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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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野営地の押し売りショー。



 足取りは軽い。

 比例するように、歩くスピードも上がっている。


 もうじき、私のアイテムボックスにお風呂をお迎えする日が来るのだ。

 そりゃあウキウキしちゃうというもの。


 もう、材質に悩んだせいでピカソになった浴槽が、バスボムのように入浴中に崩壊しないかと怯えなくてもいい。

 ならばと明確なドラム缶をイメージしてみたら縁が高すぎて跨げず、マッパで途方に暮れたりしなくていいのだ。


 あの魔道具ならば、鍋や薬罐に繰り返しお湯を沸かして何度も浴槽に移すという手間がないし、そもそも大量の綺麗な水を求めて川から探す必要もないのよ。


 素晴らしい。一刻も早く欲しい。

 高いモチベーションを維持したまま、私は何度目かの野営地に差しかかった。


 眠くなったらアイテムボックス内で寝ればいいのだからと、今回も止まらずに夜通し歩く気満々であった。

 しかし。


「あっ、旅人さん発見。いらっしゃいませ、当野営地はタダでどこでも使い放題!」


「テントを張るなら隣りがお勧め。もれなくお手伝いに僕がついてきます」


「今だけ期間限定! なんと更にもう1人、僕もお手伝いに追加のチャンス!」


「ワァオ、これはお得だネ!」


 まだ距離があるのに、やたらとグイグイ来る2人の少年。

 既に上げ底なしの私くらい背があるのだが、顔立ちがまだあどけないところを見ると、未成年なのだろう。

 この国も体格がいい国民性なのか。


 っていうか何の通販番組なんだい。


「…あー…うん、使う予定がないなぁ。手伝いも要らないし。それにあんまりテントが近いと、話し声とか気になるんじゃない?」


 謎の子供の引き止めに遭う。一回休み。

 すごろく風になってしまいながら、やんわりと拒絶の台詞を幾つか吐く。


 確かにキッズと保護者らしき男が1人しかいないようなので、場所はどこでも使い放題だろうけどもさ。

 基本的にこういう休憩場所ってただの広場だから、無料なもんだよね!


「私は泊まらずにもう少し歩くつもりなんだ。悪いね」


 そう答えると盛大なブーイングと共に子供達が駆け寄ってきた。


 えー…、めげない子達だな…苦手だぜ。

 2人は先程のテンションのまま、ノリと勢いだけで話しかけてくる。


「そう仰らず。うちの父はとっても戦闘が苦手! 見て見て、あの真ん丸ボディ!」


 誘導するようなその指先につられ、その先へと視線を遣れば、確かにちょっと太めのおじさんが焚き火の支度をしている。


 とっても戦闘が苦手なのか。


 今まで戦えるのが当然の男性陣ばかり目にしてきたせいか、そう言われるととても頼りなさそうに見えてきた。


「ワァオ、なんて肉厚! 平民であの体型はなかなか珍しいゾ!」


「気付いてしまったね! そう、だからなかなか後妻の来手もない!」


「仕方ないよね、軽快に動けないデブには厳しい世の中なのさ!」


 ぽっちゃり認定ではあろうが、スモウレスラーと言うほどでもないのに。

 辛辣な合いの手につい噴いてしまった。


 反応に気を良くしたらしいキッズは、もう止まらない。


「だというのに、なんと、ここらには野盗が出るというではありませんか!」


「あなたの存在の有無で、僕らの明日の生存が決まっちゃうかも!」


「どうです、ここは人助けだと思って立ち止まってはみませんか?」


「一日一善! 今なら僕らが野営を強力サポート! さぁ、今すぐこの棒をお手に!」


 お、おう。

 立て板に水とは正にこのこと。


 悪徳商法に捕まった私が流されて、差し出された木の棒を受け取った途端、彼らは小躍りを始めた。


「やった! 契約完了! 任務完了!」


「弱そうだけど、護衛ができたよ!」


 よ、弱くないよ! 失敬な子らめ!

 そしてこの棒は何なのさ!


 あわあわと手元とキッズを交互に見ていると、彼らは気付いてサッと礼をした。


「それは陣地を描く棒です」


「それで区切った好きなだけのスペースが、今夜あなたのプライベート空間に!」


「さあ、僕らの隣から描き始めよう!」


 本当にただの棒だった。要らねぇー!


 素の声で笑いそうになって、思わず口を手で覆う。

 なるべく声を出さないように、それでもやっぱり笑ってしまった。


 何よりこの子達、息がピッタリ過ぎる。こういう芸風で日々過ごしているのかしら。

 2人とも、あのぽっちゃり男性を父と呼ぶからにはその息子達なのだろう。

 兄弟なのよね。身長には大して差がない。顔立ちも、うーん。あまり似てないな?


「君達は兄弟かな?」


 疑問を口に出せば、彼らは相変わらずの大仰な身振りで肯定を返した。


「兄のラクサー、9歳です」


「弟のサウス、9歳です」


「双子だけど、なぜだか全然似ていない」


「父にも母にも似ていない」


「何だろうね? なんでなんだろね?」


 鏡のように向かい合って腕を組み、うーんと首を傾げる。コントか。

 両親に似ていないのは隔世遺伝かしら。

 だけど双子ね。似てない双子も、まぁ、普通にいるわよね。


「『二卵性双生児』だね。…えーと…」


 思わず呟いたけれど、日本語だったわ。

 二卵性って、どう言うのかしら。双生児も「双子」という単語しか知らないな。


 言い直せずにいるうちに、事態は悪化。

 聞き取れなかったらしい彼らが「『ニラソーセージ』」と日本語に聞こえる状態で連呼し始めたので、私の腹筋が崩壊の危機に。


 彼らは自分達をニラだと認識してしまった。すまない。すまない。

 いつか誰か、正してあげて下さい。

 そしてどうかニラソーセージという名前が世に広まりませんように。それはどう聞いても食べ物なんです。


 現実から目を逸らしながら、私は彼らに促されるまま歩いていた足を止める。


「どうしたの? テントまだ向こうだよ」


「いや、私はこの辺でいい」


「いやいや、この距離でお話はちょっと遠いでしょう」


「いやいやいや、おにーさん、冗談が上手いな!」


 ハッハッハッ、と彼らは笑う。ああ。やはり完全に海外の通販番組の司会だ。


「隣だと君らがとても煩そうなので、なるべく離れたいと思います」


 私はハッキリと言うことにした。

 迂遠な表現では、彼らには伝わらないだろうとの判断だ。


「ヒドイ! 傷付いた!」


「しかし実によく言われる」


「慣れた心の痛みだね」


「あれ、わりと痛くないや!」


 言われ慣れてるのかい!

 何度目かのツッコミを意志の力で押さえ込み、イエーイとハイタッチしているニラ兄弟のあしらい方を考える。


 彼らは一組のウザキャラとして自己を確立してしまっているのだろう。突っ撥ねるのも、これはひと苦労だな。


 私はサッと手にした棒で線を引いた。

 彼らはハッとした顔をする。


「ここから私のプライベートスペースだ」


 そう宣言した途端に、キッズは目を輝かせた。

 しまった。


 彼らのルールに添ってやれば上手く行くかと思ったのに、ノリの良い遊び相手と見做された気配がしたぞ。


「ラクサー、侵略を開始します。テントを奪って、うちの隣に立てるのだ!」


「サウス、侵攻を開始します。物資を奪え! 晩ご飯を豪華にするのだ!」


「とんだ宣戦布告! 野営の強力サポートはどこ行ったんだい!」


 心の内に留めきれなかったツッコミが決壊したと同時に、ニラ兄弟が突進してきた。

 サッカー漫画か何かに生かすと良いと思われる、素晴らしいコンビネーション。


 タックルを仕掛けてこようとするので、組み付かれないようにヒラリと躱す。

 腹の辺りに腕を引っかけ、彼ら自身の突進力で引っ繰り返して放り投げてやった。

 もちろん足から着地できるようにだ。


 しかし、この双子…思ったより精神年齢が低かったらしい。

 完全に私を、アトラクションマシーンと認識してしまった。


「すげー、なになに、今の面白かった!」


「もう一回! もう一回やりたい!」


「やなこった!」


 騒ぎ立てる相手に思わず素で返してしまうと、キッズは素早くキャラ変えした。


「攻めるぞ兄弟! 野営地の支配者が誰か、教えてやるのだ!」


「おうとも、兄弟! さぁ流浪の旅人よ、契約に従属するのだ!」


 契約って、さっきの木の棒のことだよね。それに従ってスペースを区切った結果が、これなのですけど!


「愚か者共め。この私を従えようとはいい度胸だ。…ふっ、良かろう、ならば我が安寧を脅かした罪、その身を以て償うがいい!」


 滾る心に任せ、マントの裾をカッコ良く捌く。

 少年達の「あっ、今のカッコイイ!」「マント欲しい!」に内心鼻高々で、私は彼らを怪我なく放り投げ続けた。




「いやぁ、護衛のうえに遊び相手まで。ありがとうございます、フランさん。あの子達に邪魔されず、こんなに早く野営の支度を終えることができたのは初めてですよ」


 その後、焚き火の側にはニコニコした父親に食事を振る舞われる私の姿があった。

 ぶり返す中二病という病を、テントの中で猛省したのは言うまでもない。




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