山賊貴族
進路は北西。
木枯らし染みた風が外套の裾を揺らす。
不機嫌そうなリスターが、目を紫色に輝かせている。
触らぬ神に祟りなし。
私は黙って、寝たふりを決め込んだ。
「そう怒るなよ、リスター」
「うるせぇ、死ね」
「俺とお前の仲だろうがよ」
「息をするな、臭ぇ」
馴れ馴れしげに彼の肩を叩こうとする男の手を、魔法が弾いた。
仲がいいのか、悪いのか。
私達は現在、御者と幌付きの馬車にお邪魔している。
先程からリスターにちょっかいをかけてはウザがられている、ボサボサで固太りの男が貴族なのらしい。御者は従者だ。
有り体に言って、山賊である。
控えめに言っても、チンピラである。
小汚くて柄の悪い男は、冬越しの地へと移動しようとする我々の前に現れた。
リスター指名の、護衛依頼だ。
可能であれば、到着後もパーティを組んで活動をしたいらしいが…山賊に護衛なんて要りますのん?
あ、山賊じゃなくて貴族だったね。
どこの国かは知らないが、国を跨ぐと貴族の常識も変わるから難しいよね。
例えばシャンビータは侯爵領だった。
正直詳細なところはわからないが、前世持ちのために、何となく偉そうな感じはわかる。
しかし我がトリティニアには、伯爵とか侯爵とかの爵位はないのだ。
大まかには高位貴族、中位貴族、低位貴族と括られるが、正しくは第1種貴族から第5種貴族に分かれている。
第1種貴族は王族の縁者で、血統だけが重視される特殊な貴族だ。
成り上がりではどれだけの功績を重ねても自力到達できないが、逆に言うと報奨に婚姻を望めば到達可能。
勇者パターンの「ものすごい功績をあげて姫を嫁にもらう」などすると成り上がれます。
でもさすがに王様が死んでも、勇者は王にはなれないのよね。
普通に、王位継承権がない。
また、その性質上成り上がり者には厳しいので、妾や養子が何人いようと、子がないまま姫が死んだりして王族の血が絶えた場合は、問答無用で第2種に落とされる。
更に功績のあった勇者が死んで、平民の後妻とその連れ子だけが残ったりしたら第5種まで落とされる。大転落。
実家が貴族っていう後妻や養子なら、第2種貴族のままで踏ん張れるんだけどね。
第2種貴族は自力で成り上がれる最高位。
お父様のように、養子に入っても継げるし功績を重ねても…すごいの重ねたらなれる。
以上が高位貴族で、第3種から第4種は中位貴族になる。
貴族の数としては、第4種が一番多い層のようだ。
平民が目立った功績をあげて貴族として取り立てられたら、第5種の低位貴族になる。
一代限りで領地もない、名誉職。
だから他国の貴族ってだけ言われても、それがウチでいうどれに相当するものなのかは、さっぱりわからないんですわ。
見た目だけで言うなら第5種ですね。
「つれねぇな。ダンジョンで危機を乗り越えた仲間だろ」
「は? あれも護衛依頼だろ。お前何の役にも立ってねぇし。つぅか、お前がドジ踏んだから撤退したし」
「ド、ドジじゃねぇよ、あれは。真ん中にいた奴は皆ああなる!」
「俺はならねぇ」
「お前だからだろ!」
「じゃあ皆じゃねぇだろ、バーカバーカ」
…うん。仲、良さそうかな?
そもそもリスターは護衛依頼を受けた。
嫌な相手だったら受けないだろうから、その辺はあんまり心配していない。
口の悪さ合戦で敗北したらしい山賊は、なぜかそっとこちらへと身を寄せてきた。
近寄られた分だけ下がる私。
話しかけようとしていたのに、ちょっと悲しそうな顔で固まる山賊。
「おい、チビに寄んじゃねぇ、ツブすぞ」
紫の目をギラギラさせたリスターが、警告を飛ばした。
含まれた本気に気付いたか、元の位置に戻る山賊。
私は特に動かないので、山賊との距離は広がったままだ。
「そろそろ自己紹介くらいしたっていいじゃねぇか、こっちは依頼人なんだぞ」
ぶちぶちと山賊は呟く。
リスターが受けた依頼なので私は関係ない…と言えれば良いのだが、今の我々はパーティである。
パーティで受けた依頼なので、私も本来ならば自己紹介くらいすべきかなと思う。
思うけれども、リスター君がですね。
「しただろうが。そいつはチビだ。チビ、それは穴の開いた財布だ」
それはしたって言わないよ。
しかしながら、私はこっくり頷く。
「チビです。よろしくね、お財布」
「悪かったって言ってんだろー?」
魔法使いは鼻で笑った。
山賊が項垂れた。
仲が悪い相手では、ないはずだった。
しかしどうやらリスターはバンデドにて、多大な迷惑をかけられた様子。
具体的には、途中で逃げた山賊の分まで借金を返済してきたらしい。
金銭的には、顔を合わせるなり即行で返金されていたので、解決しているようだが。
「仕方なかったんだ、追っ手が来てて。捕まったら家に連れ戻されちまう。リスターは目立つから探せば行方がわかる。合流できると思ってたしよ」
いい大人が、しかも山賊が家出って。探されてるって何、過保護なの?
アジト的山小屋から飛び出し、「坊ちゃまー!」と叫びながら右往左往する手下達が想像されてしまう。
そっと深呼吸を繰り返して、笑いの発作をフードの外へと逃がす努力。
腹筋痛いよぅ。お約束のヒッヒッフーすらできない。フヒッフスンとかになる。
ご実家は概ね諦めているが、山賊には婚約者がおり、彼女が全く諦めないらしい。
控えめに言ってさえもチンピラなのに。
コレのどこにそんなにも惚れ込む要素があるのかわからないが、男冥利に尽きるね。
「でも、お陰でリスターに追いつけたから、私はちょっとだけお財布に感謝するな」
正直に申し上げると、借金が倍になっていなければ、リスターはもっと早くにバンデドを出ていたわけで。
あの魔法でバサバサ魔獣退治して、ふわふわたくさん運ぶのだ。
自重さえしなければすぐ、結構な金額が稼げてしまうだろう。
そもそも「知らねぇ」とか言って踏み倒したりせずにコツコツ働いて人の分まで返しちゃうとこ、案外真面目であるよ。
更に言えばこの山賊。リスターがそうしてやろうと思う程度には信頼を得ているので、恐らくそう悪い人間ではない、はず。
「…チビ。黙ってろ」
魔法使いは眉と眉の間に、険しいリスター渓谷を掘削した。
まぁね。借金増やされたのに、良かったと言われて嬉しい人はいないわよね。
私はおとなしく口を噤んだ。
言うだけ言ってすっきりしたのか、リスターの目は煙るような灰紫になっていた。
この人、瞬間湯沸かし器だけど、落ち着くのも結構すぐだよね。生き急いでいるな。
なぜか山賊貴族がコソッと「宥めてくれてありがとう」的なことを言ってきたが、そんなことはしていないので肩を竦めておく。
やがて馬車は街へと辿りついた。
冬越し特需に沸く、ペルトカ。
2つのダンジョンの間にあるため魔力濃度が濃いめの地域であり、雪は降らない。
「…本当に暖かいんだね」
ちょっと不思議な気がした。
北上しているうえに冬に向かう季節。
旅の途中で仕入れた話などから、もう降雪地帯であると知った。
トリティニア王都で揃えたキャンプ用品だったが、毛布は薄手すぎて、もうここら辺の気温には対応しきれない。
野宿する朝方の冷え込みに、こっそりとサポートで使い捨て懐炉を作成した。吸湿発熱素材のアンダーウェアなども、ひっそりサポートで作成した。
リスターはちょっとモコついた着る寝袋みたいなものを使っていた。
カッコ悪いので、私はアレは買いたくない。
使いたくないったら使いたくない。
だから着膨れしないように気を使いながらも、マントの内へ内へと着込むしかないのだ。
徐々に寒くなってきていたから、部屋着用にと厚めの布地なんかを購入してしまっていたのに。冬服縫い始めちゃったのに。
どうしてくれる、トリティニアではこんな厚地は着ないのだぞぅ。
「…っつうか、あっついな!」
「本当に急に気温が変わるな」
山賊がごしゃごしゃと鎧を外して、防寒具を外す。シャツをはだけると、馬車内の空気がむわっとした気がする。
わぁ、むさい。そっと目を逸らす。
その先ではリスターも装備を外し、内に着込んでいたアンダーを服の隙間から引っ張り出し始めた。
君、普通に全部脱いで上を着直したほうが健全だったのではないだろうか。
乱れた服に妙な色香が出てしまうのは美形故なのか。
シャツをはだけた山賊と、しっとり汗をかいているリスター。フードを被ったまま明後日の方向を見つめる私。
馬車内は何だか汗臭い…気がする。
ちょっと暑いが、この流れで、私までばさりと脱ぐ気には到底なれぬ。
私は黙ってサポート製アンダーウェアを解除し、重ね着していた服をアイテムボックスへと放り込んだ。
見た目としてはあまり変わらないが、内側の衣類が抜けたことで隙間ができる。
マント内に、アイテムボックス内の氷室から冷気を少し取り出す。ひんやり。
汗ももちろん、躊躇なくアイテムボックスに放り込む。
私だけ臭くないのは、決して悪いことではないはずだ。
だって、すまないが、彼らのホカホカ汁を私のアイテムボックスにしまい込みたくはない。自分で責任持って処理してくれ。
ふと気がついたようにリスターはこちらを見た。その目線につられるように、山賊もこちらを見た。
「…チビ君、暑くないのか?」
「平気だよ」
リスターのせいで私をなんて呼んでいいのか困っている山賊貴族。
偽名のフランくらい、別に名乗ってもいいのだぜ。
フードを脱ぎたくないせいで暑いのを我慢していると思ったのだろう、リスターも声をかけてきた。
「待ってろ、チビ。今、これを御者席に追いやってやるからな」
「なんでだよ!」
どちらかというと空気の入れ替えを提案したい。しかし窓がないので無理である。
「大丈夫、本当に平気。今日はあんまり厚着してなかった」
納得いかなさそうな視線はいただいたが、依頼主かつ馬車の持ち主を御者席に追いやることは免れた。
ペルトカの冒険者ギルドに馬車をつけ、山賊と魔法使いがだらけた様子で下りる。
色気増量中のリスターに集まる視線。
少し時間をおいて、目立たぬように馬車から下りたフードの小僧を気に留める人は皆無であった。ステルスンシア。
「おら、入口塞いでんじゃねぇ、どけっ」
カッと目を紫にしたリスターが、自分に見惚れていた冒険者達を蹴散らした。
男の子が美人でも、あんまり嬉しくないんだなぁ…ということがひしひしと伝わってくる苛立ちぶり。
あっという間に周囲にガッカリ美形ぶりを見せつけたリスターは、護衛依頼達成報告のために受付へ向かう。
私まで達成報告に付き合うこともないので、この隙に出ている依頼票を確認してみることにした。
明日から一冬この街でお仕事だからな…できれば、狩りよりはロマンを感じる仕事が、良いお給金で出ているといいのだけれど。




