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追加で話を書き足しました!ややこしいやり方で申し訳ありません
あれから地道に道を歩き、レネットに着いたのは月が真上に上がる頃。真夜中だった。石畳の上を歩き、ヒールのカツカツとした音が静寂な夜の街に響きわたる。
それもそのはず。マクシミリアンどころか、ルクレツィアやディーヴァでさえも道すがら一言も話さなかったのだ。
マクシミリアンは、気まずさゆえに。ルクレツィアは、久しぶりにたくさん話したので単純に疲れたからと。ディーヴァは、これからのあれこれのことが頭の中を占められていたので。話すどころではなかったのである。
ようやくレネットの店の明かりが見えて、一安心したのは誰の胸中か。率先してマクシミリアンが店の扉を開き、ディーヴァを中へと促す。
それに甘え、先に店の中に入ると。泣きそうな顔をした愛らしい天使が、一目散にディーヴァに向かって駆け寄ってきた。
「ディーヴァ!!」
「遅くなってごめんなさいね?でも、全部片付いたから安心してちょうだい」
「全部って・・・」
「あぁ、訂正。まだシュバルツの絵を落札していなかったわね。あれさえ手に入れれば、全て片がつくわ。………疲れているところ悪いのだけれど、話があるの。この二人が」
ディーヴァに小突かれ、恐る恐るエミリエンヌの前に姿を現した人物。それは、ずっと会いたくて話したくて。謝りたかった人、エミリエンヌの心の支えになっていたアルヒことマクシミリアンだった。
ルクレツィアは、先程からディーヴァの側でふわふわと浮いているのだが。彼女の存在を認知出来ないほど、エミリエンヌはマクシミリアンに釘付けになっていた。
「アルヒ……」
「積もる話があるだろうから、2階に行って話してきなさいな。ルクレツィア、この店の中ならあたしから離れても存在を保てるから一緒についていきなさい」
『あぁ、結界が張られていますわね。お店に入った瞬間、よりハッキリとわたくしの姿が見えるようになりましたもの』
「何もないところよりも、建物内の方が張りやすいからね。さ、早く行きなさい」
「「『ディーヴァは一緒に来ないの(ですか)?』」」
似た顔の者たちが、揃いも揃って同じ質問をしてきたことにディーヴァは思わず吹いた。言った本人たちも、照れるやら微笑むやら気まずくなるやらで反応に忙しい。
ようやく落ち着きを取り戻し、早々に『行かない』とだけ伝えれば不安気な顔を見せる者が約二人。
ディーヴァとしては、付き合ってやりたいのは山々なのだが。なにぶん薬漬けのままの女たちがずっとお待ちかねなのだ。
カダルでもやれないことはないだろうが、今回は薬の調合が細かすぎて難易度が高い。任せるにしても、監督しておいた方が無難と言えた。
「あなたたちが話終わるまで邪魔しないから、きちんとゆっくり話してそれぞれ憂いを無くしてきなさい」
「ディーヴァ……」
「エミー。この二人はね、あなたが知りたいことを教えてくれる人たちよ。なんでも遠慮なく質問しなさい」
「私が、知りたいこと?」
「ずっと知りたがってたじゃない!そな答えを、この二人がくれるから。もう、罪の意識に苛まれなくてもいいのよ」
小さな体で、背負いきれないものを背負って押しつぶされそうになっていた子供。泣いても、嘆いても、悲しみに暮れても誰も助けてはくれない。
信じられるのは自分だけ。それが当たり前だと、思わなければ苦しみのあまり当の昔に死んでいただろう。
自分の望むものをくれる人。望む物、望む言葉、望む願い。その全てを与え、叶えてくれる人。目に見えない神などよりも、こちらの方がどれだけ尊いことか。どれだけ救われることか。
「あり、がと……ディーヴァ……!!」
「お礼は話を聞き終わってからよ。それじゃ、また後でね」
エミリエンヌたちと別れ、置きっぱなしにしていた自分の軽装の服を持って奥の部屋に足早に向かう。もう夜遅く、やることは詰まっているばかりかなんの話し合いも出来ていないのだ。
オークションに参加する以上、莫大な金が必要になる。エミリエンヌの金は一切使わないとしてもだ、ロアーに頼んで運んでもらう時間も必要で。
それにシュバルツの宝の謎解きもまだ残っている。やることがてんてこ舞いで、頭の中をフル回転させながら女たちが待っている部屋に到着した。
ーーーーーーエミリエンヌたち三人は、しずしずと2階へと上がり客間として使っている部屋に入った。ここなら椅子は複数あるし、客間なのでそれなりに広い間取りになっている。
三人が一緒にいても、狭く感じることもない。圧迫感を感じれば余計に落ち着かなくなり、話どころではなくなるとエミリエンヌなりに考えてのことだった。
「…………ルクレツィア。あなたから話すか?」
『わたくしは長くなると思いますので、マクシミリアンからどうぞ』
妹からそう言われ、マクシミリアンは余計に気鬱になりそうな心持ちになった。話しづらいことゆえに、まずはルクレツィアから話をしてもらって様子を見たかったのもあるだろう。
………期待に満ちた瞳で、エミリエンヌがマクシミリアンをジッと見つめている。ただただ、マクシミリアンだけを見ているエミリエンヌにようやく観念し。重い口を開くのだった。
「まずは、謝罪をさせてほしい。申し訳なかった」
「は?え、なぜ……?」
「君に、何も告げなくとも構わないと思って黙って去ってしまったことをだ」
ディーヴァに言われて、初めて気づいたのだから我ながら情けないとマクシミリアンは思わず項垂れる。
己の存在感の強さをもっと自覚するべきだと、この場にディーヴァがいたなら説教の一つでも言うのだろうが。あいにく今は、お互いに気を使う者同士しかここにはいない。
話も先に進まないので、反省するのは後にしてマクシミリアンは続きを話始めた。
「まず、私は没落したあの家の正式な血族ではなかった。だから屋敷に住めなくなっても、特に困ることなどなく元々の住み処に帰ったんだ」
「え?」
「当時はあの屋敷に住まう貴族の年齢に合わせて12~13歳ほどの見た目に変化していたから君が私の心配をするのはもっともな話だった。しかし私は有に200年は生きているから生活の術は心得ている。したがって、君が負い目を感じることもなければ金を私に渡すこともしなくていい。君には、なんの責任もないのだから」
次々と明らかになる本当の真実に、エミリエンヌは口を挟む隙もなくただ黙って聞いていた。どこからつっこめばいいかわからなかったのもあるだろう。
そういった人間の細かな心情に気づかなければいけないのだが。いかんせんマクシミリアンは、そこのところは人より疎い。
だが妹のルクレツィアは、やはり兄よりは人生経験は豊富というか。すかさずエミリエンヌを覚醒させてもう少しわかりやすく説明し直した。
『つまりですね、一生懸命頑張ってくれたのに申し訳ないがあの時のことはまったく気にしていないし今現在お金にも困っていない。だからこれからは自分の為に生きてほしい、と彼は申しているのですよ』
「………丁寧な補足を感謝する」
「え、えっ?えっ!?それじゃあ、ドロエ家のことは恨んでないの?まったく?!これっぽっちも!!?」
「そうだ」
「変化してたって?200年生きてるって………それにさっきからフヨフヨ浮いてるこの女の人は一体誰!?」
今さらな疑問の数々に、まずは落ちつけと声をかける。エミリエンヌの質問はもっともであるし、マクシミリアンも謝罪する以上は自分の正体についての説明も必要だと考えていたので。エミリエンヌが落ちついたのを見計らって、再び口を開いた。
「まず、私の正体について。先程知ったばかりなのだが………私は天使らしい」
天使。天の御使い、神が創りたもうた神聖な存在。教会のステンドグラスや、絵画、物語などで見たことがあるのが純白の清き羽を広げ穏やかに微笑む美しい金髪の天使だ。
言われてみれば、確かにマクシミリアンの姿は神聖な天使の姿そのものである。隣でフヨフヨ浮いている女性も、マクシミリアンとどことなく雰囲気が似ていて。なるほど、彼女も天使なのだとエミリエンヌは悟った。
だが、よくよくルクレツィアのことを観察すれば誰かに似ている気がした。誰だったか、身近にいた人物によく似ている。
「………あぁ、わかった」
その清らかな白百合の風貌は、2番目の姉にとてもよく似ていたのだ。引いては、絵画の中だけでしか見たことがない母親にもよく似ていた。
昔、物心ついたばかりの頃に絵画の母親に似ているという理由から。姉のことを母親と呼んだことがあると、古参の侍女が話しているのを聞いたことがあった。意識して見比べたことがなかったが、言われてみれば確かによく似ていた。
「今度は驚かないのだな」
「いえ、逆に納得がいったの。あなたの美貌を前にすれば、むしろただの人間と言われた方が納得しないもの」
比喩ではなく、文字どおり眩いばかりに光輝いているのだ。光を遮るものが欲しいところだが、目を細めるだけで精一杯なので仕方なく諦める。だがそれを睨みつけていると勘違いしたのか、少し慌てたようにルクレツィアがフォローに入った。
『彼が申しました通り、本当についさっき自分の正体を知ったばかりなのです。決してあなたを騙そうとした訳では………!』
「そんなことは考えてもいないから。大丈夫、騙されたなんて思っていない」
『………怒っておりませんの?』
「なぜ?怒るはずがないわ。だってアルヒの立場からしたら、確かに私に言う必要はなかったもの。お別れぐらいは言ってほしかったけど、裏を返せば別れを言わなかったことでこうしてもう一度会えたんだから」
究極の勘違いの件については、このまま無かったことにしてもらえるとありがたい。エミリエンヌは心の中で、ずっと考えていた。
しかし、だ。こうして誤解が解けてなんのわだかまりも憂いも罪悪感も無くなったことで。エミリエンヌは、言い様のない解放感に包まれた。
家のことは全て解決した訳ではないが、ずっと気にかかっていたことがこうも呆気なくではあるが解決したのだ。
今ならあの父親にだって勝てる自信があると言ってしまいそうになるほど、エミリエンヌの機嫌は上々だった。
「………誤解だったことと、アルヒが天使だということはわかったわ。それで、彼女は誰?」
ようやく自分の番が回ってきたと言わんばかりに、ルクレツィアの魂がいっそう輝きを増した。今までは、淡く光る程度だったのだが。喜の感情が増したことで、光も増したのだろう。
ずいっとエミリエンヌに近寄り、『もっと早くこうしてお話ししたかったのです!』と嬉しそうに話すルクレツィアを見て。姉はこういう人だったか?と、エミリエンヌは本気で考えこんでいた。
そしてすぐに、よく似た別人なんだろうという結論に至る。満面の笑顔を見せるようなことはなかった人なのだから、目の前にいる人が同一人物なはずがない。
もじもじしながら、早く話そうとしているのだが。どうやらき恥ずかしいらしく、なかなか話そうとしない。マクシミリアンが促して、ようやく意を決して口を開いた。