第3話
消灯時間が過ぎました。私のいる病室では、お母さんが隣のベッドで眠っています。
病室は個室から大部屋へ移り、他の人もスヤスヤと眠っています。人が何人か居るので安心は しているつもりなのですが、全っ然 眠れません。困りました。
おかげで、色々と考えてしまいます。
私、初めてロリヤさんを見た時は全然 怖くなかったのに。どうして次に会った時には すごく怖かったのでしょうか。
いや、逆だ。どうして最初、怖くなかったのだろうと。ふと、考えます。
私、ロリヤさんを知っているのではないのか?
……知っている? ……なぜ。
思い出せ……私と人形。……人形? ……マネキン…………?
……ああ そういえば。私が小っちゃい頃……よく遊んでいた お人形って。確かマリアとかいう手作りのものでした。誰かが作った、手作りの お人形……。誰が……?
……おじいちゃん? ……
妙に確信しました。もう、だいぶ前に死んでしまったけれど、本当に本当に微かな記憶の中で覚えがあります。
私が話しかけると、おじいちゃんは いつもニコニコと相手をしてくれていました。そして、いつも何かの やりかけの途中でした。あの時も。
私が「何してるの?」と尋ねると、「人形を作っているんだよ」と。
人形に限らず、物作りが好きな、おじいちゃん。
偶然でしょうか……。
ふと、何か物音がした気がして、目を開けてみました。
ヒタ、ヒタ、ヒタ……ピチャン。パシャ、パシャ……。
水のような音です。そして何か臭います。
……激しく、嫌な予感がします……。
私は体を ゆっくりと起こしました。もう動けます、何とか。
そして暗い中、部屋の入り口付近をじーーっと目を凝らして見てみます。何かチラチラと、影が動いているような。そして……?
床には。ドアの隙間から、水が。流れて入ってきています。
「…………!!」
分かりました! あれは……灯油です!! 灯油の臭いです!!
私は慌てて、ナースコールのボタンを押しました。
すぐに看護師さんが来てくれました。
やはり灯油。誰かが一斗缶を持ってきて、そのまま倒して置いたらしいです。幸い、火は つけられませんでした。
犯人不明ですが、分かっています。
ロリヤさん。
……
「これで はっきりしたな。ロリヤは確実に、お前に殺意を抱いている」
美十くんの話を聞いて、ますます怖くなりました。どうして。なぜ。
「私が おじいさんの孫だから……?」
私のポツリと言った言葉が、美十くんの顔色を変えました。「知っていたのか?」
私こそ、え、と美十くんの方を見ました。
「一晩かけて調べてきたんだよ。俺のトコのアルバムとか引っ張り出して、お前ん家の家族と撮った写真を探して。あったよ、何枚か。お前の おじいさんが写っているの」
と、手渡された三枚の写真。美十くん家にもあったんだ。私も探せば、きっとあると思います。
「で、ウチの母親にも聞いたり、おじいさんの名前で色々と検索してみたり。何か行き着けばラッキーかな? っていう軽い気持ちで、探してみたわけ。どうせ夜だから外には行けねーし。できる範囲で、調べてみたわけ」
今、病室を移り夜とは違う病室です。朝に なったら、言っていた通り美十くんが来てくれました。学校は昼から行くそうです。
灯油事件の事を聞いた美十くんは本当に私の事を心配してくれていました。何から何まで、美十くんに感謝と申しわけなさでいっぱいです。
「直の おばちゃんにも聞いた。思った通りだ。お前の おじいさんは昔、古物の取り扱いをしていて、その道じゃ結構 名のある人形作りの技師だったらしい。日本からイギリスへ、晩年は娘夫婦のいる日本へ。イギリスにいる間は、骨董屋だった。……お前が夢で見たのと一致する。お前は、おじいさん……鳩見 藤二郎の孫だ」
鳩見 藤二郎……そんな名前だったっけ……だった気がします。
「ロリヤにしてみたら憎いだろう。おじいさんは自分より孫のいる家をとったんだ。自分は燃やされて……されて?」
と、美十くんの動きが止まりました。
「燃やされて……ない、よ、な……? あれ……?」
「ロリヤさんは火あぶりにされて……って言ってたよ? やっぱり燃えてるんだ?」
「イギリスで燃やされている……? じゃあ、今まで見てきたやつは、何だったんだ」
何かが おかしい。
私たちは そう思いました。そして、美十くんが真剣な目で私を見ます。
うおっ……、私、とてもドキドキしています。
「……変な顔」
ひどいです……。ぐっすん。
「とりあえず、絶っっ対に一人には なるなよ。俺は これから学校に行く。分かったな?」
そして。
いきなりですが、今 病室に一人です。
大部屋ですが、他の患者さんは一人しか おらず、その患者さんも今どこかに行ってしまいました。お母さんも いったん家へ帰ってしまい……。
せっかく忠告してくれた美十くんに申しわけないです。
「昼間だし、大丈夫よね……」
と、自分に言い聞かせます。そして窓を見ました。
空気が固まりました。
窓に……逆さまになったロリヤさんが、へばりついています。上半身だけ、見えます。
そんな格好では、頭に血が昇……らないか? 人形だし。
スパイダーガール??
真っ直ぐ、私だけを見ています。そして何かを訴えかけているような、そんな視線。私も、ロリヤさんに釘づけです……。
ごくりと、つばを飲み込みます。逃げてはいけない……逃げても、また追いかけてくるだけ……。
私は決心しました。そして、目を閉じる。数秒待つ。
手には、美十くんがくれた お守りを握りしめて。
音が聞こえます。ガラガラ……窓を開ける音。ヒタヒタ……近づいてくる音……。
ヒタ……。
足音が止みました。私は、目を開けます。
いない。
誰も、いませんでした。
「どうして……?」私がベッドから下りようとすると、ヒラリと封筒が一通、床に落ちました。拾い上げます。
「ロリヤさんからだ……」
私は、すぐに開けて読みます。
一体、何が書かれているのか。気になって仕方ありませんでした。
《第4話へ続く》