パーティ、解散。
悪者達を引っ捕らえているトランサーグを置いて、私は2階へ向かうことにした。
リスターの部屋の扉を、小さくノックしてすぐさま開く。
返事は待たない。
だって、リスター寝てるもの。
ファントム・アイで確認済みだ。他の人は私と同じ侵入者なので気など使わぬ。
オートモードだったため「リスターを見てほしいことを伝えて同行を依頼。拒否した場合は強引に連行。完了後は次の指示まで待機」という命令を終えたファントムさんは、無言かつ無反応でじっとしていた。
最初は私も慣れてないから完了後の指示がなく、普通に靄に返っていたのだけれど…いやいや、誰かいたら目の前で消えるの、おかしいから。
人としてきちんと合流し目立たぬよう解除するか、目眩ましを放って消え失せる怪人と化すか。町中では後始末せんといかん。
今回は前者である。
無事に合流を果たしたので、マニュアル操作で「廊下に出るふりをして解除」だ。
そうして室内へと目を向けると…オタ者が、物凄く怯えた様子なのですが…。
今は解放されたようだけど、まぁ、背面丸焼き持ち(視界が地面向き)で手足拘束のうえ持ち歩かれちゃあね。こうなるのも仕方ないよね。
ファントムさん、一体どうしてあんな持ち方をしたんだろう。
でも、シャドウは着ぐるみ君でしかないので、意識はないのだ。
ということは実際は私の深層心理的な何かなのだろうな…闇が深いぜ。
あんな扱いをされていた人をどう慰めてあげたらいいか、さっぱりわからないので、何事もない顔をして話しかけることにした。
「私の手のものが無理にお連れしたようで、申し訳ありませんでした。実は目を離した隙に、リスターが成否未鑑定の解呪薬を飲んでしまったみたいなのです。意識もないので、どうしても状態を見ていただきたくて」
相手はパッとこちらを見た。
何だね?
「…フラン嬢…なのか?」
あ、冒険者仕様のマントだからわかりませんでしたか。
一応、彼のお屋敷では顔出し対応していたものね。
さっきうっかりエクステもいだから、今はフードが脱げません。
「ええ。ここはラッシュさんが銀の杖商会から借りているお屋敷なのです。私もリスターも、ここに滞在しているのですわ」
「…そうか…なんだ、呪い付きの彼も拉致されてきたのかと思った」
ようやく安心したらしく、オタ者は情けない顔で肩の力を抜いた。
曰く、見知らぬファントムさんより「呪われた魔法使いの件で急ぎお越しいただきたい」というフランからの伝言を受け取った。
しかし、ここで優秀な邪気眼が発動。オタ者の目には「人間どころか、どうやら生き物ではない。魔法による何か」というファントム情報が筒抜けてしまったのだ。
未知の何かからの招待。
平時なら上手に詳細を聞きだせば信じられたかもしれない伝言は、たった今お城にて敵対勢力の対応やらをしてきた彼らには警戒すべき事態であった。
「正直休みたいし、まずは応接室に通した隙にトランサーグを走らせて確認をと思ったが…あれは、臨機応変にできないのか?」
「えぇと…そうですね、あれは分身の魔法だそうですの。ひと時にあまり複雑な命令はこなせないと術者から聞いております」
私の魔法だ、とは言いたくない。
だからファントムさんの本体が別にいて、分身の術を使ったことにした。
魔法使いの少ない世の中、大体は特殊な魔法のせいにしておけば何とかなる。
「…そうか。分身であれだけ動くとなると、本人は相当の手練なんだろうな」
ええ。当初はただの美形の兄様だったんだけど…兄より怪人要素が強くなってるからね。
私のイメージが大変なことになってるから、人外の動きをしますね。糸なしワイヤーアクション的な。私もビックリよ。
そんなことより本題に入らねば。
「それで、リスターの様子は…何かおわかりになりますでしょうか」
特に解呪の如何について聞きたい。
どうか、悪化してないと言ってぇ。
ハラハラとフードの下で百面相する私に、頼もしき邪気眼は真実を捉えた。
「薬は成功だろう、解呪されている。今は回復のために休養が必要みたいだ」
全身の力が抜けそうになった。
ふらつきかけた私を、オタ者は驚いたように見た。
一歩踏み出しかけたのは、もしかして支えてくれようとしたのだろうか。
でも正直、それは要らないのです。
「では、このまま寝かせておけば?」
「そうだな、じきに目を覚ますだろう。手足の筋力についてもそれほど落ちていないようだから、動かすうちに違和感も消えるのではないかな」
うおぉ、良かったあぁっ。
ちょっと泣きそうになった私の耳に、ガタガタと物音が届く。階下だ。
思わず口を閉じる、私とオタ者。
…そういえば、なかなかトランサーグが2階に上がってこないな。
彼は職務に忠実な男。オタ者の身を守るためにここまでついてきたのだから、落ち着けば無事を確認しに来るはずだ。
まだ敵がいるのだろうか。
「ここにいて下さい。確認してきます」
「やめたほうが…」
「ファントムさん、部屋の見張りを」
廊下で作り出したファントムさんを室内に入れる。
オタ者がビャッとリスターのベッド間近に避難した。
怯えさせてすまないとは思うけれど、敵が窓から来たりすると困るし。
「敵が来た場合には迎撃を」
「承った」
ニヤリと笑うファントムさん。リスターのベッドに乗り上げちゃってるオタ者。
あれ、ここでオタ者が恐怖のあまりファントムさんに攻撃しちゃったりしたら、敵認識で迎撃するのかな。
する、よね。特に誰を守れって指示出してないものな。これ、失敗したな。
…ファントムさんを作り直す暇はない。どうか今リスターの目が覚めませんように。
攻撃的魔法使いをちょっぴり案じながら、私は階段を下りる。すぐに警戒を強めることとなった。
トランサーグが衛兵と戦っている。
「どゆこと」
えっ、彼らって、君が引き連れてきた衛兵ではないのかね?
「フラン! 下がっていろ!」
衛兵は、悪者捕縛に来たのではないの?
ファントムさんがオタ者を拉致ったから、彼を捕まえないと帰れないとか?
釈明を試みた方がいいのだろうか。
口を開きかけた瞬間、衛兵同士が戦い出した。
「え。どゆことよ?」
大事なことなので2度言うしかない。
そうこうしている間に、庭に幼馴染みの姿を見つけた。
「ア、ラッシュさん!」
うちの子に何をする!
飛び出しかける私を留めたのは、当の幼馴染みの声。
「食い止めるから、逃げろ!」
つまり…幼馴染みは私を逃がすために戦っている。
衛兵達は、私を捕らえるべき人物だと認識している、ということ?
理解が追いつかず、足が動かない。
私、何した?
私が逃げたら、リスターとラッシュさんはどうなるの?
衛兵…の、鎧がちょっと偉そうなヤツらが説明をしてくれた。
「どけ! 軍務大臣の命令だぞ!」
「知っているだろう! 今、呪いを振りまく魔物が増えている。解呪薬が作れる人間がいるのなら軍に協力をさせるべきだ!」
トランサーグが危なげなく攻撃をさばく。
見た感じ、凄腕冒険者さんのほうが強そうだから心配は要らないな。
「捕縛していい相手ではない! こちらとて外務大臣の命がある!」
何か技っぽい動きをしたトランサーグに、衛兵達が弾き飛ばされた。
わぁ、必殺技とかあるのかなぁ。
「フラン、どうやら思いの外お前の情報が漏れているようだ。利用されたくないのなら逃げろ!」
「…トランサーグ、困らない?」
「王と外務大臣の命令は守護だ。軍務大臣は…恐らく先の馬鹿共と繋がっていたのだろう。確かに厄介な魔物は増えている。だが、それが呪いだとはまだ結論が出ていない」
オタ者が見れば一発なのではないのか。
私の疑問に、トランサーグは舌打ちした。迷いを絶つように語気を強める。
「だから厄介な魔物だと言っている。フェクス殿の見立てでは呪いではない、これ以上は一介の冒険者には教えられん」
とにかく呪いではないから、捕まっても役に立たないということだ。
私はサッと周囲に目を走らせる。
玄関は衛兵の群れが押し合いへし合い。庭は衛兵と幼馴染み。庭のほうが、まだ抜けられそうだ。
だが、庭に増援が来るのが見える。
あれは敵か味方か、わからない。
「仲間を頼める?」
「必ず守る」
トランサーグがそう言うのならば安心だ。
まだ目も覚めないリスターは、オタ者の邪気眼の届かないところへ連れてはいけない。
ラッシュさんは、まぁ、あとで何とか合流の手段を考えるか…そうでなくともきっと、追っかけてきてくれるかな。
ファントムさんに指示を出し、2階の窓から飛び出させた。
くるんと宙返りでマントの目隠し。
オート用に作ってしまうと、命令を解除してのマニュアル操作でしか別の命令はこなせない。即座に本体を作り直して、オートモードで衛兵の足止めを命じる。
地面に張り付くように着地したファントムさんは、低い姿勢を保って駆け出した。
ラッシュさんの横を抜けようとした衛兵を薙ぎ倒し、次々と体術で弾き飛ばしていく。
うぁ。ファントムさんの武器作るの忘れてた。
だからそんなアクロバティック拳法を…。
ファントムマントの内側にサポート剣を作成。
象が踏んでも壊れないイメージで作っているので、破損で靄には返るまい。
屋敷を囲む塀の上に飛び乗って振り向くと、幼馴染みと目が合った。
私を逃がせて、ホッとしたのだろうか。
だけど私と離れるから、そんな悲しい顔なんだろうか。
諦めたみたいな、悲しげな笑みを浮かべて。
…そんなの。
「えぇい、回収!」
一緒に行くって約束したもんね!
悲しい顔をさせて放置なんて、するもんか。
アイテムボックスへ幼馴染みを収納した。消えた冒険者が都市伝説になったらごめんなさいね。
彼と戦っていた衛兵達がたたらを踏んだ。
そこを狙って、ファントムさんが容赦なくスッ転ばしていく。
まだ増援がいたようだ。屋敷に乗り込む寸前にこちらに気付いた衛兵が数人、こちらへ走って来るのが見える。
塀から飛び降りて、身体強化で猛ダッシュ。ぶつかりかけた通行人が悲鳴を上げる。
あんまり目立つのもまずいし、このまま外に出ようとしても出られるかな。
包囲網を敷いている門兵に捕まるのも有り得ないことじゃない。
今は潜むことを優先。路地に駆け込み、そのままアイテムボックス内に逃走。私は入った場所にしか出られないから、改めてこの路地に出ることになる。
門は暗くなってから飛び越えたほうが、きっといい。それなりに高さはあるけれど…ファントムさんに放り投げてもらえば越えられるはずだ。或いはおとなしくサポートはしごをかけましょう。
「オルタンシア!」
アイテムボックスに入った途端、心配顔のアンディラートが駆け寄ってくる。
しかしまだ、対応はできない。
「ごめん、ちょっと待ってて! ファントムさんを確認するから!」
視界をファントムさんへと切り替える。
指示通りオートで足止めに徹していたファントムさんは、立ち上がろうとする衛兵をスッ転ばし続けるハメ技モードへと移行していてた。えぐい。
衛兵達はだいぶお疲れのようで、立ち上がれない者も増えてきていた。
体力無尽蔵どころか、そもそも体力ゲージが存在しないファントムさんに、人間である衛兵達が勝てようはずもないのだ。
呆れたようなトランサーグが見える。
どこかで撤退はしたいが、リスターの状況確認のために、サポートを残したい…。
うーん、どうしよう。人目が…衛兵が多すぎるのよね。
あっ、偉そうな鎧の衛兵が数人、トランサーグのところへ。戦う様子はない。
…これは、お開きの予感ですかね。
ヘロヘロの衛兵を最後にどついて、ファントムさんは大きく距離を取った。
こんな大勢の目の前で黒靄に返ってはいけない。
多数の衛兵…観客…魔物と間違われない撤退の仕方は…これだ!
ファントムさんが、衛兵達に向かって舞台役者のように一礼する。
ばっさぁ!とマントを目隠しに一振りすると、何ということでしょう。
青年の姿は消え、たくさんの如何にも無害で白くて可愛いシマエナガ達が!
ブラボー、マジック!
唖然とする兵士と凄腕冒険者を尻目に、小鳥達は方々へと飛び去っていった。
…かに見せ掛けて数匹を残し木陰で黒靄へ。残りは後でリスターへの連絡に使うために残すのだ。
ふう、と息をついて視界を戻す。
おや、視界が低い。
…アンディラートが私を抱っこして床に座っておりました。
「その、別の場所を見ているようだったから、転んだら危ないと思って…」
「あ、うん。ありがとう」
思わずお礼を言うと、アンディラートはほんわりと笑った。
…うん。
置き去りになんか、しなくて良かったんだ。




