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 神の御許は清浄な場所。

救いたもう、救いたもう。

祈りを捧げ、赦されよう。

救いたもう、我らを救いたもうて。

神のご加護に、すがりたもう。




「ぅ……?」


 遠くから聞こえてくる、美しい讃美歌。

今よりまだ小さな頃、アルヒに連れられて大聖堂に行った時に聞いたものと一緒だった。

荘厳なるパイプオルガン音色が響き、歌声と共に昇華される。

神の御許まで届くだろう。


「ここは……?」

「目覚めたのね」


 暗闇の中から、聞きなれた声が聞こえた。

そちらに顔を向けると、壁に寄りかかった女が立っていた。


「ずいぶんグッスリ眠っていたじゃない。この薬の効き目も良かったんでしょうけど、精神的にも疲れていたんじゃない?……大好きな幼なじみの為に、奔走していたみたいだし」


 手に持つ薬入りの瓶を左右に振りながら、鼻で笑う。

エミリエンヌはここにきてやっと、話しかけてきているのが誰だかわかった。


「ジュリエンヌお姉様!?」

「やっと気づいたの?……相変わらず、平和ボケしている子だこと」


 ゆっくりと、エミリエンヌの方に歩いてくるジュリエンヌ。

近づいてくるにつれ、その迫力にせまった表情を目の当たりにした。


「……昔から、お前のことが気に食わなかった」

「え?」

「どれだけ不遇な目にあわせても、みすぼらしくもならず汚ならしくもならないで。美しく、愛らしく、誇り高い姿のままで。お前は……人を惹きつけてやまない魅力を、生まれながら兼ね備えていた」


 それがとても、憎らしくて仕方がない。

歯ぎしりするほど顔を歪め、エミリエンヌを睨み付ける。

絞り出された声は、おどろおどろしいものだったが。

今すぐどうこうなる気配は、感じなかったので。

ひとまずは動かないでいた。


 寝かされていた場所は、フカフカのソファーの上だったが。

こう暗くては、動くのは危ないと。

そう考えてのことだった。


「教えておくれ」


 ジュリエンヌの顔が、吐息の熱さを間近で感じるほど近くなる。

驚いて思わず後ずさるが、さらに回り込まれ逃げ場を失った。


「教えておくれ、エミリエンヌ」

「何、を?」

「なぜあの方は、お前をひどく気にかける?」

「あの方?」

「お前にひどくご執心で、寵愛している尊きお方のことだ。…………教えておくれ」


 右手が、エミリエンヌの柔らかな頬に触れる。

表面を軽く滑るように触れた程度だが……身体中が悪寒で身震いするには、充分過ぎる行為だった。


「私には無くて、お前にあるものはなんなのか」

「お姉様っ……!」

「あの方はなぜ、私を求めてはくださらないのか……あの美しい金の瞳に、私を映してはくださらないのか――――」

「金の、瞳?」

「闇夜に浮かぶ、鮮やかな金の瞳っ……!!あの瞳で見つめられたら、私の為だけに愛を囁いてくださったら……」


 この身が果てようとも、構わない。


 まさしくこの身の全てを賭けて、手に入れたいと望んだ。

それをこの子供は、自らが望んだ訳でもなく。

努力すらせず、目の前でかすめとるかのように。

簡単に、奪った。


「さぞ、嬉しいことだろう」

「お姉様、痛いっ……!」


 頬に徐々に食い込む爪を退かそうと、両手を持っていくのだが。

エミリエンヌの力でも、腕くらいは退かせそうなものなのに。

びくともしない、まるで固定された鉄の棒だった。


「今まで酷い目に合わせてきた人間に、体のいい仕返しが出来て。内心では喜んでいるんだろう!!」

「違っ、私はそんな……!!」

「なぜ、お前は愛される?なぜ私ではだめなの……?お前と私の何が違う!?」


 彼女は、泣いていた。

大粒の涙を、珠のように頬の上を転がして。

それは止まることなく、溢れて止まらなかった。


「私は、あの方が欲しい!たとえ、どんなことをしてでも……っ!!」


 エミリエンヌは、自分の首が絞まるのがわかって。

一瞬で死を覚悟した。

昔から体罰は無かったものの、いつ殺されてもおかしくない状況下にあったのだ。

こんなところで、自分の生涯の幕引きだなんて。


(……せめて最後に、あの人に会いたかった)


会いたい人に会えずに死ぬ。

そんな悲業の死を、まさか自分が遂げることになるとは夢にも思っていなかったので。

自然と口角を上げる。

それを見た殺す側は、余計に力を入れた。


 エミリエンヌの息も絶え絶えになりかけた、その時。

不思議な歌声が流れる。

甘いような蕩けるようなその歌声は、少女たちの耳に届く。

遠くから聞こえてくるそれは、だんだんとこの部屋に近づいてきて。

ふと、部屋の前でその歌は止まった。


「次はエミリエンヌの体を奪うつもり?」


 ドアを蹴破って破壊した大きな音と共に、全身を正装の黒のドレスに身を包んだディーヴァが。

ラウフとマクシミリアンと共に、部屋の中に踏み込んだ。


「なぜここがっ」

「キャー、スゴーイ、定番ノ決マリ文句ガ出ター」

「棒読みし過ぎだろ〜」

「仕方ない、確かに定番過ぎる」

「この大聖堂の司祭との繋がりに、気づいていないとでも思った?街中を歩いて、司祭のあまりよろしくない趣味の噂を拾っておいたの。ジュリエンヌがだめ押ししてくれたから、簡単に捜しだせたわ!」

「げほっ、ディーヴァ……!!」

「エミー、少しだけ待っててね?すぐに終わらせるから」


 今だかつてない程の笑みを浮かべた後、すぐにジュリエンヌの方に顔を向ける。

その顔は、無表情だった。

冷たさを帯びて、刺さるような視線が見られている側を襲う。

必死に涙をこらえるも、その冷たさに耐えきれず。

再びポロポロと溢すのだった。


「リリアンヌ、……そういえば名前を変えなかったのね。二百年間、ずっと」

「……名前を変えたら、わかってくれないと思ったから……」

「は?」

「ただでさえ、姿が変わっているのに……名前まで変えたら、あなたは、私だと……気づいてくれないのでは、ないかと。そう思って」


 ある意味、とても純粋で……一途で。

痛々しい気持ちを、永い永い間。

ずっと、持ち続けて。

必死に、守り続けて。


「前を見ることは出来なかったの?」

「私は、あなたを……」

「淀みの中に留まって、たった一つのものしか見ようとしないで。……虚しくないの?」

「私に残ったものは!もうあなたしかなかったのです!!」


 家族はとうの昔に死んだ。

新しく家族を作ることは、出来たかもしれない。

だがリリアンヌは、ディーヴァを望んだ。

赤の他人に踏み込むことを恐れ、助けてくれた唯一無二の存在にひどく心惹かれ。


 他には何もいらない、欲しくない。

ディーヴァだけでいい、ディーヴァしかいらない。

この手に残るものは、たった一つのものでいい。


「あなたの家族になりたかった」

「……あの頃はかなり危険な生活をしてて、とても子供一人を連れて旅に出られなか……」

「あなたと一緒にいられるなら!!たとえどんなに恐ろしいことが待ち受けていようとも、耐えられたわ!!!」


 ずっと一緒にいたかった。

離れたくなんてなかった、あなたの側で――――永遠に。

役に立って、共に生きて。

たとえこの想いに応えてくれなくても、構わない。


「あなたが私から離れたから、だから。二度と離れられないようにしようと思った」

「あたしと契り、子を成し。やがては宿ったその子に成り代わることが?」

「いくらあなたでも、実の子供のことは放っておけないでしょう?他人の子供でも放っておけないのだもの」

「ま、そうね……」

「私があなたの子供になれば、もう手離そうなんて思えないわ!あなたは私と、ずっと一緒にいるのよっ……!!」

「それは無理よ」


 リリアンヌの、首が絞まる。

あの焼けたドロエの屋敷の時のように、容赦なくディーヴァが首を絞める。

首に食い込む手を外そうとするも、力の入れようが半端ないのでそれも出来なかった。


「エミー!こっちへ、早く!!」

「エミリエンヌ!!」

「ラウフ!?――――っっ!!?」


 ディーヴァがリリアンヌを捕まえている隙をつき、二人はエミリエンヌ救出する。

エミリエンヌは驚く中、片割れの男を見てさらに驚いた。

それは、今よりもっと小さな頃に別れてしまった初恋の人。

ディーヴァに協力を要請するほど、なんとか助けになりたいと思った相手。


 マクシミリアン・アルヒ=ドヴィエ。


 まさしくその人だった。


「アルヒ!!!あなた……どうしてここに!?」

「エミリエンヌ、君が危険な目に合っていると聞いて」

「私を、助けに……?」

「約束したからね。……遠い昔に――――」


 腕の中に収まるエミリエンヌの髪を、優しく撫でながらそう話す。

不思議そうに首を傾げながら、おどけた風に笑うマクシミリアンを下から見上げていた。


「エミー……俺もいるんですけど〜?」

「何しに来たのよ」

「酷っ!何しにって、エミーを助けに来たんだって」

「ディーヴァとアルヒだけで充分じゃない」

「……俺だって、エミーを大切に想ってるんだけど?大切だから〜……どんな危険があろうとも、助けに行くのは当然じゃん?」


 そんな、歯が浮くようなセリフだけでも恥ずかしいというのに。

とびきりの笑顔が急接近すれば、小さくても乙女心が宿っているお姫様としては。

ときめきと照れで、顔が真っ赤に染まってしまった。


「あれ〜?この部屋暑い?エミー、顔真っ赤だけど〜?」

「うるさい!バカ!!」

「お楽しみのところ、悪いのだけれど。エミーを連れて、早くここから脱出してほしのよね。……これからちょっとだけ教育上、よろしくないことをするから」

「何する気だよ」

「見せたくないことよ、察しなさいな。あっ、マクシミリアンは残ってちょうだい」

「何か手伝うことが?」

「見ていればいいのよ、ただ……見ていればね」


 笑顔でリリアンヌの首を絞め続ける光景を、直視させたくはないと。

ラウフは早急にエミリエンヌを受けとり、そのまま部屋を出て行こうとする。

エミリエンヌはディーヴァの名前を呼ぶが、微笑みを見せただけで。

何も答えはしなかった。


「さて、リリアンヌ」

「ひっ……!あ……ぐぅ、んんっ!!」

「外れないでしょう?あたし、こう見えても力は結構強いの。だから〜……お前ごとき矮小な存在が、どうこう出来ると思うことすらおこがましい」


 明るい声から、低い声へと変わる。


「あたしに理想を抱くな、求めるな。お前がどう足掻こうが、あたしが子を授けることも無ければ、授かることもあり得ない。――――だからこそ、あたしは他人の子にあり得ない程の愛情を注げる」


 自分では、到底得られないものだから。

求めてしまったら、そんなことをしてしまったら。

きっと、先に死なれてしまって。

置いていかれる。

自分よりも長く生きるはずの子に、先に死なれて。

新しく産んでも、また次を産んでも。

次々と、先に逝かれてしまったら。


 きっと自分は、壊れてしまう。










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