思わぬ出会い。
結局、バンデドではご飯の調達くらいしかせずに旅立つこととなった。
一生懸命ここを目指してきたのに、滞在期間最短なんじゃないの…。
悲しみを背負いながら、魔法使いの追っかけをする。
魔法使い君はグレンシアへ行くと口にしていたらしい。
冒険者としては、ダンジョン大国に向かうのは順当な進路と言えよう。
っつーか、さすがにそれは遠いから。
今なら追いつくはずだよ、途中で捕獲しよう。
バンデドからグレンシアへ行く一般的な道は決まっているので、ショートカットを敢行。
追跡ではなく先回りを狙うのだ。
バンデドの冒険者ギルドの売店では、借金のかたに売られた荷物なんかもあった。
本来、気ままに旅をする冒険者だからだろうか。
もうちょっとで完済だと思うと、手持ちの荷物を全て売り払ってでも自由を得たい病にかかる者も出るらしい。
とりあえず落ち着けと伝えたいが、もう売り払って旅立った人達なので仕方ない。
そんなわけで、売りに出ていた周辺諸国の地図を買い占めました。
大陸図を埋めきるには足りないが、行く先々で地図を探さなくて済むのは助かる。見知らぬ敗者達よ、ありがとう。
地図はギルドでも売っている。
しかし、大まかに国がわかる程度の大陸図でなければ、国を跨ぐような地図は売ってない。
私も買ってみたけれど、白地図か!ってくらい雑だった。
各国的に地形や道を簡単に知られるのは、問題でもあるのかな。軍事的にとか?
凄腕冒険者さんであったトランサーグの地図は、色々と旅した結果として、彼の手でメッチャ書き込まれていたのだろう。
つまり役に立つのはお得情報が載った街の周辺地図か、広域版であるその国の国内地図だけなのだ。
それだって、大雑把。
グー・グー・ルーが無理でもゼン・リーンを異世界招致すべき。
…でも、前世の地図と比較しているから物足りなく感じるのかも。
衛星が飛んでないんだから、こんなもんかもしれないよね。
そもそも、うちの国もまだ未開地あるし。
さて、標的はごく普通に街道を行ったと仮定し、私はこっちの川を渡ってやるぜ。
結局5日は遅れを取ったのだから、これでも追いつけないかもわからんわね。
マイバス使用を控えめにしつつ、夜通し歩く勢いで着々と追い上げる私。
こんなところで役に立つ、食べ切れなかったステーキセット。必要な分だけ解凍してサンドイッチにすれば、調理の手間も省いてスピードアップだ。
そうして辿りついた街で、私は魔法使いを捕捉した。
美人の男の魔法使いというキーワードだけで「ああ、来ているよ」と答えが返る。
魔法使いだけでも珍しいのに、美人がつけば確定ということだろうか。
一応、口が悪いらしいと付け足してみたら、それは確実だねと笑われた。
「夕方には報告に戻ると思うね」
冒険者ギルドのカウンターは、ニコニコした優しげなお兄さんだった。
田舎だから、美女が不足しているのかもしれないが…癒し系という意味での人員配置だろうか。
荒めの冒険者達に苛められたりしないかな、お兄さん。ちょっと心配。
まだお昼前だったが、併設の食堂(酒場ではなかった)で待つことにする。
待ち時間が長いけれど、行き違ったら大変だから、念には念を入れるよ。
この街のギルドはあまり賑わっていない。
どうやら近年、魔物の分布が変わったのだという。
隣の集落と比較的距離が近いので、そちらに人が流れてしまったのだそうだ。
「とはいえ、ここ数年だけの変化かもしれない。一概にこの状況が続くとはいえないから、閑古鳥でも規模縮小の予定はないんだよ」
「ある程度の集落なら、冒険者もギルドも必要なものですしね」
そうそう、とお兄さんは笑う。
…お兄さん、受付の人だったのに。
暇なのかな。
食堂にまでついてきたんだけど。
ギルド内には他の冒険者もいるのだけれど、なぜだか彼は私の対応を続けている。
「ところでリスターにどんな用事なのか聞いてもいいかな」
「…りすたー、とは?」
突然目の前で地図を確認するのもアレだからやらないけども、この街はそんな名前ではなかった気がする。
「お探しの冒険者だよ。美人で口の悪い男の魔法使い。バンデドからわざわざ追っかけてきたんでしょ?」
「…ええ、まぁ」
実際にはシャンビータからですけどね。
しかし、魔法使い君、そういえばお名前も存じ上げませんでしたわ。
絵のモデルを頼みにきた、と告げてみたところ大爆笑された。
「そんな理由で誰かを追いかけてる人間は、初めて見るよ」
…この理由、やっぱり駄目なの?
それにしても、優しげな見た目とは裏腹に、グイグイくるお兄さんだ。
「そうでしょうね。でも私も、美人だって情報しか知りませんし、実際に見てみないとね。イメージに合わなければ、モデルを頼むかどうかはわかりませんよ」
気まぐれアートボム系絵師です。
決して画伯ではない。
「なるほど、なるほど」
お兄さんは本格的に昼食を頼んで居座り始めた。
受付に戻らなくていいのだろうか。
気になってカウンターをチラチラ見てみると、既に別の人が座って対応していた。
…えっ、いいの?
サボタージュではないですか、これ。
「何か食べないの? もう昼になるよ」
問われますが、あの…長く居座る気だったので、ちょいちょい何かを頼んで追い出されないようにするつもりだったのです。
正直に我がプランを告白したのに、やはり爆笑された。解せぬ。
「追い出されたりしないから、食べよう」
メニューを渡されたので、訝しく思いながらもそれを開いてしまう。
うーん。併設食堂の売上げに貢献するのも、ギルドの仕事ということなのだろうか。
こんな冊子型メニューも食堂というよりレストランって感じで珍しい…。
私はぴたりとメニューの文字を追う指を止めた。
「あの…これってどんなものですか?」
「どれどれ…ああ、ミーソ焼きはこの辺の特産のミーソの実を乗せて焼いた肉だね」
ミーソの実…果物のソースということか。
…違ったか。そうよね。
でもせっかく特産なのだからと頼んでみた。
ベリーソースみたいなものかしら、と。
でも、さ。
だけど、ね。
「…こ…、これは…」
「まあまあ、怯えずに食べてみてよ。果物という先入観を取り払えば普通だから」
いや、蛍光黄色の粘液がビシャーッて。
怯えながらも、そっとナイフを手に取る。
注文してしまったのは私だ。
そしてメッチャ見られているからアイテムボックスに放り込むこともできそうにない。
フードはこのようなときにも便利だ。涙目でも、ヤケクソでもバレない。
切り分けた蛍光黄色の汁まみれの肉を口に入れた。
力強く咀嚼する。
…味噌焼きじゃん!
え、ええー。
でも、蛍光黄色…しょっぱい果物…。
脳内が審議中になってしまいながらも、目を閉じて食べればただの味噌焼き。
ヤッター、味噌発見したよー。
でも、味噌…何に使うっけ。味噌汁…?
別にあんまり味噌を恋しく思っていなかったから、急に出会っても混乱のほうが強くてテンションが上がりきらない。
「…ほかに…特産品は?」
「やっぱり気に入らなかった? 長年食卓の友とされる、この辺のソウルフードだったんだけど。どうも外部の人の受けが良くないんだよね…」
「いえ、美味しかったです。見たことがなかったのでちょっと驚きましたが」
そうだよ、色合いなんて瑣末な問題さ。
こっちの大粒で人気のイチゴなんて、食べ頃に熟してんのに緑だからね。
イチゴジャムにしたら青汁みたいなんだから。
「涼しい山林が生育に適しているみたいで、この辺の集落では取れるけど、それでもどこかへ輸出するほどではないからね」
「あ。だからか。それは…トリティニアでは見かけないわけです」
王都はそんな南国じゃないけども、国自体は南のほうだ。
…思えば随分北上したものだな。
感慨深く思いながら料理を食べ終えた。
ちなみに、特に醤油っぽいものの情報は得られなかった。
米も味噌もそうでもないけど、醤油は割と欲しかったので、残念。
夕方戻りと言われていた魔法使い君は、思ったより早く外勤より帰社した。
これは、食堂で待っていて正解だったよ。
「あ、リスター。お客さんだよ」
扉が開くと同時に目敏く魔法使いを見つけ、受付のお兄さんが呼び止めてくれる。
彼は本日、私の正面を陣取り続けておりました。
こんなにおサボりあそばして…クビにならないといいのだが。
「あー?」
魔法使い、いきなりのヤンキー対応。
金髪だが…明度が高い。
私の彩度の高い金とは系統が違う。
コツコツと靴音を鳴らして近付く長身。
ゴツくない。
細長いのは、やはり剣士でなく魔法使いだからだろう。
私はフードがずれないよう気をつけて、ゆっくりと相手を見上げる。
目の色は…これ、紫かなぁ? 灰色っぽく見えるけど。
「知らねぇ、何だ、このチビ」
暴言に対し、お兄さんは首を傾げる。
「小さくもないと思うけど」
「よく見ろや、ボケ」
ガラが悪いな。
確かに顔立ちが綺麗なだけに、これはガッカリが酷い。
ガッカリ魔法使いは私の真ん前まで近付くと、声を落とした。
顎で足元を示す。
コンと爪先で靴底を小さく蹴られた。
厚底がバレている模様。
「靴底引いたら小せぇわ。おい、手を貸せ。…ちっさ。子供じゃねぇか」
素直に左手を出してみたら、がっと掴んで、手袋をスッポ抜くホームズ君ぶり。何ともアッサリと暴かれる我が偽装よ。
「…私の身体的サイズが、お話に何か影響しますでしょうか?」
思わず私の声のトーンも低くなってしまうというもの。
でも、態度や口調の割には気遣いさん。
他の冒険者やらに聞こえないように声を落として、お兄さんにだけわかるように暴いたのだとは思う。
「フラン君はリスターに絵のモデルになって欲しいらしいよ」
あ。お兄さん、実は本題それじゃないので、引っ込んでてもらってよろしいですか。
「はっ。アタマ湧いてんじゃねぇの」
失笑いただきました。
ぐうぅ。笑いしか取れないこの理由、もう二度と使わない。
しかしここで引き下がっては何のために来たのかわからなくなってしまう。
「リスターさん、ちょっ…」
「さん付けキモイ!」
叱られた。
「…リ、リスター。ちょっとお時間をもらえませんか」
「疲れてんだけど」
リスターはすんごい深い渓谷を眉と眉の間に作り、口の両端をこれでもかというくらいに引き下げた。
「出直したほうが良いですか?」
…うん。顔の造作がいいと、これでも変顔に見えない。知ってた。
「リスター、フラン君は昼前からここで待ってたんだよ」
「それ、俺の疲れに関係あんの?」
駄目だ、お兄さんのフォローは、魔法使いを頑なにさせるだけだ。
どうしたものか。手袋のない左手を、口許に添えて考え込む。
「お話していただけるのならば、今日でなくともいいので、私は出直します。ただ、街を出られてしまうと、また追いかけないといけないので。しつこく追い回されるのもお嫌でしょうし、できれば済ませていただいたほうが、貴方を手間取らせずに済むかと」
リスターは眉渓谷と下降口はそのままに、右目をすがめて左目を見開いた。
え、この顔、すごくない?
ついフードの中で真似してみるが、こんな表情はできそうにない。難しい。
なんて器用な表情筋だ。
「おい、部屋貸せ」
「あ、うん」
お兄さんと短いやり取りをして、魔法使いは私の後ろ首をむんずと持ち上げた。
魔法使いって力ないものじゃないの?
猫の仔のような運ばれ方をしつつ、私はおとなしく連れていかれた。
お話できるなら、こちらとしては願ったり叶ったりである。
「で、なんで俺を追っかける?」
冒険者ギルドの一室に押し入った我々は、椅子にも座らず相対している。
何だろう、小さめの会議室かなんか?
ここなら誰もいないし、まぁいいか。
私は顔を隠していたフードを持ち上げ、そっと肩に落とした。
「金の髪に紫の目の、変わった魔法を使える人がいると聞いて。もしかして私の血縁者ではないかと思い、探しておりました」
リスターは目を瞠った。
紫がかってはいるが、やはりその目は灰色に見える。
「…違うな。お前もそう思っただろ、違いすぎる。俺は色々シャッて感じだが、お前はクリッて感じだ」
「…そ…れはちょっとわかんないけど。そうですね、リスターさんは綺麗系ですが私は可愛い系かなと思います」
「さん付けキモイ!」
そこはどうしても譲れないのか、リスターよ!
「で、でも私の母は絶世の美女だったので、綺麗系ですしっ」
「俺とは似てないはずだ」
「……はい」
事実だったので素直に肯定した。
もっと似ているかと思っていた。私にではなくても、お母様に。
実際には系統が全然違う。
とはいえ、女子と男子だ、一応話を…。
「俺は母親似で、母は奴隷だ。…言葉の通じない奴隷だった」
唐突に始まったリスターの話に、私は身を硬くした。
この大陸で、言葉が通じない国など、聞いたことがない。
まさか、英語とか喋ってないよね。
転生じゃなくて、転移だったとか…。
落ち着け。
そういう意味では、きっとない。言葉の通じない、それは…。
「この大陸ではない、海の外の国から来たということですか」
平静な声を繕う。
この世界の人間ならば、こう考えるのが正しい。
リスターは「さぁな」と呟いた。
「どこの人間かは知らない。ただ、気がついたらどこぞの森をウロウロしていて、奴隷狩りに捕まったらしい。元の場所では使えたはずの魔法が、ここでは使えなかったとか」
気がついたらここにいましたとか。
もう完全に転移だと思うのですが。
心臓がばっくばくだ。
しかしながら、元から魔法が使えたというならば、きっと英語圏の方ではない。
やっぱり海の外の国から何らかの事情で飛ばされてきた人なのだろう。
「…お母様は、どれくらいかけて言葉を学ばれたのですか」
類似性のある言語であれば、習得にかかる手間は軽微であったかもしれない。
大陸外のことは全く知らないので、ちょっぴり興味があります。
「いや。どうせここで長く生きる気もないからと、覚えなかった。お陰で父親が色々と自分に都合良く解釈するもんだからな…あいつ、余計嫌われてたわ」
待って。でも今の話だと、お母さん、君と意思の疎通しとるよ。
突っ込んでいいのか悪いのかわからないので、とりあえず黙る。
「父親は一応身分がある男だったから、妻は他にいたが子がなくてな。まあ、奴隷に生ませた跡取りなんて揉め事にしかならない」
「それでご実家を出られたのですか」
「俺が自活できるまで、母が耐えたからな。彼女が最後まで拒否していた男の家を継ぐのも、なんか違うだろ」
すっげぇ嫌ってたから、と彼は言う。
見知らぬ地で無理やり人権を奪われたのだ。それは当然に思えた。
言葉が通じないだけでも不安なのに、奴隷だなんて。…耐えるのをやめた彼女はどうしたのだろう。
リスターは私を見て笑った。
「そんな泣きそうな顔するこたぁない」
何とか頷くことしかできない。
彼の母親の話。
私は他人で、そして…話は過去形だった。全て、終わったことだ。
「俺と似ている人間、大陸外の血に連なるものなんて、そうそう存在しないだろうな。つまりお前と俺は無関係だよ」
べちんと肩を叩かれて、私はもそもそとフードを被った。
リスターとて私に辛気臭い顔などされても困るのだから、せめて隠そう。
しかし、間髪入れずに彼はフードを叩き落とした。
「…何するんですか」
思わず真顔になってしまう。
「お前の事情を聞いてねぇ」
一瞬、俺様によるフード不許可かと思ったけど、そうじゃないよね。
私の事情、か。
「案外いい人だったので、リスターが無関係なのはむしろ幸いでした。私の母方は恐らく敵なので、探して潰す予定です」
「オイコラ! 殺る気満々だったのかよ!」
リスターが憤慨した。
ざっくりと説明しようとして、私は言葉に詰まる。
相手の目は、灰色ではなかった。
「…紫だ」
「んあ? あー。感情がアガると濃くなるみたいだぞ。お前もそういうんじゃねぇの」
「私は生まれつき一部ピンクなんです」
荒ぶると紫が強くなるのか。
そうすると口調の割に、普段は案外冷静なのだな。
何だか面白い生き物だな。
「父方は敵じゃねぇのか」
「敵になりえたのかもしれませんが、母を狙ったせいで既に父の手によって断絶したらしく、脅威はありません」
「うわ、お前んとこも殺伐としてんな」
ここだけ話すと、本当にな。
だがあえて言わせてもらう。
「いやいや、美男美女が運命的な恋をして生まれたのが私なので、意外とロマンチックが止まらないだけ。父方断絶は副産物」
「ロマンは暴走するもんじゃねえよ!」
リスターはツッコミに長けているようだ。
安心してボケられますね!




