大したことの定義②~…ごっ。~
なんと、今回アンディラートとはたまたま会ったわけではなくて、彼は成人と同時に私を探すための旅に出ていたのだと聞かされた。
…どういうことだ?
当初は追っかけてくるほどには心配してなかったよね?
理解が追いつかない。
最近お手紙送ってないけど、私に何か伝えなければならないことがあった?
まさかお父様に何か…。
「お願いだ」
そうして、ぽつりと彼は言った。
「側で守らせてほしい。家を出た以上、地位も領地も俺にはないけれど、剣の腕は役に立つはずだから」
「…えっ?」
守る?
それは…君がお願いするって…変じゃないかな?
「いや、君、そもそも跡取り息子だし、家出るとか…あれ、そういや騎士…は…?」
成人したらすぐに試験が受けられるはずだ。
受かっていればこんなところに来ている暇はないし…彼の強さを考えれば、試験に受からないとは考えにくい。
じゃあ…ああ、試験の日に風邪を引いて寝込んで受けられなかったとか?
わぁ、何かありそうな感じ。
でもそれこそ特別従士なのだから、裏口じゃないけど、医師の証明でも出せば何通りかの救済がありそうなものだ。
首を傾げる私に、キッパリと幼馴染は首を横に振る。
「家は継がない。騎士にもならない。オルタンシアと一緒に行く」
な、なんでだい。
驚愕に私の顔が引き攣る。
あんなに頑張って訓練をしてきたのに、騎士にならない?
…私のせい、で?
怪我したり怪我したり怪我したアンディラートを思い出して、ぐるぐると混乱する。
そんな。私のことなんてお気になさらなくても、なんか勝手に生きていくよ。
アンディラートとお父様が元気に生きていれば、大体私も元気にしていられるんだ。
「守るって言っても、ほら…危ないし?」
忘れられた姫君を知る者を狩ろうという人道に外れた旅なのに、巻き込めないよ。
「危険な旅に、お前を1人にしろと…?」
…ひどく悲しい目で見つめられて、私に何が言えただろうか。
罪悪感が! その表情だけで残機が3つくらい減っちゃう! もう瀕死だよ!
即座に弁解を試みる私のヘタレぶり。
「違うの。えっと、実は私は私のために、これから悪いことをするのよ。人斬りオルタンシアになるの。正義な君がどんなに止めても、私はやるんだから、だから…終わったらちゃんと帰るからっ」
くっそう、鈍るものかー、私の決心、鈍らせるものかー。
だってやらないと、この先安心して生きていけないもの!
手の届くところに敵が見えているのだもの!
だが誠実なアンディラートには、私のエゴのために、まだ見ぬ姫君の関係者達まで排除するなんて、理解できないと思うので…。
「やらなきゃいけないことなんだろう?」
…理解できないと…思ったのですが…。
非難の色も驚愕の表情も全くない。いつものように、彼はただ、あるがままに私を受け入れる。
けれど、ひとつ、いつもとは違って。
「お前は無意味な悪事など働かない。危険があるなら尚の事、俺は、お前を守るために戦いたい。何も知らなくても戦える。だけど…オルタンシアが何を考えて、どうしたいのかを…できれば知りたい、な…」
彼には我慢を強いてきた。
それも物心ついてから、ずーっとだ。
話せないなら話さなくていいと言われた。何も話さずとも許してくれたから、これ幸いと甘え続けた。
今だってアンディラートは、「できれば」と但し書きを付けた。結局は優しいから、無理に聞き出すことを望まないのだろう。
なぜ全てを打ち明けなかったのか、といえば…それはもう単純に、私達は子供だった。前世がどうであれ、私だって子供でしかなかった。
けれど。
私達は、成人した。この世界では、14歳は子供ではない。
アンディラートは自分で考え、なるはずだった騎士と継ぐはずだった家を捨てて私を探してしまった。周囲は止めなかったのか、止めたが押し切られたのか…。
私は…どんなに卑怯でも無様でも今生を生き伸びてやろうと思ったし、何をしてももはやアンディラートに嫌われることなどないと、理解した。
「君は遠くで笑っていてくれれば、それだけで良かったのよ…もう十分だったのに」
それなのに。
失敗した。危険だなどと零してしまったがために、誠実な彼はもう決して後には退かないだろう。
どうして継ぐべき家も、夢である騎士も捨てさせるだなんてことに…。
「…一緒にいるのは…嫌なのか?」
とんでもない。
癒しが転がり込んでくるなど、私にとっては得しかない。
だが、彼にとっては損しかない。
それを傷つけずに説明できるか? 既に家と夢を捨ててまで、私を追ってきてくれたアンディラートに。貴方、今後いいことないんですよ、なんて…言えるわけがないよ。
「嫌なんじゃなくて。ほら…色々、頼りすぎたり、甘えてしまうかも。重たいよ!」
「それは具体的に、何がいけないんだ?」
何が…だと…?
予想外の問いに目が点になってしまう。
今までも甘えすぎてはきた。いや、でも、それとこれとは違うよね。自分ですべきことを人に頼りすぎたら…駄目よね?
1人できちんと全うできる能力がないから、周囲に迷惑をかけるから、グズで駄目な奴だと前世でも嫌われて…いたのよね?
…わからない。周囲の言動から、私が勝手に推察しただけ。
私の駄目な部分など、誰も具体的に指摘してはくれなかった。
アンディラートは何をしても私を嫌わないだろう。ありがたいことだ。
だけど、わかりきった迷惑をかけていいのかといえば話は別なのでは。
「あの。甘えすぎたり頼りすぎたりすることは、普通に駄目なんじゃ?」
「俺はオルタンシアに対して、頼っちゃ駄目だなんて言ったことはないはずだ」
「あ、うん。ない…かな…でも」
普通、世間一般、大抵、常識で考えて。
そういう、こうでなくちゃいけない、人間としてのモデルケースを満たなさいと…。
そうでないと…でも、アンディラートには嫌われない。
だったら「常識」は要らない?
しかし「良識」はいるだろう。
アンディラートは駄目だけど、絶賛巻き込み中のリスターならいい?
そんなはずはない。
既に1人巻き込んだ今、アンディラートを拒否する理由は何か。
どうしたらいい。
困った私がじっと幼馴染みを見つめてみたところ、彼は。
「だって俺は頼られたいし…あ、甘え、られて、みたい」
ちょい待ち。
なんで今そこで照れた。シャイボーイか。シャイボーイでしたね。
くっ。頬を染めるな、可愛い。
なんかテレテレした空気を出されて、私まで照れてきた。
いつもなら微笑ましく見守るだけで済むのに。あれか、遠近感が狂ってるから、貰い事故か。
「駄目かどうか判断するから、…なにか…甘えて、みて…?」
要求されたよ。
おかしい。そういう感じの話はしていなかったはずだ。
しかし、今すぐ甘えることなど思いつかない。
室内にささっと目を走らせるが、助けになりそうなものは何もなかった。
…待って。
違うの。思いつかないだけなの。「もしかして嫌なの?」みたいに段々ションボリしていくのやめて。心が痛い。
ちょっとぉ、今すぐアンディラートに甘えるようなこと思いつかないんですけど! 一緒に来てって頼む? ううん、相手方から来たいって言われていたのだもの、適当な返事に感じて逆にへこみそうじゃない?
「…ごっ…」
天使が悲しい顔で俯くなんて許されない。咄嗟に出した声に、彼が反応して目を上げる。
このまま、何とかして気を引かねば。
甘え…甘える…。
私は右手を顔の横に上げ、そっと拳を握った。手首をくいっと曲げる。
「…ごろにゃー…ん…?」
私、何をやってるんじゃろ?
そりゃ、小首も曲がるってものである。
アンディラートは3秒くらい真顔で固まり、5秒くらいかけて、そっと残念すぎる私から目を逸らした。ですよね。
しかし壁側を振り向いて立った彼は。
…ゴッ!
豪快な音を立てて壁に頭を叩きつけた。
「ひぅっ。アンディラートォッ! 『マザータッチ』! 『マザータッチ』ィィ! わぁ、駄目、もうぶつけたら駄目だって!」
「大丈夫だ、ちょっと今、やらなきゃいけなくて。すぐ冷静になってみせるから」
既に冷静に見えますから!
いや、こんなことをするってことは冷静ではない? わからない! したいようにさせるべき?
「いやいやいや、ないないない! お願いだから、やめてぇっ」
彼が更に振りかぶった頭を壁に打ちつけようとするのを必死に止める。
説得の甲斐あってか、アンディラートは困った顔のままではあったが、泣きそうな私を宥める係に回った。
私の「ごろにゃん」は、優しい天使ですらも、ドン引きに自失を止められないほどの暴挙だったのだと思う。
考えてみたら、お母様の「ごろにゃん」は世界平和に繋がるかもしれないけれど、お父様の「ごろにゃん」は私とお母様以外には恐慌を引き起こす恐れがあった。
恐らく、私の「ごろにゃん」はお父様似だったのであろう。
私の美少女としてのアイデンティティ、ちょっと危機である。
…いいもん。お父様似、嬉しいもん…。




