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 しかし、ルクレツィアは特に焦っている様子もなく。

むしろ積極的に、マクシミリアンに質問し始めた。


『好きな物はなんですか?』

「日光浴と月光浴だ」

『まぁ、わたくしと同じ……!好きな色は?』

「鮮やかな青、だな」

『まぁまぁ!それも一緒だなんて……わたくしたち、やはり双子なのだと確信しますわね』


 まるで踊るように、クルクル回り嬉しそうにはしゃぐルクレツィア。

そんな妹の様子に、マクシミリアンは戸惑いつつも。

どこかホッとしているようだった。


「そう、なのだろうか……」

「あなたたちはソックリよ。変なところで頑固で、相手を想う一途な心ところなんかは……ね」


 むしろそれが、天使の属性と言っても過言ではない。

一見、儚げで優しい雰囲気の天使ではあるが。

こうと決めたら意地でも曲げず、一直線。

それでいて愛情を向ける対象には、無償の愛を捧げるのだ。

ひどくたちが悪いとディーヴァは思う。

並みの相手なら、太刀打ちするどころか完全ノックアウトだ。


「ところで、リリアンヌに乗っ取られていたとはいえ。あなたの意識は、ちゃんと存在していたんでしょう?」


 ディーヴァにそう聞かれれば。ルクレツィアは、恥ずかしそうに頬を染め。下にうつ向いてしまった。


『お恥ずかしい話なのですが……。意識はあるにはあったのですが、夢うつつといった風で』

「つまり寝ぼけているようだっと?」

『申し訳ありません』

「あたしに謝られてもね。……そんな状態だったから、リリアンヌの好き勝手にさせられていたわけだ」


 思い返せば、口に出すのもおぞましいことばかり。

天使であるルクレツィアが、よく正常な精神を保てていたものだ。

呆れながらも、違う意味でディーヴァは感心していた。


『あまりにも酷い場合には、そのぅ。少しばかり忠告はいたしました。ですが……』

「なしのつぶて、だったでしょうね」

『無理やり意識を押し込められてしまいました……』


 しゅん、と悲しげに落ち込む様は。

さしずめ白百合を背負った、聖女の絵画のようだ。

美しく、清らかで優しげで。この世の汚れをなに一つ知らない、無垢なる乙女。

だが中身は、この世の残虐をその目で見てきた無垢とは正反対なモノ。

そのアンバランスさが、彼女の危うい魅力を高めているようにも見えた。


「ねぇ」

『はい』

「当時のドロエのご当主、あなたの旦那様ってどんな人だったの?」


 唐突に、ディーヴァがそんな質問をした。

いきなり過ぎて、とっさに反応出来ずにいたのだが。

質問の内容をようやく理解すると。

見てる方が恥ずかしくなりそうなほど。

耳まで真っ赤に染まった。


『…………』

「……別に、あなたたち夫婦の恋愛遍歴を、詳しく話せと言っているわけではないんだから」

『ですが、そのぅ。あらためて話すとなると、いろいろ思いだしまして……きゃっ』


 真っ赤に染まった顔を両手で隠し。

きゃーきゃー叫びながら恥じらう乙女の姿が。

ルクレツィアは、あんなことがあっても。

当の昔に相手が死んでしまっても。

未だに当主に恋をしているのだ。

愛しているのだ。

幸せそうに、うっとりと嬉しそうに微笑む。

夢見心地の彼女を、手を叩いて現実に連れ戻した。


「幸せだったのね」

『はい。旦那様は、優しくて賢くてお強くて。威厳があり、かといって気取りすぎることなどなく。お茶目なところもおありになって……』

「あー……うん、わかった。聞いておいてなんだけれど、ノロケは結構よ」

「ノロケではありません、事実ですわ!」


 そうは言うが、ディーヴァが止めなければまだまだ話は続いただろう。

恋に盲目になっている女のノロケを聞くことほど。苦痛なことはない。

それにディーヴァの聞きたいことは、そんなことではなかった。


「あたしが聞きたいのは当主の人柄もだけど、交友関係の方が特に知りたいの」

『交友関係、ですか?』

「そうよ。あたしの読みが正しければ、シュバルツと親しくしていたんじゃないの?」


 目的地に進めていた足を止め。ルクレツィアに確認するように、ジッと見つめる。

すると、


『シュバルツを後援することをキッカケに、お二人は親友になりましたのよ』

「よほど馬が合ったの?」

『なぜか酒の飲み比べを始められ、共に酔いつぶれて。それから急激に仲良くなられておられました』

「男って奴は……」


 呆れたように深いため息をこぼしつつ。

だけど次には可笑しそうに笑い、兄妹は首を傾げた。


「マクシミリアン」

「はい」

「このままシュバルツの墓に行っても、中には入れないわ」

『どういうことですの?』

「鍵が無いのよ。その鍵が、エミーが手に入れようとしているシュバルツの下書きの絵の中に隠されている」


 関係ない者を、あくまで自分の墓の中に入れない為に。親友に大切な鍵を絵と共に託し、永遠の眠りについた。

間違ってはいないが、方法が懲りすぎているのでディーヴァは怪盗にでもなった気分だった。

呆れたらいいのか、秘密を暴く楽しみが増えたと喜べばいいのか。

実に複雑だった。


「と、いうわけで。今からすぐに墓参りは出来ないから、レネットに行きましょう。……マクシミリアンとルクレツィアも、あの子に話さないといけないことがあるだろうし」

『……やはり、話さなければならないでしょうか?』

「あの子はずっと知りたがってた。自分の肉親、母親のことを。今まで全てを見てきたあなたなら、教えてあげられるでしょう?」


 体を乗っ取られていたとはいえ、ルクレツィアはドロエ家の全てを見ていた。

エミリエンヌが知らない母親のことを、語ってあげてほしいとディーヴァが願うのは。

彼女が知りたがっていることも理由の1つだが。

自分を生んでくれた人のことを知ることで。欠けている物を埋められると思ったのだ。

それは虚無感だったり、心の隙間、孤独感。人それぞれだ。

だが、エミリエンヌの内面を見る限り。

母親は悪人ではないという確信が、ディーヴァにはあった。

ルクレツィアもその意図に気づいたのか。

微笑みながら静かに頷くと。

今度はマクシミリアンが口を開いた。


「私は話すことなど……」

「あなたのことを、ずっと心配していた。罪悪感に苛まれ、心の中で謝り続けてた。それでもあなたは、エミーに話すことなど何もないと言うつもり?」


 当時、マクシミリアンはある貴族のたっての願いで一緒に住んでいた時期があった。

それというのも、マクシミリアンなりに教会の現状を憂いて。

なんとか補修出来ないかと思い立ち。

援助をしてもらう代わりに、しばらく貴族の遠縁の者として滞在した。

マクシミリアンの、人並み外れた美貌を買われての申し出だったのだ。


 しかし、援助をしてもらう前に家は破産してしまい。

結局は、元の生活に戻った訳だが。

まさか暇潰しに相手をしていた女の子が。

そこまで思い詰めているとは、夢にも思っておらず。

どう話したらよいものやら、思案に明け暮れていると。


「全て正直に話す必要はないけれど。今自分はきちんと暮らしているから、安心してほしいぐらいは説明するべきね」

「それでいいのだろうか」

「細かく話してエミーが絶望したらどうするの!あの子はあなたの為に、お店まで経営しているのよ!?あなたにまとまったお金を貢ぐ為に!!」


 文面だけ聞いていれば、一生懸命働いて稼いでいる女の子から。金をむしりとるヒモに聞こえなくもない。

しかしマクシミリアンは、お金を受け取る気など毛頭なく。

自立もとうに出来ていて、誰かに頼る必要はないのだ。そこを上手くエミリエンヌに説明しろと、ディーヴァは言っている。


「あの子は家族の愛情が圧倒的に足りなくて少なくて、それを補う為にあなたにそれを求めている。あなたに囚われていると言ってもいいわ」

「私はそんなつもりは……」

「ないことは知ってる。だけどエミーは、それを知らない。だから教えてあげてと言っている。……あたしの言いたいこと、理解出来る?」


 そんなことになっていたことも知らなかったのだ。

ディーヴァに言われ、初めて説明しなければならないと自覚する。

マクシミリアンは、知らず知らずの内に1人の女の子の人生を大きく変えた事実に。

無表情ながらも、一筋の冷や汗が流れた。


「今夜は忙しいわよ!薬漬けにされた女の子たちを治さないといけないし、明日のオークションの打ち合わせもしないといけない」

「オークション?」

『それが何か関係があるのですか?』

「大有りよ!オークションに出品されて、エミーが欲しがっていたシュバルツの下書きの絵!それに鍵が隠されているのよ!!」


 シュバルツの絵だとしても、下書きゆえに多少価値は下がる。

だが、大切な物ほど価値ある物に隠すと大抵の人間なら考えるだろう。

そこが付け目だ。


「シュバルツの宝の話は、かなりの人間に知られている。だけど価値ある絵画を調べようにも万が一傷が付いて価値が下がったら大きな損害だから手が出しにくい。時間稼ぎにはもってこいね」

『下書きの絵は、シュバルツらしからぬ手法が使われていたとかで鑑定も容易ではなかったと聞いております。ですが、よくよくシュバルツのことを知っているディーヴァなら、』

「気づいてみせるわよ、必ずね!」








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