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真夜中の訪問者

 アルフォード王国の城下街に深い闇夜が訪れて、街が眠るのを合図にアダムは行動を起こしていた。

 勇者一行が泊まっている宿屋の裏路地で待機して、イヴ達が宿泊している三階の部屋の窓の明かりが消えるのを待っていた。

 しばらくしてから【天使の眼】を使って彼女達の姿を目視することで、眠りに付くのを確認してから部屋へと侵入を開始する。

 ――僕はストーカーでも覗き魔でも夜這い目的でもない、これは愛の記憶を呼び覚ます為の神聖な作業なんだ!

 そんな事を考えながらアダムは自分を正当化するのであった。


「よし、部屋の扉の前まで来たぞ――ゆっくり扉を開けて」


 部屋へ入ると奥側に、縦に並んで設置されてるベッドの上に勇者一行の彼女らが眠っていた。暗がりとはいえ、魔族の眼を持つアダムは夜目が効く。彼女達の位置は確りと判別できていた。

 戦士と賢者が左右の位置してるベッドで眠っており、中央に勇者が陣取って寝ている。

 何故かイヴだけ武器を胸の谷間に押し付け、抱き枕の様にして寝ていた。

 ――天剣を抱きながら寝ているイヴが可愛すぎて、思わず抱き締めたくなるよ……。

 永遠に眺めたい欲望とその他の欲望を全て抑えて、アダムは片手の指先に天使剣ディストピアズの装飾の羽根を持ちながらベッドに近づいていく。

 ――これをイヴの額にでも触れさせれば良いのかな?

 一歩、また一歩と彼女との距離を静かに詰めていく。

 指先には緊張が伝わり震えて、手は汗ばみ始める。心臓の鼓動の早さが、胸を痛めていた。

 そして、最後の一歩を踏み締めた時だった。


――ギィイ!


 部屋の床材が軋み、音を響かせた。

 その刹那、暗闇の部屋の中でイヴは瞬時に胸元に抱き寄せていた天剣を鞘から抜き去ると同時に起き上がり、アダムの首元に剣尖を向けた。


「――っ!?」

「動かないで――何者? 何が目的なの、答えて」


 油断とあまりの速さの出来事に息を飲むことしかできずにアダムは動きを制された。

 イヴは眼を細めて暗がりの中で顔を伺おうとしているが、幸いなことに暗闇のお陰で顔が露見してはいない。

 何故なら、魔王だと理解された時には彼の首と胴体が繋がってはいないからだ。

 アダムが何も答えずに微動だにしないと、彼女から行動に出始めた。


「そう、答えないのね。今、灯りを点けるわ。顔を確認させて貰うから」


 そう言って、彼女は剣と視線を僕に向けたままベッドの横にある木のテーブルの上の蝋燭に手を掛けようとした。

 ――まずい、顔を見られたら終わりだ。また戦いになってしまう!

 彼女の慎重に動く様は、まるで緩やかに迫り来るアダムへの死刑宣告のようだった。


「うぅん、どうしたんだ――イヴ?」


 この騒ぎに戦士の女がベッドから起き上がると、その行動にイヴは一瞬だけアダムから視線を外す。

 ――今だ!

 その瞬間にアダムは好機と見て、瞬時に魔法を唱えた。


「――空間転移!」


 魔法を唱えるとアダムは光に包み込まれて、その部屋を後にした。

 転移先は咄嗟に思い付いた場所であった為か、魔王城にある見慣れた自室だった。


「ふぅ――」


 衝撃的な出来事に呼吸を行うことすら忘れてしまっていたアダムは、一息吐くとその場に座り込んでしまう。

 首筋には赤い線が刻まれ、薄皮一枚ほど斬られたようだった。


「失敗した! これで警戒されちゃっただろうな」


 座り込んだ状態から仰向けになり、天井を見詰めながら嘆いた。

 指先には天剣ディストピアズの羽根を持ったままである。


「ごめんよ、ディストピアズ。折角、君の羽根を貰ったのに」


 自分の不甲斐なさに悲しくなると、せめてもの償いの気持ちとして次の機会までに羽根を透明の小箱の中に入れて部屋に飾って置いておくことにした。

 そして、自室にいることと深夜であることからアダムは睡眠を摂ることにした。


 翌日の正午。

 アダムは魔王の間で王座に座りながら【天使の眼】を使って勇者一行の同行を確認していた。

 彼女達はアルフォードの王城に行き、魔王討伐の報告の為に王との謁見をしようとしていた。


「ああ、今日も可愛いなイヴ……」


 アダムは彼女の美麗さに思わず感嘆の声をあげる。


「えー、なになに私が可愛いって? やだ、魔王様に誉められちゃった!」


 アダムの可愛いという言葉に反応を示したのは、魔王の間で宙に漂って遊んでいる夢魔族であり幹部の一人であるサキュエルだった。

 彼女もまた人型の魔族であり、妖美な姿が特徴的な女性だ。


「気安いぞ、サキュエル。魔王様に対してその言葉使い、慎め!」


 アダムの隣で待機していたディアスが、サキュエルの言葉遣いを叱咤した。

 城と軍を任されて以来、お目付け役として鋭い眼を光らせている様である。


「魔王様、優しい。これぐらい、怒らない」

「ねー、ミノス! あんたの言う通り、魔王様って優しいよね―」


 サキュエルがミノスと名を呼んだのは牛の魔族であり幹部の一人である牛鬼だ。

 青色の肌に、頭部に捻じりを見せる大きな二本の角、巨大な斧を携えては二足歩行で雄雄しく立っている。人とは比べ程にならない筋骨隆々な大きな体躯をしている。

 魔王の間は自由に開放している為に幹部がやって来ては報告がてらに雑談したりする場となっている。

 天使の記憶が戻る以前からも魔王のアダムは部下には優しい方であった為か、上下関係があっても基本的には友好の関係を部下との間に築いていた。


「魔王様、ここは一度威厳を指し示さねばなりませぬぞ」

「これでいいよ、ディアス。僕は堅苦しい関係を仲間との間に持ち込みたくない」

「左様でございますか、承知いたしました」


 魔王であるアダムの言葉なら盲目に従ってくれる最高の側近である。

 アダムは嘗てディアスに言葉使いを楽にして良いと伝えた事があったが、今のままが一番に楽な姿勢であると逆に諭されてしまった事があった。


「ねぇー、魔王様。堅苦しい関係を抜きにするなら、私と恋人関係にならないん?」


 宙に漂っていたサキュエルがいつの間にかアダムの胸元に潜り込み、艶っぽい声と共に繊細な指先でアダムの胸元をなぞってきた。男を虜にする豊満な肉体には、思わず目が釘付けになりそうである。

 ――僕の恋人はイヴ。僕の恋人はイヴ。僕の恋人はイヴ。

 甘美な誘惑に負けそうになるアダムはうわ言のように心でイヴを想った。

 アダムは赤面しつつも咳払いしてサキュエルを胸元から退けた。


「あはは、魔王様って純粋ぃー! これじゃあ、私でも倒せちゃうよー」


 再び宙に寝そべり漂ようサキュエルは、脚をばたつかせながらお腹を抱えて笑っていた。


「ウオオォォォォン! 魔王様、倒す奴、俺、許さない!」


 サキュエルの言葉に反応したミノスは、鼻息を荒くして雄叫びを上げながら血走った眼をして怒り出した。

 両手に持っていた巨大な斧を宙に掲げると振り回しながらサキュエル目掛けて突撃し始めた。


「ちょー、ちょっと、ミノス! 冗談だって、きゃー犯されるぅ!」


 ミノスがサキュエルを追い掛け回すと、魔王の間から退出する形で二人の幹部は出ていった。

 その様子に溜め息を吐くディアスを見て、彼の苦労が見て取れる。


「……真に申し訳ございません」

「あはは、微笑ましいじゃないか」


 魔王の間が静かになったところでアダムは再び【天使の眼】を使い、勇者一行の様子を覗き視た。

 王との謁見が終わった彼女達は、王城の客間にて待機しているようだった。


「まだ、長引きそうだな……。街へ繰り出すか――ディアス、僕は城を空けるぞ」

「はい、いってらっしゃいませ」


 頭を深々と下げて礼をして見送るディアスを背に、アダムは自室へと向かった。

 自室へ入る否や、城下街へ繰り出す為の準備へ急ぎ取り掛かった。


「よし、今度は抜かり無いぞ」


 魔王としての顔がイヴ達に割れている以上、隠蔽の魔法を使って容姿を変えることにしたアダム。

 漆黒の髪色はイヴと同じ白銀に染まり、深紅の瞳は金色へと変えた。


「さてと、アルフォードの城下街へ行くか――空間転移!」


 光に包まれると空間が歪み、アダムは自室から姿を消した。

 次に視界が開けたときにはアルフォード王国内の昨晩にイヴ達が宿泊していた宿屋の前に佇んでいた。

 彼女達が王城から出てくる間の暇潰しと、アダムは街を宛もなく散策を開始するのだった。



 アルフォード城の客間にて、勇者一行は魔王討伐を果たした主役として祭事の主賓として呼ばれていた。

 パレードまで空いた時間を彼女達は客室で待機していた。


「なあ、祭りだぜ? 良いもん食えるかな、エクレア」


 戦士は、賢者の名前を呼びながら服の裾を掴んで軽く揺すり返事を求める。


「食事は夜のパーティーまでお預けだよ。ウェルシュ」


 ソファに座りながら魔道書に視線を落として、適当にウェルシュへ返事を返すエクレアであった。

 ふと、エクレアが魔道書から視線を外して部屋にある大きな窓辺を一瞥すると、そこには表情に影を落として佇んでいるイヴの姿があった。


「もしかして、深夜に私達の宿部屋に訪れた侵入者のこと?」


 再び魔道書に視線を戻しながらエクレアは、窓辺にいるイヴに声を投げ掛けた。


「うん、そうなんだけど。――魔王を討った日に私達の宿部屋に謎の侵入者、となると魔族絡みなのかなって思って」


 エクレアの声に反応してイヴは一度顔を上げたが、再び物思いに耽ると考え込んでしまう。

 

「物取りの類いなら私達に近づく必要はない、襲撃者なら武器を所持するか魔法で寝込みを襲うはず――どれでも無いなら、私達を観察するのが目的だった?」


 エクレアは魔道書を閉じてイヴの方向へと振り向き直すと、自身の考えを述べた。


「だーから、イヴの熱烈なファンだって。昨夜に私達の部屋の前で一人の男と会ったけど、そいつだよ」

「何で、そんな怪しい奴を取り逃がすかな。ウェルシュは……」

「イヴに一目会いに来る奴なんて結構多いだろ? だから、今回もそうなのかなって思ってさ。あはは」


 呆れた顔をしたエクレアの一言に、笑い飛ばしながら言い返すウェルシュだった。


「ごめんなさい、この話はやめましょう。今は魔王を討てた事に皆で喜び合わないとね!」


 両手を叩き合わせて軽快な音を鳴らすと話を終わらせて、場の空気を一変させた。

 それから、彼女達は他愛の無い雑談を続けていると、部屋の扉が叩かれる音が聞こえ始める。

 彼女達は応答して部屋の扉を開けると、そこには気品に溢れて高貴を身に纏ったような青年が立っていた。

 金色の髪色に翠の瞳、爽やかな顔は好感を持てそうな面構えだった。


「やぁ、イヴ。魔王討伐の件は父上から聞いたよ。君なら、きっと魔王を倒して無事に戻ってくるって信じていたさ!」

 

 男は部屋の戸口を潜り抜けて部屋へ入ると、仰々しい振る舞いでイヴの帰還に喜びを露にしながら彼女だけに声を掛けた。


「相変わらずだね、王子様はイヴに御執心」

「だなー、私達もいるのにイヴだけに声掛けちゃってさー」


 エクレアとウェルシュは御互いに耳打ちをして小声で話し合っていた。


「御機嫌よう、ショコラ王子。一つだけ言わせて貰いますけど、魔王を倒せたのは私だけの力じゃなくて仲間達がいてくれたお陰でもありますから」

「そうだったね、イヴの仲間達もご苦労だった。今日の祭事では存分に楽しんでくれ、最高の持て成しを約束しよう!」


 ついでとばかりにエクレアとウェルシュに労いの言葉を送るショコラ。

 その様子に彼女達は相変わらずと言った感じで、慣れているようだった。


「さぁ、もうすぐパレードの時間だ。行こう、国民に魔王を倒した勇者様の姿を見せてあげようじゃないか」


 ショコラは声を上げて彼女達を招くと共に、身に纏っていた外套を翻して部屋の出口へと向かった。

 それに続いてイヴ達も部屋を出て、ショコラの後を付いて行く。

 こうしてアルフォード王国の魔王討伐を果たした祝いの祭事が始まるのだった。



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