祝宴のひと時
視点の軸がぶれ過ぎたので三人称に纏める事にしました。これを機に最初の一話目からも全部改稿で手直しと丁寧に書き直したいと思います。
今回から時間掛けて丁寧に書いたつもりではいますが、未だに小説書きがわからなくて梃子摺ってます。コツ募集! 可笑しな点の指摘も募集!
月明かりが差し込む頃、街路灯がアルフォードの城下街に光を齎して火の赤色が辺りに点々と彩りを魅せている。太陽が光差し込んでいた頃の街の活気は嘘のように静まり返り、今は緩やかな時の流れと共に穏やかな喧騒によって街は包まれている。
一方、その頃の王城では大広間にて祝宴よる舞踏を兼ねた立食が行われていた。
大広間の天井には煌びやかな王冠型の照明器具が設置されていて、白亜の大理石で精緻に造りこまれた白調の壁には金色の紋様が美しく施されている。備え付けられている調度品の一つ一つにも気品が漂っており、この空間を豪華絢爛とする役割を担っていた。
中央には踊る為の大きな空間が設けられ、端々には料理を並べるテーブルが設置されている。
「美味そうな料理が沢山出てるぜ。二人とも、早く食べに行こうぜ!」
ウェルシュは長方形に長いテーブルに並ぶ様々な豪華な料理を指差して、イヴとエクレアを食事へと誘う。
落ち着きを見せずに細かい動きをしていると、後頭部で結んである長く垂れ下がった赤い髪が揺れ動く。そんな彼女は真紅の瞳を輝かせながら満面の笑みで、可愛らしい八重歯が見え隠れさせていた。
「ウェルシュ、そんなに急がなくても料理は無くならないよ」
様々な料理を見て興奮しているウェルシュを和めさせると、エクレアは彼女の保護者にでもなったかの様な気になり口元に手を当てて笑いを堪えていた。
だが、同時に旅の終わりを告げるようにと、普段の日々が舞い戻ってきた実感を彼女らに湧かせていた。
「逸る気持ち、私はわかる気がするな。長く旅を続けて、ちゃんとした料理を食べる機会なんて然う然う無かったもんね」
イヴは溜め込んでいた物を吐き出すように言葉を紡げると、感慨に浸っては今迄の旅路を思え返しながら遠くを見詰めていた。
長旅が故に食事は保存が利き易い物ばかりを選んでいて、素材の味に塩気だけが足された物ばかりであり、そこにある程度の手を咥えた素朴な料理こそが殆どであった。
「ご機嫌は如何でしょうか、勇者殿。此度は魔王討伐の任、無事に果たされまして実に喜ばしい事で」
「私共は是非とも勇者様の武勇伝が聞きたくて伺いに参りましたの」
イヴが物思いに耽っていると、貴族服を着こなした複数の男女が寄ってきて彼女に声を掛けてきた。誰も彼も、勇者の冒険譚を拝聴したいと瞳を輝かせて気持ちを上擦らせているようだった。
貴族達の様子を見て会話が長くなると踏んだイヴは、ウェルシュとエクレアに視線で合図を送って先に食事をするように促した。
その合図を理解した二人は先に料理が並ぶテーブルへと移動して行く。
「勇者も大変だよなー、偉い奴の相手をするなんて私は真っ平御免だね」
「うん、勇者は大変。私には無理、イヴは頑張ってると思う」
ウェルシュとエクレアは会話を交えながらテーブルの端に積まれている綺麗な空の皿を手に取ると、テーブルに並ぶ料理を装って自分好みの盛り付けを行った。
「やあ、二人とも僕の持て成しには満足していただけているかな?」
皿に料理を装っている彼女達に声を掛けてきたのは、この大形な祝宴に相応しく凛とした雰囲気を纏ったショコラだった。
二人は何故に自分達の所へ彼が訪れたのか理解できずに頭に疑問符を浮かべ、皿に料理を装う手を止まらせていた。
「ガルルルル! これ以上、私の飯時を邪魔するなら誰であろうと容赦しないぞ!」
料理にありつくまでの時間が数秒単位ほど延びた事でウェルシュは機嫌を損ねて、話しかけてきたショコラに対して敵意を剥き出しにしていた。
ウェルシュの様子を見たエクレアは慌てて「ウェルシュ、めっ!」と犬でも躾ける様に叱咤した。
「ショコラ王子、生憎だけど此処にイヴはいないよ。あっち」
エクレアはイヴがいる方を指差して彼に教えてあげると、ショコラは首を左右に振って否定の意を表した。
それを見てエクレアは無表情のまま首を傾げ、疑問を深めた。
「いや、違うんだ。僕は君達に用があるんだ、昼間の件でね」
「うん? 昼間のこと……。あー、災難だったね」
ショコラの用件に特に興味を示さず、顔は向けつつもエクレアは皿に盛った料理に手を付けながら惰性的に返答をした。
隣では話も聞かずに、すでに料理を食すだけのモンスターになっているウェルシュがいた。
「あの場で魔物に襲われ掛けてた時、直接的に助けて貰ったのは君達だからね。だから、その御礼を言いに来たんだ。ありがとう」
ショコラが礼を述べると、エクレアはフォークを咥えながら食事の手を止めた。次に意外そうな顔をして目を丸くしたと思うと、ゆっくり口を開けて呆けた。
「驚いた。王子でも御礼の一つくらいはちゃんと言えるんだ? どういたしまして」
「あははっ……。君のその歯に衣着せぬ物言いは相変わらずだね……」
エクレアの遠慮無い率直な言い分に、苦笑いを隠せずにショコラはたじろいでいた。
「ところで、物は相談なのだけど。イヴの事で、彼女を僕に振り向かせるにはどうしたら良いと思うかな? 仲間の君達なら何かわからないか」
「さあ、知らない」
ショコラにイヴの相談事された途端、完全に興味を無くしてエクレアは皿に盛り付けてある料理に再び手をつけ始めて顔を背けた。
そして、今度は入れ替わるようにしてウェルシュがショコラの相談に答え始めた。
「――男はな、やっぱり強くないと駄目だ! 頼れる奴じゃないと、女は振り向いちゃくれないぜ」
多量の料理を盛りつけた皿を片手に女を豪語するウェルシュは、女気という物を感じさせてはくれそうに無い雰囲気であった。
だが、そんな彼女の格好も気にせずに「強さ」という言葉に反応したショコラは、少し考え込む素振りを見せると暫く黙っていた。
「強く、頼れる男か……。――ありがとう、僕はこれで失礼するよ」
微かに聞こえる呟きの後に、礼を述べたショコラは顎に自身の手を添えて思考を続けたままの様子で二人の前から去った。
「何だぁ、王子様はイヴに関することを聞きに来ただけか?」
「違うよ。魔物に襲われそうになった所を助けて貰ったからって、私達に御礼を言いに来たんだよ。ウェルシュは聞いて無かったけど」
「ふーん、そっかー」
この場を去って行くショコラの背中を見詰めながらウェルシュとエクレアは会話をしていたが、二人の間に沈黙が生まれる。
食事の手は止めずにいる二人だが、暫くすると思え返したかのようにウェルシュが沈黙を破った。
「なあ、エクレア。イヴは昼間の魔物は召喚獣であって術者がいたって言ってたけど、やっぱり魔族が絡んでたりするのか」
「たぶん。私達が魔王を討ち取ったから、魔族が報復にって王族を狙った可能性が高いと思う」
「はぁー、魔王を倒したからって世界が平和になるとは限らない訳か……」
「魔族に魔物、沢山の問題は一瞬にして消えたりしない。少しずつ解決していくのが私達、冒険者の役目だと思う」
祝宴にも関わらず、今後の憂いが後を絶たない二人は食事の速度が少し遅くなっていくようだった。
◇
昼間の騒動から一度は身を潜めて魔王城に帰城したアダム・アップルリングは、アルフォード王城で行われている夜の祝宴に侵入する為に、自室で礼服に着替えて服装の格を合わせていた。
部屋にある姿見に映る容姿は隠蔽の魔法で変えたままで、本来の漆黒の髪色は白銀に、真紅の瞳は金色にと色を変えている。これも一度は魔王として対面したイヴ達に、自分が魔王であると正体が漏れるの防ぐためであった。
「よし、これで王城へ行き来しても不自然と思われないだろう――――空間転移!」
礼服を着こなして祝宴に参加する準備が完了したアダムは、即座に転移魔法を使ってアルフォード王国の城門前に転移した。
昼間とは違って城下街と王城の境はかなり暗くなっていたが、城壁に備え付けられている松明が夜間でも城の存在を照らしていた。
周囲には水路の水堀があり、入城の経路は城門の橋一つとなって制限されている。そこを護るべく兵士が佇んでいると共に、すぐ脇には守衛の詰所も存在していた。どれもこれも浸入者を許さない為の物だろう。
アダムは悠々に橋を渡ろうとすると、監視役の兵士が手で制止を掛けて彼の進行を防いだ。
「失礼、招待状を拝見したいのですが宜しいですか?」
「招待状か……」
その類の提示を求められる可能性はあると当然の如くアダムは予想はしていた。だがらこそ、彼なりに対処の仕方を考えていた。
「招待状ならありますよ。ところで、僕の瞳を見てもらえますか?」
アダムの金色の瞳に朱が淀み始めると、魔力の残光を放って夜の下で妖しく輝いた。
「――? 貴方は、一体何を言って――」
アダムは兵士との間に視線を交わすと、相手の瞳の奥底に自身の魔力を流し込んで精神を汚染させた。兵士の瞳は虚ろになり四肢に込めていた力は抜け落ちて、両腕を垂れ下げて虚脱状態へと陥る。
【隷属の魔眼】――自分より下位の者を従属させる力だ。アダムの魔王としての能力の一つで、本来であれば言葉や知能を持たない魔物を統べる為の代物である。
「さあ、僕だ。ここを通せ、そして今あった事を全て忘れろ。そうすれば、解放してやる」
「――はい」
希薄な声で返事をする兵士はアダムの命令に従順に従った。橋の横に反れると、頭を垂れてアダムを迎え入れるような素行を取った。
そのままアダムは橋を渡り終えて城門を潜ると、片手の指を弾いて音を鳴らした。
「――はっ、一体何をしていたんだ?」
音を聞き入れた兵士は正気に戻ると少しばかり困惑をしていたが、すぐに責務へと戻っていった。
城門を越えて王城に入ったアダムは、祝宴が行われている大広間を目指していた。廊下には赤い絨毯が敷かれて、所々に絵画や壷などの美術品が飾られている。
兵士は警備に当たり、貴族達は語らいをしながら敷かれた絨毯の上を歩き、人の流れを作り出していた。
その流れに沿って目的地を探すと、アダムは大広間に辿り着くことができた。
「やっと、着いたか――それにしても、人間の城も随分と大きい物だな。人々も裕福で、物資に困っている様子も無い」
大広間に着いたアダムは今迄の見てきた人間の環境について考えていた。前世の記憶があればこそ、魔族と対立している人間側の視点を冷徹に見通せていたのだった。
魔族が住まう地は「不浄の地」と称され、作物は殆ど実りを見せず、資源が殆ど無く荒蕪の地となっている。反対に人間達が住む地は「約束の地」とされ、実りが豊かであり資源も豊富で豊沃な地とされている。
「魔族の住む土地も豊かであれば、この世界は少しでも落ち着きを見せるんだろうな」
この世界について少しばかり考えていると、大広間の壁に沿った位置で貴族達に囲まれているイヴ・エンゼルティアの姿が目に入る――
「イヴぅ、可愛すぎるよぉー」
――途端にアダムは考え事を全て止めて、口角を最大限に上げて最上級の笑顔を作り出して身体を捩じらせ恥らう姿を見せるという変態的な動きを見せていた。
「よし、行動を始めるか。彼女に、この天剣ディストピアズの羽根を触れさせるのが最重要任務だ!」
一念発起するとアダムはイヴの下へと駆け出した。
今度こそ、彼女の記憶を取り戻して甘いひと時を得れると信じて。