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第5話

 二人の頭上から、様子を見守っていました。

 二人は何の変哲もない普通のカップルに見えます。美十くんと、私。私、は、とても楽しそうに よく笑っています。

 街の中を歩きながらショーウインドウを眺めたり、時々、お店の中に入ったり。「私」は店に並べられた服や玩具や食べ物に、何でも興味津々です。そして、美十くんにアイスクリームを買ってもらったりしています。


 そのうち、西都タワーに着きました。展望階へ上がって行きます。着くとちょうど、時刻は夕日が沈む頃。二人は窓の景色に向きながら、しばらく黙っていました。二人の顔と周囲を、夕日の赤い光線が包みます。

 とても突き刺さるような赤。なぜでしょう。なぜ二人は黙っているのでしょう……? 私は遠くの景色より、二人の行動の方が気になります。


「行こうか」「そうね」


 と……まるで何の ためらいもなく、二人はエレベーターに乗り込み降りて行きました。

 え? それで終わり? 何だか、あっけないな……私は、そんな風に感じました。

 二人は、外へ出ます。


 タワーの周囲にある、新緑公園へ入りました。よくカップルが訪れるスポットです。現に今の時間帯にはホラもう、何組かのカップルらしき人たちが。

 そんな人たちの事より、二人です。

 二人とも、あんまり しゃべってないような気がしました。どうしたんでしょう、昼間は あんなに はしゃいでいたロリヤさんなのに、すごく おとなしくしています。

 疲れたんでしょうか? ……私の体、体力ないせいでしょうか……とか。


 湾岸沿いに出ました。船が見えます。もう辺りは暗くなって、遠くの照明が星のようになってきました。

 静かです……。


「もう、十分なのか」


 美十くんが、重そうな口を開きました。「ええ……。でも、このまま……」

 ロリヤさんは ゆっくりと湾の景色から美十くんの方へ顔を向けます。

「おじいさんと一緒に いたいの。ずっと。あの子には、悪いけど」


 え?


「この体、返したくない。あなたと、この身尽きるまで。一緒に いるわ」


 ちょっ、ちょっと ちょっと?


「許して。おじいさん。私を燃やした、あなた。私を……


 燃 や し た ! あ な た ! ! 」


 ロリヤさんの手のコブシが、爪で身が切れそうな程 固く握りしめられ、小刻みに震えています。これだけ離れているのに、私は魂なのに、熱い……どうして温度を感じるの?


 熱 い … …

 熱 い … …


 これが、ロリヤさんの怒り? 怒りの炎なの。

 どうしよう。近づけない。私の体。


 私の体を返して。


「私は ずっと、あなた と いるのよおおおおおおっっ!!……」


 ロリヤさんが歪んだ顔で叫ぶ……あれは、私の顔では ない……。もっと別の顔、ロリヤさんの顔です!

 とても見ていられない!!


「美十くん!! ……いやっっ……! 私の体を返してっ……!!」


 私も、叫びました。本当に私という魂の叫び。

 嫌だ 私の体で 美十くんにコレ以上 近づかないで……!!

 美十くん美十くん美十くん美十くん美十くん美十くん美十くん美十くん美十くーーん!!……


「 う る っ さ い っ っ ! ! 」


 パシッ。


 ……色んな事が、いっきに起こりました。

 ロリヤさんと私の叫びと、美十くんの怒鳴り声と……美十くんがパーでロリヤさんの頬を叩きました。

 一瞬、私が美十くんに叩かれたのかと思いました。叩かれたのは、もちろんロリヤさんの体です。

 ポカンとしている私と、叩かれたままに視線を向けたままのロリヤさん。

 私も、痛い……。


「おじいさんとやらが なぜ日本へ お前を連れて行かなかったのか。その苦しさが、お前には分かるのかよ!」

 美十くんが続けます。

「おじいさんはな! 自分の死期が もう間近だという事を悟っていたんだ。証拠に、日本に来てすぐ、おじいさんは亡くなっている。日本に いた時間は、ほんの わずかしか無かったんだ!」

 そうだ……美十くんの言う通りだ。私の小さい頃に おじいさんは亡くなっている。一緒に過ごしたのは、ほんの数年だけ。たった数年だけなんだ。

 おじいさんは、自分が もう長くないのを知っていた。

「いいか。おじいさんは生に限りある人間で、お前は死ぬ事のない人形。違うんだ。分かってくれよ……。おじいさんだって……あんたと一緒に、生きたかったんだ」


 ……美十くん……。


「自分の死ぬ所を見せたくなかったんだ……あんたに。あんたにはあんたの、人形としての道を行ってほしかったんだ。だから……」


 ……美十くん、泣かないで……。


「燃やさなかったんだ。いや、燃やせなかった。


 だから、あんたはここにいる。人形の体で、日本へ渡って来た。


 燃やされた、と言ったのは、あ ん た の 嘘 だ 」


 …………。


 シン……。


 風も、止んでしまった。


 もう、誰も動かない。


 偽りは全て溶けてしまった。美十くんに全て見破られてしまった。


 真実は一つ。おじいさんはロリヤさんを捨てた。

 ロリヤさんは おじいさんを探した。

 見つけたのは おじいさんでなく、ただの孫。孫には何の罪も無い。


 本当は灯油に 火 を つけたかった。


 おじいさんのように……。


『人形が魂を持つだなんて……』


 おじいさんの言葉。


『許してくれ』


 許さない。


 許さないわ。くやしいわ。涙も……。


「……この体は 涙が出るし痛みも感じるのね。……これが人間なのね」

 驚く。私も美十くんも。

 ロリヤさんの両目から、涙が宝石のように零れ出ていました。そう、宝石のように光輝いて。

 まるで それはエメラルドの輝き。ロリヤさんの瞳。

 涙が、こんなにも美しいものだったなんて……驚きです。

 手で何度も何度も涙を払おうと、また、叩かれた頬を さすりながら。

 とても人形とは思えない仕草でした。

「ごめんな……。ハンカチ持ってなくて」

 美十くんが申しわけなさそうにロリヤさんを見下ろしています。

「いいの。泣きたいから……。それと、本当に最後の お願いだけ、聞いてもらえるかしら。あなたたち二人に」

「? ……何」

「おじいさんが出来なかった事。私を燃やして。お祓いは しなくていいわ。できるものなのか分からないけど、魂を……人形の体ごと燃やして」


 そしてロリヤさんは倒れてしまいました。

 同時に、私(魂)が私の体にスポッと……。


 元に戻りました。ロリヤさんの魂が、元あるべき所に戻ったのでした。

 どこに行ってしまったのかな……でも きっと願いを叶えに来ると思います。


「直」


 美十くんの呼びかけに、私は目を覚ましました。上半身を起こされて、美十くんの腕の中にいます。


 ん?

 腕の中??


「あー良かった!!」


 美十くんの、安心しきった声が すぐ耳近くです。ちょ、ちょっと近すぎですコレは??

「ロリヤの野郎、直を返さなかったら……俺が燃やしてやろうかと思ったぜ」


 ……えーっと、私の体が燃やされるって事?? 美十くん、変です? いつもの理路整然らしくありません。

「おい。直。何か しゃべれ」

「おっ……、あ、はい? 生きてまーす?? ……」

 しゃべりました。それが美十くんに笑顔を もたらしたようです。いつか見た、美十くんの笑顔。私にも、してくれたんですね。


 私は、しばらくギューーッと美十くんに抱きしめられていました。

 熱いです。

 今夜はホット・ナイトです。


 ……


 数日後。無事テストも終わって、赤点は免れたものの。私の家で勉強会は続きます。私の部屋で、今日は英語を教えてもらっています。

「お前が百点満点とれるまで、ずっと来る」

 ……だ、そうです。永遠に無理なんでないかなぁ……。


 ちなみに。私と美十くんは、お付き合いをする事となりました。


「でも美十くんって。本当に おじいさんの生まれ変わりなの?」

「知らん。ロリヤのホラだ。そう思っとけ」

 ……何て冷たい答え……。ロリヤさんが気の毒に思えてきました。

「ロリヤさん、どこにいるんだろうね。燃やすにも……」


 今だに、行方が分かりません。音沙汰なしなのです……。


「案外、近くに いたりしてな」


 二人で そんな他愛のない会話をしていましたが……。

 ピタリと、お互いの動きが止まりました。


 ……そして、ガバッ!! っと振り返ります。私たち二人とも同時です。

 目線の先に あるのは押入れ。押入れです。


「まさか……」


 案外、近くに いたりして。

 近くに……。



 ……さぁ、開けてみましょうか。




《END》





【あとがき】

 マネキンの技師の方の仕事をTVで観ました。

 すごく面白そうに見えてしまった。私にも やらせてほしい……。

 

 ご意見・ご感想ありましたら、お願いします。

 本作品は、読者様の ご指摘により加筆・修正をしています。(H19.11.6.)


 ありがとうございました。



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