目論見は外れるもの。
真面目な顔を取り繕うのは得意だ。
絶対に外面をキープしているという自信がある。
だから、内心が完全にヤサグレモードでも許してほしい。
呪いに詳しいと噂の人物は、周囲の困惑などお構いなし。
顔見知りのはずのトランサーグに挨拶すらせず、潔いほどに綺麗に無視。悪意も見せず楽しそうに、かれこれ20分は話し続けていた…ラッシュさんに対して。
戸惑ってるから、やめたげて。
訪問直後からなぜかラッシュさんまっしぐらの研究者は、我々を完全スルー。招かれたラッシュさんの背後に付き従う形で、何とか室内に入れてもらった感じだ。
新しい服を買って、髪まで伸ばして、やる気満々の淑女ロールのはずが…フードを下ろすタイミングすら与えられず。
私これ、完全に脇役ですわ。
主役を照らすスポットライトは、天使のみを狙ってますわ。
美少女の権威はどうした。可愛いとは正義ではなかったか。
急遽、脳内オルタンシア会議にて審議が行われるも、ラッシュさんは全私が認めるプリティ・ユニバース第3位の男。
それも、お母様の娘という七光りポイントが加点されなければ…ああ、認めるとも、私の敗北だ。
こりゃ、主役を譲ることはやむを得ないよね。美少女フランはクールに去るぜ。
…って、ヘルプコール出てる! 去ってる場合じゃない、天使を救助しないと!
ラッシュさんは一生懸命相手に頷きながら相槌を打っているけれど、ふと気付けばちらちらと助けを求める視線をこちらに投げてきていた。限界が訪れたらしい。
なんせこの学者モドキ、自分の話したいことだけ押してくる。
相手が話題を打ち切りたがっているなんて思いもしない。
「あの、すまないのだが…」
「ん、どこかわからなかった? デネヴィクトリの祝福理論? あの解釈は…」
「いや、違」
「ああ、レッテローサの振り子かな。あれは少しマイナーな研究だから」
多分「そもそも何の話をしているのかわからない」と…そう言いたいのだろうに。言わせてもらえないラッシュさん。
私なら相槌なんて頑張らずに、話題ぶったぎるな。
会話をする気なら、主導権をこっちが保持していないと無理そう。
引率のトランサーグは、この惨状を達観したような目で見ていた。
…初めてじゃないのだな、さては。教えといてくれたらいいのに。
多分凄腕冒険者の中では、私がこの「ワケわからん学者談義」の被害に遭うはずだったのだろう。
決闘従士がカッとなって反撃に出る可能性を考慮したからこそ、「失礼な態度を取るな」なんて、やたらと制していたのかも。
トランサーグはなるべく最短で会えるようにと前以て相手方に連絡し、都合のいい日を幾つか聞き出してあったのだという。
冷たい態度とは裏腹に、想像以上によく面倒を見てくれる人である。
なのに無視されてるの、結構忍びない。
だけど、そうだなぁ…。
見ている限り、これは気難しい学者というよりも…お喋りなオタクだよね。
自説ぶちまけ、激しい。
「ご歓談中に失礼致しますけれど、ラッシュさんは護衛です。残念ながら、その話題には詳しくありませんわ」
空気を読まぬブチ込みカチ込み。
トランサーグが「相手の機嫌を損ねないよう黙っていろ」的なサインを出してきた。つまり、苦虫噛み潰したて(新鮮な苦虫は苦味も格別だぜ)な顔でこちらを睨んでいる。
えー。コレ、そんなに気にするほどの権力者なの? そうも見えないけど。
なーに、怒らせなければいいんでしょ。
つまり「話の腰を折られた」のではなく、「自ら言葉を止めた」と思えればいい。
そうなるように気を逸らせばいいのだよ。
さっとフードを肩に落として皆の気を引き、ふわっと笑って見せてやる。
オルタンシア・エーゼレットのターン、略してオルターン!
お母様直伝、フェアリースマイルを発動。このスマイルの効果は…場をッ、支配するッ! さぁ、我が背後に、お花が咲き乱れる様を幻視するがいい!
いや、ただの麗し系の笑顔なんだけどね。とはいえ、フェアリースマイルはバリエーションが豊富だ。相手が声を掛けたくなる笑顔、そっと見守りたくなる笑顔、なぜか威圧を感じる笑顔など、美麗に笑むと一口に言っても学んだものは多い。
ようやくラッシュさん以外を認識したらしいオタク肌な研究者は、ハッとした顔で私を見た。
「…か…、可憐だ…」
その瞬間、必死気味だったラッシュさんは、オタクの向こうで自慢げな顔をした。
…なぜ彼は今突然、ドヤッたのか。
わからない。わからないが、可愛いから許す。自慢げな天使は、レアですからね。
というか、許されないのはそっちのオタクよな。30分もアウトオブ眼中だったくせに、今更、可憐だなんて。ハハッ。スリーピング・スピーキングかしら。
こんな放置プレイ後に褒めたって、女心に全く響きませんわ。遅すぎて。
私も新鮮な苦虫を与えられた気分ではあったが、外面はふんわり笑顔をキープだ。
可憐で当然。
私が美少女であることは、お父様とお母様が結婚したその時、既に決まっていたことだ。
外見には私の努力などないので(エクステ長髪は、そもそも散髪したのも自分なので差し引きゼロ)、照れるとか特にない。むしろ両親を褒められたと見て鼻高々。
謙遜しない。こういうのが、プリティ・ユニバースで幼馴染みに勝てないところよね。だけど仕方ないよ。だってうちの両親、美しいんだもん。
「わたくしが、このたび面会をお願いしておりましたフランです」
「ああ…そうだったのか。私はフェクスだ、趣味で様々な研究をしている。そう、呪いも少しばかり研究している」
ようやく自己紹介できたぜ。
出会い頭に一方的な特濃議論に巻き込まれたラッシュさんが、「少しばかり…?」と懐疑的な呟きを零していた。
こやつ、玄関のドア開けた途端にいきなり「君が今日のお客さんか!」とラッシュさんしか眼中になくなったのだよ。
美少女にフードを取る暇さえ与えず、気難しいらしい人を一目惚れさせる魔性のラッシュさん。
君、日々どんだけ癒し光線を放って…まさか後光にレベルアップしたのか。
…ならば、仕方ないか…。
「仲間の冒険者が呪いを受けたのに、動きにくい程度で済んでいると聞いたから、てっきり彼がお客さんだと思ったんだよ」
言われた意味がわからず、あざとく小首を傾げて見せる。
もし素の状態なら、眉をひそめているところです。
動きにくい程度で済んでいる。
言い方を鑑みるに、それは、呪いの効果としては軽微だということなのか。本来はその程度のものではない、と。
え。そして呪いですら、ラッシュさんの後光でなら何とかなると思われたの?
メンタルだけでなく、物理を癒せる天使になったのかと慄いていると、気難しいオタクは目をキラキラさせてラッシュさんに人差し指を突きつけた。
「もしかしてお仲間もそれを持っていたのかい? それなら状況が理解できる」
示されたのは彼の腰にある剣。
…それ普通の剣じゃないの? 聖剣?
だけどリスターは剣士ではない。
「呪いにかかった仲間は魔法使いですので、その剣は持っていなかったかと…」
呟いてみるも、やはりオタクは美少女よりラッシュさんに夢中な様子。別に、いいけどさ?
「剣じゃないよ、その正体不明のアミュレット。それ見せて、ほら、ちょうだい」
勢いよく手を出すオタクに、しかしラッシュさんは両手で隠すように剣の柄をかばう。
剣じゃないのか。何だろう。
ラッシュさんが隠すから、私も見えない正体不明のアミュレット。
…アミュレット?
「もしかして、これ?」
アイテムボックスから、ケープの内側を経由して取り出したのは、山の民の集落で習った御守り。
呪い対策の紋様はなかったはずだけど、何かと相乗効果してくれたとか? これならばラッシュさんも、リスターも持っている。
「そんなに幾つもあるのか! …ああ、だけどこちらのほうが効果は低いな」
ちょっとテンションが下がったオタク。
マジかー。一応、彫ってる模様は同じはずなんだけど。状態異常全方向に警戒した仕様のやつ。
うーん。効果にバラつきがあるというのは良くないな。全力で作り直すとして…。
この人に見てもらったら、出来の良さがわかるのよね?
皆の分、より出来のいいのとお取替えをしたいな。
確認しようとオタクに声をかける。
こやつ、名前何だっけな。くしゃみ…そう、くしゃみっぽい感じ…ハクシュン…ヘクション…へっくし…そんな感じの…あっ。
「フェクス様は物の詳細がわかる魔法か何かをお持ちなのですか? もしやそれで解呪薬の作り方なども解析できたり」
そうなると魔法使いというより、鑑定キャラっぽいけれど。
私が問うと、急にトランサーグがピリッとし、オタクも警戒顔を向けてきた。
うわ、しまった。
これ、この人の秘密だったっぽいぞ。
貴族でもないのにトランサーグがやたら礼を気にしていたし、もしかして、その能力で国に囲われているか何かなのかも。
とりあえず、敵対は得策ではない。
「内密事項でしたか。吹聴するつもりはございませんのでご安心下さい」
といっても信用できないだろう。
解呪薬入手のため、オタクには逃げられるわけにいかない。こちらも何か手札をオープンにする必要がある。
オタクの食いつくネタは…。
「ちなみにこの御守りですが、わたくしの手作りですの」
オタクの意識が警戒より興味に傾いた。
「作った? 貴女が?」
「ええ、効果にバラつきがあるというのは知りませんでしたが、それでは御守りとしては力不足ですのね…お恥ずかしいですわ」
ヲホホと笑って御守りを引っ込める素振りをする。
慌てたようにオタクは手を出した。
「待って、よく見せてほしい」
「ええ、差し上げても構いませんわ」
「彼のも」
「ラッシュさん」
しかし幼馴染みは逡巡している。
取り上げないから。何ならまた作るし。
じっとラッシュさんを見遣れば、すごく渋々と剣の柄からそれを外した。そんなところにストラップ、である。
「俺のは、見せるだけだ」
力強くオタクと目を合わせて宣言するラッシュさん。気圧されるかのように、オタクはコクコクと頷いていた。
どうやら大事に使ってくれているらしくて、ホッコリする。
御守りを2つ、両手に持ったオタクは少し目を細めた。
勝手に脳内で「鑑定、発動!」とアテレコしてしまう。
「やはり大きく効果に差がある。こちらなら、ある程度呪いを防ぐことができそうだ」
持ち上げたのはラッシュさんのストラップ。なぜだ。私の御守りは呪いを弾けないの?
作り方は同じだけどなぁ…。
「これと同じものを、呪いにかかったお仲間も持っていたのか?」
「ええ。でも呪いに効果があるとは知りませんでした」
これが麻痺用、これが毒用で、と模様の説明をしていく。ふむふむと頷いていたオタクは、やがて大きく頷いた。
「どうやら模様は関係がないようだ」
なんでやねん。これ、一応は山の民印の耐性模様が売りの御守りなんですけど?
スン…となってしまった内心とは裏腹に、私は頬に手を当て、「まぁ、そうなのですか」と小さく首を傾げる。
唐突にオタクは席を立った。
止める間もなく、たったかと廊下へと走っていく。応接室の扉は開けっ放しだ。
呆然とする私達。
「…返してもらってもいいと思うか?」
そわそわと、テーブルに放置された御守りを取り返したそうなラッシュさん。
しかし、トランサーグは首を横に振る。
「この話が全て終わるまで待て。下手に玩具を取り上げると、ご機嫌が悪化してまともな会話ができなくなる」
赤子かい。
「どちらへ行かれたのかしらね」
ツッコミはとりあえず飲み込んで、淑女ロールを継続。例えこの部屋に監視カメラが仕掛けられていたとしても、私の仮面は剥がせないぜ。
「さぁな。しばしば、周囲が見えなくなるきらいのある男だ。情報を得たいのなら、待つしかない」
溜息をつくトランサーグは、どこか諦めたように見える。
苦労しているのだろうか。
来たとき同様に結構な放置プレイを施された私達。
再びこの部屋にオタクが姿を現すのは、まさかの1時間後のことであった。
テーブルに並べられた私作成の御守り。その横に、教会で見かけたことのあるシンボルが立てかけられた。でかい。
…オタクよ。これ、教会から盗んできたの? 曲がりなりにも神様マークよ?
疑惑の視線を笑顔に隠し、説明を待つ。
「この石には祝福の力が込められていると言われている。昔は遺跡から見つかったが、回収し尽くしたのか、近年新しいものは発見されていない。教会や権力者の部屋などの一部で使われているらしい」
重かったのだろう。オタクはハァハァと息を乱している。若干聞き苦しいのだが、言葉を止めて息を整える気はないようだ。
こんなところで出会った宗教シンボルには荘厳さなど一切ないはずなのだけれど、これも以前に教会で感じた、日向のような雰囲気を纏っている。私は呟いた。
「詳しく。…ご説明をお願い致します」
淑女ロール危ない!
気に留めないオタクが話し始めたので、そっと胸を撫で下ろす。
長い長い話を要約すると、このシンボルの素材には「リラックス効果」と共に「近くで害意を持つと具合が悪くなる」という効果がある…らしい。
そして私の御守りに籠る何かの力が、これと似ている、と。
「…呪いを弾くのとは別物のようだが」
「元となる力は同じだよ。籠めた効果が違うだけだ」
トランサーグの言葉にオタクが素早く返したが、どうにも納得はいかない。
そしてオタクの目から、明らかに「御守り作るところ見たい」というお願いビームが発されているのを感じる。その目の強さに、護衛のラッシュさんがすごく警戒している。
「えぇと。では、効果をより上げるためにはどのような素材が良いかわかりますか?」
別に模様掘るだけだし、見られて困るものでもないだろう。
せっかく作り直すのならより適した素材で作りたい。もちろんラッシュさんとお父様とリスターの分だ。あ、自分の分もね。
オタクにも上納しなければいけないだろうが…お世話になっているトランサーグにもあげよう。
そのついでだと思えばオタクの分も手間じゃない。




