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一節 目覚めたら異世界でした



 俺はどこにでもいる会社員で普通の人生を送っていた。


 そんな男が、剣や弓矢で武装した屈強な連中に追い掛け回されている。


 この平成にそんな馬鹿なことがあるわけないって?


 そう、ここは平和に満ちた日本じゃないらしい。


「おお~」


《すげえというか暑苦しいな。筋肉ムキムキな男ばっかりだよ》


 俺はちょっと出たビール腹を揺らして必死に走る。


「おい、こっちだ」


 不意に呼ばれ前かがみに倒れそうになってしまう。


「え、ああっと」


 言葉にならない言葉を発している俺をぐいっと誰かが引き寄せた。


「死にたいのか貴様」


 いきなり叱りつけてきたのはモデル系の美女だった。


「死にたいも何も、起きたら訳もわからい状況だったわけで」


「何を意味がわからないことを言っている」


《さっきから言われ放題だよ》


「鎧も着てないし、武器すら持っていない。どこの部隊だ。もしかして民間人か?」


「ちょ、ちょっと待ってください。息が苦しくて。はあ、はあ。ええとですね。僕は六車印刷で営業をやっている普田一郎と言います。あなたは自衛隊とかの方ですか?」


「は?カイシャイン?貴様ふざけているのか」


《そこらの男なんかより気迫が凄まじいな》

 

 それに自分で聞いといてなんだけど、姿格好はとても自衛隊ではない。


「まあいい。とりあえずついてこい」


 そう言うと、モデル系の女戦士はアマゾンのような草が生い茂る中を器用にすり抜けていく。


「ちょ、ちょっと。待ってくださいよ」


 俺は草で所々に大小切り傷を作りながら女戦士を追いかけた。





 三十分ぐらいだろうか、汗だらけになりながらも必死に走り、もう駄目だと思ったときにふいに大きな建物が目に入った。


「すげえ」


 人間、圧倒的なものを目にするとつい口から言葉が出るらしい。


「おい、さっさと歩け」


 何度目か数えるのが面倒になるほど女戦士に怒鳴られている。


 ちょっとムカついたけど、何も言い返さず重くなった足を急がせた。

 

 城門らしき場所まで行くと、女戦士は手首に着けている装飾品を門に見せるように腕を振り上げた。


 すると、扉が地面を大きく揺らす振動を起こしながら動き出す。


 開いた門の先からは女戦士と同じような格好で武装した女たちが剣や弓矢を手にし待ち構えていた。


「カミシア、無事だったか。それはそうと、後ろの奴は誰だ?」


 リーダーらしき四十代ぐらいの女戦士が、俺を連れてきた女戦士(どうやら名前はカミシアというらしい)に聞いてきた。


「偵察に行った先で深淵の者たちに追われていたので、キーア族長の考えを聞きたく連れてきました」


 やはり四十代ぐらいの女戦士はカミシアたちのリーダーらしい。


「そうか。とりあえず二人とも中に入れ」


《ええと、俺も入っていいてことだよな》


《では、遠慮なく》


 俺が安心して歩いていると、いきなり木で作られた手枷みたいなものを女戦士たちにはめられた。


「悪いな。お前が敵でないと確信が持てるまではこうさせてもらう」


 キーアは言葉とは裏腹に全く悪びれる素振りは見せない。


《まあ、そらそうだよな。見ず知らずの男を信じる馬鹿はそうそういないだろう》


 俺は、女戦士たちに囲まれて百人は入れそうな広間に連れていかれた。


「さて、お前は何者だ?とても戦士とは思えないが」


「自分でも何と言えばいいのか。ここは……日本ではないですよね?」


「日本?ここはクリア共和国だ。もう一度聞く。お前はグルス帝国の者ではないのか?」


 現状を必死に頭で整理しながら説明した。


 俺の話を聞いて、キーアは思いっきり疑いの目を向けて口を開いた。


「仮にお前の言葉が正しければ、異世界から来たということになるな」


「俺も信じられないですけど、そういうことになりますね」


「ふざけるな!」


 当たり前だが、キーアは激怒した。


《おーこわ》


《美女にこんな怒鳴られた日はないな》


「おい、牢に入れておけ」


 キーアは衛兵に命令した。


「は!」



 衛兵は背筋を伸ばし返事をした。



 

 ドーンという重い音で牢の扉が閉められる。


「大人しくしていろよ」


「はーい」


 あまりに現実離れした状況のせいか逆に緊張感が薄れる。


 心地がいいとは言えないベッドに横たわり目をつぶった。


 少し時間を置き瞼を開けるが、レンガの天井は変わらない。


《昨日もいつもと同じように同僚と花金の酒を楽しんでいた》


《そのはずだが、起きたら異世界って》


《夢じゃないなら、帰る方法を探すか、ここで生きていくかだよな》


《いやいや、俺には戦士は無理だよ》


《始まりの合図が鳴って一秒ぐらいでバイバイだな絶対に》


 俺はあれこれ考えたものの、何かわかるはずもなく、不貞寝を決め込んだ。


 

 辺りが真っ暗で静かな闇に包まれてきた頃に轟音が鳴り響いた。


「急げ!守りをかためろ」


 次々と鳴る轟音の中、女戦士たちが走り叫ぶ声が聞こえてくる。


《おいおい、勘弁してくれよ》


 俺は何が出来るわけでもないが、体を起こし様子を伺った。


 パラパラと土やら石やら天井から降ってきた。


《これ、ヤバイよな》


【我の名を呼べ。異世界の戦士よ】


《え、幻聴?》


【我の名はリベラル。力欲しければ、我の名を叫べ】


 確かに声が聞こえるが、周りには誰もいない。


【我の名はリベラル。力欲しければ、我の名を叫べ】


 同じ言葉が繰り返された。


 城に響く音はどんどん激しくなる。


 そうこうしているうちに、天井が崩れて眼前に迫ってきた。


 俺は、無我夢中でさっきの言葉を口にした。


「リベラル!」


 叫んだ瞬間、閃光が体を包む。


 ドゴゴゴ、ドゴゴゴという轟音が鳴り響く。


 あっという間に牢屋は崩れた天井で潰された。


 埋もれた牢屋から先ほどの閃光が迸る。


 その輝きは始まりだった。


 いくつもの異世界を救う伝説の。


 


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