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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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だって、だってなんだもん。



 聞き覚えのある声音に、私は心の奥にオルタンシアを大事にしまい込み、フランを全面に広げてから振り向いた。


 テヴェル。


 討伐のため、更なる合同パーティが現れたのかと思ったのに、周囲に屈強な冒険者達の姿はない。

 テヴェルは戦地に女連れで現れた。

 美女だ。


 それは。

 …ゆめの、おんなのこ。


 彼女は不意に私に目を遣ると、やたらと色気のある笑みを向けてきた。


「…夢って、何かしら?」


 放たれたその言葉に、ゾッと背筋が凍る。


 ゆめ。

 ゆめの、おんなのこ。


 何を考えるよりも先に、私は『冒険絵師フラン・ダース』を全力で演じた。


「口に出ていましたか? お恥ずかしい。私は絵描きをしておりまして。いやいや、こんな夢のような美女が現実に存在するとは思えない。是非、絵のモデルをお願いしたいなんて考えてしまったものだから」


 参ったなぁ、モデルを頼みたいなんて初対面で口にしたら引かれちゃうな。

 でも、思いが口に出てしまっていたというのなら、ただの不審者だと思われるよりは本音として話してしまったほうがいいか。

 だって、私が絵師なのは真実なのだからね。


 フード内でにっこりと笑う私。

 それが見えたわけではないだろうが、美女は仕方のない子供でも見るような目をして、フンと小さく鼻を鳴らした。


 それすら嫌味よりは魅力的に映るのだから、ものすごい逸材だね。

 私が珍しく饒舌であることに何かを感じたのか、テヴェルは慌てて私と美女の間に飛び込んできた。


「だ、駄目だぞフラン。如月は俺のアレだからな、そういうの駄目だからっ」


 俺のアレって何だ。


 恋人かな?

 え…でもテヴェルが彼女の手の上でコロコロされる様しか想像できないけど。


 まぁ…美女に転がされたい男も一定層はいるのだろう。

 私は誰かにコロコロされるのは遠慮したいかな。殺殺(コロコロ)も含めて。


「アッハ、いいわねぇ、貴方」


 突然、美女が笑い出した。

 目を向けられているのは発言したテヴェルではなくこちらだ。

 いい、と言っているのだ。私のことを。


 隣の魔法使いが口許を歪めて美形対決をしている。

 ニッコリ笑って2人で並んだら、多分結構な破壊力なんだろうな。


「リスなら俺の魔法で倒した。戦闘に参加してない奴の取り分はないぞ」


「その子が剣で倒したようだけど?」


 未だ剣を出したままの私と倒れた魔獣。


 私は何食わぬ顔で剣を振って血糊を払い、鞘に収めた。

 マントの左前を肩に上げて、これ見よがしにベルトに剣を吊す。


 リスターの魔法(配下による物理)みたいになってるな。


 美女は面白そうな顔をした。

 それを確認して、マントを元に戻す。


「俺の支援魔法を使って倒したんだから、俺が倒したんで間違ってねぇ」


「あら、顔色一つ変えずに…その子の剣の腕を…隠す、約束をした? 貴方、結構な嘘吐きね。そう…そんなに可愛がっているの。そのしかめっ面が貴方の鎧というわけ」


 ぴくりと頬を引きつらせただけのリスターだったが、爛々とした紫色の目は、今まで見たことがないほど鮮やかだ。


「綺麗な目をしているのね。素敵。ご両親はどんな方? …故郷に未練はないようね。見知った冒険者も切り捨てられる。いけない人ね、貴方、自分のお母様を殺したの」


「…な…」


「知られたくなかった…この子、そう、フラン君に? それは、ご愁傷様」


 クスクス、クスクスと美女の笑う声だけが耳につく。

 えっ、そんな…リスター…自分のお母様を殺したの…? なんてことを!


 なぁんて言ってみたけど、リスターが話していた感じだと、全力で我が手に掛けたという風ではないよね。

 …殺したというのが本当だったとしても、せいぜいお母様の自殺が上手くいかなくて、介錯したとかなのではないだろうか。

 きっと、後悔もしていないと思うな。


 どうあれ彼の苦悩は彼だけのものだ。他人が口を出すべきではない。


 私には、彼に対する軽蔑も落胆もショックも、特にはない。

 むしろ、子供としては辛かったろうに、よく頑張ったと思うね。


 そんなことよりも問題は、この美女が、恐らく心を読んでいるということだ。


「…貴方。心を読まれていると感付いたのに、動じないのねぇ…?」


 テヴェルもリスターも、パッと私に視線を寄越した。

 何かな?

 視線の独占、全く嬉しくない。


「彼のような魔法使いもいるのなら、…心が読める、そんな人もいるのかなと」


 だって魔法とは不思議なものだ。

 他人にはできないことができる、そういうものだ。

 魔法使いの少ない世の中で、初めて見た魔法使いはリスターだった。

 ならば、他人ができることなど推測しきれるものではないよね。


「あのさ、如月は常に心を読めるわけじゃないんだ、何か、自分でも制御できずに聞こえちまうんだってさ。だから、悪気はないんだよ」


 …あ、そう言ってコロコロされているのですね、わかります。


 美女…キサラギさんとやらが「んふぅ」とエロめの笑い声を零した。

 どう考えても、全力で筒抜けですよね。


 だけど周りの人の声が常に聞こえるなんて、ちょっと煩そうで大変だなぁ。

 裏表のない人間だって、そういるものじゃない。

 疲れてしまわないのだろうか。


「…心配してくれるの。イイ子ねぇ…?」


 私に向かって、妙にしっとりと言われた。

 ちょっ…、テヴェルの視線がむっちゃ刺さるんだけど。


 私は何も悪いことなどしていない。

 口説いたりしたわけじゃない。

 ただ、言えることがあるとすれば…。


「無意識に美しい方の心配をしてしまうのも、人の世の常ですからね」


 例、お隣りのリスター君。

 嫌になるほど他人に絡まれている。


「くっそぉ、無害そうないい奴に見えても、フランも男だってことか。如月は駄目だって言ってんだろ!」


 地団太を踏むテヴェル。

 おっと、それは誤解なのだぜ。

 私はテヴェルに向き直る。


「テヴェルの恋人をどうこうしようなんて思わないよ。ただ、絵描きの感性が美しいものに引かれるんだ。絵を描くときの参考にと、その美しさを見て表現方法を考えるだけ」


 見てるだけです、無害ですよ。

 わざわざ、テヴェルに嫌われたいわけではないからね。


「…成程…だからフランはリスターと一緒にいたのか」


 テヴェルはうんうんと納得した。

 リスターが私と一緒にいるのは雑用をさせるためで、私がリスターと一緒にいるのは顔面偏差値が高い人を見ていたいからだと。

 …それ、納得できる理由かなぁ?


 テヴェルよ。そんな一面しか見えないから、女の子にいいようにコロコロされてしまうのだよ。

 女の子は、見た目の倍は強かだと思ったほうがいい。


 いっそ気の毒になってしまいながらそんなことを考えた。


 それよりも魔獣討伐は私達が終えてしまったので、テヴェル達にはやはり分け前はいかないと思う。

 どう説得したものかな。


 キサラギさんは理解できると思うけれど、テヴェルは割とそういうの、わからない子なんだよな。

 ちらりとキサラギさんを見てみると、彼女はなぜかずっとこちらを見ていたようで、嫣然と微笑んでいる。


「ねぇ、行きましょう、テヴェル。何か甘いものが食べたいわ」


「えっ、でもまだ」


「…ほらぁ、早く…。合流してすぐにこちらへ来たのだから、今まで貴方がどうしていたのかも聞いていないのよ…?」


 キサラギさんがテヴェルの右腕に両手を絡ませ、身体を押し付ける。

 あ…あれが、秘儀『当ててんのよ』か。

 傍目にもわかるほどだらしなく弛んだテヴェルの顔に、別れの言葉をかけることすら躊躇するよ。


 いちゃいちゃとしながら、彼らは振り返ることなく木々の間へ…。


 あっ、そういえばキサラギさんに聞きたいことがあったんだ!

 キサラギさん!


 けれど彼女は足を止めることなく、恋愛脳の相方を介護しながら、街へと続く道を戻っていった。


 完全に、見えなくなる。


「…心の声は、聞こえる距離があるのかな」


 呟く私に、頭上から言葉が降る。


「それもあるだろうけど、まずあいつが相手を見ているかどうかじゃねぇかな。あの女、俺を見ていない間はどんな言葉にも反応しなかったぜ」


「ほほう。意図的に無視している可能性もあるから、一概には言えないけれど…厄介な能力であることは確かだよね」


 フランを心の中に片付けて、オルタンシアを解放する。


 溜息をひとつ。

 結構、緊張していたらしい。どっと疲れが押し寄せてきた。


 テヴェルの登場と共に「なりきりロールプレイ作戦」を敢行していて良かった。

 表面だけ取り繕うのでは、心の声までは誤魔化せない。


 例えば「あえてテヴェルに嫌われたいわけではない」と言えるフランに対し、オルタンシアでは「報復が怖いから、嫌われないようにしつつも目立たずフェードアウトしたい」が正しい感情になる。


 あの美女は心を読むのだ。

 筒抜けてしまえば、二度と誤魔化しはきかないだろう。

 彼女が夢で見た「危機」である以上、私は、大切なものを問われるわけにはいかない。


 全くもう。サトリさん的能力者がそんなにホイホイいていいものなのかしらね。


 それとも、まさかサトリさんの仲間なのかしら。

 …サトリーヌ姉様、なのかしら。


 リスターが引き上げ準備を始めている。

 魔獣も冒険者も一緒くたに魔法で持ち上げて浮遊させていた。

 あれ、魔法の足止めは弾かれたのに、持ち上げるのは弾かれないの?


「死体って魔法耐性ないの?」


「はぁ?」


 安定のヤンキー対応である。

 ちょっとしょっぱい気持ちになりながら言葉を探していると、魔法使いは「あー」と小さく唸った。


「…今、持ち上げられるからってことか? そうだな、他のヤツよりは重たいけど持てるって感じだな。生きてるときほどの反発はない」


 そういうもんですか。

 まだまだ、この世界の常識がよくわからないよ。


「しっかし、テヴェルは意外とあっさり引き下がったな。分け前を貰わないと帰らないかと思ったぜ」


 リスターも緊張が解けたのか、ようやく笑みを浮かべていた。


「ああ。美女に目が眩んでたみたいだよね」


「ツラの皮一枚で不毛な話だ。キィ、サラギ?っつったか。ありゃ、結構強かな女だと思うがな」


 ホントよね。

 というか、リスター、発音怪しかったな。


 私も思ったのよね、如月って、和名じゃないの?って。

 けれど決して日本人顔ではなかったので、フランでいなくちゃ、全力ツッコミ入れるところだよ。


 …それにしても彼女、狙って名乗ってんのかな?

 ピンクブロンドをワイルドな感じに流している、ムッチムチ美女だなんて。

 完全に、昨今流行であられるところのスモールヒップガールなのですが。


 彼女を『サトリーヌ姉様』と『悪堕ちハニィさん』、どちらで呼ぶべきか。

 私の中で、論争は続いている。



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