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冒険者の集い

 円形闘技場アンフィテアトルムに類似した建物の内部へ入った直後に、アダムは初見にも関わらず悠然とした態度で周囲を見渡していた。

 入り口付近の両側に鉄柵を窓口とした受付が二つ、女性が数人ほど事務の仕事に没入しているようだ。

 奥行きの空間には木彫りの長机と椅子が何台も備え付けられていて、冒険者達が作業や会談の場として利用していた。談話の賑わいが混じった活気が玄関口の先にまで届いてくる。

 壁面には様々な用紙が貼り付けられた掲示板が掛けられており、それを眺めている人達も見受けられた。

 気が付けば、アダムはイヴ達は見失ってしまったが、焦ることも無く能力を使ってまで探す気はなかった。この建物に入った以上、ここでの目的がある内は何処かへ移動する事は無いと思えたからだ。

 それ以前に、この場所の存在理由にアダムは興味を持ち始めたところだった。


「興味深いところだな――」

「――邪魔だよ、兄ちゃん。どきな」


 男の声と共に背後からアダムの肩辺りに何かが接触すると、押される様にして蹈鞴を踏み、少しだけ前へと前進した。アダムは横目に後ろを確認すると他人と肩同士が衝突し合ったのが原因だとわかった。

 男の声音と衝突に嫌味など無く、純粋に進行時の邪魔だと言いたかったのが理解できる。何故なら、アダムは建物の玄関口に入った直後に悠然と佇んでいて入り口を封鎖していたからだ。


「すみません。――って、そうだ。この場所について教えて貰えませんか?」


 アダムは謝辞を述べるが、そのまま過ぎ去ろうとする男に対して咄嗟に声を掛けて助力を求めた。開幕の接点で快く思われて無いだろう相手に対して大胆な行動ではあったが、自身の興味が勝った結果である。


「何だ、兄ちゃん。御上りさんって訳か、道理で――詳しく聞きたきゃ、受付の嬢ちゃんに聞きな」


 男はアダムが入り口で立ち止まっていた理由に納得すると、適当に助言をして左側にある通路へ歩いて行った。

 アダムは受け取った言葉通りに受付へと足を運び、窓口に立っている女性に声を掛けてみることにした。


「すみません、この場所について詳しく聞きたいのですけど――」

「はい、ようこそお越しくださいました。ここはアルフォード王立協会の冒険者ギルドです」


 ふむ、と頷き、アダムは女性の言葉に耳を傾けて話を続けさせることにした。


「ここでは冒険者様に様々な依頼を提供して斡旋する場所であり、王都を始めとして各地域の村や街などからも仕事を受け付けております」

「なるほど、利害の一致で冒険者が便利屋として駆り出される場所か」

「その認識で構いません。また、ここでは冒険者を育成する機関も兼ね備えておりますので学園ギルドとも称されています。冒険者の技量を見定めた上でFからSランクによってクラス分けをしており、依頼の難易度も同じ記号で割り振られています。もちろん、報酬は難易度に見合った額が支払われる仕組みとなっています」


 話を聞く上で、恐らくイヴ達は依頼を請けに来たのか、またはギルドの学園に通っているのかの二択に絞られたとされる訳だが、真相は聞き出せば早いとアダムは考えて実行に移ることにした。


「勇者は学園に在籍しているのか?」

「勇者様ですか? 人数はそれほど多くはありませんが在籍されてる方もおります。勇者と呼ばれる程の実力の持ち主となりますと独学で修行なさる方が多いので学園で学ぶ方は少ないですが」

「ちょっと聞き方が悪かったかな――――魔王を倒した勇者は学園にいる?」

「魔王を倒した――ああ。今、王都で話題になっているイヴ・エンゼルティア様ですね。はい、彼女はSランクでこの学園ギルドに籍を置いていますよ」


 言質は取った、とアダムは口の端が吊り上げて表情が軽くなり笑顔になる。

 外で接触するには不自然な点が多過ぎて怪しまれるだろうが、彼女と同じ環境に身を置く事ができれば意思疎通も可能で接触する機会も増えて行くだろうとアダムは考えた。


「願ってもない好機が訪れたな。――学園へ入るにはどうしたら良い!」


 事が円滑に進み、段々と調子が出てきたのか、気分を高揚させてアダムは受付嬢に問いただした。


「先ずは、ギルドカードの作成に必要な個人情報の記入をお願いします」


 アダムは窓口から差し出された一枚の用紙を受け取ると、一先ず全体を眺めて必要事項の欄を見る。

 内容は簡素であって、名前、年齢、性別、得意な武器の種類、使用可能な魔法の属性だけだった。


「こちらは冒険者になる方であれば誰でも無料でお作りすることが可能で、以降はギルドカードの提示と共にギルドの依頼を請ける事ができるようになります」


 アダムは受付嬢の言葉に半分だけ耳を傾けて、用紙の項目欄に記入していく。

 流暢に書き出したが、使用可能な魔法の属性の欄で筆先を止めて突っ掛かりを覚えた。

 使用できる魔法の属性に印を付ける項目となっている。属性の種類は、火、水、土、風、氷、雷、聖、闇の八種類だった。 


(魔法か、今の状態なら何が使えるのだろう? 天使の能力があれば全ての属性を使える気もするが)


 とりあえず、アダムは全ての属性の項目に印を付けることにした。

 用紙の記入欄、全てを書き終えると窓口に送り返して受付嬢に手渡した。


「はい、確かに」


 用紙を受け取った受付嬢は、そのまま書類を眺めて監査を始めた。


「あの、アダム・アップルリング様。使用可能な魔法の属性についての項目なのですが、一通りの属性に加えて聖属性までチェックが入っておりますがお間違いでしょうか?」


 受付嬢が用紙を一通り目を通したのか、名前を呼びながら、項目の印に間違いがあると指摘してきた。

 何が間違いなのか気が付かないまま、アダムは言葉を述べる。


「いや、間違いではないけど何か変でしたか?」

「はい、私は冒険者ではありませんが、魔法の基礎知識はあると自覚しています。聖属性を扱う上で、魔力の性質が異なる他の七種類の魔に精通する属性の魔法は使えないはずなのですが……」


 受付嬢は困った様な顔をして指摘してきたが、この世界の魔法の基礎的な法則を初めて知ったアダムも同時に困惑した。


「あー……。それは、僕はちょっとした特別な体質でして全ての属性が使えるんですよ」


 面倒だったので曖昧に返答をすることにした。

 受付嬢は「はぁ」と未だに困り顔のまま、渋々といった感じで書類を承認した。


「それでは、ギルドカードはこちらでお作りになりますので少々お待ちください。次は入学金の支払いとランク分けの試験を受けていただきます」


 金という単語が耳に聞き入った瞬間に、アダムは無表情になり、手当たり次第に自身の身体を弄った。持っているはずの無い人間の通貨を探して。


(金なんか持ってないぃいいいいいいいいいいいいいいい)


 アダムの悲痛な心の叫びも虚しく、現実が彼を侵食するのであった。



 アルフォード王立協会の冒険者ギルドの三階北部――学園の一室。

 学園に籍を置くSランクの冒険者が出入りする講義室では、授業が始まる前、普段の朝と変わりのない時間の流れ方をしていた。

 出席自体は自由参加で人数は疎らであるが、十数名の冒険者が席に坐っている。

 歓談に耽る者達もいれば、孤高を貫き一人を好む者もいて、講義室内の状況は十人十色と言った様相だった。

 己の時間を自由に過ごしていたのにも関わらずに、誰もがある一点に意識を収束させた。

 それは、イヴ・エンゼルティア、ウェルシュ・ラビット、エクレア・ロールの三名が講義室へ入室した瞬間の入り口に向けられていた。

 本来ならば、この部屋の新たな入室者に一瞥を送るという一寸した意識の分散に留まるだけのはずが、視線を向けた先の人物が持つ威光に因るせいか、意識の配分を全てを奪い取られるのだった。


「私達も本当に有名になったよな~」


 周囲の状況を受けて、御気楽な感想と態度を示すウェルシュは微笑を浮かべてた。


「ちょっと、複雑かな。何処行っても声を掛けられたり視線を向けられるのは憂鬱だよ」

「そんな事は言わないで素直に喜ぶべきよ。私達の行動が世界や人々の役に立てているって証なんだから」


 不満気な顔と共に小さな吐息とも取れる溜め息を放つエクレアを見て、イヴは彼女の気持ちを担がせる様な言葉を投げかけて宥めた。

 小さな会話の遣り取りをしながら、適当な席に三人は隣同士で並んで着席する。

 講義室の中に設置されている机は横に細長く正方形で、黒板と教卓がある正面から順番に列を作って並んでいる形になっている。

 三人は言葉通りに互いに手が取り合えるぐらいの距離で隣り合って坐った。


「ギルドに顔を出すのもいつ振りだ?」

「十八日間振り。今回は不浄の大地の中心地まで行ったから長旅になった」


 ウェルシュは何気無い質問を二人に投げ掛けると、エクレアが淡々と答えた。

 それから、三人がこれから談笑を始めるような雰囲気になろうとしていた時だった。前方に位置する右奥の席に坐って歓談していた男女二人組みの冒険者達が立ち上がって、イヴ達の許へ歩み寄り近付いて声を掛けて来た。


「やっ、御三方。魔王討伐の依頼達成おめでとう!」

「おめでとうございます」


 その男女は見知った顔の冒険者だった。

 男の名前はアルス・エイド。茶髪に好青年といった顔立ちと風貌で、革調の服に鉄製の防具を装備していて、背中越しには鞘に納められた剣を携えている。

 女の名前はフィーナ・リアリス。黒く艶やかに肩まで伸びた髪に、教会の修道者が着るような衣装を着用していて神秘的な雰囲気を纏っている。

 二人とも既知の仲で、イヴ達とも年齢が近く、会話を交える数少ない冒険者の面々である。


「アルスに、フィーナまで、二人ともありがとう。久し振りね、二人とも元気にしてたんだ!」

「当ったり前よ、俺とフィーナはいつでも元気だぜ。まあ、俺達に元気が無くなるって時は喧嘩した日ぐらいだなー」

「アルス、余計な事は言わなくて良いです」


 フィーナは目を細めると余計な言葉を付け足したアルスの脇腹に肘鉄を食らわせた。脇腹に衝撃を受けたアルスは口から空気を吹き出して悶絶していた。

 普段は落ち着きのある穏やかな人物だけに、フィーナの凶暴性を垣間見たイヴ達は苦笑いしていた。


「あっはっは、二人は相変わらず仲が良いんだなー」


 ウェルシュだけは特別な感性で笑い飛ばしていた。


「って、そうだ! 今日の戦闘訓練の時に誰か俺の相手をしてくれないか!? 魔王を倒す程の実力を持つ冒険者と闘ってみたいと思ってたんだ」


 悶絶から復帰したアルスは目を燦々と輝かせて、子供の様な無邪気な顔で懇願した。第三者からの目で見たら、戦闘狂という一言で片付けられそうな様子だった。

 傍らで、首を傾げて溜め息を吐くフィーナを見て、彼女の気苦労が絶えない事を少しだけ感じ取れた気がした。


「良いぜ、その挑戦受けて立つぞ! 身体を動かすのは好きだからな」


 闘いという言葉に真っ先に反応したのはウェルシュだった。彼女の場合は戦闘狂というよりは、闘いを運動の一環として見ているのかもしれないと思った。

 後頭部で結った赤い髪を動物の尻尾みたく揺らして、気持ちの高ぶりを表現しているかの様だった。


「本当か! やりぃ、戦闘訓練が待ち遠しいぜ! あー、どうしよう、学術受けるの止めて剣の素振りを今から――」


 約束を取り付けたアルスは興奮を隠し切れずにいたが、

「馬鹿な事は言わないでください、アルス。授業を受けなさい」

 フィーナがアルスを御した。

 そのまま、フィーナはアルスを引っ張って行き、イヴ達とは一つ離れた後ろの列の席に坐った。


「アルスって落ち着き無いよなー」

「……」

「……」


 人のことを言えるのだろうか、と疑問を呈したイヴとエクレアだった。



何年、何十年費やしてでも、自分が望む最高の完成形を目指して小説を書き続けられたら良いな。

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