九節 はっきりしました
「一郎君、お疲れさん」
「鈴木課長、契約取れました」
「おお、やっぱり君は優秀だね」
俺の報告を聞いて鈴木課長は微笑んでいる。
退院して一ヶ月、鈴木課長の尽力のおかげで仕事に復職出来ていた。
「どうだい体調の方は?」
「心配無用です」
俺は歌舞伎役者の顔真似をしておちゃらける。
「ハハハ。それなら良かった」
「休んだ分しっかり働かせて頂きます」
大袈裟に丁寧なお辞儀を鈴木課長にした。
「まあ、程々にね」
「はい、ありがとうございます」
《やっぱり夢だったのかな》
俺は仕事から戻って、ベランダでコーヒーを飲みながらボーっとしていた。
《でも、ライ○ップしたみたいに体つき良くなっているし》
中年太りでビール腹だったのが、見事に割れた腹筋になっていた。
「お、びっくりした。やべ」
ポケットに入れていた携帯の振動に驚き、持っていたコーヒーをこぼしてしまう。
「もしもし。一郎、聞いているの?」
「悪い。何?」
「何じゃないわよ。明日おばさんに会いに行くの大丈夫でしょうね」
電話越しにも夕が怒っているのが目に浮かぶ。
「ああ。ちゃんと覚えているよ」
「おばさん、本当に心配していたんだから」
「わかっているよ」
見つかったと知らせを聞いて病室に現れた母に俺は号泣しながら叩かれた。
「私に電話してきたときはすごい動揺していたし」
運びこまれた病院が夕の家に近かったので、先に行って欲しいとお願いしたらしい。
「迷惑掛けたな」
「水臭いわね。一郎とあたしの仲でしょ」
「ありがとう」
「だから、改まって言わなくていいから」
感謝を伝えたのに、怒られてしまう。
「駅に十時だからね。じゃあ、おやすみ!」
俺が返事をする前にツーツーツーと不通を知らせる音が耳に届く。
「ったく。相変わらずだな」
変わらない幼馴染に笑顔になる。
「ふゎ~寝るか」
俺はコーヒーをこぼした服を脱ぎ、寝巻きに着替えて眠りについた。
「珍しい、一郎が遅刻しないなんて」
「時間通りに来たのに、そういうこと言うかね」
「ハハハ。ごめん、ごめん」
軽くふて腐れた俺を見て夕はちょっと涙目になる。
「行こうか」
気を取り直した夕が改札に向かって歩いていく。
「キャーーーーー」
俺も続こうとしたとき、駅前の広場から女子高生の悲鳴が聞こえた。
「グォォォォォ」
尻餅をついている女性の前で、ケンタウロスのような化物が唸り声を上げている。
「に、逃げろー」
「化物~」
「ちょっと押すなよ」
突如現れた化物に広場にいた人間は逃げ惑う。
「何、あれ?」
夕も不意の出来事に固まってしまている。
俺はおもむろに走り出した。
「一郎!」
「お前は逃げろ!」
走りながら夕に告げる。
「誰か、た、助けて」
腰が抜けてしまった女子高生は泣きじゃくって震えてしまっていた。
「ブシューーーーー」
湯気が立つ熱い息を吐きつつ、化物は巨大な拳を振り上げる。
「キャーーーーー」
「コンチクショーーーーー」
寸前で間に合った俺の正拳突きが化物のボディに決まった。
ドゴーンと音を立て、化物は時計台にぶつかる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
必死だった俺は激しく鳴る鼓動を感じながら拳を見つめた。
「ちょっと!大丈夫なの一郎!」
逃げたと思っていた夕が俺の肩を力いっぱい揺すって呼び掛ける。
「ああ」
「なあ、あいつ化物を殴り飛ばしたぞ」
「やばくない?」
「人間なのか?」
遠目に見ていた野次馬が警戒しつつ近づいてくる。
「夕、しっかりつかまってろ」
平静を取り戻した俺は夕を抱き寄せた。
「ちょっと!」
突然抱き寄せられた夕は離れようとバタバタする。
「いいから大人しくしていろ」
俺は有無を言わせないよう力を強め、空高く飛び上がった。
「と、と、飛んでる……」
あっという間に小さくなった地面を見て夕は気絶してしまう。
《やっぱり現実だったんだ》
飛びながら異世界での体験を現実だと確信した。




