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「事実でしょう?あなたはドロエ家の最後の直系、わたくしは最下層上がりのしがない養女。……誰がどう見ても、赤の他人だわ」



「どこかの下級貴族から、引き取った訳ではなかったのね」



 貴族の家に、どこの誰の子とも知れぬ子供を入れるなんて。

貴族の世界では、ありえない話だが。

こんな身近で、目の当たりすることになろうとは。



「適当なところから、安い金で買った方が安くつく。同じ貴族の家から連れてきたら、後々厄介なことが増えるだけでしょう?」



 世間知らずの我が儘娘かと思いきや、意外や意外。

賢い娘だと思った。

自分の立場をきちんと把握し、それに嘆く日々を送っていない。

前を向いて進もうとしている、強くたくましい娘だった。



「さぁ、この部屋に入って」



 外観と同じで、中の内装も薄暗く淡いロウソクの灯りがほのかに浮かぶ。

廊下の左右を見渡しても、一番奥が見えないほどこの建物の中は暗い。

気味が悪いと言ったらそれまでだが、あまり長居はしたくないと思わせた。



「……まぁ、綺麗な方ね」



「この店なら、邪魔は入らないから。ゆっくり話せるわ」



 黒い丸テーブルに向かい合って座り、ディーヴァはエミリエンヌと視線を合わせ。

やけに神妙な顔つきのジュリエンヌに、目を向けた。

ひどく言いづらそうに唸っているので、仕方なしにディーヴァが先を促し、声をかける。



「こちらもそう暇ではないのだけれど?」



「っ!!そ、の……ディーン・ラッセルとは、すぐに連絡が取れるのかしら?」



「まぁ、取ろうと思えば取れるけれど」



 なにせ目の前に本人がいる。



「なら、ドロエの家に行く前にわたくしと逃げてと伝えて!!!」



「「はぁ!!?」」



 いきなりの駆け落ち宣言に、さすがに冷静ではいられなかった。

これには開いた口が塞がらない。

いきなり過ぎることもさることながら。

彼女が真剣そのものだということに、驚きを隠せず思わず叫んでしまった。



「……いきなりすぎない?こういうことはもっと、段階を踏んでからの方が……」



「逃げたいのよっ……あの家から、リリアンヌから!!」



「あ、そっち?」



 今まで、相当耐えてきたのだろう。

体の震えが止まらず、握り拳をテーブルに叩きつけると。

クワッと噛みつきそうな勢いで、さらにディーヴァに叫んだ。



「あの女は、わたくしだけじゃない。他にも大勢の女を子供のうちに引き取って、何かの企てに利用する気でいるのよ!!」



「……あなただけじゃないの?」



「そうよ!あの女は、金にあかせて子供を買い上げて……今夜あの屋敷で、何かをするつもりなの!!わたくしはそのことを知って、急いでディーン・ラッセルを捜していたのよ!」



 嫌な予感しかしないと、ディーヴァは上を仰ぎ悩ましげな深い息を吐き出す。

あの女が色々と、準備はしているだろうと踏んではいたが。

今の話を聞いて、ますます自分の悪い方の予感が強まっていくのを。

この身を持って、ひしひしと感じてしまった。

こういう時、勘の良さを嬉しく思うべきか憎むべきか。

実に悩ましいことであった。



「わたくしは、王族と繋がりを持つ為の道具として、利用されるだけだから……まだ時間はあるの。だから、今夜の企みに気を取られている内にっ……!!」



「待ちなさい」



 ジュリエンヌの言い分は分かった。

嫌なことを企んでいる、自分の姉妹とこれ以上関わりあいになりたくない気持ちも、ディーヴァとてよくわかる。

しかし、だからといって。

一回しか会ったことがない男と、いきなり駆け落ちなんて。

どう考えても無謀、それにディーヴァ個人的に無理がある。


 その上、これはジュリエンヌの一方的な想いで成り立っている構図だ。

相手の、ディーン(私)の気持ちを知りもしないで。

駆け落ちなどとはよく言えたものだと。

冷めた視線を送った。



「あなた、ディーンが好きなの?」



「一目惚れよ、悪い!?」



「悪くはないけれど……ディーンの気持ちは確認したの?駆け落ちしたいほど、あなたのことが好きなのかどうか」



 もちろん、好きなんて一言も言っていない。

誤解されるようなことも、自分からはやっていない。

勝手に誤解するほど、精神的に参っているというのなら、まぁ。

わからないでもないが。

それでも、ジュリエンヌに付き合ってはいられない。


 そもそも、同情して好きになるほど彼女のことをよくは知らないし。

愛しい気持ちが生まれるほど、共に時間を過ごしていない。

彼女のことを、全然知らない。

知りたいとも思えない、それなのに。



「ディーンからそんな話、全然聞いていないのだけれど」



「わたくしが好きなだけよ!!」



「そ、それで駆け落ちはあまりにも……」



「うるさい!!あなたにはわからないわよ!!!……連れていってくれるなら、誰でもいい。ましてやそれが好きな人なら、これ以上幸福なことはないでしょう!?」



「それはあなたの勝手な要望であって、ディーンにはなんの関係もない話じゃない」



「わたくしは、あの人が好き。あの人が好きだから、一緒にいたい。連れていってほしい。……それすらも、伝えてはいけないの?」



 今度はポロポロと、涙を溢しはじめた。

……女の涙は嫌いだ。

弱々しくなり、手を差しのべたくなってしまう。

たとえそれが、どうしようもない自己中な女でも。



「ここは嫌っ……!自由が無いだけじゃない、いつかはわたくしも……殺されるかもしれない!使えない道具は、利用価値なんてない不良品は……リリアンヌが、生かしておくはずがないわ!!」



「リリアンヌ……お姉様が?」



 どこか腑に落ちないのだろう。

あの聖女のように、清らかで優しい姉が。

そんな恐ろしい企てをしようとは、夢にも思えないようで。

エミリエンヌが首を傾げる姿に、イライラしたジュリエンヌは、充分過ぎるほどの大きな声で叫んだ。



「そうよ!あの女は悪魔と同じっ……たとえ同じ屋敷で育った人間でも、平気で殺す非道な女なのよ!!……ずっと、怖かった、いつ殺されるか。あるいは利用されて使い捨てにされるか……っ!!エミリエンヌだって」



 名前を出して、ジュリエンヌはハッとしたように慌てて口を閉ざす。

言ってはいけないことまで話してしまったと、後悔したように青ざめた。



「私が、なんなのですか?」



 ないがしろにされるだけでなく、もしや自分も何かに利用されるのか?

疑念は強まり、何度も義姉に問う。

だが首を横に振るばかりで、何も答えてはくれなかった。



「なんでもないわ、口が滑っただけよ」



「……人って追いつめられると、つい口を滑らせてしまう。自分なら堪ったものではないけれど、他人だと好都合ね」



 ぐうの音も出ず、言葉に詰まってしまう。

ジュリエンヌの沈黙は、肯定とみなされた。

あっけなく、見抜かれてしまった彼女に呆れながらも。

ディーヴァは、とどめと言わんばかりにニヤリと笑いながら、一言突き刺すように告げた。



「語るに落ちるとは、まさにこのことね」



「ぐっ……!」



「私を、利用……」



 思い当たる節があるのか。

ジュリエンヌと同じように、エミリエンヌもまた青ざめる。

しまいにはカタカタと震えだし、顔は伏せられてしまった。



「エミー。まさか、心当たりがあるの?」



「ある、といえば……あるわ………」



 か細く震える声で、思い当たるその出来事を口に出そうとした。

だけど、震えて上手く言葉に出来ずジュリエンヌがその間に、質問する。



「なぜあなたが知っているの?アレは極秘に進められているって、リリアンヌ自身がそう言って――――」



「挨拶、させられましたもの」



 そう言い切ると、口は重く再び言葉は落ちた。

誰に挨拶をしたのか、させられたのか。

それによって、色々と対処の仕方も変わってくるので、話してほしいのだが。

無理に聞き出すのも、本人の口から言わせるのも可哀想だと思ってしまい。

どうしても、聞けずにいた。



「1ヶ月前の、ことです」



「ん?」



「珍しく、お父様が呼んでいるからと……応接間に向かいました。すると、お父様はおらず……代わりにリリアンヌお姉様と、司祭様がおられたのです」



 あの時の姉と司祭の、顔。

端から見れば、普通に微笑んでいるはずなのに。

エミリエンヌには、酷く歪みきった笑みに見えたという。

リリアンヌは談笑を終えると、エミリエンヌに挨拶するよう促し。

作法通りに挨拶すれば、司祭はエミリエンヌの小さな手を取り――――



「口付けを落とすだけなら、こんなに不安になったりしなかった。だけど――――司祭様は、手の甲に口付けを落とすと同時にその舌で舐めたの!!!」



 “ギャーーーーーッッッ!!!!!”


 女たちの悲鳴が木霊した。

それが建物中に響いたものだから、心配して駆けつけた先ほどの男たちが、部屋の外から声をかけてくる。

ジュリエンヌがなんでもないと告げると、男たちの気配は遠ざかっていった。



「っつ……!!予想以上に、酷かったのね!」



「気持ち悪い……!年寄りがいい年してロリコン?しかも金髪碧眼の美少女がお好みとか!!エミー、よく耐えたわねっ」



「あの時を耐えずして、いつ耐えろというのよ!」



「それもそうね」



 きっと、本人の知らぬところで裏取引が成されている。

エミリエンヌの意思など皆無、きっとガラスケースに入れられた愛玩人形のように。

譲渡されることが、決定してしまっている。

その色ボケ坊主の手に!!!



「さしずめ、ジュリエンヌを必ず王族の目に留まらせるか引き合わせるか。エミーを手に入れる交換条件は、きっとそれよ」



「もしや……コンテストで?」



「審査員はどうせ、王族の誰かに決まっている。その時こそ、あなたを後押し出来る絶好の機会じゃない。……どうせその司祭とやらも、コンテストの審査員の一人のはずだから」



 血の繋がらない姉妹は、二人揃って目眩を起こし机に突っ伏した。

どういう訳か、この二人は似通ったところが多い。

本当の姉妹なのじゃないかと思うほどに。

この二人は、本当によく似ていた。



「さーて、どうするか」



「…………こうなったら、エミリエンヌ共々!わたくしたちを逃がして!!」



「さっきまではエミーのことなんて、一言も話さなかったくせに」



「リリアンヌの企みが、そんなおぞましい内容なんて思いもよらなかったのよ!!仮にも、半分とはいえ血が繋がった妹を……まさか、そんなことに利用するなんてっ……思いも……っ!!!」



「お姉様っ……!!」










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