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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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裏口から出ました。



 夢を見た。


 美しい女性が私の前に立ち、艶やかに微笑んで、こう問いかけるのだ。


『貴方の本当に大切なものは、なぁに?』


 美女の顔に見覚えはなかった。

 対した私は特に言葉を発しない。


 無言のまま、向かい合う時間がしばし続いて、目が覚める。

 たった、それだけの、夢だった。


「わからない」


 …知らず呟いた唇を、意識的に引き結んで、枕を睨む。不貞寝して見るのがコレって、どういうことよ。


 この夢は何だ。

 何を意味しているんだ。


 夢とは大体意味の取れないものなんだからと、笑い飛ばせるのならば良かった。


「…だけど、これは…」


 久し振りの感覚。

 最近こそ御無沙汰であったが、幼き日にはとてもとてもお世話になったチート。

 私にとって、決定的に悪い出来事だけを示すはずの、予知夢様だ。


 殺される夢なら繰り返し、気が狂いそうなほどに、見た。殺されずとも、危害を加えられる夢だって山ほど見た。


 メイドに階段から落とされる夢。屋敷に暗殺者が入り込む夢。庭に猛犬が放たれる夢。出入りの商人が暴漢に変じる夢。

 犯人不明の、暗闇で窓から投げ落とされる夢。袋詰にされて水に沈められる夢。後ろから喉を切られる夢。

 御者が買収され、誘拐犯と化す夢。招かれた家の主人に気に入られて剥製にされる夢。それを避けたら夫人の嫉妬で滅多刺しにされる夢。茶会で紅茶に毒を混ぜられる夢。サロンにテロリストが入り込む夢、等々。


 …よ、よく生きてるな、私…。

 なんという綱渡り人生。


 しかし今回の夢には、悪夢というほどの出来事がない。

 何も害されていない。

 面と向かって立ち、何が大切なのかと問われただけだ。


「…まぁ、まだ、一度目だけども…」


 今回はたまたま危機に行き着くまでに目が覚めてしまっただけ…そんな可能性もなくはない。予知夢様とはナイトメア・リピート・プログラムであるゆえに。


 これから私が移動したりして、別角度からの光景を見始めるのかもしれないよね。例えば、見切れ気味に映り込む、ベッドの下に潜む斧男とかさ。


 予知夢様はその出来事に出会うまで、繰り返し私を苛む。

 対策を立てるまで、何度でも何度でも私を夢の中で殺す。

 そういうもののはずだ。


 品質が(中)以上だったら、精神が病んで危ないわ、ホント。

 チートだけあって、人間が持っていいタイプの能力じゃない。


「…本当に大切なもの、か」


 何だかいつもと様子の違う今朝の予知夢様は、ひどく不気味に感じられた。


 溜息をついてベッドから下りた。もそもそと服に着替えるながら考える。

 私の大切なものは、この世に3つだけ。

 お父様、お母様、アンディラート。


 それで十分だと思う。

 改めて考えるまでもなく、問われれば反射のように浮かぶだろうに…。


 夢の中の私は、どうして何も答えなかったのだろう。

 何かと秤にかけていた?

 …うーん。だけどそれ以上に大切なものなんて、持っているはずがない。


 予知夢は『オルタンシアの視点』でしか見られない。夢の中の私に見えた・聞こえたものしかわからない。

 だから表情や心境はもちろん、状況に至るまでの行動など、自分のことすら一切が不明のまま、出来事だけが上演され続ける。

 いつぞやのセクハラ悪夢のように、『その時の自分』が麻痺毒にやられていれば、危機という以外何の情報も入ってこないのだ。


 …けれどもまあ、できることは結局、いつもと同じだ。

 予知夢を見るたびに、手がかりを求めて目を皿のようにするしかない。


「さて。今日は何をしようか」


 声に出して気持ちを切り替える。

 身仕度を整え、習慣的にアイテムボックスの内部を窺った。

 不意に街を逃げ出しても生きて行けるよう、食料などのチェックをするのである。


 水は足りているか。

 氷室用の氷は足りているか。

 傷みそうな食材はないか。非常食の備蓄は十分か、通常食の減り具合はどうか。


 汚れや菌は執拗なくらいに抜き出して捨てる。

 こまめに確認することで腐敗防止になると信じているからだ。


 ものによっては、酸化防止もする。

 無駄な空気がないか確認するのだ。

 発生したエチレンガスも積極的に取り除く主義。


 けれどいつか何かの役に立つのではないかと、ガスはガスで取っておいてしまう。

 果物やらの追熟を求めるような事態なんて、いつの日にか来るかしら…。


 ここのところ料理をよくするようになったから、食料が減ったかな。今日は買い出しに行こうか。

 絡まれ防止に、昨日とは違うマントを着用しよう。ついでに新しいマントを探そう。


 部屋を出ようとして、ふと思い止まる。


 予知夢を見たのだ。経験的に、現実になるのはもう少し先のはずだが…いつもとは夢の雰囲気が違ったことも気になる。

 行動には少し気をつけたほうがいいか。


 ゆけ、サポート蟻よ。偵察するのだ。


 初めて蟻を作っちゃったときには、キモイとしか思わなかったのに…こんなに使える子だとはなぁ。

 たまに動作の荒い冒険者に踏み潰されそうになるけど、意外と靴底の溝をすり抜けたりして無事なんだぜ。


 そっと放った斥候は、思わぬ情報を持ち帰ってきた。


 テヴェル、推参。

 え、昨日の今日で?


 しかしどうやら狙いはリスターらしい。

 朝からうるさいのに捕まった魔法使いの目は、鮮やかな紫。ご機嫌斜めのようだ。


 きっといつも通り朝食のパンを調達しようと食堂に下りたのだろうが…なぜか向かい合って食事をとっている。

 奢るから話をしようとでも言われたのかな。リスターがそれに乗ったのは意外だが。


 対する闖入者は、相手の態度などまるで気に留めていない様子。

 んー…。美人の妹を求めて来たのだろうか。ちょっと遠くて声が聞こえないな。


 蟻んこを近付け、テーブルの脚に待機指示。右耳だけを聴覚ジャック。

 食堂のざわめきが急に耳に飛び込んできて、うるささに思わず眉をしかめる。


「でもさぁ、魔法使いって数が少ないんだろ。だったらこう、マイノリティー・ネットワークみたいのないの? 別に集まって会議しなくても、魔法で声だけやり取りしてさ」


「…できねぇ、そんなん。大体、なんで一括りにすんだ。知らねぇ奴と何話せってんだよ、単に魔法を使うってだけなのに」


 ごもっとも。

 迫害されているわけでもなし、知り合いもいないのに、突然そのマイノリティー・ネットワークとやらに入ろうとする魔法使いはいないだろう。


 テヴェルは納得がいかないのか、頻りと首を傾げている。


「そんなことより詳しく話せ」


「詳しくってもなぁ。俺があんたに聞きに来た立場なんだけど」


「どっかで聞いたような気がする程度だからな。思い出せないなら無理だろ」


「…はぁ…。じゃー、思い出してもらうために話すけどぉ。絶ッ対に横取りすんなよ、忘れられた姫君は、俺の嫁なんだからな」


 ちげーよ馬鹿。もげ死ね。

 思わず心の中で悪態をつく程度にはイラッとしました。





 さて、テヴェルが言うことにゃ…昔々、金の髪に紫の瞳をした女王の治める国があったそうな。

 最後の女王は悪辣で、民には重税を課し、女王自身は贅沢三昧。

 貧しさに喘ぐ民を見兼ね、王族からひとりの勇敢な青年が立ちました。彼は密やかに仲間を集めると、クーデターにより女王制を廃し、国を正常へと導いたのでした。


 けれども新たな王には開けない、探せないものが城の中には多々ありました。

 女王制であった本当の理由は、女児にのみ受け継がれる魔法の力があったから。

 つまり、城の各所を開くことのできる女性こそが、本当のその国の主と成り得る。


 王の手腕で一時は安定したその国も代を重ね、今や腐敗と謀略渦巻く伏魔殿と化してしまい、無残な現実に民は嘆いている。

 そんなときに囁かれたのが、女王の娘は市井に落ち延び、血脈が続いているとの噂。


 美しく聡明な姫は、かつての女王の罪に心を痛め、民のためにその責を負うべく玉座に戻ろうとしている。

 きっと女王になったなら、隠し財産を開放して国を潤してくれるでしょう。国は、新たな主の到来を待ち望んでいるのです…。





 …だってさ。勝手だねぇ。


 それは王権やら隠し財産やらを奪取したい人々の思惑と誇張過多の話だと思うね。絶対、民衆の意見なんて反映されてないね。


 美しく聡明な娘が、わざわざ傀儡になりに玉座に戻りたいわけないじゃん。

 そもそも、市井で暮らした娘のどこに帝王学を学ぶ隙がございますか。

 理想だけでは、政権を手にすることはできても、国の運営はできませんわよ。


 …けれども、問題は、その噂とやらがどの時点で流れたのかということだ。


 冒険者リィが、忘れられた姫君に害なすものを、例え微量であろうとその可能性のあるものを、残していったとは思えない。

 だから私は、姫君が育った屋敷を探すことは不可能だと思っていた。お父様がお母様を連れ出したときに、その場にいたものは全滅したと考えるべきだ。


 では、誰が?


 …摂政を狙い、雌伏のときを過ごした「女王の娘」の誘拐犯。

 返り咲くその時のために、王宮に入り込んだ内通者がいてもおかしくはないか。


 その内通者も摂政になる野望を持って…誘拐犯を廃して自分が成り代わるチャンスを狙っていたのかもしれない。

 そんな能ある鷹は爪を隠すってタイプなら、襲撃された屋敷の跡地を見て、姫が連れ去られたと判断したかも。


「…つまりお前が探しているのは、どっかの国の王位につくための大事な駒って訳だ」


 リスターの呟きが聞こえて、我に返った。

 バレたやん。くそぅ、テヴェルめ、案外ペラペラと喋りおるわ。


「内緒だぞ。あと、俺の嫁だから狙うな」


「狙わねぇわ、そんな面倒なもん。俺が本気出したら姫の2、3人くらい落とせるわ。一生安泰の財力なんざゴロゴロ手に入るわ」


「だよな! 羨ましいぃ」


 クソうぜ、と小さな声が届いて笑う。

 顔狙いの姫が何人来ても、リスターはウザイとしか感じないんだろう。そもそもヒモ生活を楽しめるタイプではないから、周囲に喧嘩を売りつつ冒険者をしているので。


 私は盗聴を切り上げることにした。

 リスターの部屋の扉下から、買い物に出かける旨のメモを滑り込ませる。

 テヴェルがご飯を食べている間に、宿から出てしまったほうがよさそうだ。


 クズと仲良くする選択肢はない。

 昔も、今も。




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