プロローグ
物心ついたときには思い出していた。
生まれる前の自分のこと。
それは残念ながら、前世の記憶というほどのものではなくて。
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「これは、珍しいですねぇ」
そんな風に困惑げに唸った男。
「はぁ」
私はそんな風に相槌を打つしかない。だって何を言われているのかわからないのだ。
私の後ろにはまだまだたくさんの人が並んでいて、あまり多く自分に時間を取らせるのが申し訳なくなる。
「よっつ、出たのがまずいのでしたら…ちょっと中に1個戻していただいたら…」
「うわわ、とんでもない! やめなさい!」
ぺちん!と手を叩かれた。
ぎゃー、何するだァー。
手からころりと白い玉が転がる。
私が持ち上げる前と同じように、銀色の皿の上に4色の玉が揃った。
黒・青・黄色・白。
ガラポンくじを回して出たのだ。白玉は大体、ハズレであろうと見当をつけたのだけど。
…私、何の列に並んでたんだっけ。
「危ないなぁ。人間は、これだから。いいですか、これは次の人生であなたの力となるものです。そんなぞんざいに扱っちゃいけません」
「…はぁ」
叱られて、ちょっと心の中で拗ねた。
あなたが大変そうだったから、何とかしようと思ったんじゃないですか。
でも、いいですよーだ。私はいつだって他人に不利益な生き物ですから。
いじけた心の声が聞こえたかのように、男は少し眉を下げた。
「…あなた…、多分次の人生も大変だと思います」
「はぁ。…そう、なんですか」
次は幸せになれるかと思ったのに、ダメかぁ…。
知らず肩を落とした私に、しかし男は首を横に振った。
「幸せになるかならないかはあなた次第です。そこは気を落とさずに頑張ってみてください」
そう仰られましても。
ぬかるみで全力を出しても、そこから出られずに泥を跳ね散らかすばかりなんですよ。
そして周囲からは嫌な顔をされるの。
私って生き物はもう、できるだけ自分を隠して、被れるだけの仮面を被って。
それでようやく見逃してもらえるくらいクズらしいのよ。
「…次の人生で力になるものが多く与えられるということは、波乱のある人生ではありますが、乗り越えていける力があるということです。与えられる力というものは普通は0~2個くらいと言われます。そんな中で4個を与えられるからには、…やっぱりちょっと大変な人生にはなると思われます」
「は」
「ですが! そこであなたが引いた力の説明に参ります」
相槌を途中で遮られて、私の口は開いたままになる。
促されて差し出した手のひらに、黒い玉が乗せられた。
「これは所謂アイテムボックス。四次元の衣嚢、亜空間の収納、愛人の隠し場所として使った猛者もいらっしゃいます。品質が(上)なので幾らでも入りますが(極)ではないので任意で内部の時間を止めたりは出来ません。あなたにだけ中身が取り出せます」
どう見てもただの黒玉だけどな。
ここに荷物が吸い込まれるの? つか突然アイテムボックスに愛人放り込むとか頭おかしいわー。
まじまじと見つめていると、その隣に青玉が並べられた。
「これは所謂チート能力の一種で、身体強化。身体能力が向上します。品質が(上)で(極)ではないので、人間社会で生きていくうえでおかしなほどのものは身につきません。比較的、器用で力持ちで持久力のある個体になります」
いや、既に人間社会で生きていくのにおかしいアイテムボックス様が鎮座しているのですが。
それとも、転生先は剣と魔法のファンタジーなのかな。これはスタミナのタネ的なヤツかしら。
でもでもそれなら私、戦士より魔法使いになりたいのですよ!
ワクワクしつつ、私の手に目を落としたままの男の、つむじを見つめた。
心のうちを読み取っているのかと思っていたのに、男は私の希望を華麗にスルーしている。
な、なんだよ、この人は別にサトリとかじゃなかったの? 恥ずかしいなー。
…そうだった。変に期待しちゃいけないのよ。そういうもんなのよ。
ましてや今は何も演じていない。
こうやってすぐ調子に乗るのが直らなかったから、私はこんな有様なんだ。
テンションはローに。
人前では忘れちゃいけない。無気力だけが、『素の私』の味方なんだから。
男は顔を上げずに、更に黄色の玉を手のひらに乗せてきた。
「…これは所謂サポート。複製体、中身のない着ぐるみ。あなたが明確にその姿をイメージできれば己の形さえ取らせることが出来ますが、複雑な行動をたくさんすることは出来ません。あなたが紙に字を書きたいのにどうにも風が強い、という場合に使う文鎮みたいなものだと思ってください」
うわ、使いどころがわからない。ハズレは白玉ではなく黄色だったのかも。
しかも所謂、ばっかりだ。
いわゆり過ぎなので、いわゆらないとどうなるんだか気になる。
意識が逸れて戻って来られない。
「順に、□*ベ×、∴ッ~※、リ' ■∥、になります」
男は仕方なさそうに聞き取れない発音の言葉をみっつ、並べた。
成程。人間には聞き取れない名称がついているから、いわゆらないと、そもそも伝わらないのか。
って、おい。やっぱり私の脳内が聞こえてるじゃないのさ。
ああっ、ということはネガティブも撒き散らしてたわ。
対する相手はどう見ても、お役所的な仕事中だ。
勤務中ゆえの無視vs負の思考垂れ流しか。これは多分私のほうが悪いかな…ごめんね。
心なしか増えた気のする列の後方をちらりと見て、そんなことを思う。
「…そして、これが所謂、予知夢。未来視です」
最後に乗せられたのは、ハズレのはずの白い玉。
「予知夢(中)はあなたにとって決定的に悪い出来事を事前に教えてくれます。その出来事が過ぎ去るまでは何度でも見ることが可能です。ものによっては、上手く対策を立てれば、事態を回避することが叶うでしょう」
「…これは、(上)じゃないんですね?」
他のは上モノだったのに、なんでこれだけ…と思ってしまっても仕方ない。
でも、素朴な疑問に返されたのは、衝撃的な言葉だった。
「そうですね。しかし(上)は予言者の力。都合の良し悪しに関係なく見た未来は確定されています。どんなに足掻いても、予知夢を頼りに未来を変えることはできないのです。(極)は起こりうる出来事や可能性の全てを見ます。見た未来は行動によって変えられますが、短期的な感覚としては1日のうち全ての行動が必ず予備と本番の2回ずつ来るようなものです。心を病まずに扱える人間はとても少ないでしょうね」
「怖ッ。…ちなみに(中)以下になるとどうなるんです?」
「(小)では都合の良い出来事を事前に教えてくれます。夢の通りに行動すれば恩恵を受けられるでしょうが、事前に知らないことによる不都合というものは起こりにくい。(微)では都合の良し悪しや大小事に関わらず直近に起こる出来事をランダムに見ますが、予知夢を見たという記憶自体も薄くなり、概ねデジャヴという感覚になりますね」
溜息が出てしまった。
私はただでさえ自分の性格という問題を抱えているというのに、アイテムボックスと身体強化と予知夢、と文鎮…を駆使しないと乗り越えられない運命のもとに爆誕するらしい。
「お飲みになりましたら、あちらのゲートへ進んでいただきます」
「…え。飲むんですか? これ?」
どう見てもプラスチックだよ?
ガラポンくじの玉だよ??
「はい、取り込んで魂に定着させてから旅立っていただきますので。他にも方法はあるのですが、コツがいるようでして。これが万人が一度で成功する方法なのですよ」
男はようやく顔を上げ、言った。
私はじっと相手を見つめる。
相手もじっと、こちらを見つめる。
コップは、出てこない。
「…あの…。水、とかは…」
「ないです。皆さん気にされますが、そもそも身体がありませんので喉に詰まることがありません」
「あ、はぁ…」
それもそうかな。でも、気分的には厳しいかな。
だけどコップは出してもらえそうにないので頑張って飲み込む。
飲み込んだのを確認したら、なんだか扉の枠だけみたいなゲートへご案内された。
そこには一本道が、続いている。
長い道…結構、遠いのかな。あんまり歩くの、いやだな。
「そのほうが心理的抵抗が少ないようなので道を見せているだけです。実際には一歩入ったらもう全てが済みますよ」
全てが済むのか。それはそれで、何か怖いわ。
でも私が進まないと、この長蛇の列も進まない。
「あ、はぁ…。あの…お世話になりました」
あと、お仕事中に脳内うるさくしてごめんなさい。
一応、そう伝えた。
男は驚いたようにこちらを見たあと、微笑んだ。
一礼して背を向ける。…新しい人生、かぁ…。
ゲートをくぐる瞬間、背後から声が聞こえた。
「頑張って。幸せになってくださいね」
…サトリさん。いい人じゃないかよ。泣けるわ。
道を歩き出すことは出来なかった。ゲートをくぐると、すぐさま意識が薄れだしたからだ。
今にも途切れそうな意識を引き留め、引き留め…私は考える。
サトリってあんまり人名っぽくないな。
サ↑トリ↓さんなら名字っぽい。似鳥さんや名取さんみたい…で…。
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ゲートをくぐり抜けて、どうなったのか。その後は、しばらく記憶がない。
恐らくは赤子として生まれて、目も見えない、音もよくわからないような期間だったのだと思う。
だから、物心ついたのは、ほんの少し前のことなのだけど。
(怖いわー。もう、3回ほど同じ夢を見せられてますよ、コレ)
階段からの転落死…ですか…。
早くも予知夢様が活動を始めたことに、驚きを禁じえない。
マジ早えーよ。