64〜オシャレ
四人で円を組み、囁きよりもっと小さな声で『企み』を伝える。
中盤に差し掛かったところで、青ざめたりため息をついたり、さらに寡黙になったりと。
穏やかだが、忙しない反応を見せる。
話を聞き終えて、ディーヴァから離れ。
カダルはいつも通りの対応だったが、他の二人は項垂れたり苦笑いだったりだ。
告げられた内容が内容だけに、下手に笑えず反応も出来ないと言ったところのようで。
マオヤなんかは、もう怒鳴る気力も失せていた。
テーブルの上に、力なく突っ伏している。
「準備は明日の夕方までに終えておくこと!……じゃないと、本当にあたしの貞操の危機だからね?」
「あぁ、わかった!だからしばらく放っておいてくれ。疲れたんだ、主に精神的に!!」
「そんなに疲れること、言ったかしら?」
「言ったっしょー?肉体労働&、精神にもぐっと負担がかかるやつ」
とんと覚えがないとでも言いたげに、首を傾げるディーヴァ。
そんな仕草も、とてつもなく色っぽい。
なんて思うなんて、本当に重症だった。
「これは、悪事じゃない。むしろ人助けになることなのに。なぜそんなに気に病むのよ」
「気に病むだなんてとんでもありません。私は喜んで、お手伝いさせていただきます」
ディーヴァの手を取り、包み込むように両手で握る。
それに対して、他の男たちからの非難の声が上がった。
「いい子ちゃんのつもりかよー」
「いい子ですが何か?」
「普通自分で言うか?」
「ディーヴァの前ではいくらでも、私はいい子になります」
いつもは無表情のカダルが、優しい微笑みを見せる。
デレデレだ。
デレデレ過ぎる。
見てるこっちが恥ずかしいと、ヴォルフがディーヴァの後ろから抱きついた。
「……ちょっと、」
「姐さんいい匂ーい!柔らかいし、気持ちいい〜」
「死ね」
「死んでください」
両サイドから拳を繰り出し、憐れヴォルフの顔は見事に潰れた。
「たまのスキンシップすら許されないなんて!心狭すぎじゃね!?」
「止めなかったらさらに加速するだろうが!!」
マオヤの言い分も、いちいちもっともで。
全員がウンウンと頷き、納得する中で。
遠吠えにも似たヴォルフが叫び、また全員から殴られたのだった。
――――――さっさと時は進む。
ディーヴァはエミリエンヌと寝て、男たちは適当な空き部屋で夜を明かす。
そして朝が来て、一番最初に起きたのはカダルだった。
起きて早々に、朝のお茶と朝食の準備にとりかかる。
昨日買っておいた、この国特産の香り高い茶葉を使う。
ストレートティーも捨てがたいが、この茶葉はミルクティーもオススメだと、店の者は言っていた。
……エミリエンヌもいるので、今回はミルクティーにしておこう。
「早いな」
「あぁ、おはようございます」
次に起きてきたのは、意外にもマオヤだった。
やはり血圧が高そうな彼なので、朝は早いとみえる。
ちょうど準備し終えたばかりの紅茶を、せっかくだからと一杯淹れて差し出した。
マオヤにはストレートティーだ。
「いい香りだな。……お前が俺に親切にするなんて、何考えてんだ?」
「いえ、特には。タイミングが合ったあなたに、ほんの少しのお裾分けをしてあげようと思っただけです」
「それならいいが。後が怖いな」
そう言いながらも、優雅に紅茶を楽しむ。
うるさいやつが起きてきたら、紅茶を飲むどころではなくなる為、今の時間はとても貴重なものだ。
滅多に訪れない、この穏やかな時間を満喫しようと。
再び紅茶を口に含んだところで。
今度はディーヴァとエミリエンヌが、すっかり着替えた格好で姿を見せた。
「おはよう、いい香りね」
「本当。……起きてすぐに朝食が用意されているなんて、すごく贅沢な気分だわ」
「とても普通、当たり前なことのはずなんだけれど……エミーに言われたら、とても尊いことのように思えてきたわ」
昨日はディーヴァが作った朝食で、ごくありふれた内容の食事だったが。
本日の食事内容は、見るからに豪華なものばかりだった。
さすがは、美食の街としても名高いサンセベリアだ。
食材に溢れ、手に入らない物はまず無い。
かといって高級な食材ばかりかと思えば、良心的な値段の食材も揃えてあり。
買い物がしやすい上に、実に料理のしがいがある。
この国は楽しい、そして面白い。
そんな素晴らしい国に、一点のシミのようなダニのような汚物のような。
そんなものが存在している事実を、あまり認めたくない。
ディーヴァのそんな一日の、始まりであった。
食卓に、料理の匂いが漂いはじめ。
それが食欲を刺激する。
間近にいる者がこうなのだから、鼻の利く奴が気がつかないはずがなかった。
「いい匂い!飯、飯!!肉〜♪」
「肉だけではないのだけれど」
「むしろ野菜が主ですね。この国の野菜は、新鮮でみずみずしく……。やはりサラダで食べなければ、失礼と思いまして」
わざわざ台所に戻り、何かをテーブルまで持ってくる。
嫌な予感はしていた。
野菜好きのカダルのことだ、きっと野菜だらけの食卓になることは間違いないと踏んでいたのに。
これは想定外だった。
「野菜サラダの…タワー……だと!?」
「しかも、天井に当たりそうなほど高いぞ?!」
テーブルのど真ん中に置かれたソレは、どんな価値ある美術品よりも、うんざりするほど存在を主張していた。
目を奪われる、と言えば聞こえがいいが。
明らかに悪い意味での言葉だった。
「盛りすぎじゃない……?これでもかってくらい盛りつけてあるけれど、動物のエサじゃないんだから」
「普段、野菜をあまり食べられない者が多い現代において。新鮮な野菜を食べられる時に食べないことは、ある意味、冒涜だと思うのです!!」
「いや、わかるようでわからない理屈だぞ?」
誰が食べるんだ。
ここにいる全員でか?
食べられないことはないが。
これだけ積み上がっている野菜を見たら、食べたがるどころか、むしろ食欲激減になるだろう。
ヴォルフ以外は、割と野菜は食べる方だが。
さすがにこれは、多すぎだ。
「俺は慎んでご辞退申し上げ候………ってーーーっっ!!?」
ヴォルフが丁寧な断りの文句で、逃げようとした矢先。
目の前の皿に山積みにされた、野菜の山を見て思わず叫ぶ。
震えながら野菜を指差し、無言でカダルの方を振り向けば。
見たこともないようないい笑顔で、食事を促されたのだった。
「カダルきゅん、俺……野菜は………」
「私が選びに選び抜いた野菜です」
「野菜、苦手……」
「不味いはずがありません」
「野菜だけは無理………」
「食べないことは許しません!!」
どうぞ、とさらに自らの方へと寄せられる。
逃げ出したいが、妙な威圧感に阻まれ一歩も動けそうにない。
助けを求め、左右にいる人物に密かに視線を送ってみるが。
無言のまま、顔を背けられるだけだった。
四面楚歌だ。
結局、あの野菜タワーはカダルがほとんど食べつくしてしまった。
ヴォルフの前に盛りつけられた、大量の野菜は仕方なしに。
ディーヴァとマオヤが、分けて食べてやった。
それでも充分多すぎたので。
野菜しか食べていないのに、吐き気が治まらずウンウン唸っている。
他の料理は食べられそうになかったので、ヴォルフがほとんどと、エミリエンヌが少量を食べて事なきを得た。
「しばらく野菜は見たくない……!!」
「同感。カダル、今度からはあなたの分の野菜だけを買いなさい」
「わかりました」
仕方なく、といった感じに少しばかり不機嫌そうに眉を寄せている。
これで言ってきたのが、マオヤかヴォルフなら。
容赦なく切り捨てて、言うことなど聞きはしないだろう。
今回ばかりは、ディーヴァが味方になってくれて助かったと。
ホッと安堵の息を吐いた。
「さて、食事も済んだところで。あなたたちは別行動ね」
「あぁ、わかっている」
「姐さん、浮気しちゃ嫌っスよ〜?イヤイヤ」
「鬱陶しいです。地べたに這いつくばって、私とディーヴァの視界から消えてください」
「なんかどんどん容赦なくなってない!?」
「気のせいですよ」
ディーヴァに注意されたことが、尾を引いて不機嫌になっているのだろう。
八つ当たりしやすいヴォルフに、刃物のような鋭すぎる言葉を、雨のように浴びせた。
「んで、ディーヴァたちはどうするんだ?」
「今日は、エミーとお菓子の店を巡るのよっ」
「前々から、気になっていた店がいくつもあったの。今回を機に、店舗の内装や実際に話題になっているお菓子を、食べてみようと思って」
「俺たちに働かせて、姐さんはデートかよ〜!ちびっこ、俺と変わらね?」
「それでは意味がないでしょう。……しかし、あまり羽目をはずされませんように」
真顔なのが、逆に怖い。
そんなカダルを気にする素振りも見せず、適当に返事を返す。
もうエミリエンヌに意識を向け、出かける仕度にとりかかった。
「さぁて、着替えるわよ」
今日のディーヴァの装いは、柄物のタイトワンピースだ。
胸元は大きく開いていて、豊満な胸がとてつもない主張をしている。
袖は七分丈で、高いヒールが長い足を美しく見せていて。
首元を、葉っぱがモチーフのネックレスで彩り。
指輪とイヤリングも、同じデザインの宝石が付いているタイプの物を身につけた。
髪は毛先だけを巻いて、優雅さに磨きがかかる。
唇は厚みがあるように、グロスを塗りぽってりした仕上がりだ。
周りの男たちは、その唇にくぎ付けになることだろう。
「……少しは自重しろ」
「噛みつきたい」
涎を垂らしながら、そんなことを呟くヴォルフを見逃すはずがない。
まずはカダルが動いた。
「自重しろという言葉が、聞こえませんでしたか?」
「まぁ君が姐さんに言った言葉っしょ?!なんで俺が蹴られねぇといけねぇの!!?」
余計な一言を言ったせいで、再び二人から攻撃されてしまう。
いい加減に学べ、とディーヴァは心の中でエールを送った。
今度はエミリエンヌの番だ。
ふわふわに流した髪のトップに、パールのついたリボンを付けて前髪を上げた。
そして、裾が広がった白いワンピースを着て。
少し透けた布が、腕を覆っている。
胸元には、小さな黒いリボンが可愛く付いていて。
腰には大きな黒いリボンを巻いて、お揃いの黒いリボンが付いた、艶々の靴を履いた。
後は、白いストッキングを履いて完成だ。