73〜ルクレツィア
催促ありがとうございます(^o^)( 〃▽〃)
「他人の子だから愛せる。お前も、愛していたよ?」
不器用で、他人に対して臆病で。そこがひどく滑稽で……だが愚かしくはない愛らしさを感じていた。
「ディ、ヴァ……はなし、」
「愛していたから、せめてあたしの手で殺してあげようと思っていたのに。性懲りもなく体の予備を用意していたのだから……呆れを通り越して感心すらおぼえたわ」
「たすけっ……」
「あの天使の体の正体、おおよその検討はついていたから迷わず灰にしたけれど。さすがにジュリエンヌは可哀想だから、この体は壊さない」
フッと、首回りの圧迫感が無くなった。
ようやく呼吸がまともに出来るようになって、吐きそうになるのを必死にこらえ息を整える。
だが、近づいてくる足音に体が大げさに反応した。
「生きたまま魂を体から引き剥がすのって、死ぬよりも辛く痛いって……知ってる?」
「え……?」
「体の神経に繋がれた魂を、無理やり引き剥がすんだから。死ぬほどの激痛なのに、意識は生きたままなんだから……苦痛よねぇ」
「ディーヴァ……!?」
「お仕置きよ」
ディーヴァの手が、ジュリエンヌの頭部にめり込む。
肉体には傷一つ無く、体内に存在する魂に直接触れていた。
しかし、肉体から魂を無理やり引き剥がされる場合。
かなりの痛みを伴う。
あるはずのものが、自分の中から出ていってしまう。
失ってしまう、大切なものが。
痛みと共に訪れる、大きな喪失感が突如襲う。
涙が止まらない。
魂の叫びが辺りに響く。
だけど、ディーヴァはさらに手を進めた。
「い゛あああぁぁぁ!!!!!や゛め゛でっっ……!!!!」
「わざと痛く、辛く……酷くしてあげているんだから。ちゃんと、あたしを感じなさいよ?」
魂が、まるで皮を一気に剥がすように体から引き剥がされた。
ジュリエンヌの体は地面に打ち付けられ、ディーヴァの手にはリリアンヌの淡く輝く魂が。
あれだけのことをしていても、魂だけは美しい輝きを放っているのだから。
皮肉なものだと、リリアンヌの魂を見ながら笑った。
あまりの衝撃に耐えられなかったようで。
魂の意識は、まだ浮上していない。
目覚める前に、魂を小さくまとめて持ってきた小瓶の中に入れた。
「……どうする気だ?」
「あたしはね、一度愛した者はあたしが死ぬまで愛するって決めているの。たとえ、相手がどれだけ変わろうとも。魂まで変わらないとわかっているから」
小瓶を軽く振り、淡い光を放つ魂を見る。
たとえ罪を犯そうと、自分を利用しようとしても殺そうとしても。
心から憎んだとしても。
愛することはやめない、相手を絶対に裏切らない。
変わることを変えないディーヴァ。
「後始末はきちんとするつもりよ。……ところで、なぜあなただけをここに残したかについてなんだけれど」
「私がここにいる意味がわかりかねます」
「意味無くしていてもらう理由はないわ。……会わせたい人がいるのよ」
リリアンヌの魂を胸元にしまいこみ、親指をかじる。
血が滴ったところで、お決まりの呪文を唱えはじめた。
『『エゼル』故郷は愛しきものなり。繁栄のなか、その館にて、まったきものを享受しえるとき』
手をかざし、そこから淡い光が集まりなにかの形を成していく。
ハッキリと姿を成したそれは。
眩い黄金の髪をたなびかせ、優しい印象を与える空色の瞳がマクシミリアンをまっすぐ見つめる。
透けている手を伸ばしたかと思えば、笑顔のまま涙を溢した。
『会いたかったっ……』
「……誰だ?」
「あなたの妹」
そう言われ、マクシミリアンの瞳が驚愕に揺れる。
自分は孤児だったはずだった。
たった一人でいた赤ん坊だった自分は、拾われて育てられた。
家族が誰かはわからない。
血縁がいたかすら不明だ。
それが、こんな形で出会えるとは。
「リリアンヌにある程度育てられ、それから体を乗っ取られてドロエ家に入り込んだみたいよ。長い間、ずーっと。ドロエの家に囚われていたみたいね」
「ずっと、とは……」
「二百年前、ドロエ家の当主に見初められ妻に迎えられた。それから遠い時間を越えて、生まれたのがエミリエンヌよ」
エミリエンヌが、マクシミリアンに惹かれていたのは唯一自分に優しくしてくれただけじゃない。
同じ血が流れる同胞を、無意識のうちに感じとっていたのだろう。
孤立無援だったから、余計に彼を求めたのだ。
「ある種族が、二百年前に双子の子供をこの地上に避難させた。すぐに迎えに来るつもりだったけれど、その時にはもう遅かった」
女の子供は魔女に拾われ、その生涯を終えるまで利用され続けた。
男の子供は人間に拾われ、共にあり続けたいと心から思うように育った。
そんな双子の生まれ故郷、遥かなる天上に住まう種族。
「『天使』。しかもただの天使じゃない。その中でも最高位に位置する『女神』と『天使長』……本来なら、そうなっていたはずなのにね」
あまりにも長く地上にいすぎたせいで。
人と同じ物を食べ、清浄とは言いがたい空気を吸い続けた結果。
清らかなオーラをまとう天使ではなく、人並み外れた美貌の天使もどきになってしまったのだ。
「なぜ、あなたが詳しい話を知っているんだ?」
「秘密!……と言いたいところだけれど、ずいぶん前に頼まれていてね。二百年前に行方知れずになった、天使の子供を見つけたら教えてほしいって。双子だと聞いていたから、まさかあなたがそうだとは思わなくて」
不思議なオーラを持つ子供だとは思っていた。
もしかしたら、そう考えなくもなかったが。
気づけなかったという理由と一緒に、誰にも割っては入れない幸せな空気が包み込んでいたから。
深く考えずにいた。
結果、こうなってしまったが。あの時の選択が正しかったのかどうか。
今でもわかりかねる現状ではある。
「今さらだけれど、この子の魂と一緒に天上へ帰るようにしてあげることが出来るわ。人と交わってしまったから肉体は無理だったけれど、魂は穢れていないから」
「私は……」
「あなたの場合、人と同じ食事を摂ったぐらいなら、まだなんとかなるわ。あなたの体を清めて、故郷へ帰してやれる。もう、一人でいることはないのよ」
「一人じゃない」
ディーヴァの話を遮るように、マクシミリアンは口を挟んだ。
意思の強いハッキリとした眼差しで、彼は言った。
「一人じゃない。私は……今の現状で満足している。今さら天上になど帰れない」
「満足?あんな吹きっさらしの、今にも倒壊しそうな教会で暮らしていることが?」
「大切なのは、見た目が美しい教会や大聖堂に暮らすことじゃないだろう。“自分がどこにいたいか”だ」
「なら、なぜあのおんぼろな教会にこだわるの?」
「それはっ……」
顔を伏せ、口を濁す。
今まで守り続けてきた大切なモノ。
それを言葉にするのは、とても勇気のいることだ。
だが、なぜ今まで守ってきたのかその根本の理由を思い出し。
意を決したように、マクシミリアンはようやく語りはじめた。
「あそこには、あの人が眠っている。二百年間、ずっとあなたを待っていた」
それは、マクシミリアンを拾い育てた人物であり。
ディーヴァと出会ったことで、人生を切り開けた功労者。
その多彩な才能を惜しみなく発揮し、生涯たった一人の女性を描き続けてきた男。
「『シュバルツ・ベルナー』」
「あの人は己の死期を悟ると、最後の作品を最高な物に仕上げ、それを一番にあなたに見てほしいと望んだ。だから私は、墓守も兼ねてあなたが訪れるのを待っていたんだ」
「最後の最期まで、熱心な芸術家ね。その情熱は賞賛に値するわ。……公表したら、また彼の名声は高まり神格化されるんじゃない?」
「あの墓は、シュバルツが自分自身の為に造り上げたものじゃない」
「なら、芸術を愛する者たちの創作意欲をかきたてる為に造ったとでも?」
マクシミリアンは、すでに答えを言っているのに。
あえて誤魔化すのは、ディーヴァの悪い癖だ。
わかっていたのだ。
シュバルツはただの人間で、自分よりも遥かに早く死ぬことは。
だから死に目に立ち会うことが恐くて、まだまだ元気なうちに別れを告げ去った。
そして、彼は芸術家だから。
きっと他に類を見ない、素晴らしい墓を造るだろうことも予想していた。
むしろ確信していたのだ。
その墓を、二人が出会った教会に造ることも。
また、信頼出来る誰かに墓守を頼むこともだ。
「あなたに出会ってからは、シュバルツはあなたの為にしか作品を造ってこなかった。あなたへの想いを全て注ぎ込んでだ」
「……光栄ね、偉大なる芸術家にそこまで想われるなんて」
「会ってもらえるな?」
「元からそのつもりだけれど、でも。あなたの方はどうするつもり?」
「何がだ?」
「あたしが墓参りを済ませたら、もうあなたの役目は終わりでしょう?地上にいる意味もない。なら、天上に帰った方がいいんじゃない?」
「……全てが終えたら、改めて返答する」
「ならあたしも、全てを終えるまでは何も聞かないことにするわ」
ようやく、墓参りが出来る。
シュバルツ・ベルナーが遺した遺作。
恐らくは、この世で最も芸術的価値が高い作品だ。
しかもそれは、ディーヴァの為だけに造られた物。
少なからず、胸のトキメキが抑えられずにいた。
『わたくしも……ご一緒してもよろしいでしょうか……?』
「むしろ一緒にいてちょうだい。今下手に離れると、あなたの存在を保てなくなるわ」
『…………申し訳ございません、お手数をおかけしまして』
「あなたのせいではないでしょう?」
「あの、ディーヴァ」
背後で浮いていた女と会話していると。
先ほどから気になって仕方ないマクシミリアンが、今ごろ声をかけてきた。
紹介するのをコロッと忘れていたディーヴァは。
誤魔化すようにわざとらしく笑い、とってつけたように女の紹介をはじめた。
「この子は『ルクレツィア』よ。あなたの妹……になるかしらね、エミーの遠いご先祖でもあるわ」
「どおりで、面影が似ていると」
「笑った顔がソックリだと思わない?エミーもルクレツィアに似て、きっと美人になるわよ!」
教会に向かいながら、兄妹たちを互いに紹介する。
仏頂面なマクシミリアンに対し、ルクレツィアはまさに天使の微笑みを浮かべ会話をしていた。
『エミリエンヌは歴代のドロエの人間の中で、最もわたくしに似ているとは思っておりましたのよ。……ただ、性格は少々苛烈と申しましょうか。素直でないところがありますけれど』
「そこがまた可愛いんじゃない!素直じゃない子が、たまに可愛いことを言うあのギャップ!たまらなく愛しいわぁ……」
下手をすれば変態発言も、美女のディーヴァだからこそ許される。
かなりギリギリではあるが。
うっとりと悦に入っていると、今度はマクシミリアンが話しかけてきた。
「あなたは、ちっとも不幸には見えないな。むしろ、誰よりも幸せそうに笑っている」
うっとりしたままのディーヴァそっちのけで。初めてルクレツィアに話しかけた。
初の兄妹としての邂逅に、緊張が走る。