十三節 死に掛けるのは何度目か忘れました
「すみません課長、例の件があるので、そのまま向かいます」
「わかった。無理はしないでな」
「ありがとうございます」
電話を切って迎えの車に乗る。
防衛省が会社に手を回していたので、俺は仕事をちょいちょい抜け出していた。
「それで、今回はどこら辺?」
俺は向かいでPCを操作する時田に問い掛けた。
「廃工場なんですけど」
「何か問題あるの?」
時田がう~んと唸っていたので問い掛けた。
「今回は反応が大きめなんですよね」
「大丈夫なんだよな?」
「と言いたいですけど」
「おいおい」
いつもと違ってテンション低めの時田を見て不安になってしまう。
「化物もどんどん強くなってますし」
「俺に任せとけ」
俺は自分の胸をバンっと叩く。
「お、何か頼もしい」
「何かって何だよ」
「一郎さんってそんなキャラでしたっけ?」
時田は軽く首を傾げた。
「もういいよ」
元気付けようとしたことがばかばかしくなる。
「そんな危険なのに何で来たの?」
「だってチャンスじゃないですか」
時田がちょっとおかしいことを俺は忘れていた。
「まあ程々にね」
「了解です」
俺の言葉に時田はラジャーと言いそうな敬礼で返事をする。
「普通の廃工場って感じだけど」
「そろそろゲートが開くはずなんですけど」
カメラ越しに見ていた時田が言った瞬間、暗がりにエレルギーが充満し始める。
「お~来た来た」
俺は刀を抜いて身構えた。
「ゲート開きます」
いつにも増して激しいエレルギーが周囲を包む。
「生命体反応感知」
「くぅーーーーー」
突風に飛ばされないように地面に刀を突き刺し堪えた。
「これが異世界ですか」
ゲートが閉じ、静かになった場所に見覚えのある顔が現れる。
「ゴルザ?」
「う?その声は勇者殿じゃないですか!」
俺に気付いたゴルザはテンション高い声を上げた。
《最悪だ。何でこいつが来るんだよ》
「一郎さん、お知り合いですか?」
ゴルザを知らない時田がのん気に訊いてくる。
「早く逃げろ!今の俺じゃ勝てるかわからない」
「わ、わかりました」
俺の声に時田は状況の切迫さに気付いたらしい。
「本当にしつこいな」
「自意識過剰ですよ。私は王の命令で調査しに来ただけです」
「調査だと?」
「クリア共和国を葬る為のね」
クスクス薄ら笑いをゴルザは浮かべる。
「そんなことさせてたまるか!」
声を張り上げつつ、自分の体に緊張が走るのを感じた。
「今のあなたに私を止められますか?」
「何だと」
「鎧を失ってしまったそうじゃないですか」
「それでもやるしかないんだよ」
「さすが勇者というやつですね」
ゴルザも両手に刀を構える。
「ウォォォォォ」
「ハァァァァァ」
ギィィィィィ、刀がぶつかり合う音が廃工場に響き合う。
「腕はなまっていないようですね」
「そりゃどうも」
鍔迫り合いでの押し合いで血が頭に上る。
「でも、残念です」
溜息をついたゴルザは一郎を押し切り、空いた腹に蹴りを入れた。
「ぐは!」
蹴り飛ばされた俺は置き去りにされていた車にめり込んだ。
「一…さん、だ、丈夫……すか?」
大きくヘルメットにヒビが入ったせいで時田の声が途切れ途切れで聞こえる。
「俺に任せとけ」
「一……」
返事を聞く前にヘルメットがスパンと割れてしまう。
「お怪我されてしまって、大丈夫ですか?」
ゴルザは嫌味たっぷりで心配の言葉を投げかけてくる。
「うるせえよ」
俺は持っていた軍事用の止血バンドをハチマキ代わりに頭に巻いた。
「そろそろ遊びはお終いにしますか」
一瞬で間合いを詰めたゴルザが俺の眼前に迫る。
「ハ!」
ゴルザが振り下ろした刀を寸前でかわす。
「はぁはぁはぁ」
生身で魔族を相手に俺の息は完全に上がっていた。
「ふふふ」
余裕のゴルザは一歩一歩近づいてくる。
《あれを使うしかないか》
「さあ、本当にこれでお別れです」
ゴルザは高く飛び上がり襲い掛かってきた。
「魔邪双龍斬!」
「大和流奥義〈鬼神〉!」
赤い炎のようなエレルギーが必殺技ごとゴルザを吹き飛ばす。
「ぶは!」
吹き飛んだゴルザは壁をぶち壊して廃材の山に衝突した。
「はぁは、はぁは、はぁはぁはぁ」
通常の大和体の五倍以上はある強化術の影響で呼吸がおかしくなる。
「まだそんな奥の手があったのですね」
「勇者なめんなよ」
強がったものの、ボロボロになった軍服の切れ目から血だらけの体が露になっていた。
「では仕切り直しといきましょう」
追い詰められているはずなのにゴルザは愉快そうな顔をしている。
「くそったれ」
さすがに駄目かと思ったとき、ゲートが突然開いた。
「これからだと言うのに」
ゴルザは残念という感じで刀を納める。
「あなたとの決着はおあずけです」
「ふざけんな!」
「またお会いしましょう」
スッと踵を返してゴルザはゲートの中へ消えていった。
「助かった……」
気が緩んだ俺はうつ伏せに倒れてしまった。
「さすがに死ぬかな」
意識が消えかけた俺の視界にゲートからこちらに向かってくる光が見える。
「リベラル?」
瞼が閉じる寸前、懐かしい温かさで光が俺を包み込んだ。




