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羽根への接触

毎日書こうとしてるけど一文字も書けない日々が多発。

無駄な事を考え過ぎが原因ですね! 気にせず書きましょう。

妄想を文字に起こすのはこれ程までに難しいとは……。

 アルフォード王城内部――祝宴が繰り広げられている舞台である豪華絢爛な大広間。

 難無く城内へ侵入を果たしたアダムは、人々の流れに沿って赤い絨毯が敷かれた廊下を歩き、その先で開放されていた大きな扉を通り抜けて大広間へと到着していた。

 そこで真っ先に視界に入ったのが、貴族達に周囲を取り囲まれている状態のイヴの姿だった。

 大広間の壁際に沿った位置で、来賓の貴族達を相手に身振り手振りの表現を加えて何かの会話を交えているようだった。

 一刻も早くイヴの許へ、と駆け出したアダムだったが彼女の周囲には話に聞き惚れ込んでいる者達が取り巻いていて無作為には近付けなかった。

 イヴに天剣ディストピアズの羽根に触れさせるという目的を遂行するに当たって第三者は邪魔になると考えたアダムは、彼女等が位置する場所の付近で足を止めて暫く様子を窺う事にした。


「そこで、この剣で薙ぎ払っては魔物の鋭利な爪を受け流しまして――」

 

 しばらくの間、耳に聞き入れた言葉の内容は、勇者である自身が魔王を打ち倒すまでの旅路を冒険譚として物語っている話であった。

 イヴは至極丁寧な言葉を使い物語を語り続けていた。

 魔王を倒した勇者と言えど、一の冒険者風情が貴族達を相手にするには身分の落差がある為に気を遣う必要があるのだろう。彼女は貴族達の衆目に晒されて、気を揉まれつつ辟易している様子であった。

 五分、十分経っても一向に話は終わらず、取り巻く人の数も減る気配はなかった。

  

「凄い人気だ。これじゃ、彼女に羽根を触れさせるのはおろか近寄ることさえ難しいな」


 さすがは勇者だとアダムはイヴの人気に感嘆の意を漏らしながら思った。

 魔王城の自室に飾っていた透明の小箱から持ち出して来た天剣ディストピアズの羽根を片手にアダムは、礼服の左胸部にある外側のポケットに羽根を仕舞い込むと、彼女に近寄る術を考えた。

 ――さて、どうやって貴族達を引き離そうか?

 本来の目的を実行するに当たって邪魔者である彼等を、イヴから引き離す口実を探さなければならない。

 その手懸かりを探すに当たって一先ず大広間の全体を見通した。

 舞踏客が中央の空間を舞台に管楽器の旋律をその身に纏わせて優雅に踊りを踊って見せていたりしている。

 また、様々な料理が並ぶテーブルから食事を楽しむ者やワイングラスを片手に会話を楽しむ者と様々な人で賑わいを見せていた。

 ――宴を楽しむ、か……。

 考えを至らせて其の場に立ち止まっていると、ワインの入ったグラスをトレーで運びながら配膳している者が自身の前を横切る。

 アダムは咄嗟に配膳人を制止させて呼び止めた。


「失礼、二つほど良いですか?」


 アダムは一言だけ断りを入れると、配膳人から「どうぞ」と二つのワイングラスを受け取り、グラスを両手で持つ。

 仄かに漂ってくる果実を発酵、熟成させたワインの上品な香りが鼻腔をくすぐる。香りに感化されたのか心を穏やかにされるようであった。

 頭を振り払って、考えを纏めると、イヴの許へ近付いていった。

 

「そして、私は魔物へ跨り、背に剣を突き刺して心臓部を貫き――――えっ?」


 イヴが勇者の旅路を語り続けていると、アダムが傍らから彼女と貴族達の間に割って入り立ち塞がった。


「――失礼します」


 断りを入れて立ち塞がる彼に、イヴと貴族達が何事かと拍子抜けをしていた。その間にアダムは言葉を放つ事にした。


「やあ、皆様方。今宵は実に喜ばしく素敵な祝いの席ですね、晩餐を兼ねた舞踏会と言いましょうか」


 言葉を紡ぎながらアダムは片一方の手に持っていたワイングラスをイヴに手渡した。その所作は一連の流れとして組み込まれていて、極めて自然な動作であった。

 思わず流されたままにグラスを受け取ったイヴは瞠目していた。グラスを彼女に渡し終えると、再び貴族達へ向けて言葉を続けた。

 

「勇者様の武勇伝を耳に拝借したい気持ちは理解できますが、どうかご容赦を。祝宴は始まったばかり、主賓である勇者様に宴の持て成しを受けさせねば、王家の面目が立ちませんよ」


 身形は貴族の一員に紛れているとは言え、ただの青年が身の程を弁えずに、勇者の物語を聞き寄っていた彼等に水を差す行為。

 文句の一つや二つ飛んできそうな場面だが、「王家」という此の場において最上位の権威を矢面に立たせる事で発言を捻じ伏せる。

 結局の所は、人間も魔族も地位や権力には弱い訳だ。

 アダムの言葉に周囲は小さく騒めくと、一人の恰幅の良い男性が先んじて前へと出た。


「確かにそうであるな。失礼した、あまりに魅力的な御話に心を奪われて気が回りませんでした。勇者殿、私はこれで失礼します。今宵の宴、存分に御愉しみくださいませ」


 男が柔和な態度と対応で別れの挨拶をすると、小さく礼をして此の場を去って行く。それに続いて次々に貴族達は彼女に挨拶を交え終えると、各々は自由な時間の過ごし方を始めたようだった。

 全員が彼女の許を去っていくと、イヴは肩の荷を降ろすかのように軽く息を吐いた。そして、彼女はアダムへと振り向き言葉を掛けた。


「気遣っていただき、ありがとうございます」

「気にしないで、僕は僕の為に行動を起こしたまでだから。それと僕は貴族などという身分でもないから、普通に話して貰って大丈夫だよ。歳も近しいしね」

「……そう? それなら、貴族でもない貴方はどうやって城へ招待を受けたの?」

「内緒の話にして欲しいのだけど、実は君に逢いたくて王城に侵入をしたんだ」


 アダムは人差し指を口許に当てると、この件は黙ってて欲しいと懇願する素振りを見せた。

 幾らでも嘘の付き様があったが、彼女に逢いたかったという純粋な気持ちは偽りたくないと正直に話すことにしたのだった。


「王城に侵入なんて、何て馬鹿な事をっ! 知られたら徒じゃ済まないわよ?」


 イヴは周囲を一瞥して、他者を気に掛けながら小声でアダムを叱り飛ばした。

 その様子からして警備の者に告げ口する気は無いように見える。


「――それで、そんな無茶を通り越して無謀な事をしてまで私に会いたかった理由は何?」


 誰にも聞かれてはいないのを確認すると、イヴは続け様にアダムへ質問を投げかけた。

 最もな疑問であるが故にアダムは、真剣な表情でイヴの瞳を見据えて言い放った。


「君に僕を知って貰いたかった。だから、僕は君に逢いに来たのさ」


 普段ならば恒例の物好きな人物が自分の許へ尋ねて来たのだろうとイヴは受け流すはずだったが、アダムの纏わせている張り詰めた真剣な空気に彼女は雰囲気を呑まされた。

 だから、イヴは口を噤んだ。その言葉の意味と意図を咀嚼するように。

 二人の間に暫しの沈黙が訪れると、次にアダムは笑顔をイヴに差し向けた。そして、彼女は口を開く。


「……可笑しな人ね。なら、自己紹介からでも始める? 私はイヴ・エンゼルティアよ、貴方はどちら様?」

「僕はアダム・アップルリング。遠い過去の君をよく知っている者さ」

「遠い過去の私を知っているって、貴方は一体何を言っているの?」


 イヴは目を細めて訝しげな眼差しをさらに鋭くして、アダムに視線を飛ばした。

 今は胡散らしくとも彼女の記憶が戻れば全てが丸く収まるはずだと信じて、アダムは行動を移す事にした。

 自身の礼服に仕舞い込んでいた天剣ディストピアズの羽根を取り出すと、彼女の目の前に差し出した。

 

「この羽根に触れて欲しい。そうすれば、全てが理解できるはずだから」


 手を伸ばせば触れられる距離にイヴがいる。

 記憶を取り戻せば僕達はまた恋人同士として同じ時を過ごせるようになる、とアダムは気持ちが逸ると共に感情が高ぶる事で遠回しな行動や考え方を全て止めて突拍子もない行動に出た。

 それは、お願いをする事だった。羽根に触れて欲しいと、とても簡単で単純なお願いを彼女に向けてしたのだった。


「……はぁ、貴方って本当に変な人。貴族の方達を追い払ってくれたのは感謝してるけど、不可解な言動ばかり取ってると警備に突き出すからね」


 小さく溜め息を吐き、肩を竦めて段々と呆れ果てた様子を醸し出す彼女。羽根に触れて貰えないのではないかとアダムは焦りの色を見せ始めたが、

「それで、触れて何が起こるの?――って何これ、羽根? 魔道具や装飾品の類?」

 とイヴは興味を惹かれるままに、頓狂な表情を取るもアダムの掌から天剣ディストピアズの羽根を手に取り触れた。

 彼女が羽根に触れた瞬間、その純白の羽根は小さく淡い光が燈った。


「きゃっ――」


 小さな悲鳴と共に羽根から漏れ出した光は、彼女の手先から身体へと吸収されて駆け巡るようであった。

 一連の現象を見て遂にイヴに記憶が戻るのだと思ったアダムは会心の笑みを浮かべた。


「よしっ、羽根が反応を示した。これで、記憶が――」

「――っ」


 突然の光に驚きを見せて目を瞑ったイヴは、徐々に目を開いていった。


「イヴ、僕がわかる? アダムだよ!」

「――身体が軽い」

「えっ?」


 何が起きたか分からずに惚けている様相の彼女はアダムの呼び掛けに答えず、開口一番に言葉を漏らすように自身の状態の説明を行った。

 そして、段々と意識が確となったイヴは感嘆の声を上げた。


「この魔道具、凄いっ! 力が漲って来る、身体も羽根の様に軽くて、今なら何でもできそうな気がする!」

「えっ、えっ?」


 イヴの反応が自身の想像していたのと相違があり、アダムは戸惑いを隠せなかった。


「えっと、イヴ? 僕のこと、わかる?」

「何を言っているの、御互いに自己紹介したばかりじゃない。アダム・アップルリングさんでしょ?」


 アダムは愕然とした。

 ――記憶が戻ってない!? そんな、確かに羽根に触れさせたし反応もあったのに……。

 困惑するアダムを余所目にイヴは嬉々として言葉を続けた。


「もしかして、この魔道具に込められた魔法を私への贈り物として渡す為に会いに来てくれたの?」

「えーっと、うん。そ、そうなんだ、魔王を倒した御祝いにと思って――」

「そっか、ありがとう! でも、だからと言って王城に侵入なんて無茶な事したら駄目だよ?」

「……あはは、気を付けるよ」

「この魔道具は返すね。本当にありがとう、嬉しかったわ。仲間を待たせてるから私はこれで失礼するね」

「……うん」


 純白の羽根をアダムに返すとイヴは踵を返して自身の仲間達への許へと向かった。

 彼女の後姿を見送りながら呆然と立ち尽くすアダムは、イヴの記憶を取り戻す手段を失くして途方に暮れたのだった。



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