしても1週間くらいは歩くだろ。
…いや、もうちょっと歩くかもな?
最低限の休憩で歩いたとしても3日はない。
飲まず食わずの眠らずなら、或いは…いや、魔物の多いグレンシアで街道も通らず、体力も集中も警戒も落ちそうな、そんな馬鹿な真似はねぇわ。
嘘つくとかいうより、単に頭が動いてないのかもしれないよな。
重石を取り除いたガキは、辛うじて立っているという有り様。なんかガクガクだ。
重石でバランス取って、足を無理矢理交互に出していたのかもしれない。
止まってしまえば動けない。そういうヤツ。
あー。やだやだ。
…馬鹿じゃねぇの。
そんな重さ背負って、どんだけ歩いたらそうなるって?
無理だね。
俺なら一歩たりとも無理。
何なの、ガキ。お前、獣人か何かの血でも入ってる? 全く、規格外どもめ、ムカツク。
チビもガキも、イマイチ適当に生きることに疎い。
早死にしてぇの? 俺の後なら別に止めねぇけど、順番は守れよ。
「ぅわ」
小さな悲鳴を上げたガキも浮かす。
どうせ城都まで戻らねばならない。俺もコイツもだ。
クッソ歩くのがダルイ。なんか急激に疲れてきた。
どうすっかな。道程1週間なんだろ。でも、正直急ぐだろ。
俺が歩いてたんじゃ休憩なしなんざ全然無理。
ガキはこの有様だし、貸し馬車か?
行きで馬を乗り潰しても、弁償すりゃいいけどさ。
でも行き先が「寄るな」って国やギルドから注意出てた森だ。
こんなホットニュース、グレンシアなら今じゃ誰でも知ってる。
返ってこない前提で馬車貸す馬鹿いねぇわ。
廃棄寸前のでもありゃいいんだが、そんなうまい話はねぇかな。
ガキの名前使って銀の杖商会へ話すか。そんなら買うにしても相場より安くなるだろ。
銀の杖商会なら今夜中に全部手配できる気がするな。
重石どもは寝てるし、ガキは何かを堪えるのに夢中だ。
歯を食い縛るその顔には覚えがある。
どうにもできなかった、何にもできなかった。けれど納得できない奴の顔。
抱えてても何にもならないのに、腹の奥底で居座る不快感。もう終わってしまったのに、燻り続ける焦燥感。そんなもの。
まぁ、仕方がない。
チビが側におらず、足手まといを担いでた。それだけで、ある程度はお察しというもんだ。
項垂れて、何ら抵抗せず運ばれるガキは、そりゃもう辛気臭い。
ちらりちらりと隙を見て声をかけ、必要なことだけを聞き出す。うっかり泣かれてもウゼェ。
まだ太陽は残っているが…コイツ、今日はもう使い物にならねぇだろう。一晩くらい経たないと、鬱陶しくて使えないわ。
そんくらい置いたほうがコイツも頭冷やすのに丁度良いだろ。
城都につけば、こちらを見つけた門番が1人駆け寄ってきた。
歩いてるのは俺だけで、周りを5人の人間が浮遊してるんだ。
死体でも運んでいると思ったのかもしれない。
「魔法使いか。これはどういうわけだ? 医者の手配は必要か?」
場合によっちゃ、必要なのは医者じゃなく神職だからな。
魔力が豊富な土地であるグレンシアでは、他国より死者の魔物化に警戒が必要だ。
冒険者の中にも諦めきれず「仲間はまだ生きている」と言い張る者は一定数いる。だが、街中で魔物化したら一大事だ。
既に状況把握なら済んでいる。
トロくさい感じで顔を上げたガキが声を出す前に、ざっと説明した。
このまま重石どもを連れて冒険者ギルドに向かうことを伝える。
なんせグレンシアで今話題の魔物だ。ギルドも国も情報を欲していた。
スムーズに対策が取れるようにと先にギルドへの連絡を依頼すれば、兵士が1人伝令に走った。ついでに城にも走るらしい。兵士の腰の軽さは、魔獣の多いグレンシアならではだ。
俺の故郷なら多分、玉虫色の官吏が多くて対応されない。
あんまり危険な魔物も出ないから平和ボケしてるしな。
依頼帰りに長々と喋るのはダルイが、消沈してるようなガキがモソモソと口を開くのは、もっとウザくて聞いていられない。
ギルドの扉を開ければ、こちらを見つけた受付がすぐさま立ち上がるのが見えた。
ガキが大事に担いできた重石どもは、駆けきたギルド員に引き渡す。
先触れがあったんだから、医者や薬は手配していたはずだ。
身元確認や今後についての話し合いは行政の管轄だろ。
つまり、ここで俺達と重石との関わりは終了になる。
…ガキめ。心配そうにしてんじゃねぇよ。この重石どもと一生付き合うわけでもねぇのに。
「こんなもん、根なし草の冒険者が個人で面倒見るなんて有り得ない。こいつらは依頼人でもない、たまたまカチ合った面倒事だ。命を救ってやっただけで十分、城都まで運んでやって十二分だ」
そのまま兵士に渡しても良かったが、魔物の情報を欲しがってたギルドにまで届けたんだ。
俺らは情報持ってきたって会員義務だが、コイツらはギルド所属じゃないからな、あったこと話すだけで報酬が貰える。国の治安に関わる情報だ、治療費差っ引いても当座の生活費にはなるはず。
あとはギルドが城と話し合って対応すんだろ。集落に戻れるのかとか、どっかで新しく生活始めるのかとか。
グレンシアは善政の国だと聞いている。
ガキと似たようなお人好しがアタマ張ってんだろ。そいつらに任せときゃいいんだよ。
「お前は、あいつらへの責任を果たしてる。必要以上にだ」
そう言ってやれば、ようやくガキの肩から少しだけ力が抜けた。
気が抜けて意識も落ちるかと思ったんだがな…どんだけ他人に責任持つ気だ。生真面目か。
何の得にもならないのに、ご苦労なこった。
「ギルド長がお話を伺いたいそうです。ラッシュさんは仮眠室のベッドにどうぞ。すぐそちらにも医者をつけます」
「…え…。いや、医者は要らない。リスター、下ろしてほしい。俺も同席したいんだ」
ヨレヨレしたガキが言った。
げぇ。
まさか、まだ責任感じてんのかよ。コイツ、何様。
「しかし、あの…リスターさんがお話しして下さるんですよね?」
「当然だろ」
何のためにわざわざ来てやったと思ってんだ。
要らねぇなら帰って飯食って寝るわ。
ガキは、ギルド員が同席を渋る程度にはボロボロ。客観的に見て、肩をポンと叩いただけで、ショックで気絶しそうなレベルだ。
色濃い隈に、力ない動作、掠れた声。誰が見たって死にそうなくらい、疲労困憊だ。
他に話せる人間がいるなら、同席の必要なんざない。
お前なぁ。浮かせてるから油断してるんだろうがな…その力の抜けっぷりは弛緩ってんだぞ。
下ろしたら絶対1人で歩けないヤツな。
ただ立っていることすらも、できるか怪しいもんだな。
きっと大分無様な動きになるぞ…そんでコケて頭でも打ちゃ、俺がチビに怒られるんだろ。
マジ迷惑だし、おとなしく寝てろ。
「本当に、怪我はないから平気なんだ。それに、何かギルド側から俺の知らない情報が得られるかもしれない」
期待は薄いと思うが、聞き入れやしない。頑固なヤツだ。
まぁな。確かに怪我は見えないけど。
…そんでなぁ。コイツもなぁ。チビを置いてきちゃってて気が気じゃないんだろうな。
コイツはチビ曰く「大事な何か」だ。全滅寸前だったのに、気付いたら入口まで戻されていたなんて、ただの森で起こることじゃない。
ガキを救ったのはチビの魔法なんだろう。
あいつ、便利だからな。
チビとしてもこれが精一杯の状況で、ガキを逃がすことは譲れなかったんだろ。
あいつは他人の迷惑になるのを怖がっている感じがする。
…大まかにだが、ガキがチビを追っかけてきたいきさつは、臨時パーティを組んだ道中なんかに軽く聞いてる。
俺だって勝手に構っているだけで、チビに頼まれたことなどありゃしないが…なんつーか…。ガキが一丁前に守ってやりたいとか言ってるけどな、お前、アレわりと1人で生きていけるぞ。
チビは回復魔法も使えるし、そう簡単に死ぬようなヤツじゃない、と思う。…人間である以上、絶対死なないとは言いきれないから、ヘタな慰めなんざ言わないが。
「座ってるだけなら許す。できねぇなら帰れ。邪魔だ」
さっきので納得してないとか、マジ引く。
もう動けないザマなんだし、素直に家戻って休んでりゃいいのに。馬鹿じゃねぇの。
それでもガキが頷いたから、呼びつけられた部屋に浮かせて持ち込んで、ギルド長と向かい合って座った。
あー、クソ。
気が利かない奴らだな。なんで応接ソファじゃないんだ。
木製の丸椅子とか馬鹿か。背もたれもないんじゃ、ほら、弱ったガキが傾いでんじゃねぇか。
隣でフラフラすんな、落っこちんぞ。あぁ、イライラすんなぁ。
こんなん、浮かせといた方がまだマシだろ。
ガキを椅子から引っ張り出して、辛気臭い顔が視界に入らないように、斜め後ろで浮かせておく。
「わ、リスター!」
「あ? 文句でもあんのか?」
文句というわけではなくて、と困った顔をするガキを無視した。
ウゼェ。問題ないなら黙ってろ。
「植物の魔物の中から、捕らえられていた民間人が出てきたと聞いたが、本当か?」
軽い報告は城都の入口で既にしている。
これはただの形式的な確認だ。
「はい、森で…」
「黙ってろ。コイツのツレが似たような、人間に寄生する植物の魔物と戦ったことがあったらしい。その魔物は傷付けると宿主の魔力を吸って自己回復しようとするから、上手く倒さないと宿主は魔力欠乏で死ぬってよ」
ギルド長はチビの関係者であるトランサーグにも同席させたかったようだが、どうやらまだ依頼から戻っていないため間に合わず。
先日までやたらと人の様子を見に来ていやがったし、やること溜めてたのかもな。上位の冒険者はお忙しいこった。
「ふむ…聞いたことのない魔物だな」
「以前出たのはゼランディらしいぞ。真偽は問合せりゃわかるだろ」
「ゼランディか…まずはそうしよう」
明日には森に向かうから、俺達だって再度の呼び出しがあっても応じられない。
そこはハッキリしとかなきゃいけねぇ。
ガキが何か言いかける素振りを見せるたび黙らせる。
座ってるだけっつったろうが。
「ウゼェ。お前にゃ聞いてねぇ」
「いや、当人が話すってんならそれでもいいんだぞ?」
ガキの困った顔が気になったか、ギルド長は無意味なフォローを入れた。
「はぁ? ガキに話させるってんならお開きだ。魔物に襲われた人間は保護してきたぜ、そいつらが起きるまで待って聞きゃあいい。この3日寝たままらしいが、そろそろ起きるかもな?」
或いは魔力欠乏の治療が間に合わず、永遠に起きないかも知れん。そこは俺らの知ったこっちゃねぇ。
ガキと違って、ギルド長も理解しているだろう。
大体、お前らが至らないから俺の知らん内にチビは追い出されたし、そのせいで国が対応検討中の危険だっつー森になんぞ行って、結果としてガキは今こんなヘコんでるわけだが?
他国ならまだしも、冒険者大国のギルドが権力から冒険者を守りきれんとか、無様だよなぁ?
上級冒険者様が1匹ついてたらどうにかなるとでも思ったか、バーカバーカ。
「…言いたいことはわかっている、今は話を聞かせてくれ」
睨んでやれば大袈裟に引きつった顔をされた。
小さな溜息と共に続きを促される。
ガキは後ろに置いといて正解だった。
多分俺の目は、これ以上なく鮮やかな紫になっているんだろう。
チビ置いてきた当事者でもねぇのにな。




