スキマライフ!~ダルイ。寝かせろ。【リスター視点】
「オルタンシアってなんだ」
そう問えば、相手は困った顔をした。
まぁ、聞くまでもない。
それがチビの本名なんだろう。このガキを「うちの」という言い方をしたからには、こいつが近しい間柄だということもわかる。
トリティニアなんてダンジョンないっつーから行ったことねぇし、行く予定もないけど。
ダンジョンないのに、ガキどもがこの強さってのも何なのかね。
「まずは、貴方に礼を言いたい。あの子を守っていてくれてありがとう」
死んだかと思っていたのが、目が開いた途端に飛び込んできたのはこいつの顔で。
それから、チビの泣き顔だった。
咄嗟にブッ飛ばしたのに、こいつは特にそれについて触れる気はないようだ。
生真面目なツラして礼を言うものだから、鼻で笑うよりない。
「…はっ。お前に言われる筋じゃねぇ」
「そうだけど。俺にはできなかったから」
スープうめぇ。
礼というなら、これでチャラだろうな。
全く、ドジもいいとこだった。
「それで。オルタンシアは、何なんだ」
漠然とした問いを投げれば、ガキは「何とは?」と問い返す。
テヴェルのように、知ってることをペラペラ喋ってくれる性格ではなさそうだ。
こいつが何をどこまで知ってるんだかわからなけりゃな。
俺のがペラペラ情報を吐く側だなんて冗談じゃねぇし。
「お前の何かって聞いてんだよ。お前はチビの「うちの大事な」何かなんだろ」
そう誤魔化せば、ガキは一気に顔を赤くした。
え。何、そういう反応されても。
全然そういうこと聞いたんじゃねぇし。ウゼェ。
「婚約者か」
「…いえ、幼馴染み、です」
完全に、ただの幼馴染みでは済んでいない顔をしてそう言う。
…ふぅん。
でも、まぁな。チビって、それどころじゃなさそうだもんな。
それでも「大事な」何かだとは思っているようだが。
今は無理でも、いずれそういう気になることもあるかもな。
そういうほうが、いいんだろうな。
俺は俺に流れる大陸外の血を残すなんて御免だが。チビは俺とは違う。
「…っ、と」
スプーンが逃げた。
取り落としかけたスプーンを、ガキは素早く宙で拾った。
何も言わずに柄を向けて渡してくる。
「お前が手ぇ出さなくても、取れる」
俺には魔法があるからな。
「…俺も、反射だったから」
あーあ。
イヤなガキだ。
俺だってわかってる。右手と右足が、どうにもうまく動かない。
このガキも既に察しているようだが、動きの悪さに言及してこない。
何も言わない。気を使ってるつもりか、ムカツク。
「お前さぁ。言うなって言っても、絶対、あとでチビに言うよな」
あんまり腹の中を隠すの、上手くなさそうだものな。
そんなだから、チビが気楽にしていられるのかも知れねぇが。
案の定、戸惑ったような態度をして、考えて、ガキが口を開く。
「ああ、言う。だから、もう一回、回復魔法をかけてもらわないか」
「要らねぇ。多分、怪我じゃねぇ。だから治らないんだろ」
チビの回復魔法なら受けたことがある。
だから怪我が魔法で治される感じも、わかる。
俺が好きにしたことに対して、あんまりチビにヘコんだ顔されてもな。
さっきも。
べそべそと泣かれたのには、正直参ったんだ。
死にそうになることなんか、冒険者やってれば適当にあることだ。
俺が死んでも泣く人間なんかいない。
悔いが残るようには生きてないし、いつ死んだって何かに影響することはない。
なのに…あれ、駄目だろ。
「治ってもらわないと困るんだ」
ガキが急にそんなことを言い出した。
困るとか。笑える。
「は? お前の都合なんか知らねぇ…」
「治ってくれないと…また、誰かを巻き込めないっていなくなっちゃうかもしれない」
チビにそう言って置いていかれたのか。
だからチビは1人でいたし、コイツはそれを追っかけてきたのか。
…おい。待て。やめろ。
「せっかく、やっと一緒にいていいって、言ってもらえたのに」
だから。ヘコんでんじゃねぇって。
俺が勝手に、チビを構うんだよ。それに対して、チビがなんか返しちゃ駄目だろ。
なんであわせてガキの面倒まで見なきゃいけねぇんだよ。知らねぇし。
「あれ、どうしたの?」
チビが戻ってきた。
あっ。
なんでお前、誤魔化せねぇんだよ。
今、葬式みてぇなツラしてたら駄目だろ。
「えっ。どうしたの。ホントに何?」
だから、突っ込まれるから。
なんっ…お前っ、もっとちゃんと隠せよ!
…チビとガキで葬式みたいなツラになった。
ウッゼェ…。
あー。そう。
やりてぇなら、もっかい回復魔法かけてみりゃいいだろ。
無駄だと思うけどな。
ほらな、怪我じゃねぇ。
多分呪いっぽいヤツだと思うもん。
食らったことはないけど、冒険者稼業が長ければそれなりに情報は…。
「えっ、呪いなの…如月さん、あんまり呪い系女子じゃなかったのに」
呪い系の女子って何だ。聞いたことねぇぞ、そんなん。
呪いは魔物からもらうものってのが通説だ。
そうすると、むしろあのブスが魔物ってか。
…ありえねぇと思うんだが、そうすると通説のほうが崩れるな。
呪いなんてそうそうかかるものじゃないから、眉唾だったのかもな。
チビが突然教会に行こうと言い出した。
神頼みってことか。そりゃねぇだろ。神が俺を救うわけがない。
「教会で呪いって解けないの? なんで!」
「なんでっても、解呪薬作るのは薬屋の仕事だろ」
ガキもチビも知らないようだ。
俺だって、解呪薬なんか見たこともない。
…繰り返すけど、普通は、そうそうかからないからな。
「マジか! じゃあ薬屋さん探しに行こう!」
…いや、だから。
置いてないって、普通に店になんか。
無理だと思うんだが…あー、もう。
やる気ないんじゃなくて、現実を知ってんだよ!
うるせぇな、じゃあなんか、お前らが勝手に色々試せばいいだろ、バーカバーカ…!




